第176話 渡れない灼熱の川
翌朝、私たちは昨日より早く集落を出た。
目的は、窪地の向こう側へ続く別の道を探すこと。
昨日見つけた古い石道をそのまま進めば、巨大な窪地へ辿り着く。その向こう側には四角く整えられた石や何本もの柱、さらに岩壁の奥へ続く暗い入口まで見えていた。
《聖なるマップ》に現れた細い線も、そこで途切れてはいない。
だから、向こうへ行きたい。
ただし昨日のように、目の前に見えている場所へ近づくことだけを考えるつもりはなかった。
窪地の底には何本もの溶岩が流れ、黒く固まっていた地面が私たちの目の前で赤い流れへ呑み込まれた。帰り際には地震によって石道の一部まで崩れた。
まず、あの窪地を回り込める場所がないか調べる。
北側。
それで駄目なら南側。
昔の人たちが向こう側へ行っていたのなら、どこかに道が残っているかもしれない。
「それと、昨日の《聖なるマップ》」
集落を出る前、リリィが私を見る。
「窪地へ着いたら、昨日と同じ場所で確認しよう。線が揺れたように見えたんでしょ?」
「うん。一回だけだけど」
「時間も記録しておこう。何か条件があるなら、同じ場所で見たほうが比較しやすいから」
メロウも頷いた。
「今日はわしも見る。お前さんの気のせいならそれで終わり。もう一度起きれば、新しい調査対象じゃ」
「気のせいじゃないと思うんだけどなあ」
「研究者の前で《思う》は証拠にならん」
「分かってるよ」
言い返しながらも、私は少し楽しみだった。
昨日、一瞬だけ揺れたように見えた線。
あれが本当に何かへ反応したのなら、今日はみんなにも見えるかもしれない。
火山へ入ると、そんな期待だけを考えている余裕はすぐになくなった。
昨日より風が弱く、灰はそれほど舞っていない。その代わり、地面から上がってくる熱を強く感じる。朝なのに、歩き始めて一時間もしないうちに背中へ汗が流れた。
噴気孔の周囲は今日も少し形が変わっていた。
昨日付けた目印そのものは残っている。
でも黄色く変色した地面がさらに広がり、白い噴気が別の岩の隙間からも細く漏れていた。
「毎日変わるね」
私は十分に離れたところから眺める。
「だから面白い」
メロウが言った。
「だから怖いんだよ」
私は返した。
「両方じゃ。自然を調べるというのは、だいたいそういうものじゃぞ」
メロウは楽しそうだった。
ただし、もう勝手に近づこうとはしない。
昨日の落石は本人にも効いたらしい。
古い石道へ入り、壁画を越え、昨日崩れた細い道へ到達する。
そこでは全員が自然と口数を減らした。
昨日、私の足元から石が落ちた場所だ。
さらに帰りには地震で一部が崩れた。
フランが先に渡り、昨日より慎重に足場を確認する。
「昨日使った石、一個なくなってる」
「どれ?」
「真ん中。たぶん昨日の揺れで落ちた」
同じ道なのに、やっぱり同じではない。
リリィが昨日の記録と見比べ、新しく安全に使える足場を選び直す。
一人ずつ渡った。
私は下を見なかった。
昨日見てしまったので、どれだけ高いかはもう知っている。
前だけを見る。
フランが示した場所へ足を置き、ゆっくり進む。
全員が渡り終えたところで、ようやく息を吐いた。
「帰りもあるんだよね……」
「あるね」
フランが笑う。
「忘れてたことにしたかった」
「無理だと思う」
現実は今日も厳しかった。
そこからさらに奥へ進み、昨日休憩した岩場を越える。
やがて両側の岩壁が高くなり、風が弱まった。
熱がこもる。
空気そのものが重くなったように感じた。
そして――昨日の窪地が見えてきた。
「止まろう」
今日は誰に言われるより先に、私が足を止めた。
昨日と同じ位置。
縁から十分離れている。
そこから窪地を確認する。
向こう側の石造物は残っていた。
柱。
四角く整えられた石。
暗い入口。
あれを見た瞬間、また行きたい気持ちが湧いてくる。
でも今日は、その前に見るものがある。
私は《聖なるマップ》を開いた。
全員が集まった。
昨日現れた細い線は、今も向こう側へ伸びている。
「今は普通」
リリィが言う。
「うん」
メロウが時間を記録する。
「昨日揺れたのは、ここへ到着してすぐか?」
「少し見てから。溶岩をどう越えるか話してた途中だったと思う」
「なら待つ」
六人でマップを見つめた。
何も起こらない。
少し恥ずかしくなってきた。
「やっぱり気のせいだったかな」
「まだ一分も経ってないよ」
リリィが笑う。
「こういうの待つの苦手」
「知ってる」
メリーまで『知ってる』と続いた。
そのときだった。
マップの線が僅かに明るくなった。
「今!」
私が声を上げる。
今度は私だけではない。
リリィがすぐマップへ顔を寄せた。
「見えた」
メロウも黙っている。
細い線が一度だけ淡く光り、その光が現在地から向こう岸へ走った。
ほんの一瞬。
すぐ元へ戻る。
でも昨日とは違う。
みんなが見た。
「気のせいじゃなかった」
思わず嬉しくなった。
メロウはすぐ紙へ書き込んでいる。
「二日連続。同じ場所。線は現在地から向こう岸方向へ発光」
「何で光るんだろう」
「分からん」
いつもの答えだった。
でも今日は、その先がある。
「だから調べる」
メロウが顔を上げた。
「まず向こうへ行く方法からじゃ」
今日の本題へ戻った。
私たちは最初に北側を調べることにした。
窪地の縁から十分距離を取り、外周を回る。
最初のうちは進めた。
岩の間に細い足場があり、ところどころ古い加工跡も残っている。
「道だった可能性ある?」
私が尋ねる。
リリィは足元を見る。
「まだ分からない。人が歩いた跡にも見えるけど、火山の地形そのものかもしれない」
メロウも岩を確認する。
「加工されたものが見つかるまでは自然地形として考えたほうがよい」
さらに進む。
窪地の向こう側へ少しずつ回り込んでいる。
これなら行けるかもしれない。
期待した。
でも三十分ほど進んだところで、道が消えた。
目の前には大きな亀裂が走っている。
幅は、私が飛び越えられるようなものではない。
底から白い噴気が立ち上り、その向こう側には足場らしいものが続いている。
「迂回できる?」
フランが周囲を見る。
メロウも地形を確認した。
右は窪地。
左は急な岩壁。
亀裂を避けるには、かなり大きく火山の上側へ戻る必要がある。
「行けなくはないかもしれんが、今日中に確認して戻るのは厳しいな」
オラクルが時間を見る。
「一回戻る。南を見るぞ」
北側は保留。
完全に道がないとは決めない。
ただ、今日の調査で使える迂回路ではなかった。
来た道を戻り、今度は南側へ向かった。
こちらは北より歩きやすかった。
灰の下に黒い岩盤が広がり、足場も比較的安定している。
「こっちじゃない?」
私は少し期待した。
「まだ早い」
リリィに止められる。
それでも歩ける。
十分。
二十分。
窪地を横から回り込む。
向こう側の石造物が、さっきとは違う角度から見えるようになった。
近づいている。
「行けそう!」
今度こそ言ってしまった。
その直後、先頭のフランが止まった。
「フール」
嫌な予感がした。
追いつく。
目の前で地面が途切れていた。
崖ではない。
赤い。
巨大な溶岩の流れが、窪地の奥からこちら側へ回り込んでいる。
昨日遠くから見ていた細い流れとは違う。
幅がある。
向こう岸までかなり遠い。
表面は場所によって黒く固まりかけているものの、その亀裂から真っ赤な光が漏れ、ゆっくり動いている。
熱気が凄かった。
数歩離れた場所にいるだけで、顔を近づけた焚き火なんて比べものにならないほど熱い。
「これ……川みたい」
私は口元を覆う布を押さえながら言った。
「溶岩流じゃな」
メロウが答える。
「古い地図にないよ?」
「地図が作られたあとにできた可能性が高い」
つまり昔は、ここを通れたのかもしれない。
今は違う。
道そのものが、溶岩に分断されている。
リリィが南側を見る。
流れは岩壁の向こうまで続いていて、終わりが見えない。
北へ戻れば窪地。
南へ進めば、この溶岩流がさらに続く。
「これ以上回り込むなら、火山そのものを大きく迂回することになるね」
「日帰りじゃ無理だな」
オラクルが答える。
また止められた。
向こう側が見えているのに。
今度は道も途中まであったのに。
私は溶岩の流れを睨む。
「何とか渡れない?」
「距離がありすぎる」
フランが答えた。
「跳ぶのは無理。縄も掛ける場所がないし、向こうへ誰かが先に行かないと固定できない」
「魔法は?」
自分で言ってから、誰に聞いたのか分からなくなった。
私たちの中で、この距離を一気に越えられるような魔法を使える人はいない。
そう思ったときだった。
「わし一人なら渡れるんじゃがな」
メロウが言った。
全員がメロウを見る。
「……え?」
私が最初に声を出した。
メロウは何でもないことのように溶岩を見ている。
「だから、わし一人なら向こうへ行けると言ったんじゃ」
「どうやって?」
「重力魔法じゃ」
今度は本当に全員が黙った。
メリーまで私の肩からメロウを見る。
『メロウ、魔法使えるの?』
「使えるぞ」
「初めて聞いた!」
私が言うと、メロウは心外そうな顔をした。
「聞かれておらんからな」
「だって考古学者じゃん!」
「考古学者が魔法を使って何がおかしい!」
「おかしくはないけど……」
私は今までのメロウを思い出す。
山。
古道。
採石場。
地下坑道。
一人で何日も調査していた。
確かに、何もできない老人が鳥の杖一本でそんな場所を歩き回れるほうがおかしい。
フランも同じことを考えたらしい。
「重力魔法って、飛べるの?」
「正確には自分へ掛かる重力を弱め、跳躍と落下を調整する。短い距離なら、ほとんど浮くように移動することもできる」
「何で今まで使わなかったの?」
リリィが聞く。
「必要がなかったからじゃ。歩ける場所を魔法で移動して魔力を浪費してどうする」
それは妙に納得できた。
「これでも、わしは色々な危険な場所へ調査に行っておる」
メロウは鳥の杖を肩へ乗せた。
「崖、洞窟、地下遺跡、崩れた古道。何もできんまま、そんな場所へ一人で入れると思うか? 調べたいものが危険な場所にあるたび《行けません》では、考古学者などやっておれんわ」
少し格好いい。
そう思った。
「じゃあメロウさんが向こうへ行って、縄を――」
言いかけたところで、メロウが首を横へ振った。
「無理じゃな」
「何で?」
「向こうに縄を固定できそうな場所がない。それに、この熱の上を縄一本で五人渡らせるつもりか?」
想像した。
すぐやめた。
怖すぎる。
フランも溶岩を見ながら言う。
「途中で縄が熱を受けたら危ない。渡ってる間に溶岩が弾ける可能性もある」
「それに、わしの重力魔法で他人を何人も運ぶのは無理じゃ」
メロウが続ける。
「自分一人なら重さの感覚も姿勢も調整できる。じゃが他人、それも五人まとめてとなれば話が違う。ここで試すような魔法ではない」
「じゃあメロウさんだけ向こうへ行く?」
私は尋ねた。
メロウは、今度は少しだけ考えた。
向こう岸。
さらに奥にある石造物。
長年幻獣種を追ってきた本人なら、一人でも行きたいはずだ。
でも答えは、
「行かん」
だった。
「どうして?」
「向こうに何があるか分からんからじゃ」
メロウは私たちを見る。
「一人で渡って調査中に怪我をしたら、誰が助ける? 何か見つけても持ち帰れなければ意味がない。それに――」
少しだけ間を置いた。
「今の調査は、もうわし一人のものではないからな」
誰もすぐには言葉を返さなかった。
私は少し嬉しかった。
メロウが仲間になった。
昨日までも分かっていた。
でも今の言葉で、もっとはっきりした気がした。
『じゃあ六人で渡る方法探そう』
メリーが言う。
「うん」
私は溶岩の向こう側を見る。
迂回路は簡単には見つからなかった。
北側には大きな亀裂。
南側には巨大な溶岩流。
メロウ一人なら重力魔法で渡れる。
でも六人では渡れない。
「今日は、ここまでかな」
悔しい。
それでも言えた。
オラクルが頷く。
「戻って考えるぞ。まだ試せることが全部なくなったわけじゃねえ」
メロウも溶岩流を記録する。
リリィは幅や流れる方向を確認し、フランは周辺に縄を固定できそうな岩が本当にないか最後まで探した。
私は《聖なるマップ》を開いた。
そのときだった。
また、線が光った。
「待って」
私が声を上げると、全員が集まった。
今度は一瞬ではなかった。
昨日、壁画の前で現れた印から伸びた細い線が淡く明滅し、その光が現在地を通って溶岩流の向こう側へ進んでいる。
そして、そこで止まった。
「さっき窪地で見たときと同じ?」
リリィが尋ねる。
「似てる。でも……」
私はマップと実際の景色を交互に見た。
さっき窪地の縁で確認したとき、線は向こう岸の石造物へ向かって光った。
今も方向は同じだ。
でも、目の前には巨大な溶岩流がある。
《聖なるマップ》の線は、それを避けようとしていない。
まっすぐ横切っている。
「道が間違ってる?」
思わず口にすると、メロウがすぐ首を横へ振った。
「そう決めるのは早い。《聖なるマップ》が安全な徒歩経路を示すものなのか、目的地へ向かう方向だけを示しておるのか、それすら完全には分かっておらんじゃろ」
「うん」
確かにそうだった。
私は今まで、線があるなら歩ける道もあると思っていた。
でも、このマップは普通の地図ではない。
旅の中で関わったものを記録し、私自身にも分からない条件で新しい印や情報を増やしていく。
「じゃあ、これって《こっちへ行け》じゃなくて、《この先に何かある》って意味かもしれない?」
「可能性はある」
リリィが答える。
「だから、今の時点では《線が溶岩の向こうへ続いている》までだね」
メロウはすぐ紙へ記録した。
《聖なるマップ――溶岩流を迂回せず直線的に向こう岸方向へ反応》。
その一文を見ているうちに、少しだけ考え方が変わった。
私たちはずっと、溶岩を避ける方法を探していた。
北へ回る。
南へ回る。
昔の道を探す。
でも、マップの線は一度も曲がっていない。
だからといって、溶岩へ飛び込めという意味では絶対にない。
それでも――。
「避ける道がないなら……」
私は目の前の赤い流れを見る。
熱気で向こう側の景色が揺らいでいる。
「これ自体を、どうにかする方法も考えたほうがいいのかな」
誰もすぐには答えなかった。
オラクルが最初に口を開く。
「考えるだけならな。まず、今あるもので何ができるか洗い出すぞ」
私たちは溶岩から十分に距離を取り、岩場へ集まった。
最初に出たのは、メロウの重力魔法だった。
本人一人なら渡れる。
でも複数人を運ぶには制御が難しく、この環境で試すには危険すぎる。
次は縄。
フランが向こう岸を見ながら首を横へ振る。
「メロウさんが渡って固定すること自体はできるかもしれない。でも、五人があの上を縄だけで渡るのは危ない。途中で火の粉が上がるし、熱で縄が傷む可能性もある」
「なら金属の鎖?」
私が聞く。
オラクルが答える。
「この距離を渡せる鎖なんか持ってねえ。それに重すぎる」
「橋を作る?」
『木は燃えるよ』
メリーに先に言われた。
「だよね……」
「石橋なら?」
リリィが周囲を見る。
メロウは少し考えたあと、溶岩流の幅を確認する。
「この場で作れる規模ではない。材料も道具も足りんし、仮に石を積めても、流れが変われば呑まれる可能性がある」
一つ考える。
問題が見つかる。
また考える。
それでも駄目。
でも、不思議と嫌ではなかった。
昨日までは《渡れない》という一言で終わっていたものが、今は《なぜ渡れないのか》へ変わっている。
距離。
熱。
流れ。
足場。
帰路。
一つずつ問題が見えてくる。
「水は?」
私は尋ねた。
メロウがこちらを見る。
「溶岩に?」
「いっぱい掛けたら固まらない?」
「固まる部分はあるじゃろう。じゃが、わしらが持ってきた水程度では話にならん。表面を僅かに冷やせても、その下から熱が供給され続ける。むしろ急激に蒸気が発生して危険になる可能性がある」
「じゃあ水も駄目か」
「今持っている量ではな」
私は自分の水筒を見る。
火山で飲むために持ってきた水。
これを全部使ったところで、目の前の溶岩流と比べれば本当に僅かだ。
メリーが溶岩を見つめていた。
『これ、冷たくできたらいいのにね』
何気ない言葉だった。
でもメロウが反応した。
「冷たく……か」
「何?」
「いや」
メロウはすぐ答えず、鳥の杖で地面へ簡単な線を描いた。
赤い流れ。
その上へ、黒く固まった部分。
「溶岩は冷えれば固まる。当然の話じゃ。ただし、この量を人が渡れるほど冷却するとなれば、生半可な水や冷気では足りん」
「魔法なら?」
フランが尋ねる。
「魔法でも同じじゃ。術者の力量による。小さな火を消す魔法と、この流れを止めるほどの力は別物じゃからな」
私はその言葉を覚えておこうと思った。
《この流れを止めるほどの力》。
今の私たちにはない。
でも、存在しないとは限らない。
「氷の魔法を使える人を探す?」
私は聞いた。
メロウはすぐには頷かなかった。
「それも一つの考えじゃ。ただ、普通の氷魔法で足りるかは分からん。ここで必要なのは少し冷やす程度ではない。流れ続ける溶岩へ対抗し、人が歩ける状態をある程度維持できるほどの力じゃ」
オラクルがタバコを動かした。
「つまり、今ここで考えて答えが出る話じゃねえな」
「そうなる」
悔しい。
でも、今までとは違う。
ただ《無理》なのではない。
必要なものの形が、少しだけ見えてきた。
大きな溶岩流を冷やせるほどの力。
それがあれば、向こう側へ行ける可能性がある。
ただし、まだ別の道が完全にないと確認したわけではない。
北側の大迂回も残っている。
南側も、この溶岩流の終わりがどこにあるのか確認できていない。
「明日も調べる?」
私が聞く。
オラクルは地図を見る。
「一日使って外周をもう少し確認する価値はある。ただし、それで道がなければ一回引くぞ」
「集落へ?」
「その先も含めてだ」
意味が分かり、私は黙った。
火山を一度離れる。
それは悔しい。
向こう側まで来ている。
《聖なるマップ》も、あそこを示している。
でも、今の私たちでは届かないなら、ここで何日も同じ場所を歩き回るだけでは進まない。
メロウが私の顔を見た。
「不満そうじゃな」
「不満だよ」
正直に答えた。
「でも、無理して行こうとは思ってない」
「なら十分じゃ」
「戻って、渡れる方法を探して、それからまた来ればいいんだよね」
「そうじゃ」
メロウは少し笑った。
「調査で一度引くことは負けではない。足りんものが分かったなら、それを持って戻ればよい」
その言葉で、採石場を思い出した。
崩落した坑道。
あのときも、一度進めなかった。
でも別の道を探し、メロウまで辿り着いた。
今回も同じかもしれない。
ただし、必要になるものはもっと大きい。
私は《聖なるマップ》を閉じる前に、もう一度線を見る。
細い光は、溶岩の向こうへ真っ直ぐ伸びていた。
今は渡れない。
でも、道が消えたわけではない。
「絶対戻ってこよう」
私が言う。
『うん!』
メリーが最初に答えた。
フランも向こう岸を見ながら頷く。
「次は渡れる方法を持って」
リリィは今日調べた北と南の地形を紙へ書き込み、オラクルは帰りの時間を確認した。
メロウだけは、しばらく溶岩を見つめていた。
「どうしたの?」
私が尋ねる。
「昔の記録を思い出しておる」
「火山の?」
「いや」
メロウは少し考えてから首を横へ振った。
「まだ繋げるには早い。戻って資料を確認してからじゃ」
「気になる!」
「だから確認してからと言っとる!」
また一つ、気になるものが増えた。
でも今は追及しない。
私たちは溶岩流を離れた。
帰り道、私は何度か振り返った。
熱で揺れる景色の向こう。
石造物はここからでは見えない。
それでも《聖なるマップ》の線がどこへ続いているのか、もう知っている。
問題は道ではなくなりつつあった。
北へ回るのか。
南へ回るのか。
それとも――目の前の灼熱そのものを越えられる力を手に入れるのか。
今日、答えは出なかった。
代わりに、次に探すべきものの輪郭が初めて見え始めていた。




