第178話灼熱の川が示した氷の国
翌朝、火山へ向かう支度をしなかったのは、この集落へ来てから初めてだった。
窓の向こうには今日も巨大な火山が見えている。灰色の噴煙は朝日に照らされた空へ絶えず伸び、赤黒い山肌の一部には、夜が明けても消えない熱が薄く滲んでいるように見えた。
何日も続けて、私たちはあの山へ入った。
灰に埋もれた石道を見つけ、《赤き雫》と《獅子》の文字が残る壁画を調べ、地図にも載っていない道をさらに奥まで追った。その先では巨大な溶岩の川に阻まれ、北と南の両方から迂回路を探した。
縄。
橋。
水。
そしてメロウの《重力魔法》。
今の私たちが使える方法は、一つずつ実際に検討した。それでも、六人全員が安全に向こう岸へ渡る方法は見つからなかった。
だから今日は、火山へ行かない。
分かっていたことなのに、窓から山を眺めていると胸の奥が落ち着かなかった。向こう側に石造物があることを知り、《聖なるマップ》までそこを示しているから、昨日までより距離が遠く感じる。
「……行きたいな」
小さく呟いた直後、扉が叩かれた。
「フール、起きてる?」
リリィだった。
「起きてるよ」
扉を開けると、リリィはすでに身支度を終えていた。ただし火山へ入る格好ではなく、灰を防ぐ布も持っていない。
「メロウさんが下で待ってる。昨日言ってた氷蛇の資料、朝から全部広げてるよ」
「もう?」
「たぶん、私たちより早く起きてる」
昨日、私たちが寝るころにも談話室から魔法灯の光が漏れていた。
「ちゃんと寝たのかな」
「そこは私も気になってる」
二人で一階へ降りる。
談話室の扉を開けると、心配は半分当たっていた。
テーブルいっぱいに紙と本が広げられ、その中央でメロウが腕を組んでいる。タヌキの顔が付いたフードは今日も被っているものの、目の下には少し疲れが残っていた。
オラクル、フラン、メリーもすでに集まっている。
『フール、これ見て!』
メリーが一枚の紙を持ち上げた。
古い挿絵には、雪に覆われた山、その麓に広がる白い大地、凍結した湖らしきもの、そしてその上を這う細長い生物が描かれている。
昨日まで見続けていた火山とは、まるで正反対の景色だった。
「氷蛇?」
私が尋ねると、メロウが頷いた。
「そう呼ばれておるものの記録の一つじゃ。ただし、この絵が本当に幻獣種を描いたものとは限らんぞ」
「分かってる。普通の大きな蛇を見た人が《氷蛇》って呼んだだけかもしれないんでしょ?」
メロウが少し驚いた。
「……成長したのう」
「だから最近ずっと成長してるって言ってるじゃん!」
「自分で言うと台無しだぞ」
オラクルが笑う。
少しだけ空気が緩んだ。
でも、今日の調査は失敗できないような緊張があった。
スノーリア聖国は近くない。
行くと決めれば、今までとは違う装備を揃え、長い北方街道を移動する必要がある。時間も掛かるし、Bも必要になる。
それだけ掛けて《氷蛇の伝承はありました。でも火山攻略には使えませんでした》となれば、また最初から別の方法を探さなければならない。
もちろん、それでも無駄ではない。
でも今は、目的がある。
あの溶岩の川を越えたい。
メロウが三枚の資料を中央へ置いた。
「だから今日は、《氷蛇がどこにいるか》だけを調べるのではない。火山で実際に分かった条件から逆算して、必要な力を持つ可能性がある存在を絞る」
一枚目。
《湖面凍結》。
二枚目。
《地表凍結》。
三枚目。
《異常低温》。
「まず規模。小さな水たまりを凍らせる程度では意味がない。次に持続時間じゃ。表面だけ一瞬固めても、その下から溶岩の熱が供給されれば崩れる。そして最後に、人が渡れるだけの安定性が必要になる」
昨日見た光景が頭に浮かんだ。
黒く固まった地面へ赤い溶岩が流れ込み、歩けそうに見えた場所が目の前で呑み込まれた。
「広い範囲を、六人が渡れる時間、ちゃんと固められる力……」
「そういうことじゃ」
ただ氷を出せるだけでは足りない。
私たちが探しているのは、それほど強い力だった。
資料を一枚ずつ確認する。
最初は《一夜で湖面が完全凍結》。
一見すれば条件に近い。
でも、その年は記録的な寒波が発生し、周辺の川も同じ時期に凍っていた。
「自然に凍った可能性が高い?」
「少なくとも幻獣種の仕業と判断する材料にはならん」
候補から外す。
次は《森の一部が白く凍結》。
ただし場所が曖昧で、残っているのは後世の写本だけ。
これも弱い。
さらに読む。
真冬ではない時期に、集落から森の入口まで広範囲の地面が一夜で凍結した記録。
別年代には、《白い息を吐く巨大な蛇》が目撃された直後、周辺の水路が凍結している。
さらに別の記録では、雪の季節ではないにもかかわらず山間部の岩肌が広範囲に凍り、その直前に《長い影》が確認されていた。
リリィが地図へ印を付けていく。
「三つとも近い」
場所はスノーリア聖国。
ただし、それだけでは決められなかった。
氷蛇と呼ばれた存在の記録は、ほかの地域にも残っている。
メロウは七つの候補を並べ、火山で判明した条件に合わないものを一つずつ外していった。
単なる目撃だけの地域。
小規模な凍結。
寒波と重なるもの。
出典そのものが追えない伝承。
最後に残ったのは二か所だった。
北西の高山地帯。
そしてスノーリア聖国。
「ここからどうする?」
私は二つの場所を見比べる。
「違いを探す」
リリィが答えた。
北西の高山地帯には大規模凍結の記録が二件ある。ただし、蛇状生物の目撃記録は残っていない。
一方、スノーリアには大規模凍結が三件。
巨大な蛇状生物の目撃が二件。
さらに――。
メロウが古い地図を広げた。
「これじゃ」
スノーリア聖国の中央部から少し離れた場所。
《鏡の底》。
別の年代には《凍れる地下宮》。
巨大な氷洞を示す記録だった。
目撃地点と凍結地点を地図へ重ねる。
完全に一点へ集まっているわけではない。
でも、その中心に近い場所へ氷洞がある。
北西の高山地帯には、この条件がない。
「スノーリアのほうが強い」
私は呟いた。
「現時点ではな」
メロウが答える。
「まだ現在も氷洞が存在するか確認せねばならん」
そこで調査は、本の中から現在へ移った。
オラクル、リリィ、メロウが集落へ出て、北方から来る商人や交易記録を当たる。
私とフラン、メリーは宿に残った。
待っている時間が妙に長かった。
もし《氷洞は崩落して消えた》と分かれば、今までの候補を考え直す必要がある。
《現在は完全封鎖》。
《記録された場所そのものが間違っていた》。
そんな答えだってあり得る。
私は何度も窓の外を見た。
「落ち着かない?」
フランに聞かれた。
「ちょっと」
「俺も」
「フランも?」
「ここまで絞ったのに、全部昔の話でしたって言われたら悔しいでしょ」
同じだった。
だから、ただ待たずに資料を整理した。
メリーは雪国の挿絵を眺めている。
『雪いっぱい』
「寒そうだね」
『ふわふわの帽子いる』
「まだ行くって決まってないよ」
『決まったらいる』
そこは譲らないらしい。
夕方近く。
談話室の扉が開いた。
私は反射的に立ち上がった。
オラクル。
リリィ。
メロウ。
三人とも戻ってきた。
「どうだった?」
「順番に話させろ」
「早く!」
「落ち着け」
無理だった。
リリィが新しい地図を広げる。
「まず、スノーリア聖国へ向かう街道は現在も使える。途中の宿場も残ってる」
一つ。
「それから?」
「古い氷洞も、今の地図に残ってた」
胸が大きく鳴った。
名称は変わっている。
現在の名前は、
《氷鏡の地下迷宮》。
古い《鏡の底》《凍れる地下宮》と位置がほぼ一致している。
さらに、入口付近には現在も人が入る。
ただし内部は非常に寒く、鏡のような氷壁によって方向感覚を失いやすい。深部まで入る者はほとんどいないらしい。
「つまり、昔の記録だけじゃない」
私が言う。
「現在まで場所が残ってる」
「そうじゃ」
メロウが頷いた。
これで条件が重なった。
複数年代の大規模凍結。
巨大な蛇状生物の目撃。
その中心に近い古い氷洞。
そして、その氷洞は現在も《氷鏡の地下迷宮》として存在している。
「わしはスノーリアへ行く価値があると判断する」
メロウが言った。
今度は誰も急いで結論を出したわけではない。
調べた。
比較した。
候補を削った。
現在の情報まで確認した。
その結果として、スノーリアが残った。
だから私も迷わなかった。
「私も行きたい」
フランも頷く。
「俺も」
「賛成」
リリィが続く。
メリーは両手を上げた。
『雪!』
「目的そこじゃないからね」
『分かってるよ!』
最後にオラクルが地図を畳んだ。
「なら次は金と装備だ」
「金?」
私が聞く。
「何だその顔。旅は無料じゃねえぞ」
言われて、自分たちの残金を確認する。
宿代。
食事。
火山用の装備。
水。
縄。
何日も調査を続けたことで、Bはかなり減っていた。
さらにこれから必要になるのは、防寒具、雪道用の靴、保存食、北方街道の宿代、スノーリアへ入ってからの滞在費。
オラクルが紙へ必要額を書き出していく。
数字が増える。
私は途中から嫌な予感がしていた。
「……足りない?」
「足りねえ」
即答だった。
「どのくらい?」
「お前が聞いたら増えるわけじゃねえ」
「でも行かないと!」
「だから作るんだよ」
「Bを?」
「そうだ」
オラクルは私たちの荷物を見る。
旅の途中で手に入れたもの。
使い切っていない素材。
予備品。
今後使う予定のないもの。
「必要なものまで売るなよ。今後使わねえものを選んで街で売る。グライツ方面へ戻れば、素材を買い取る店も多い」
私は鞄の中身を思い出す。
売れるもの。
残すもの。
間違えたら取り返せない。
「☆2とかは?」
「何でも売ればいいって話じゃねえ」
即座に止められた。
危なかった。
そこで、私は別のことを思いついた。
メロウを見る。
メロウもこちらを見た。
「……何じゃ」
「メロウさん」
「嫌な予感がするのう」
「B貸して」
数秒、静かになった。
メリーが続いた。
『私もお願い!』
フランも少し考える。
「俺からも頼める?」
リリィまで、
「旅費分だけでも」
と言った。
オラクルはタバコを咥えたまま何も言わない。
メロウの顔が、少しずつ赤くなった。
「お前さんら――!」
鳥の杖が持ち上がる。
「わしが旅へ加わった途端、財布扱いするでないわッ!」
声が宿中へ響いた。
「ちょっと借りるだけだよ!」
「五人同時に《ちょっと》と言うな!」
『返すよ!』
「精霊に収入があるのか!」
『フールが返す!』
「勝手に私にしないで!」
「元はお前さんが言い出したんじゃろうが!」
フランが笑いを堪えている。
リリィも顔を逸らしていた。
オラクルだけは平然としている。
「で、貸さねえのか?」
「お前まで乗るな!」
「いや、俺は最初から売って作るつもりだ」
「なら黙っとれ!」
久しぶりに、全員で大声を出して笑った。
でも、メロウが怒ったことで逆に決まった。
Bは借りない。
自分たちで作る。
「明日、街へ戻るぞ」
オラクルが言った。
「不要な素材と道具を選別して売る。そこで防寒具と北方用の装備を揃える」
メロウも怒りながら荷物を確認する。
「わしの資料を売るなよ!」
「誰も売らないよ」
「鍋は?」
私が聞く。
「売らん!」
「二個ある?」
「……一個じゃ」
そこは守っていた。
翌日に向け、荷物の選別を始める。
ここからは失敗できない。
売ってしまったものは簡単には戻らない。
逆に、不要なものを全部残せば荷物が増え、雪道で自分たちを苦しめる。
火山で使った灰避けの予備布、余った補修材料、採取した火山岩のうちメロウが研究用に残す必要がないもの。さらに旅の途中で増えた道具を一つずつ床へ並べ、売るもの、残すもの、判断を保留するものへ分けていく。
思っていたより難しかった。
「これ売れる?」
私は黒い火山岩を一つ持ち上げた。
オラクルが見る。
「その辺に転がってる石を誰が買うんだ」
「でも火山の石だよ?」
「ここ火山の麓だぞ」
言われてみれば、わざわざ私から買う必要がない。
隣でメロウが鼻で笑った。
「物の価値は珍しさだけでは決まらん。どこで、どの状態で、何の目的に使えるかまで――」
「じゃあメロウさんの荷物で売れるものある?」
「わしのものは全部必要じゃ!」
「一個くらいあるでしょ」
「ない!」
即答だった。
オラクルがメロウの荷物を見る。
「同じような小槌三本あるぞ」
「用途が違う!」
「どう違う」
「大きさが違う!」
「用途じゃねえだろ」
「違うわ!」
この二人に任せると、準備だけで夜が明けそうだった。
リリィはもっと現実的だった。
「これは?」
取り出したのは、火山へ入る前に多めに買った補修用の金具だった。
結局使わなかったものがいくつか残っている。
「未使用なら売れると思う」
オラクルが答える。
「買った額より安くはなるけどな」
「じゃあ売る」
リリィが迷わず売却側へ置いた。
フランも自分の荷物を確認する。
予備の布。
使っていない古い鞘の留め具。
交換して余った革紐。
一つ一つは大したBにならないかもしれない。
でも、必要のないものを抱えて雪国へ行くよりはいい。
私も鞄の中を確認した。
《聖なるマップ》。
絶対に売らない。
《幻獣種召喚の本》。
もちろん売らない。
旅の途中で手に入れた大切なものや、これから必要になる可能性が高いものも残す。
ただ、全部を《いつか使うかもしれない》で残していたら何も減らない。
「難しい……」
私は床へ座り込んだ。
オラクルがこちらを見る。
「金を作るってのはそういうことだ。売ってから必要だったって気づいても遅いからな」
「オラクル、いつもこんなの考えてたの?」
「誰かが考えねえと、お前が全部使うだろ」
「全部は使わないよ!」
『お菓子』
メリーが言った。
「それは必要!」
「ほらな」
言い返せなかった。
笑いながらも、私はもう一度荷物を見る。
旅を続けるにはBがいる。
宿へ泊まる。
食べる。
装備を買う。
壊れたものを直す。
今までも当たり前にやってきたことなのに、今回は必要額が大きいから急に現実として見えてきた。
火山から雪国へ行く。
言葉にすれば簡単だけれど、身体一つで景色だけが切り替わるわけではない。
そこへ行けるように、自分たちで準備しなければならない。
「これも冒険なんだね」
私が言うと、フランが笑った。
「荷物整理が?」
「うん。だって、これやらないと次の場所へ行けないじゃん」
メロウが珍しく真面目に頷いた。
「その通りじゃ。遺跡へ入ることだけが調査ではない。そこまで辿り着くための準備も含めて調査じゃぞ」
「じゃあメロウさんも売れるもの出して」
「それとこれは別じゃ!」
結局そこは譲らなかった。
夜になるころには、売却候補が一つの袋へまとまった。
大金になるようなものではない。
でもオラクルの計算では、グライツ方面の街で適正に売れれば、現在の所持Bと合わせて最低限の防寒装備を揃えられる可能性があるらしい。
「最低限?」
私が聞き返す。
「ああ。全員分の防寒具、雪道用の足回り、保存食。それから宿代をある程度残す」
「帽子は?」
メリーが聞く。
「防寒具に入る」
『耳付きは?』
「値段次第」
『大事なのに!』
「見た目より凍えないことのほうが大事だ」
メリーがものすごく不満そうだった。
私は小声で言う。
「安かったら探そう」
『本当?』
「うん」
「聞こえてるぞ」
オラクルに見つかった。
「安かったらだよ!」
「その条件なら好きにしろ」
許可が出た。
メリーが嬉しそうに飛び回る。
その姿を見ながら、私は少しだけ先の旅を想像した。
雪。
氷。
白い山。
《氷鏡の地下迷宮》。
そして、そこにいるかもしれない氷蛇。
火山とは何もかも違う。
でも、ただ新しい場所へ遊びに行くわけではない。
私たちには戻る場所がある。
溶岩の向こう側。
《聖なるマップ》が示した石造物。
ラルメリオンと《紅蓮の雫》へ繋がるかもしれない痕跡。
その続きを見るために、氷の力を探しに行く。
「絶対見つけたいな」
思わず呟いた。
フランが聞いていた。
「氷蛇?」
「うん。でも……」
少し考える。
「見つけるだけじゃ駄目なんだよね」
「そうだね」
「もし本当にいたとしても、私たちが《火山渡りたいから力貸して》って言って終わりじゃない」
「たぶんね」
フランも同じことを考えているようだった。
幻獣種。
まだ私たちは、その六体がどういう存在なのか全部を知らない。
人間と同じように話せるのか。
何を望んでいるのか。
どうして姿を隠すように伝承の中へ残っているのか。
「会えたら、ちゃんと話したい」
私は言った。
「そのあとで頼む」
「うん」
それがいい。
必要だから探す。
でも、必要だから利用するだけにはしたくない。
翌朝。
私たちは麓の集落を離れた。
何日も滞在した場所だった。
最初に来た日は、火山の大きさに圧倒された。
そこから《紅蓮の雫》の話を聞き、《炎の獅子ラルメリオン》という名前を知った。
山へ入り、壁画を見つけ、石道を追い、向こう岸の石造物まで辿り着いた。
そして最後に、届かなかった。
集落の出口で、私は一度だけ振り返った。
火山は今日も噴煙を上げている。
「フール」
オラクルに呼ばれる。
「うん。今行く」
でも、その前にもう一度だけ火山を見る。
「また来るからね」
今度は小さな声ではなかった。
誰かに聞かれてもいい。
私自身が忘れないために言った。
メリーが肩の上から火山へ手を振る。
『次は向こう行こうねー!』
「声大きいよ」
『フールも言ったじゃん!』
フランが笑い、リリィも火山を振り返る。
メロウは何も言わなかった。
ただ、鳥の顔が付いた杖を一度だけ火山へ向け、それから前を向いた。
六人で歩き始める。
まずは街へ戻り、不要なものを売ってBを作る。
防寒具を揃える。
北方への旅に必要なものを買う。
スノーリアまでの街道を確認する。
やることは多い。
でも、もう行き先には迷っていない。
昼を過ぎたころ、火山は少しずつ遠ざかり始めた。
赤黒かった地面に草が増え、灰の匂いも薄れていく。何日も身体へまとわりついていた熱が、少しずつ普通の秋の空気へ変わっていった。
景色が変わるたび、火山編が本当に終わっていくようで少し寂しい。
でも終わりではない。
途中だ。
夕方、次の宿場へ着くころには、火山の噴煙も遠くの空に細く見えるだけになっていた。
宿へ入る前、オラクルが言った。
「明日は朝から街まで進む。着いたら売却と買い物だ。時間掛かるぞ」
「何で?」
「六人分だぞ。それに値段見ずに買う奴がいる」
私を見る。
「何で私見るの?」
「心当たりないのか?」
「……ちょっとある」
『帽子!』
「メリーもだろ」
二人まとめて注意された。
メロウが横から笑う。
「金の管理は猫に任せておけばよい」
オラクルが振り返る。
「爺さん、お前の買い物も俺が見るからな」
「なぜじゃ!」
「調査道具とか言って余計なもん買うだろ」
「必要なものしか買わん!」
「鍋三つ持ってこようとした奴が言うな」
メロウが黙った。
私たちは笑いながら宿へ入った。
明日から、本格的な準備が始まる。
火山で使っていたものを売り、雪国で必要なものへ替える。
そうして少しずつ、旅そのものを次の土地へ合わせていく。
私は宿の扉が閉まる直前、遠くに見える火山を最後に一度だけ見た。
次にあそこへ戻るとき、私たちは今とは違っている。
新しい土地を歩き、新しいものを知り、もしかしたら新しい仲間にも出会っているかもしれない。
そのときこそ、あの灼熱の川を越える。
そのための第一歩は、意外なくらい現実的だった。
まずは明日。
街で、旅に必要なBを作るところからだ。




