第21話 王子様からのQUEST
「王子!?」
私たち四人の声が、広い部屋に重なって響いた。
王子は呆れたように人差し指を口元へ当てる。
「もう少し静かにしてくれ。君たちは王宮へ忍び込んできたんだぞ」
「ご、ごめんなさい」
慌てて声を落としながら、私は改めて目の前の男を見た。昨日は深いフードで顔が隠れていたけれど、上質な服や装飾の施された剣、この広い部屋を自分のものとして使っている姿を見れば、確かに普通の人ではない。
そこで、昨日から気になっていたことを思い出した。
「王子様、一つ聞いてもいいですか? 昨日、どうして私たちを見てたんですか?」
「君たち?」
王子は一瞬不思議そうな顔をしたあと、すぐに何のことか気づいたらしい。
「勘違いだ。私は君たちを見ていたわけじゃない」
「じゃあ誰を見てたのでぷ?」
赤が尋ねると、王子は珍しく言葉に詰まり、少しだけ視線を逸らした。
「……君たちがカードを買っていた、あの女性だ」
「お姉さんを?」
「ああ」
「どうして隠れて見てたんですか?」
王子の頬が僅かに赤くなった。
赤がすぐに気づき、「顔が赤いでぷよ」と覗き込む。王子は一度咳払いをしたものの、誤魔化すのを諦めたようだった。
「……一目惚れしたんだ」
「ひとめぼれ?」
緑から意味を教えてもらい、私は思わず「ああ!」と声を上げた。
「だから大声を出すな」
「ごめんなさい。でも王子様、あのお姉さんが好きなんですね」
「そういうことになる」
昨日、物陰から私たちを見ていると思って警戒していたのに、実際には好きな人を見ていただけだったらしい。
黄色が首を傾げる。
「好きなら普通に話せばいいでぷ」
「話した。何度もな。王宮へ来ないかとも伝えたし、幼い弟と妹も一緒に暮らせるようにすると約束した。それでも断られた」
王子は困ったように笑った。
「彼女にとっては、自分が楽に暮らせるかどうかより弟たちのほうが大切なんだ。今の家や近所に慣れている二人を、自分の都合で突然王宮へ連れてくるのは嫌だと言われた」
私は昨日のお姉さんを思い出した。継ぎ接ぎだらけの服を着て、家にあったカードを売り、そのお金で弟と妹の食べ物を買おうとしていた。
「……お姉さんらしいですね」
「ああ。だから余計に好きになった」
王子は恥ずかしそうにしながらも、今度は目を逸らさなかった。
「最初は見た目に惹かれた。それは否定しない。でも話していくうちに、自分の服は何度でも直して着るのに、弟たちには不自由させまいとしていることを知った。自分が腹を空かせても二人を先に食べさせ、何かをもらえば真っ先に弟たちのことを考える。今では、そういうところも含めて彼女と一緒にいたいと思っている」
赤は黙って話を聞いていた。
食べることが大好きな赤には、自分が空腹でも弟たちを先に食べさせるという話が強く残ったようだった。
王子は続ける。
「彼女一人を王宮へ連れてきて着飾らせたいわけじゃない。弟と妹も含めて、明日の食事を心配しなくていい生活をしてほしいんだ」
「王子なら、命令すればいいのでぷ?」
黄色が尋ねると、王子の表情がすぐに引き締まった。
「それだけはしない」
声に迷いはなかった。
「立場を使えば、彼女が断りづらい状況を作ることくらいはできるだろう。だが、それで彼女を連れてきても意味がない。彼女自身にここへ来たいと思ってほしい。それでも断られるなら、私が受け入れるしかない」
私はそこで、王子が本気なのだと分かった。
ただ綺麗だから王宮へ連れてきたいわけではない。それでも彼女の気持ちより自分の立場を優先するつもりもないらしい。
「王宮の人たちは反対してるんですよね?」
「ああ。平民の女性を王宮へ迎えることに反対する者は多い。だが、周囲に反対されたという理由だけで諦めるつもりもない」
赤が腕を組みながら頷いた。
「王子、思ってたよりちゃんとしてるでぷ」
「思ってたより、は余計だ」
「昨日はフード被って隠れて見てたでぷからね」
「……それについては言い返せない」
私たちは少し笑った。
王子も苦笑したあと、今度は私たちへ軽く頭を下げた。
「それと、君たちには礼を言いたかった。昨日、彼女が金に困っていると知ってもカードを買い叩かず、その赤いゴブリンは自分の食べ物まで渡しただろう。彼女と弟たちに親切にしてくれたことが、私には嬉しかった」
赤が照れたように頭を掻いた。
「いっぱい食べられるほうが幸せでぷからね」
「うん。私たちは欲しいカードを買っただけだから、王子様がお礼を言わなくても大丈夫ですよ」
「彼女に頼まれたわけではない。私が勝手に感謝しているだけだ」
そう言われると、王子に対する印象もかなり変わった。
すると王子は、ようやく本来の話を思い出したように私たちを見た。
「そういえば、君たちは仲間を助けるために王宮へ忍び込んできたんだったな」
「そうでした! オラクル!」
危うく忘れるところだった。
「王子様、オラクルを出してもらえませんか? 守衛さんにお金を渡そうとしたのは本当に駄目だったと思いますけど、悪い人じゃ……たぶん」
「そこは言い切れでぷ」
緑に突っ込まれ、黄色まで「財布泥棒ではあるでぷ」と付け加える。
「今それ言わなくていいでしょ!」
王子は笑ったあと、あっさり頷いた。
「分かった。友人は解放させよう」
「本当ですか!?」
赤と緑が喜び、私も胸を撫で下ろした。黄色だけは「これでカード代を働いて返してもらえるでぷ」と別のことを考えている。
ところが王子は、すぐに人差し指を一本立てた。
「ただし、一つ頼みがある」
嫌な予感がした。
「君たちから、彼女に一度話してみてほしい。王宮へ来ることを、もう一度考えてもらえないかと」
私は思わず王子を見返した。
「私たち、お姉さんと昨日初めて会ったばかりですよ?」
「分かっている。だから無理に説得しろとは言わない。嘘をつく必要もない。ただ、彼女は君たちには心を開いていたように見えた。弟たちのことを大切にしてくれた君たちから話してもらえば、少しは違うかもしれない」
「それでも嫌だって言ったら?」
「その答えを受け入れる」
そこまで言われると、完全に断る理由もなかった。
オラクルを解放してもらえるし、王子も女性の意思を無視するつもりはない。
それでも、簡単な頼みではなかった。
赤が私の袖を引いた。
「フールちゃん。これ……QUESTでぷ?」
「……QUESTなのかな」
「モンスターを倒すより難しそうでぷ」
赤が真顔で言い、緑まで頷いた。
私も同じだった。
戦いなら、逃げる、守る、魔法を使うといった方法を考えられる。でも、人の気持ちを変える方法なんて私には分からない。
「そこまで難しい頼みか?」
王子が不思議そうにする。
私はすぐに答えた。
「だって王子様が何回話しても駄目だったんですよね?」
「……そうだな」
「じゃあ難しいですよ!」
王子は何も言い返せなくなった。
私は少し考えてから頷いた。
「分かりました。お姉さんが嫌がってるのに無理に連れてくるようなことはしません。それでもいいなら、一度話してみます」
「ああ。それで構わない。頼んだぞ」
こうして私たちは、オラクルを助ける代わりに新しいQUESTを引き受けることになった。
魔物を倒すわけでも、珍しいアイテムを探すわけでもない。
王子様が本気で好きになった女性と話し、王宮へ来ることをもう一度考えてもらう。
今まで受けた中で一番変わっていて――たぶん、一番どうすれば成功なのか分からないQUESTだった。




