第17話 カードが示す王宮
フードの男が消えた路地をしばらく眺めていたものの、追いかける手掛かりは何も見つからなかった。
オラクルにも男の特徴を伝えてみたが、深くフードを被っていて顔すら見えなかった以上、それだけで誰なのか判断するのは難しいらしい。結局、日もかなり傾いていたため、その日はそれ以上アデューを歩き回らず、宿を探すことにした。
アデューは貿易が盛んなだけあって、宿の数も多かった。大通りには商人向けの大きな宿から、旅人が安く泊まれる小さな宿まで並んでおり、オラクルに相場を聞きながら何軒か比べた末、私たちは市場から少し離れた場所にある宿を選んだ。
黄色は受付で料金を聞くなり金貨袋を抱えたけれど、今日は朝から歩き続け、途中ではウインドホークとも戦っている。さすがに野宿を提案することはなく、渋々ながら必要な分を支払った。
部屋へ荷物を置いたあとは、一階の食堂で夕食を取った。
赤は昼間に骨付き肉を女性へ渡した反動なのか、料理が運ばれてくるたびに目を輝かせている。黄色は食事中にも今日使った金額を数え、緑はアデューで見かけたカードについて本を調べ、オラクルは煙草を吸えない食堂に不満そうな顔をしていた。
私は買った《透明化》のカードを一度だけ確認し、鞄の奥へしまった。
今日だけでも、いろいろなことがあった。
アデューへ近づいた途端、《聖なるマップ》から道と街が消えたこと。その代わりに正体不明のカードが現れたこと。そして街へ入ったあと、フードを被った男がこちらを見ていたように感じたこと。
考えても、今は答えが出ない。
明日になったら、まず《聖なるマップ》をもう一度確認してみよう。
そう決めて、その日は早めに休むことにした。
◇
翌朝。
窓から差し込む光で目を覚ました私は、顔を洗うより先に《聖なるマップ》を取り出した。
昨日のカードがどうなったのか気になっていた。
ベッドの上で地図を広げる。
「……あれ?」
思わず声が出た。
昨日とは違う。
「どうしたでぷ?」
近くで起きていた緑が寄ってくる。
私は地図の中央を指差した。
「カード、動いてる」
昨日まで、正体不明のカードは地図の白く抜けた部分に浮かんでいるだけだった。ところが今朝は、アデューの街並みが再び地図へ描かれ、その中心部にカードの印がはっきりと表示されている。
私たちが泊まっている場所から見ても、それほど遠くない。
赤と黄色も起き出し、最後にはオラクルまで眠そうな顔で地図を覗き込んだ。
「昨日は場所なんて出てなかったよね?」
「ああ。街に入ったから表示が変わったんじゃねえか?」
オラクルの言葉が正しいかは分からない。
でも、これなら探しに行ける。
「行ってみようよ」
朝食を済ませると、私たちは宿を出た。
◇
地図に表示されたカードを頼りに、アデューの中心部へ向かった。
朝から街は賑わっており、大通りではすでに商人たちが店を開いている。カードショップの前には新しく入荷した商品を待つ客が集まり、港や市場から来た荷車が何台も道を行き交っていた。
中心へ近づくにつれ、街並みも変わっていく。
商店が少しずつ減り、代わりに大きな建物や広場が増え始めた。道も広くなり、石畳にはカードの四隅を思わせる模様が一定の間隔で刻まれている。
そして、大通りの先に巨大な建物が見えてきた。
私は《聖なるマップ》と目の前の建物を見比べた。
カードの印は、そこに重なっている。
「……ここ?」
緑も地図を覗き込み、建物を見上げた。
「ここで間違いなさそうでぷ」
目の前にあったのは、王宮だった。
高い城壁の向こうに白い宮殿がそびえ、中央には何本もの尖塔が空へ伸びている。正門へ続く広い道の両側には兵士が立ち、門の上では巨大な旗が風を受けていた。
その旗を見て、私は目を細める。
「旗までカードなんだ」
旗の中央には、大きなカードを模した紋章が描かれていた。
王宮の装飾も同じだった。外壁や柱には長方形のカードを思わせる彫刻が施され、正面の大きな窓には色とりどりのガラスがはめ込まれている。
近づいてみて、それが普通の模様ではないことに気づいた。
何枚ものカードが組み合わされたステンドグラスだった。
赤、青、緑、金。
さまざまな色のカードが光を受け、その光が王宮の白い壁へ映り込んでいる。カードショップが並ぶ大通りとは違う豪華さだったけれど、ここまで来ると本当に国全体がカードを象徴としているのだと分かる。
「カードの国って感じだね……」
「アデュー王家は昔からカードに関わりが深いって聞いたことがあるでぷ」
緑が答える。
私はもう一度《聖なるマップ》を見る。
カードの印は、王宮の中央から動かない。
「この中に何かあるってことかな?」
「入って確かめりゃ分かるだろ」
オラクルが簡単に言った。
私は正門を見る。
武装した守衛が二人立っている。
「……入れてくれるかな?」
「聞くだけ聞いてみりゃいい」
確かに、それしかない。
私たちは正門へ向かった。
◇
門の前まで来ると、守衛の一人がこちらへ視線を向けた。
私はなるべく怪しまれないように前へ出る。
「すみません。王宮の中を見せてもらうことってできますか?」
「できない」
即答だった。
「まだ何も説明してないんですけど」
「王宮は観光施設ではない。許可のない者は入れん」
「ちょっとだけでも?」
「駄目だ」
「入口から見るだけとか……」
「駄目だ」
ものすごく堅い。
私は《聖なるマップ》を見せるべきか迷ったものの、正体も分からない地図をいきなり王宮の守衛へ見せるのも怖かった。
「どうしよう……」
私が三匹へ振り返ると、赤も緑も困った顔をしている。
黄色は門の隙間から中を覗こうとして、別の守衛に睨まれてすぐ引っ込んだ。
そのとき、オラクルが私たちの横を通り過ぎた。
「まあ待て。こういうのはやり方がある」
嫌な予感がした。
「オラクル、何するの?」
「話をつけるだけだ」
「本当に?」
「任せろ」
昨日の値下げ交渉では実際に役に立った。
情報収集も得意だと言っている。
もしかすると、王宮へ入る方法も知っているのかもしれない。
そう思って見守っていると、オラクルは守衛の前へ立ち、何やら小さな声で話し始めた。
最初は普通だった。
守衛も無表情ながら話を聞いている。
オラクルが笑う。
守衛は笑わない。
オラクルがさらに何か言う。
守衛の眉間に皺が寄る。
「……なんか雰囲気悪くなってない?」
「なってるでぷね」
緑も同じことを感じていた。
私は近づこうとした。
その瞬間、オラクルが周囲を軽く確認してから懐へ手を入れた。
銀Bを数枚取り出す。
私は固まった。
オラクルはその硬貨を、守衛へそっと差し出した。
「これで少しくらい――」
最後まで言えなかった。
守衛の顔が真っ赤になった。
「貴様ぁッ!」
怒声が正門前へ響き渡った。
周囲にいた兵士たちが一斉にこちらを見る。
オラクルも予想外だったらしく、煙草を落としそうになった。
「いや、待て。これは話し合いの――」
「王宮守衛を買収しようとは何事だ!」
「買収ってほどの額じゃ――」
「なお悪いわ!」
守衛がオラクルの腕を掴んだ。
「えっ、ちょっと!」
私が駆け寄ろうとすると、別の兵士が前へ出て止める。
さらに王宮内から二人の兵士が走ってきた。
オラクルはあっという間に囲まれた。
「待て待て! そこまで怒ることか!?」
「連行しろ!」
「本気か!?」
「オラクル!」
黄色が叫ぶ。
「俺のお金は盗るくせに、自分のお金で捕まるのでぷ!?」
「今それ言う必要あるか!?」
こんなときなのに、少しだけその通りだと思ってしまった。
でも笑っている場合ではない。
オラクルは両側から兵士に腕を掴まれ、そのまま正門の中へ連れていかれる。
「フール! なんとかしろ!」
「私に言われても分からないよ!」
「仲間だろ!」
「昨日仲間になったばっかりだよ!」
「日数の問題じゃねえ!」
言い返している間にも、オラクルはどんどん遠ざかっていく。
最後には正門の奥へ姿が消えた。
私たち四人だけが、その場に残された。
「……どうしよう」
赤が不安そうに私を見る。
「オラクル、捕まったでぷ」
「見れば分かるよ……」
緑は頭を抱えている。
「王宮へ入る方法を探してたのに、オラクルだけ先に王宮へ入ったでぷね」
私は一瞬黙った。
「……それ、入ったって言わないよ。連れていかれたんだよ」
黄色は真剣に考え込んだ。
「助けるのにお金が必要だったら嫌でぷ」
「仲間なんだからそこは払おうよ!」
私たちは完全に途方に暮れていた。
王宮へ入るどころか、仲間を一人取り戻さなければならなくなった。
守衛に事情を聞こうにも、さっきの買収騒ぎのせいで私たちまで警戒されている。正門の前でこれ以上騒げば、今度は四人まとめて連れていかれそうだった。
どうすればいいのか分からず、私は王宮の周囲へ目を向けた。
そのときだった。
正門から少し離れた場所に、別の入口があることに気づいた。
正門よりずっと小さく、荷物の搬入や関係者が使うための入口らしい。そこにも守衛が立っており、何人かが確認を受けて中へ入っている。
そして、その列の近くに見覚えのある姿があった。
深く被ったフード。
私は息を呑んだ。
「……あの人」
昨日、露店の向こうからこちらを見ていた男だった。
「フールちゃん?」
赤に呼ばれても、私は男から目を離さなかった。
間違いない。
顔は見えない。
でも、あのフードも、立ち姿も覚えている。
男は別の入口の守衛へ近づいた。
止められる。
何かを話す。
それから懐へ手を入れた。
私は思わず身構えた。
オラクルと同じようにお金を出すのかと思った。
違った。
男は小さな何かを取り出し、守衛へ見せた。
ここからでは、それが何なのか分からない。
カードほどの大きさにも見えたけれど、距離があって確信は持てなかった。
守衛はそれを確認した途端、男を止めるのをやめた。
それどころか、入口から一歩退き、道を空ける。
フードの男は何事もなかったように王宮へ入っていった。
「……入った」
昨日は、一瞬目を離しただけで消えた。
今日は、王宮へ入るところをはっきり見た。
私は男が消えた入口を見つめた。
《聖なるマップ》が示しているカードは、この王宮の中にある。
オラクルも今、王宮の中へ連行された。
そして、正体の分からないフードの男まで、何かを見せて中へ入っていった。
偶然にしては、重なりすぎている。
「みんな」
私は三匹へ振り返った。
「昨日のフードの人、今の人だと思う」
三匹の表情が変わった。
王宮へ入る方法を探すだけだったはずなのに、状況は一気に変わってしまった。
私はもう一度、男が入っていった別の入口を見る。
オラクルを助けなければならない。
《聖なるマップ》が示すカードも確かめたい。
そして――あのフードの男が何者なのかも。
王宮の中には、私たちが探している答えが一つではなくなっていた。




