第18話 仲間を置いてはいけない
オラクルが連行された正門の前で話し続けるわけにもいかず、私たちはいったん王宮から離れることにした。
買収騒ぎの直後ということもあって、守衛たちは明らかにこちらを警戒している。あのまま門の周辺をうろうろしていれば、オラクルを助けるどころか、私たちまで怪しまれて捕まりかねない。
王宮から何本か通りを離れ、人通りの少ない小さな広場まで来たところで足を止めた。中央には噴水があり、その周囲を囲む石造りのベンチにも人はいない。ここなら王宮の守衛に話を聞かれる心配もなさそうだった。
私はベンチへ腰を下ろし、三匹を見た。
「……どうしようか」
何について話すのかは、言わなくても全員分かっていた。
「オラクルのことでぷね」
黄色が金貨袋を抱えながら答えると、緑は本を膝へ置き、少し考えてから口を開いた。
「まず決めないといけないのは、助けに行くかどうかでぷね」
「助けないっていうのも……あるの?」
そう聞き返したものの、考えてみればオラクルが捕まった原因は完全に本人にある。私たちは守衛へ賄賂を渡してほしいなんて一度も頼んでいないし、むしろ何をするのか不安になって見ていたくらいだ。
黄色も同じことを考えていたらしい。
「オラクルが勝手にお金を渡そうとしたのでぷ。俺たちは止めたでぷよ。このまま四人で旅を続けることだってできるでぷ」
その言葉を最後に、しばらく誰も喋らなかった。
オラクルが仲間になってから、まだそれほど時間は経っていない。出会ってすぐ黄色の金貨袋を盗み、街中を走り回らせ、仲間になったあとも好き勝手なことを言い、今度は王宮の守衛を買収しようとして捕まった。
こうして並べてみると、助けなくてもいい理由ばかり思いつく。
「……置いていく?」
私が尋ねても、黄色はすぐには答えなかった。緑も本を見つめたまま考え込み、赤だけが遠くに見える王宮の方向へ顔を向けている。
私も王宮を見ながら、オラクルと一緒に旅をした短い時間を思い返した。
確かに問題ばかり起こす人だけれど、アデューへ向かう途中では一緒にウインドホークと戦った。あのときオラクルが私の腕を引いてくれなければ、空から飛び込んできた魔物の爪をまともに受けていたかもしれない。黄色が使う煙玉や滑り粉を安く買えたのもオラクルのおかげだし、私たちはそんな彼に、自分たちから一緒に来てもいいと言った。
そう考えると、本人が馬鹿なことをしたから仕方ないと、そのまま置いていくのは違う気がした。
「……やっぱり嫌だな。このまま置いていくの」
私がそう言うと、赤が大きく頷いた。
「俺も助けたほうがいいと思うでぷ。オラクルは馬鹿なことしたでぷけど、このまま置いていくのは可哀想でぷ」
「赤、はっきり馬鹿って言ったね」
「馬鹿なことは馬鹿でぷ」
赤が真面目な顔で言い切ったので、思わず少し笑ってしまった。
緑も「俺も助けるのに賛成でぷ」と続けたものの、正門から事情を話したところで簡単に返してもらえるとは思えないらしい。
最後に黄色を見ると、まだかなり悩んでいた。
「……俺のお金を盗ったでぷ」
「うん」
「財布泥棒でぷ」
「うん」
「でも、値切るのは上手いでぷ」
「そこはちゃんと評価してるんだ」
黄色は金貨袋を抱えたまましばらく考え、やがて諦めたように息を吐いた。
「仕方ないから助けるでぷ。牢屋に入ったままだと、お金の稼ぎ方をまだ全部聞いてないでぷ」
理由は黄色らしかったけれど、それで十分だった。
「じゃあ決まりだね。オラクルを助けよう」
あとは、その方法を考えなければならない。
◇
正門から普通に王宮へ入れないことは、すでに分かっている。オラクルのように守衛へお金を渡すのは論外だし、四人で無理やり突破できるような場所でもない。
「さっきのフードの人みたいに、何か見せれば入れるのかな?」
私が尋ねると、緑は「何を見せたのか分からないから真似できないでぷ」と首を横へ振った。黄色は偽物を作ることを提案したものの、本物が何なのかさえ分からないと気づき、自分ですぐに諦めた。
赤からは城壁を登る案まで出たけれど、王宮の壁は高く、その上には見張りの兵士までいる。途中で見つかれば、オラクルを助けるどころか四人そろって同じ場所へ連れていかれるだけだろう。
「どうしよう……」
考えながら何気なく鞄へ手を入れたとき、指先に硬いものが触れた。
私はその感触を確かめるように掴み、鞄から一枚のカードを取り出した。
「……これ」
昨日、継ぎ接ぎだらけの服を着た女性から買った《透明化》のカードだった。
緑はカードを見るなり身を乗り出した。
「それ、使えるんじゃないでぷ?」
「王宮に入るのに?」
「姿が見えなくなるなら、守衛に見つからず中へ入れるかもしれないでぷよ」
確かに、正面から入ることはできなくても、昨日フードの男が使った別の入口なら人の出入りもある。誰かが扉を開けたときについていけば、守衛に姿を見られず王宮へ入れる可能性はあった。
ただ、私はすぐに頷けなかった。
「でも、これ二回しか使えないんだよね」
一度使えば残りは一回。しかも姿を隠せる時間は三十分しかない。
王宮の中がどれほど広いのか分からないし、オラクルがどこへ連れていかれたのかも分からない。中へ入るだけならできても、三十分以内にオラクルを見つけられなければ、その場で姿が見えるようになってしまう。
さらに王宮から出る方法まで考えれば、二回という使用回数は決して多くなかった。
「失敗したら、カードを無駄にしちゃうかもしれない。それに中で見つかったら、今度は私たちまで捕まるよ」
私が不安を口にすると、緑もすぐには答えられなかった。
そんな中、赤が私の手にあるカードを覗き込み、何でもないことのように言った。
「でも、一人で行くんじゃないでぷよ」
「え?」
「みんなで行けばいいでぷ。フールちゃん一人でオラクルを探すんじゃないでぷよ。俺もいるし、緑も黄色もいるでぷ。何かあったら、そのときはみんなで逃げるでぷ」
簡単に言われたけれど、その言葉を聞いた途端、少しだけ肩の力が抜けた。
私はいつの間にか、カードを使うと決めたら自分が全部うまくやらなければならないような気持ちになっていた。でも王宮へ入るのは私一人ではない。緑は本を使えるし、黄色は周囲を見ながら煙玉や滑り粉を使える。赤は危険が迫れば前へ出てくれるし、何か予想外のことが起きたら四人で考えればいい。
緑も赤の言葉に頷いた。
「二回しか使えないなら、なおさら四人でまとまって動いたほうがいいでぷ。一人ずつ別々に入るより、カードも無駄にならないでぷよ」
黄色も少し不安そうにしていたものの、昨日買った煙玉を確認しながら「オラクルを助けたら、使ったカード代も働いて返してもらうでぷ」と頷いた。
「そこまで請求するの?」
「三銀Bで買った大事なカードでぷ!」
「全部オラクルのために使うわけじゃないでしょ」
そんな話をしているうちに、さっきまで感じていた怖さも少しずつ薄れていった。
使えるのは二回だけで、姿を隠せる時間も三十分。それでも今の私たちには、王宮へ入るために使えそうな手段がある。
何もしないでオラクルを置いていくより、やってみたい。
「……分かった。使おう」
私は《透明化》のカードを両手で持ち直した。
赤が笑い、緑は本を抱え直す。黄色も煙玉と滑り粉の場所を確認し、いつでも取り出せるよう荷物を整えた。
「四人で王宮に入って、オラクルを見つける。それで、ちゃんと五人で出てこよう」
「任せるでぷ!」
赤の返事に、緑と黄色も頷いた。
こうして作戦は決まった。
昨日手に入れたばかりの《透明化》のカード。その二回しかない力の一つを、仲間になったばかりのどうしようもない盗人を助けるために使う。
少しもったいない気はする。
それでも、仲間を置いて旅を続けるよりはずっとよかった。




