↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フールの大冒険 ~聖なるマップを手に、異世界でまだ見ぬ両親を探します~  作者: ☆☆アダム☆☆


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
195/294

第195話 届かない癒やし

白蛇の青い目が、ゆっくりと開いた。


さっきまでとは違って、私たちを警戒しているようには見えなかった。細い瞳はシャイニーさんを真っ直ぐ見つめ、身体を丸めたまま動こうとしない。


それでも、鱗の隙間に走る黒い亀裂だけは消えていなかった。


むしろ目を開いたことで身体へ力が入ったせいか、黒い筋の一部が脈打つように僅かに明滅している。そのたびに周囲の冷気が強まり、台座を囲む床の溝へ青白い光が流れていた。


私は思わず一歩進みかけたけれど、自分で止まった。


今は近づくことが助けになるとは限らない。


「シャイニーさん」


「ええ。始めましょう。ただし、慎重に」


シャイニーさんの声には、いつもの落ち着きが戻っていた。


でも、完全に同じではない。


白蛇を見るたび、瞳の奥に悲しみが浮かぶ。大昔に共に海を守った聖獣《リリアス》。その血を受け継ぐ最後の子孫が、誰にも助けを求められないまま、この地下でどれほど長く苦しんでいたのか。


シャイニーさん自身にも分からないのだと思う。


だからこそ、今度は間違えたくない。


そんな気持ちが、言葉にしなくても伝わってきた。


メロウが鳥の顔付きの杖を握り直す。


「まずは弱くじゃな。いきなり傷を治そうとはせず、どの程度まで癒やしの力を受け入れられるか確かめる」


「お願いします」


シャイニーさんが白蛇へ向き直る。


両手を胸の前で重ねると、周囲へ漂っていた水滴が静かに集まり始めた。


地下第一階でアクア・リヴァイアスを呼んだときとは、まるで違う。


勢いもない。


轟音もない。


透明な水が細い帯となり、円形の足場の外側から白蛇を包むようにゆっくり広がっていく。


水が中央の円へ近づいた瞬間、床の溝が淡く光った。


私は身体を強張らせた。


「シャイニーさん……」


「まだ大丈夫です」


シャイニーさんは白蛇だけを見ている。


「床ではなく、あの子を見てください。我が主」


言われて、私は台座へ視線を戻した。


白蛇の身体に変化はない。


暴れない。


黒い傷も強く光っていない。


むしろシャイニーさんの水が近づくにつれ、張り詰めていた身体から僅かに力が抜けたように見えた。


「嫌がってない?」


『うん』


メリーも私の肩からじっと見ている。


『さっきより少しだけ、苦しいの弱くなった』


「よし」


メロウが杖を構えた。


「なら次じゃ。治すのではなく、まず触れる程度の力から試すぞい」


「メロウさん」


私は呼び止めた。


「何じゃ?」


「絶対、無理しないでね。この子が苦しそうになったらすぐやめて」


メロウは少しだけ目を丸くしてから、真剣に頷いた。


「分かっとる。わしだって、研究のために生き物を苦しめたいわけではない」


いつもの軽い調子ではなかった。


「知らんものを知りたい気持ちと、目の前の命を雑に扱うことは別じゃ」


「うん」


「それに――」


メロウは白蛇を見る。


「ここまで生き延びた小さな命じゃ。できることなら助けたい」


シャイニーさんがメロウへ僅かに頭を下げた。


「感謝します」


メロウは照れたように鼻の下を擦り、それから表情を引き締めた。


鳥の杖の先端へ、淡い緑色の光が集まる。


「大地の慈悲よ、傷つきし命へ安らぎを――《アース・ヒール》」


緑色の光は、いつものように真っ直ぐ白蛇へ飛んではいかなかった。


シャイニーさんの水へ触れる。


水が光を受け止め、それを薄く広げながら白蛇の周囲へ運んでいく。


最初は何も起きなかった。


白蛇も動かない。


黒い傷にも変化はない。


メロウが少しだけ魔力を強める。


緑の光が濃くなる。


シャイニーさんの水を通り、白蛇の身体へ近づいていく。


あと少し。


鱗へ届く。


私は息を止めた。


治って。


ほんの少しでもいい。


黒い線が一本だけでも消えてくれれば、それで方法が間違っていないと分かる。


緑の光が、白い鱗へ触れた。


キィィン――!


甲高い音がドーム全体へ響いた。


「っ!」


メロウの杖が大きく弾かれる。


同時にシャイニーさんの水が飛び散り、白蛇を覆っていた緑色の光が一瞬で霧散した。


「メロウさん!」


私は駆け寄ろうとして、円の外側にいることを確認してから近づいた。


メロウは倒れていない。


鳥の杖を両手で握り、数歩後退しただけだった。


「大丈夫!?」


「わしは平気じゃ!」


それより、とメロウが白蛇を見る。


私も振り返った。


白蛇の身体が震えていた。


黒い亀裂がさっきより濃くなり、鱗の隙間から細い黒煙が立ち上っている。


「止めて!」


言うまでもなかった。


メロウはすでに魔法を解除している。


シャイニーさんも残った水をすぐ引き戻し、白蛇へ余計な力が触れないよう距離を取った。


床の溝が強く光る。


ミシッ、と円形の足場から嫌な音がした。


「全員下がれ!」


オラクルの声で、私たちはさらに後退した。


でも床は崩れなかった。


数秒。


十秒。


白蛇の身体から少しずつ力が抜け、黒い亀裂の光も弱まっていく。


それに合わせて床の溝も暗くなった。


やがて最初と同じ静けさが戻った。


私は息を吐いた。


「……よかった」


また床が崩れるかと思った。


でも、安心している場合ではない。


治らなかった。


メロウの《アース・ヒール》は、傷へ届く前に弾かれた。


「どうして?」


メロウも信じられないように杖を見ていた。


「わしの治癒が効かんというより……届いておらん。癒やしの力そのものを、あの黒い何かが外側で拒絶しおった」


シャイニーさんは何も言わなかった。


白蛇を見つめたまま、唇を僅かに噛んでいる。


「シャイニーさん?」


呼びかけると、ようやくこちらを向いた。


「……申し訳ありません。我が主」


「何で謝るの?」


「私がもっと早く、この傷の深さを見抜いていれば、あの子へ余計な痛みを与えずに済みました」


声は静かだった。


でも、自分を責めている。


「シャイニーさんのせいじゃないよ」


「ですが――」


「私たちだって分からなかった」


私は白蛇を見る。


「三回もティアラ取ろうとした。あの子が苦しいって知らなかったから。でも、今は分かった。だったら次は、苦しくない方法を探せばいいんだよ」


シャイニーさんが私を見る。


私は自分でも少し驚いていた。


さっきシャイニーさんに言われたことを、そのまま返している。


知らなかったことを悔やんでいるだけでは助けられない。


気づいたなら、ここから選べる。


「だから一緒に考えて」


少しの沈黙のあと、シャイニーさんの表情が柔らかくなった。


「……ええ」


ほんの少しだけ笑う。


「我が主は、ときどき私よりも強いことを仰いますね」


「私のほうが強い?」


「そういう意味ではありません」


「じゃあ何?」


「今は秘密です」


こんなときなのに、少しだけいつものシャイニーさんへ戻った。


それが嬉しかった。


メロウはすでに考え始めている。


「問題は、普通の傷ではないということじゃ。肉体を治すだけなら《アース・ヒール》は届く。しかし今のは、傷そのものが癒やしの力を拒絶しおった」


「闇の力が邪魔してる?」


フランが尋ねる。


「そう考えるのが自然じゃな。ただし、闇を消せば治るとまでは言えん。原因が分からん以上、下手に強い魔法をぶつけるのは危険じゃ」


「もっと強い回復魔法なら?」


私が聞く。


メロウはすぐには頷かなかった。


「必要になる可能性はある。しかし単純に出力を上げればよいとは限らんぞい。今のように拒絶されるなら、強い癒やしほど反発も大きくなるかもしれん」


シャイニーさんも同意した。


「ええ。あの子へ無理に力を流し込むことは避けるべきでしょう」


また行き止まり。


でも、ティアラを取れなかったときとは少し違う。


あのときは、どうやって罠を破るか考えていた。


今は、どうやって一つの命を助けるか考えている。


私は白蛇を見つめた。


「何があれば治せるんだろう」


誰に聞いたわけでもなかった。


メリーが私の肩で考えるように首を傾げる。


フランも、リリィも、ロロットも黙っている。


オラクルは荷物へ視線を落とした。


「一回、持ってる物を全部整理するぞ」


「全部?」


「ああ。こういうときに、使える物を持ってるのに忘れてましたじゃ笑えねえ。回復に使えそうな物だけじゃなく、効果が分からねえ物も含めて確認する」


「それいい」


私たちは円形の足場から十分に離れた場所へ移動し、鞄を開いた。


《聖なるマップ》。


《幻獣種召喚の本》。


《聖なる白銀の鍵》。


旅の途中で手に入れた道具。


治療用品。


保存食。


そして、ゴブリン王国からずっと持ってきたもの。


一つずつ確認していく。


その中で、私の手がある物の上で止まった。


見覚えのある聖杯。


ゴブリン王国で王様から受け取った、《合成の聖杯》。


「これ……」


オラクルも気づいた。


「《合成の聖杯》か」


私は両手で持ち上げた。


複数の素材を合わせ、別の物を作り出すための聖杯。


今までとは違う考えが頭へ浮かびかける。


治す力そのものがないのなら。


必要なものを――作ることはできないだろうか。


でも、まだ材料も方法も分からない。


勝手に答えを作ってはいけない。


私は聖杯を抱えたまま、白蛇を見た。


「もしかしたら……これ、使えるかもしれない」


シャイニーさんも《合成の聖杯》へ視線を落とす。


メロウは顎へ手を当て、考え込んだ。


今度は誰もすぐに答えを出さなかった。


白蛇を救うために必要なものが何なのか。


それを見つけることから、次の攻略は始まるのだと思った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。