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フールの大冒険 ~聖なるマップを手に、異世界でまだ見ぬ両親を探します~  作者: ☆☆アダム☆☆


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音の消える氷洞

地下第二階へ近づくほど、少しずつ世界から音だけが消え始めていた。


最初は声が遠くなっただけだと思った。


私が話せば自分の声は聞こえるし、隣を歩くフランの返事も聞き取れる。ただ、何枚もの厚い布を間に挟んで話しているように輪郭がぼやけ、少し離れた場所にいるリリィたちの声は、何を言っているのか分からないほど小さくなっていた。


ところが階段をあと数段下りたところで、それさえ変わった。


「みんな、止まって!」


声を張ったつもりだった。


喉には確かに力が入り、冷たい空気が口から出ていく。それなのに自分の耳へ届いたのは、誰かが遠くで囁いたような頼りない音だけだった。


すぐ隣にいるフランがこちらを向く。


「――――」


口が動いた。


何か言っている。


でも聞こえない。


「フラン?」


もう一度呼んでも、自分の声さえほとんど聞こえなかった。


肩にいたメリーが慌てて私の頬へ近づく。


『――――!』


聞こえない。


ほんの指一本ほどしか離れていないのに、メリーの声まで消えていた。


その瞬間、胸の奥が強く縮んだ。


敵が現れたわけではない。


怪我をしたわけでもない。


みんなも目の前にいる。


それなのに、声が聞こえないというだけで、急に一人になったような感覚が押し寄せてきた。


私は反射的にフランへ近づこうとして、足を止めた。


勝手に動かない。


地下へ入る前に何度も決めたことだった。


フランも同じことを考えたらしい。私へ手を伸ばす代わりに、その場で大きく手のひらを向けた。


止まれ。


たぶん、そういう意味だ。


私は何度も頷いた。


後ろを見る。


リリィもロロットも、メロウもオラクルも止まっている。


全員いる。


誰も消えていない。


それを確認しただけで、少しだけ呼吸が楽になった。


オラクルが自分の目を二本の指で示し、それから全員を順番に指した。最後に、互いの距離を狭めるよう両手を動かす。


見える範囲から離れるな。


そう言っているのだと思う。


全員がゆっくり集まった。


今までなら数秒で済む確認なのに、声が使えないだけで何倍も時間が掛かる。


メロウが鳥の顔付きの杖を階段へ軽く当てた。


何も聞こえない。


今度は少し強く叩く。


それでも音はしなかった。


ただ、杖を握っているメロウの手には振動が伝わったらしい。何度か試したあと、鞄から紙と筆記具を取り出した。


《音そのものが消えたとは限らん。振動はある》


大きな文字で書き、私たちへ見せる。


その下へ続けた。


《空間が音を吸収している可能性》


リリィが紙を受け取り、さらに書く。


《全員同じ?》


一人ずつ頷いた。


ロロットは長い耳を触りながら首を横へ振る。耳そのものが痛いわけではないらしい。


私も耳を塞いだり離したりしてみた。


変わらない。


聞こえないのではなく、聞くための音そのものが途中で消えているような、不思議な感覚だった。


私は紙を借りた。


《戻る?》


オラクルへ見せる。


オラクルは少し考えたあと、すぐには首を横へ振らなかった。


まず上の階段を見る。


次に下。


最後に指を二本立て、その指同士をほんの少しだけ離した。


少し進んで確認する。


そういう意味だと思う。


リリィも理解したらしく、紙へ新しい一文を書いた。


《全員が見える距離を維持。別の異常が出たら即停止》


私はその下へ、


《聖なるマップも使う》


と書いた。


鞄から《聖なるマップ》を取り出す。


地下第一階で進んだ道が、新しく地図へ刻まれていた。


鏡の通路。


罠を避けた場所。


地下第二階へ続く階段。


そして、私たち全員の位置。


今は七人とも同じ場所に固まっている。


私は地図を全員へ見せ、自分たちを示す印を指した。


リリィが親指を立てる。


声がなくても、これなら仲間がどこにいるのか確認できる。


今まで何度も使ってきた《聖なるマップ》なのに、この場所ではいつも以上に心強く感じた。


私たちは再び階段を下り始めた。


今度は互いの姿が必ず見えるよう、距離を縮めて進む。ロロットが先頭に立ち、その後ろをリリィ、私とメリー、フラン、メロウ、最後尾をオラクルが進んだ。


何も聞こえない。


ロロットの重い雪靴が氷へ着いても無音。


メロウの杖が段差へ触れても無音。


オラクルの車椅子が一段ずつ下りても、車輪も金具も一切音を立てない。


自分の足音まで消えているせいで、ちゃんと歩いているのか不安になる。


私は何度も足元を見そうになった。


でも前も見る。


仲間も見る。


地図も見る。


一つに集中しすぎない。


やがて最後の段へ着いた。


ロロットが先に降り、周囲を確認してからこちらへ手を振る。


私たちも続いた。


そこで初めて、地下第二階の全体が見えた。


地下第一階とは、まるで別の場所だった。


鏡は一枚もない。


人工的に削られた通路でもない。


目の前に広がっていたのは、巨大な天然の氷洞だった。


天井は高く、場所によっては青白い暗闇へ溶け込んで上端が見えない。何百年、何千年とかけて凍ったような巨大な氷柱が床と天井を繋ぎ、その間を縫うように複数の道が奥へ伸びている。


壁も平らではなかった。


透明に近い氷。


白く濁った氷。


青黒く見えるほど厚い氷。


それらが何層にも重なり、ところどころで巨大な波が凍りついたような形を作っている。


美しい。


そう思った。


同時に、怖かった。


広すぎる。


地下第一階では、鏡に挟まれていることが怖かった。


ここは逆だった。


どこまで続いているのか分からない空間が、音もなく広がっている。


叫んでも誰にも届かない。


もし氷柱の向こうへ一人だけ入り込んだら、それだけで仲間を見失うかもしれない。


リリィが床へしゃがみ込んだ。


何かを探している。


少しして、首を横へ振った。


足跡はないらしい。


以前ここまで来た冒険者はいたはずだけれど、古い痕跡は氷と雪に消されているのだろう。


メロウが壁を指した。


全員が見る。


氷壁の向こうに、何かが動いたように見えた。


私は息を呑んだ。


人影。


フランに似ている。


「フラン?」


声は届かない。


でも、本物のフランは私のすぐ後ろにいた。


では、向こうにいるのは何?


鏡像?


地下第一階の呪いが残っている?


私はすぐに身構えた。


ところが、リリィが首を横へ振った。


氷壁へ近づかず、角度だけを変える。


向こうのフランも動いた。


リリィがさらに横へ移動すると、その姿は細長く歪み、やがて消えた。


反射だ。


鏡ではない。


半透明の氷壁が、離れた場所にいる本物のフランを曲げて映している。


私は胸を撫で下ろした。


でも、すぐ別の問題に気づいた。


これでは仲間が《見えている》ことさえ信用できない。


目の前の氷壁越しに見える人が、本当にそこにいるとは限らない。


私は《聖なるマップ》を見る。


本物のフランは、ちゃんと私の後ろにいる。


地図と現実を交互に確認する。


リリィも同じことに気づいたらしく、地図を指し、それから氷壁に映る偽物の位置を示した。


全員の表情が変わった。


地下第二階の危険が、少しだけ見えてきた。


ここでは音が信用できない。


それどころか、目に見える仲間の位置まで信用できない。


オラクルが紙へ書いた。


《ここから全員、勝手に氷柱の裏へ入るな》


さらに続ける。


《目で見た位置と地図が違ったら、地図を優先。ただし地図も絶対とは決めない》


私は大きく頷いた。


一つだけを信用しない。


雪原を歩いたときと同じだった。


でも今度は、標柱さえない。


私たちは氷洞の最初の分岐へ向かった。


三方向。


左は狭く、奥で下っている。


中央は広いけれど、巨大な氷柱が何本も並んでいて先が見えない。


右は緩やかに上っている。


どれが正しい道なのか、目印はない。


私は《聖なるマップ》を開いた。


地図には、私たちがここまで歩いた道だけが刻まれている。


その先はまだ白い。


「……自分で進まないと分からないんだ」


声に出したけれど、誰にも届かない。


それでも意味は伝わったらしい。


オラクルが三方向を見てから、中央を指した。


まず一番広い道。


戻りやすい。


それが理由だと思う。


私たちは中央へ進んだ。


ロロットが先頭で足場を確認し、リリィが氷の状態を見る。メロウは罠がないか杖で振動を確かめながら進み、私は数歩ごとに《聖なるマップ》へ目を落とした。


進んだ部分だけ、地図へ細い線が伸びていく。


十歩。


二十歩。


巨大な氷柱の間へ入る。


そこで異変が起きた。


先頭のロロットが氷柱の向こうへ回った。


ほんの一瞬だけ姿が消える。


次の瞬間。


右側にロロットが見えた。


左側にもいた。


正面にもいる。


三人。


私は足を止めた。


でも、地下第一階の鏡像とは違う。


三人とも私たちへ向かってくるわけではない。


一人は右へ。


一人は左へ。


もう一人は正面。


巨大な氷柱がロロットの姿を何度も屈折させている。


どれが本物?


《聖なるマップ》を見る。


本物の印は――。


私たちの左前。


私は左を指した。


リリィも地図を確認し、同じ方向を示す。


数秒後、本物のロロットが氷柱の陰から出てきた。


こちらの慌てた顔を見て首を傾げている。


本人には、自分が三人に増えていたことなど分からないらしい。


私は紙へ大きく書いた。


《ロロットが三人に見えた》


見せる。


ロロットの顔がものすごく嫌そうになった。


その下へ、


《本物はマップで確認できた》


と追加する。


ロロットは私の《聖なるマップ》を見て、今度は大きく頷いた。


やっぱり使える。


地下第二階では、これが私たちの目になる。


そう思った。


そのときだった。


《聖なるマップ》の上で、仲間を示す印の一つが動いた。


「え?」


私は地図へ顔を近づけた。


フラン。


私のすぐ後ろにいるはずの印が、少しずつ右へ移動している。


慌てて振り返る。


フランはいる。


すぐ後ろ。


こちらを見ている。


でも地図のフランは、さらに右へ進んでいく。


氷壁の向こう。


私たちとは別の通路へ。


私は背中が冷たくなった。


目の前のフランを見る。


地図を見る。


もう一度、フランを見る。


どちらが本物なのか。


さっきまで頼りにしていた《聖なるマップ》と、自分の目。


その二つが初めて、違う答えを示していた。

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