第20話 フードの男の正体
「――君たち、そこで何をしている?」
部屋の奥から聞こえた声に、私たち四人は揃って身体を固くした。
逃げ込むことだけで精一杯で、中に誰かいるか確認する余裕などなかった。廊下へ戻れば、ついさっき通り過ぎた兵士たちに見つかるかもしれない。それでも、この部屋の人に騒がれれば結果は同じだった。
大きな窓の前に立っていた男は、机の上に広げていた書類から顔を上げ、明らかに警戒した目で私たちを見ている。
「答えろ。どうやってこの部屋に入った?」
誰もすぐには答えられなかった。
男はその沈黙を怪しいと判断したらしく、机の脇に置かれていた小さな呼び鈴へ手を伸ばした。
「待ってください!」
私が慌てて声を上げる。
「侵入者なら守衛に話してもらう」
「違うんです! いや、勝手に入ったから違わなくもないんですけど……!」
自分で言っていて余計に怪しくなった。
男の指が呼び鈴へ触れようとする。
ところが、その直前だった。
男の視線が私の顔で止まった。
「……ん?」
伸ばしていた手も止まる。
私は何を見られているのか分からず、赤たちと顔を見合わせた。
男は少し眉を寄せ、改めて私を頭から足元まで見た。
「子供……?」
「十歳です」
「十歳?」
男の警戒が完全に消えたわけではない。でも、少なくとも今すぐ守衛を呼ぶつもりはなくなったらしく、呼び鈴から手を離した。
「十歳の子供が、なぜ王宮の中にいる」
「それには理由があって……」
説明しようとしたところで、今度は男の視線が赤へ移った。
赤は剣を持っているため、少しでも怪しまれないよう両手を身体の横へ下ろしている。
男はしばらく赤を見つめたあと、何かを思い出したように目を細めた。
「その赤いゴブリン……街で見かけたな」
「え?」
赤が首を傾げる。
私も男をよく見た。
どこかで会った?
いや、直接話した覚えはない。
でも、その声と立ち姿には何となく覚えがある。
男が窓際からこちらへ歩いてくる。
上質な服。
細かな刺繍が施された上着に、胸元にはカードを模した飾り。腰には装飾の入った剣を下げている。部屋そのものも広く、大きな机や本棚だけでなく、壁には額装された珍しそうなカードが何枚も飾られていた。
どう考えても、普通の王宮職員の部屋ではない。
そして近くまで来た男の顔を見た瞬間、昨日の光景が頭の中でつながった。
「……あっ!」
私は思わず声を上げた。
「昨日の人!」
男が僅かに眉を動かす。
赤たちが私を見る。
「昨日って、誰でぷ?」
「露店のお姉さんからカードを買ったあと、向こうからこっちを見てた人! フードを被ってた人だよ!」
さらに今日。
オラクルが連行された直後、別の入口で何かを守衛へ見せ、王宮へ入っていった人物。
「王宮に入っていったのも、あなたですよね?」
男は否定しなかった。
それだけで十分だった。
「やっぱり……」
フードを深く被っていたから顔は見えなかった。でも、立ち姿は同じだった。
赤もようやく分かったらしく、男を見上げる。
「フードの人でぷ?」
「そうだよ。たぶん」
「たぶんって言うな」
男が呆れたように返した。
それでも守衛を呼ぶ様子はない。
むしろ今度は、私たちのほうを調べるように見ている。
「私を見ていたことに気づいていたのか」
「気づいてました。でも一回目は、赤に呼ばれてちょっと目を離したらいなくなってて……」
「そうか」
それ以上は説明しなかった。
私は少し気になったけれど、今はオラクルのほうが大事だった。
男も同じように、今度は私たちがここにいる理由へ話を戻した。
「それで、まだ答えを聞いていない。王宮は許可のない者が自由に入れる場所ではない。君たちはどうやってここまで来た?」
四人で顔を見合わせた。
《透明化》のカードを使って勝手に入ったなんて言えば、やっぱり守衛を呼ばれるかもしれない。
でも嘘をついて、あとでばれるのもまずい。
「……カードを使いました」
私は正直に答えた。
「カード?」
「姿が見えなくなるカードです。二回しか使えなくて、もう全部使っちゃいました」
男の表情が僅かに変わった。
「《透明化》か」
「知ってるんですか?」
「アデューで扱われているカードなら、ある程度はな」
やっぱり普通の人ではない。
男は腕を組んだ。
「そのカードを二回とも使い切ってまで、王宮へ忍び込んだ理由は?」
私は迷わず答えた。
「オラクルを助けるためです」
「オラクル?」
「一緒に旅してる仲間です。さっき正門で捕まって、王宮の中へ連れていかれました」
男は少し考える。
「何をした?」
聞かれると、ものすごく説明しづらかった。
私は一度息を吸った。
「守衛さんに……お金を渡そうとしました」
「…………」
男が黙った。
「王宮へ入れてもらえなかったから、オラクルが『任せろ』って守衛さんと話し始めて、それで銀Bを渡そうとして……」
「買収を試みたのか?」
「たぶん……」
「たぶんじゃないでぷ。完全に渡そうとしてたでぷ」
緑が訂正した。
黄色も頷く。
「銀Bを出してたでぷ」
「黄色まで……」
味方が誰も庇ってくれない。
男はしばらく黙って私たちを見ていた。
私は少しくらい同情してもらえるかと思ったけれど、返ってきた言葉は非常に冷静だった。
「それは捕まって当然だ」
「やっぱりそうですよね……」
反論できない。
赤まで「俺もそう思うでぷ」と頷いた。
「じゃあ、助けてもらうのは無理ですか?」
私が尋ねると、男はすぐには答えなかった。
代わりに、私たち四人を順番に見る。
十歳の私。
剣を持った赤。
本を抱えた緑。
荷物を大切そうに抱えている黄色。
そして、使い切った《透明化》のカードまで持って王宮へ忍び込んできた四人組。
自分でも、かなり変な集団だと思う。
「仲間が捕まったから、四人で王宮へ忍び込んだのか」
「はい」
「捕まる可能性は考えなかった?」
「考えました。だから怖かったです。でも、置いていくのはもっと嫌だったから」
男は何も言わなかった。
ただ、さっきまでの侵入者を見る目とは少し違う気がした。
そのとき赤が、男の服をじっと見ていることに気づいた。
「どうしたの?」
「この人、すごく偉そうでぷ」
「赤、それ本人の前で言っちゃ駄目!」
「服がすごいでぷよ。剣もキラキラしてるでぷ」
言われてみれば、確かにそうだった。
王宮の中に自分の部屋があり、守衛へ何かを見せるだけで別入口から入れる。さらにアデューのカードについても詳しい。
私は恐る恐る尋ねた。
「もしかして……王宮の偉い人ですか?」
男は少しだけ笑った。
「今さら気づいたのか」
「だって昨日はフード被ってたから……」
「街を歩くたび、この格好では面倒だからな」
男は机の横へ移動すると、そこに置かれていた一枚の布を持ち上げた。
昨日見た、あのフードだった。
間違いない。
男はそれを椅子へ戻し、改めて私たちへ向き直った。
「まだ名乗っていなかったな」
さっきまでとは少し違う、王宮の人間らしい落ち着いた声だった。
「私は、この国――アデューの王子だ」
私は目を瞬いた。
赤も、緑も、黄色も黙っている。
そして数秒遅れて、四人の声が部屋の中で重なった。
「「「「王子!?」」」」




