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フールの大冒険 ~聖なるマップを手に、異世界でまだ見ぬ両親を探します~  作者: ☆☆アダム☆☆


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第194話 ティアラより大切なもの

ロロットは《氷結のティアラ》を手放した。


白銀の冠が指先から離れ、青い結晶を煌めかせながら氷床へ落ちる。その瞬間、追いついた鏡像の大剣がロロットの背後を薙いだ。


「ロロットさん!」


身体を前へ投げ出すようにして避けたロロットの外套が、刃先に僅かに裂かれた。あと少し遅ければ、服だけでは済まなかった。


それでもロロットは振り返らない。


ティアラも見ない。


目の前に伸びている帰り道だけを見て、崩れ始めた氷床を蹴った。


「あと少し!」


フランが円の境界から身を乗り出す。


床へ走った亀裂がロロットの足元を追い越し、氷板の一部が暗闇へ落ちていく。ロロットは残った足場を選びながら走り、最後の数歩を一気に跳んだ。


フランが腕を掴む。


今度は私もすぐ外套を掴み、リリィと一緒に引いた。


ロロットの身体が境界を越える。


その直後、背後の氷床が大きく崩れた。


「っ……危なかった」


ロロットは床へ片膝をついたまま、しばらく動かなかった。


私はすぐ外套の裂けた部分を見る。


血はない。


「怪我してない?」


「ああ。掠ったのは服だけだ」


「本当に?」


「ほら」


腕も背中も確認する。


傷はない。


それを見て、ようやく胸の奥へ入っていた力が抜けた。


でもロロットは、ほっとした顔をしなかった。


崩れていく円形の足場を見つめている。


その中央。


落とした《氷結のティアラ》は、崩壊する床の上に残っていた。


「あと少しだったのにな」


悔しさが滲んだ声だった。


誰もすぐに返せなかった。


本当に、あと少しだった。


ロロットはティアラを掴んだ。


境界まで戻ってきた。


私たちからも手が届きそうなところまで来た。


それでも持ち帰れなかった。


「でも、捨ててくれてよかった」


私は言った。


ロロットがこちらを見る。


「ティアラ持ったまま怪我するより、ずっといいよ」


「……そうだな」


悔しそうな顔は残っていたけれど、ロロットも否定しなかった。


床の中央では、鏡像が消え始めていた。


落としたティアラも青白い光へ包まれる。


やがて崩れた氷床が再び形成され、溝も台座も元の位置へ戻っていく。


そして最後には、《氷結のティアラ》まで台座の上へ戻った。


まるで、私たちが何もしていなかったように。


白蛇も同じ場所にいる。


身体を丸め、静かに目を閉じていた。


「二回目も完全に元どおり」


リリィが言う。


「ティアラをどこまで運んでも、持ち出せなければ台座へ戻るみたい」


オラクルは腕を組んだまま、円形の足場を見ている。


「分かったことは増えた。触れた瞬間に影が出る。床が崩れる。ティアラを持ってる間は、本人より影のほうが戦いやすい。しかも円の外へ出る前に間に合わなきゃ全部リセットだ」


「でも、取れないわけじゃない」


フランが言った。


「ロロットは一度ちゃんと台座から持ち上げた。なら、問題は持ち帰る方法だよ」


その言葉で、みんなの視線がもう一度ティアラへ集まった。


二回失敗した。


でも、何も分からない最初とは違う。


一回目は、触れた瞬間に罠が動くことを知った。


二回目は、ティアラを持ち上げること自体はできると分かった。それから、影が現れる位置と、床が完全に崩れるまでの時間もある程度見えた。


「三回目はどうする?」


私が聞く。


すぐには誰も答えなかった。


ロロットの速さだけでは足りなかった。


魔法を使えば、中央の溝が反応する。


外から攻撃して影を止めようにも、何が起こるか分からない。


考えていると、ロロットが台座までの距離を見ながら口を開いた。


「行きと帰りを同じ道にする必要ねえんじゃないか?」


「どういうこと?」


「さっき俺は、ティアラを取ったあと走って戻ろうとした。でも影は俺と同じ速さだ。だったら走って逃げても差がつかねえ」


ロロットは円形の足場を指した。


「最初から戻るんじゃなくて、跳ぶ」


リリィがすぐ意図を理解した。


「ティアラを取ったあと、影が出る前提で、最短距離を一気に飛び越える?」


「ああ。行きもできるだけ跳ぶ。床にいる時間を減らす」


フランも台座と境界の距離を確認する。


「さっきより危険だけど、理屈は分かる。影と戦わず、最初から逃げ切ることだけ考えるんだね」


三回目。


今までより危険になる。


でも、同じことを繰り返すだけでは意味がない。


オラクルはしばらく黙っていた。


「一回だけだ」


ロロットを見る。


「少しでも踏み切りがおかしいと思ったらやめろ。ティアラを掴んだあと、戻れねえと判断したら即座に捨てろ。今度こそ欲張るな」


「分かってる」


「それと、これで駄目なら今日は同じ方法を続けねえ。別の手を考える」


全員が頷いた。


ロロットは外套の裂けた部分を邪魔にならないよう留め直し、大剣も置いたままにする。


私たちは円の外へ下がった。


三回目。


ロロットが深く腰を落とす。


長い耳が後ろへ倒れ、強靭な脚へ力が集まっていくのが分かった。


「行くぞ」


氷床を蹴った。


速かった。


走るのではない。


身体そのものが弾丸のように飛び、円形の足場を大きく越えていく。


一度着地。


そのまま二度目の跳躍。


あっという間に台座へ到達した。


白蛇が目を開く。


青い瞳がロロットを追った。


ロロットは迷わない。


《氷結のティアラ》を掴む。


床が光った。


「来る!」


台座の反対側から、鏡像が現れ始める。


でもロロットは見なかった。


ティアラを抱え、すぐ身体を反転させる。


床に最初の亀裂が走る。


「今!」


ロロットが跳んだ。


鏡像が完全に現れるより早い。


一度目の跳躍で、円の半分近くを越える。


「いける!」


私は思わず叫んだ。


二度目。


ロロットが着地する。


でも、そこへ影が追いついた。


大剣が横から振られる。


ロロットは避けない。


身体を低くし、そのまま三度目の跳躍へ入ろうとする。


刃が帽子の先を掠めた。


「ロロット!」


跳んだ。


境界まであと少し。


今度こそ届く。


そう思った。


その瞬間、ティアラの青い結晶が強く光った。


ロロットの身体が空中で僅かに止まった。


「え?」


見えない何かに引っ張られたようだった。


前へ進んでいた身体が、ほんの一瞬だけ台座側へ引き戻される。


その一瞬で十分だった。


影が追いつく。


ロロットは空中で身体を捻った。


大剣を避ける。


でも着地する場所がずれた。


亀裂の入った床へ足が触れる。


氷が崩れる。


「捨てろ!」


オラクルの声が飛んだ。


今度のロロットは迷わなかった。


《氷結のティアラ》を放す。


その瞬間、身体を後ろへ引いていた力が消えた。


ロロットは残った勢いのまま境界へ飛び込み、フランに受け止められた。


私たちもすぐ二人を引き寄せる。


また失敗。


三回目も。


ティアラは崩れる床の上へ落ち、やがて台座へ戻っていった。


誰もすぐには話さなかった。


ロロットは床へ座り込んで呼吸を整えている。


私は台座を見つめた。


速さでも駄目だった。


影より先に戻ろうとしても、ティアラそのものに引き戻された。


「持って出ようとすると、戻される?」


フランが呟いた。


「そう見えた」


リリィも真剣な顔で頷く。


「ロロットの跳び方がおかしくなったんじゃない。ティアラが光った瞬間だけ、身体ごと後ろへ引かれてた」


「なら、単純に速くすればいい仕掛けじゃねえ」


オラクルの言葉で、みんな黙った。


三回。


方法を変えた。


それでも駄目だった。


私は台座の横を見る。


小さな白蛇がいる。


三回とも、ずっとそこにいた。


一回目も。


二回目も。


三回目も。


ティアラへ触れるたび目を開き、私たちを見ていた。


でも一度も襲ってこなかった。


「ねえ」


私は言った。


「何で、あの子は何もしないんだろう」


オラクルが白蛇を見る。


「分からん」


「ティアラを守ってるなら、もっと攻撃してきてもいいよね?」


「そうとも限らねえ。いるだけで仕掛けの一部って可能性もある」


「うん……」


分からない。


でも気になる。


メリーもずっと白蛇を見ていた。


「メリー?」


『あの子、さっきより変』


「何が?」


メリーは少し迷った。


『冷たいのが強くなった』


「私たちがティアラ取ろうとしたから?」


『分かんない。でも……怒ってる感じじゃない』


メリーは自分の胸へ小さな手を置いた。


『苦しい感じ』


私はもう一度白蛇を見る。


純白の鱗。


小さな身体。


青い瞳。


遠くからでは、それ以上は分からない。


三回失敗した。


オラクルが言ったとおり、ここで同じ方法を続けるべきではない。


「別の方法、考えよう」


私は《幻獣種召喚の本》へ手を置いた。


その瞬間、一つ思いついた。


「シャイニーさんなら?」


みんなが私を見る。


「水でティアラだけこっちへ流してもらえないかな。誰も円の中へ入らなければ、影に追われないかもしれない」


フランが考える。


「魔法に反応するんじゃなかった?」


「シャイニーさん自身に聞いてみる。無理ならやらない」


メロウも頷いた。


「悪くない。わしらの魔法と幻獣種の力で、仕掛けが同じ反応をするとも限らん。それに、シャイニー殿なら水の扱いについてはわしらより遥かに詳しい」


オラクルは少し考えたあと、私を見る。


「呼ぶだけだ。いきなり攻撃させんなよ」


「分かってる」


私は《幻獣種召喚の本》を開いた。


白いページへ光が集まる。


「シャイニーさん!」


召喚陣が広がった。


淡い水色の光の中から、美しい人魚の女王が姿を現す。


長い髪が水の中にいるように揺れ、その周囲へ透明な水滴が浮かんだ。


シャイニーさんは私を見ると、穏やかに微笑んだ。


「お呼びですか、我が小さき主よ」


「うん。お願いしたいことがあるの」


私は台座を指した。


「真ん中にある《氷結のティアラ》を取りたいんだけど、近づくと床が崩れて、自分の影まで出てくるの。だから、シャイニーさんのお水でティアラだけこっちまで流せないかな?」


シャイニーさんはすぐには答えなかった。


私の指した先へ顔を向ける。


最初にティアラを見る。


次に床。


そして――。


台座の横。


小さな白蛇を見た。


その瞬間だった。


シャイニーさんの表情が変わった。


穏やかな微笑みが消える。


目が大きく見開かれた。


息を呑んだのが、私にも分かった。


「シャイニーさん?」


返事がない。


白蛇だけを見ている。


そこにあったのは、敵を見つけたときの警戒ではなかった。


驚き。


戸惑い。


そして、すぐにそれを覆うように浮かんだ、深い悲しみ。


「……そんな」


初めて聞くほど弱い声だった。


シャイニーさんが一歩、前へ出る。


私は驚いた。


いつも落ち着いているシャイニーさんが、私の返事を待たずに動いたからだ。


でも円の境界へ入る直前で、自分から止まった。


「シャイニーさん、あの子を知ってるの?」


私が尋ねる。


シャイニーさんはしばらく答えなかった。


白蛇を見つめる瞳が僅かに揺れている。


まるで、ずっと昔に失った何かを目の前で見つけたようだった。


「我が小さき主よ」


ようやくこちらを見る。


声はいつもの凛としたものへ戻ろうとしていた。


それでも、隠しきれない感情が滲んでいる。


「先ほどの願いは、少しお待ちください」


「どうして?」


シャイニーさんは再び白蛇へ視線を向けた。


そして静かに、けれど強く告げた。


「――あの白蛇に、これ以上強い刺激を与えてはなりません」


ドームの空気が変わったように感じた。


誰も喋らない。


シャイニーさんは、ティアラではなく白蛇を見ていた。


「私は……あの子を知っています」


「え?」


「正確には、あの子自身ではありません。その血を、私は知っているのです」


シャイニーさんの声が僅かに震えた。


「大昔、我が水の眷属と共に世界の海を護っていた聖獣がいました。その名は――《リリアス》」


私は息を呑んだ。


初めて聞く名前。


でもシャイニーさんにとっては違う。


その名を口にした瞬間、懐かしさと悲しみが同時に表情へ浮かんでいた。


「では、あの子は……」


メロウがそこまで言いかけたところで、シャイニーさんは静かに首を横へ振った。


「リリアス本人ではありません。あの子から感じる力は、私が知るものより遥かに小さい。けれど間違えるはずもありません。あの清らかな水の気配と、氷を纏う白き鱗……あの子はリリアスの血を受け継ぐ、最後の子孫です」


「最後の……」


私はもう一度、小さな白蛇を見た。


腕に乗せられそうなほど小さな身体。台座の横で丸まり、私たちが三度もティアラを奪おうとしたのに、一度も襲いかかってこなかった。


今までとは見え方が変わった。


《氷結のティアラ》を守る番人。


そう思っていた。


でも、シャイニーさんの表情を見ていると、それだけではないように思える。


「シャイニーさん、リリアスってどんな子だったの?」


私が尋ねると、シャイニーさんはすぐには答えなかった。


遠い昔を思い出すように目を細め、白蛇を見つめる。その横顔には、私が今まで見たことのない懐かしさが浮かんでいた。


「とても誇り高く、そして優しい聖獣でした。海が荒れればその身をもって流れを鎮め、凍てつく海域で命が失われそうになれば、自らの力で氷を操り道を作った。私たち水に生きる者にとって、リリアスは同じ海を守る大切な友でもありました」


声は穏やかだった。


でも最後の言葉だけ、ほんの僅かに弱くなった。


「長い時が流れました。私が再びこの世界へ呼ばれるまでに、どれほどのものが失われたのか……すべてを知ることはできません。それでも、まさかここで、その血を受け継ぐ子に会えるとは思っていませんでした」


私は何も言えなかった。


シャイニーさんは強い。


初めて会ったときから、いつも落ち着いていた。


大悪魔を前にしても怯まず、アクア・リヴァイアスを従え、私たちが困ったときには迷わず力を貸してくれた。


そんなシャイニーさんが今は、台座の横にいる小さな白蛇を見つめながら、触れることさえ怖がっているように見えた。


『シャイニー……悲しいの?』


メリーが小さく尋ねた。


シャイニーさんは少し驚いたようにメリーを見る。


それから、無理に隠そうとはせず微笑んだ。


「ええ。少しだけ」


その答えが胸へ刺さった。


「ですが、懐かしいのです。悲しいだけではありません。あの血が今も絶えず、こうして目の前に生きている。それは本来、喜ぶべきことでしょう」


そう言いながらも、シャイニーさんの視線は白蛇から離れない。


やがて、その表情が変わった。


懐かしさではない。


何かを見つけた。


「……いいえ」


シャイニーさんが低く呟く。


「どうしたの?」


返事の代わりに、シャイニーさんは白蛇へ向かって手を伸ばした。


触れてはいない。


距離もある。


それでも目を閉じ、何かを感じ取ろうとしているようだった。


周囲に浮いていた水滴が、ゆっくりと白蛇の方向へ流れていく。


円の境界へ近づいた瞬間、床の溝が淡く光った。


「シャイニーさん!」


「分かっています。これ以上は近づけません」


水滴が止まる。


床の光も、それ以上は強くならなかった。


シャイニーさんは目を開いた。


さっきまでとは違う。


その瞳に、はっきりとした痛みが浮かんでいた。


「我が小さき主よ。よく見てください。あの子の鱗を」


「鱗?」


私は目を凝らした。


遠い。


白い身体が周囲の氷と重なり、最初は何も分からなかった。


リリィも目を細める。


フランも台座の横を見る。


「……黒い?」


リリィが最初に気づいた。


言われてから、私にも見えた。


純白だと思っていた鱗の隙間。


身体の側面。


そこに、細い黒い筋が何本も走っている。


模様ではない。


一本の線が途中で枝分かれし、鱗の下へ潜り込んでいる。よく見ると、その周囲から黒い煙のようなものまで僅かに立ち上っていた。


「最初からあった?」


「いや」


オラクルが答えた。


「少なくとも入口からじゃ、白い身体にしか見えなかった。近くで見ねえと分からん程度だ」


メリーが私の肩で身体を強張らせた。


『これ……』


「分かるの?」


『さっき言った苦しい感じ、そこからする』


私は白蛇から目を離せなくなった。


今まで三度。


私たちはティアラを取ろうとした。


そのたびに白蛇は目を開いた。


怒っていたのではない。


メリーはずっと、苦しいと言っていた。


「この子、怪我してるの?」


私が尋ねる。


シャイニーさんの返事はすぐには来なかった。


「怪我……という言葉だけでは足りないでしょう」


静かな声だった。


「肉体だけではありません。あの子の内側へ、異質な力が深く食い込んでいます。本来あるべき清らかな力を侵し、今も傷を広げ続けている」


「治せる?」


自分でも驚くほど早く言葉が出た。


ティアラのことより先だった。


シャイニーさんが私を見る。


「まだ分かりません」


「でも、何かできるんだよね?」


「フール」


オラクルに呼ばれる。


私は振り返った。


「落ち着け。助けるにしても方法を調べる。あそこへ近づけば床が崩れるのは、さっき三回見ただろ」


「……うん」


分かっている。


今すぐ走っていくことはできない。


私が近づいたせいで白蛇をもっと苦しませたら、助けるどころではない。


私は拳を握った。


「シャイニーさん。さっき、強い刺激を与えちゃ駄目って言ったよね」


「ええ」


「私たちがティアラを取ろうとしたとき、床が崩れたのも、この子と関係あるの?」


シャイニーさんは白蛇と床の溝を交互に見た。


「おそらくは」


断定はしなかった。


「この場所の仕掛けすべてを私が知っているわけではありません。しかし、あの子から漏れ出す力と、床へ流れる冷気は繋がっています。あなた方が中央へ力を加えるたび、あの子の中にある異質な力が大きく揺れていた」


メロウが眉を寄せた。


「では、床が崩れるのは侵入者を殺すための罠ではなく……」


「防衛反応である可能性があります」


シャイニーさんの声が少しだけ強くなった。


「痛みに耐えている生き物へ、さらに強い刺激が加わればどうしますか。逃げるか、身を守るでしょう。あの子も同じなのかもしれません」


胸の奥が重くなった。


三回とも。


白蛇は私たちを攻撃しなかった。


ただティアラへ近づいたときに目を開いた。


床が崩れ、影が現れた。


私たちは全部、ティアラを守るための罠だと思っていた。


でも、もし違うなら。


「私たち……この子を苦しませてた?」


口にした途端、罪悪感が押し寄せた。


知らなかった。


それでも三回もやった。


ティアラが欲しくて。


火山へ戻りたくて。


白蛇が何を感じているかなんて考えていなかった。


「我が主」


シャイニーさんが私の前へ来た。


「知らなかったことを悔いるだけでは、この子は救えません」


責める声ではなかった。


むしろ、私が自分を責め始めたことを見抜いたような優しい声だった。


「あなたは今、気づきました。ならば、ここから選ぶことができます」


「選ぶ?」


「ティアラを得ることだけを望むのか。それとも、目の前で苦しむ小さな命を救う道を探すのか」


私は台座を見た。


《氷結のティアラ》。


火山へ戻るために必要かもしれないもの。


あれを探すために、ここまで来た。


そのすぐ横に白蛇がいる。


小さな身体。


黒い傷。


目を閉じ、身体を丸めている。


迷うと思った。


でも、迷わなかった。


「この子を助けたい」


言葉にしてから、自分でも分かった。


ティアラがいらないわけではない。


火山へも戻りたい。


あの溶岩の向こうへ進みたい。


でも、そのために目の前の子を苦しませていいとは思えなかった。


「ティアラはあとでいい。この子を助ける方法を探そう」


メリーがすぐ頷いた。


『私も!』


フランも短剣から手を離した。


「俺も賛成。何回やっても取れなかったのは、そもそも取り方が間違ってたのかもしれない」


リリィも白蛇を見る。


「少なくとも、傷ついてるって分かったのに同じことを続ける理由はないよ」


ロロットは少しだけティアラを見た。


三度も取りに行った本人だから、悔しさは一番大きいはずだ。


それでも最後には大きく息を吐き、頭を掻いた。


「俺もいい。四回目にまた走れって言われても、正直もう嫌だからな」


「怖かった?」


「怖えよ! 床落ちるんだぞ!」


みんなが少し笑った。


メロウだけは白蛇を真剣に観察している。


「治療じゃな」


「できる?」


私が尋ねる。


メロウは鳥の杖を握り直した。


「試せることはある。わしの《アース・ヒール》は肉体の傷や衰弱に働きかける。あの黒いものが何なのかは分からんが、まず状態を見ねば始まらん」


「でも魔法を使ったら反応するよ」


「そこが問題じゃ」


メロウは円形の足場を見る。


中央へ魔力を通せば床の溝が光る。


下手に治療魔法を撃てば、また白蛇を刺激してしまうかもしれない。


シャイニーさんが静かに言った。


「私が力を抑えます」


「できるの?」


「完全に防げるとは申しません。しかし、あの子へ直接強い力を流し込むのではなく、まず私の水で周囲を包み、外から伝わる刺激を和らげます。そのうえで、必要最小限の癒やしを試すのです」


メロウが考え込む。


「なるほど。治療魔法を直接ぶつけるよりはよいかもしれん」


「ただし」


シャイニーさんの表情が厳しくなった。


「少しでもあの子が苦しむようなら、すぐに止めてください」


「もちろんじゃ」


私は二人を見る。


「私にできることは?」


シャイニーさんは少し考えた。


そして微笑んだ。


「見ていてください」


「それだけ?」


「大切なことです。我が主。あの子が何を嫌がり、何に安心するのか、魔法を使う私たちより、あなたのほうが気づけることもあるでしょう」


私は白蛇を見た。


助けたい。


その気持ちだけで触りに行くのではなく、ちゃんと見る。


「分かった」


シャイニーさんが円の境界へ向き直った。


先ほどまでティアラを取るために呼んだ人魚の女王は、もうティアラを見ていなかった。


視線の先にいるのは、小さな白蛇だけ。


その瞳には、長い時を越えて再び出会った古い友の血筋を、今度こそ失いたくないという強い想いが宿っていた。


「待っていてください」


誰に言ったのか、すぐに分かった。


「今度は奪うためではありません。あなたを救うために、私たちはここにいます」


白蛇の青い目が、ゆっくりと開いた。

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