171話 六体を追う考古学者
グライツへ戻ったころには、空がすっかり夕方の色へ変わっていた。
古道を抜けるまで何度か休憩を挟み、途中で道の半分が崩れていた場所では、行きと同じように縄を使って慎重に越えた。メロウは自分で荷物を持てると言い張ったものの、三日間も山へ入っていたうえ、縄や魔法灯、残った保存食まで背負っている。結局、一部をフランが持ち、残りを本人が運ぶことになった。
それでもメロウの口だけは、まったく疲れていなかった。
「あの崩落は昨日からか? ならば別坑道を使った判断は悪くない。じゃが、第二坑道の壁面をもっと調べておくべきじゃったな。あそこには採石場が作られる以前の加工跡が――」
「爺さん」
オラクルが途中で遮った。
「歩きながら全部説明すんな。足元見ろ」
「わしはこの程度の道で転ばん!」
そう言った直後、メロウの靴先が木の根に引っ掛かった。
フランが腕を掴まなければ、そのまま前へ倒れていたと思う。
「……今のは根の位置が悪い」
「根っこは動かないよ?」
私が言うと、メロウは悔しそうに黙り、肩の上ではメリーが必死に笑いを堪えていた。
大図書館で名前と研究記録だけを見ていたころ、私はメロウをもっと静かな学者だと思っていた。実際に会ってみれば全然違う。タヌキの顔が付いたフードを被り、派手なローブを着て、鳥の顔が付いた杖を持っている。そのうえ気になるものを見つければ、周りが見えなくなるくらい夢中になる。
でも、ただ騒がしい老人でもなかった。
採石場では古い岩壁のわずかな加工跡を見つけ、現在の採石場が作られるより前に人の手が入っていた可能性まで考えていた。私たちなら通り過ぎていたものを見つけ、そこから何十年、何百年も前の出来事を考える。
それが考古学者なのだと思う。
北門が見え始めたところで、メロウが突然こちらを振り返った。
「それで、本当に今夜話すつもりか?」
「メロウさんが山で寝たいなら、明日でもいいですよ」
「誰が山で寝ると言った!」
「だって疲れてるでしょ?」
「本を見せられて、眠れると思うか?」
メロウの視線が私の鞄へ向いた。
中に入っているのは、☆5《幻獣種召喚の本》。
坑道で見せたとき、メロウは明らかに変わった。長年追ってきた六体が、本当に一つのものへ繋がっている可能性を目の前で見たからだ。
「宿へ戻ったら話そう」
私が答えると、メロウは満足そうに頷いた。
「それがよい」
「その前に飯だ」
オラクルが言う。
「話は食ってからにしろ。こいつら朝から山歩いてんだぞ」
『ご飯!』
一番元気に反応したのはメリーだった。
結局、私たちは宿へ戻る途中で食事を済ませ、それから宿の一階にある小さな談話室を借りた。
大図書館へ戻ることも考えたけれど、もう閉館時間が近い。それに今日は新しい資料を探すのではなく、私たちとメロウがそれぞれ持っている情報を整理するのが先だった。
丸いテーブルへ六人で集まる。
私は鞄から《幻獣種召喚の本》を取り出した。
今度は坑道の中ではない。魔法灯の明るい部屋で、メロウへ改めて見せる。
メロウはタヌキのフードを少し後ろへずらし、本を受け取った。さっきまで食事の量に文句を言っていた老人が、また静かになる。
表紙から背、ページの縁まで一つずつ確認してから、ゆっくり開いた。
私たちも邪魔をしなかった。
何枚か進めたところで、メロウの指が止まる。
「……やはり六つか」
私はその言葉を聞き逃さなかった。
「六体全部、知ってるんですか?」
「《知っている》という言い方は正しくない」
メロウは本から目を離さないまま答えた。
「わしが長年追ってきた幻獣種は六体。人魚、雷鳥、氷蛇、炎獅子、光を纏う剣士、そして虹色の光を操る人型存在じゃ。ただし、六体すべてを同じように知っているわけではない」
テーブルの上へ紙を置き、メロウは六つの印を書いた。
最初の四つ、その次に一つ、最後に少し間を空けて一つ。
「最初の四体には、まだ追う道がある。人魚なら海や水辺に伝承が残り、雷鳥なら空と山岳、氷蛇なら寒冷地、炎獅子なら火と熱に関わる土地へ記録が偏る。もちろん昔話や誤伝も混ざっておるから、書いてある場所へ行けば会えるという話ではない」
「第五体は?」
フランが尋ねた。
メロウは五つ目の印を指す。
「光を纏う剣士。こいつから急に記録が減る。それでも完全に消えてはおらん。西方の古い伝承、断片的な写本、それらしい壁画。細いが、追える糸は残っとる」
そこまでは、大図書館で読んだ内容と同じだった。
そして六つ目。
メロウの指が最後の印へ移る。
「こいつだけは違う」
声の調子が変わった。
「虹色の光を操る人型存在。わしは長いこと調べたが、どこで見たのか、いつ見たのか、誰が記録したのか、その入口へ辿り着けんかった」
「だから《追跡不能》?」
「そうじゃ。情報が少ないのではない。情報へ行く道がない。出典を追おうとしても、その一つ前が存在せん。地名を探してもない。証言者を探そうにも名前がない。まるで途中のページだけ抜き取られたようにな」
私はリリィを見る。
同じことを考えているのが分かった。
「それなんです」
リリィが記録用紙を広げた。
「私たち、大図書館でその抜けている道らしいものを一つ見つけました」
メロウの目が動く。
「何?」
ここからは私たちの番だった。
最初に説明したのは、《虹光現象に関する旧記録》。
かつてグライツ大図書館に確実に存在した資料で、現在は所在不明。記録上では《移管》となっていたものの、最初に確認した管理記録では移管先が分からなかった。
次に、その資料を最後に長時間閲覧していた研究者。
専門は《古代魔法現象・召喚媒体》。
閲覧延長申請には、
《既知の召喚媒体との照合のため》
という一文が残されていた。
「召喚媒体……」
メロウが初めて反応した。
「はい。でも、何と照合したのかは分かりません」
照合対象が書かれていた部分だけ、紙そのものが欠けていた。
そして裏側には、
《第三箱へ移す》
という研究者本人の追記。
その研究者は退職時、大図書館へ三箱の研究資料を寄贈している。
第一箱《古代魔法現象》。
第二箱《召喚術・媒体研究》。
第三箱《古代召喚媒体・未整理記録》。
「第三箱は?」
「最初は所在不明だと思ってました」
リリィが答えた。
「でも受領記録から追い直したら、三箱とも大図書館へ届いていました。受領時点では第三箱も確実にグライツにあったんです」
ここが大事だった。
《三箱寄贈》と書かれていただけではない。
実際に大図書館側が三箱を受け取り、第三箱を保管した記録まで確認できた。
その後、第三箱だけが通常保管から外されている。
「さらに追ったら、第三箱は紛失したんじゃなかった」
リリィは記録した内容を指で追う。
「《古代召喚媒体関連資料との比較調査》を理由に、外部へ移す手続きが行われていました。正式な移管記録も残っていて、その行き先がリベル王国です」
メロウが目を細めた。
「つまり第三箱は、大図書館へ届く前に消えたわけでも、保管中に盗まれたと決まったわけでもない。グライツ側が手続きをしてリベルへ送った、ということか」
「はい」
私は頷いた。
第三箱はグライツに届いた。
大図書館で受領された。
その後、《古代召喚媒体関連資料との比較調査》のため、正式な手続きを経てリベル王国へ移管された。
だから現在グライツで第三箱が見つからないこと自体は、不自然な紛失ではなかった。
問題は、その先だ。
「ただ、何と比較するためにリベルへ送ったのかまでは分かりません」
リリィが続ける。
「移管理由には《古代召喚媒体関連資料との比較調査》としか残っていないんです。リベル側に何があったのか、誰が受領したのか、その後どこへ保管されたのかは、グライツの記録だけでは追えませんでした」
「虹光記録も一緒に?」
メロウが尋ねる。
「そこも確認できてません」
移管時期は近い。
でも、《虹光現象に関する旧記録》と第三箱が同じ便でリベル王国へ送られたという証拠はない。
分かっているのは、研究者自身が虹光記録を《既知の召喚媒体》と照合し、その内容の何かを《第三箱へ移す》と残していたこと。そして、その第三箱が後に《古代召喚媒体関連資料との比較調査》を理由としてリベル王国へ移管されたこと。
そこまでは一本に繋がった。
でも最後の一歩――何と照合していたのかだけが、まだ抜けている。
メロウはしばらく何も言わなかった。
私はてっきり、そこまで話せば何か知っていると思っていた。
でも違った。
「知らん」
「え?」
「第三箱がリベルへ運ばれたことを、わしは知らんかった」
メロウは悔しそうに眉を寄せた。
「わしもあの研究者の名前までは辿った。じゃが退職後の寄贈資料を、そこまで追えておらん。第三箱についても《古代召喚媒体の未整理記録があったらしい》程度しか把握しておらんかった」
「メロウさんでも?」
「専門家を何じゃと思っとる。知らんものを調べるから研究するんじゃ」
即答だった。
私は思わず笑った。
「何じゃ?」
「いえ。良かったなって」
「知らんと言われて喜ぶな!」
「だって、何でも知ってる人だったら、私たちが何日も調べた意味がなくなるじゃないですか」
メロウは目を丸くし、それから少しだけ笑った。
「変な娘じゃな」
でも、嫌そうではなかった。
リリィが第三箱についてまとめた紙を渡すと、メロウは何度も読み返し、やがて《古代召喚媒体》という文字へ指を置いた。
「これで第六種の正体が分かるとは言えん。虹光現象が第六種そのものだったとも言えん。じゃが、追跡不能だった場所に新しい道が一本できたのは確かじゃ」
その道は、《虹光現象に関する旧記録》から《既知の召喚媒体との照合》へ進み、《第三箱へ移す》という追記を経て、《古代召喚媒体・未整理記録》へ繋がった。そして第三箱そのものは《古代召喚媒体関連資料との比較調査》のため、正式にリベル王国へ移管されている。
リベル王国へ行けば必ず答えがあるとは限らない。何年も前の移管であり、第三箱が今も同じ場所に残っている保証もない。
それでも、以前とは違う。
第六体は《どこから追えばいいのか分からない存在》だった。
今は少なくとも、次に確認すべき国が一つある。
「じゃあ次はリベル王国?」
私が尋ねると、オラクルがすぐ止めた。
「一個見つけるたびに行き先変えんな」
「でも第三箱が行ったんだよ?」
「行ったのは昔だ。それに第三箱を追う道は、今ので一回リベルまで繋がった。だったら忘れないよう残しておけばいい。俺たちは第六体だけ追ってるわけじゃねえだろ」
言われて、私は口を閉じた。
その通りだった。
幻獣種は全部で六体。
第六体だけがすべてではない。
メロウも頷いた。
「リベルへ向かう理由はできた。じゃが《いつか調べるべき場所》と《今もっとも調べる価値が高い場所》は別じゃ」
「じゃあ、今いちばん追えるのは?」
フランが尋ねた。
メロウはすぐには答えず、荷物の中から何枚もの紙を取り出した。
古い写本の複製、地図、壁画を写した絵、土地ごとの伝承をまとめた紙。それらをテーブルへ広げると、一枚の古地図を中央へ置いた。
「第五種と第六種は、今すぐ追うには材料が足りん。第六種にはリベルへ続く道ができたが、その先は現地の記録を見なければ進まん。一方、最初の四体には今も土地へ繋がる伝承が残っとる。その中で、最近になって複数の記録を照合できた場所が一つある」
私は地図へ身を乗り出した。
「どこ?」
「待て。まだ《そこに幻獣種がいる》とは言っておらん」
先に釘を刺された。
オラクルが笑う。
「爺さん、こいつの扱い分かってきたな」
「何で二人とも私を止めるの!」
『フールだから』
「メリーまで!」
少しだけ空気が緩んだあと、メロウは地図の一角へ指を置いた。
グライツから離れた山岳地帯。
その周囲には、噴煙、熱、火、過去の噴火を示す古い記号が並んでいる。
現在も活動を続ける火山地帯だった。
「古い伝承が複数残っとる。年代も記録者も別々で、内容が完全に一致しているわけではない。じゃが、この地域では昔から《通常の魔物とは異なる存在》を見たという記録が、離れた時代に何度か現れておる」
メロウは一枚の写本を地図の横へ置いた。
古い文字の脇には、後から本人が書き込んだらしい注釈がびっしり並んでいる。別の紙には火山の輪郭が描かれ、その山腹には小さな印がいくつも付けられていた。
「これが一番古い記録。こっちはそれより百年以上あとの写しじゃ。書いた者も違えば、使われている言葉も違う。にもかかわらず、いくつか共通するものがある」
メロウの指が、記録の中を順番に移動する。
火山の奥。
人が近づきにくい場所。
異常な熱。
そして、火の中でも活動していたとされる正体不明の存在。
私は地図へ顔を近づけた。
「炎獅子?」
頭に浮かんだ名前を口にすると、メロウはすぐ首を横へ振った。
「可能性の一つではある。じゃが、まだ決めるな」
「分かってるよ」
「今、決めかけた顔をしておったぞ」
「ちょっと思っただけ!」
オラクルが小さく笑った。
「だから爺さんにまで読まれるんだよ」
私は言い返そうとしたけれど、その前にリリィが写本を手元へ寄せた。
「同じ存在を記録した証拠はあるんですか?」
「ない」
メロウはあっさり答えた。
「そこが問題じゃ。同じ火山地帯について書かれていることは確認できるが、別々の魔物を見た記録が偶然似ただけという可能性もある。噴火や熱気によって見間違えた話が、後世で誇張された可能性も捨てられん」
リリィはもう一枚の記録を確認する。
「じゃあ、何でここを本命に?」
「記録だけなら、まだ候補の一つじゃった」
メロウは古地図の火山周辺へ指を滑らせ、山腹の一か所で止めた。
「数年前、この地域で古い石造物が見つかっておる」
「遺跡?」
「そこまで言えるかは分からん。発見されたのは、火山灰に半分埋もれた加工石と、岩壁に残った人工的な切削跡じゃ。噴火のたびに地形が変わる場所だから、本格的な調査はほとんど進んでおらん」
メロウは別の紙を取り出した。
簡単な写しだった。
赤黒い岩壁の一部に、直線的な加工跡が描かれている。その近くには、何かを囲むような古い模様もあった。
「これだけなら昔の集落や採掘場かもしれん。幻獣種とは無関係という可能性も十分ある。じゃが、古い伝承が集中する地域と、実際に人工物らしきものが確認された場所が重なった」
ようやく、メロウが《今もっとも調べる価値が高い》と言った理由が分かった。
伝承だけではない。
現地に、まだ調べられていないものが残っている。
だから行く。
「向こうへ行けば、何か分かるかもしれないんだね」
「何も分からん可能性もあるぞ」
「それでも」
私は地図を見た。
「ここで同じ本をもう一回読むより、行って確かめたほうがいい」
メロウの口元が少し上がった。
「その点だけは話が早いのう」
「待て待て」
オラクルが間へ入った。
「行くかどうか決める前に、行けるかを確認しろ」
テーブルの上から火山地帯の地図を取り、距離や周辺の道を見ていく。
「最寄りの街は?」
「ここじゃ」
「そこから火山まで?」
「麓までは街道がある。問題はその先じゃな。現在も活動中の火山だから、一般の旅人が奥へ入る場所ではない」
「水は?」
「麓までは補給できる。火山域へ入ったあとは期待せんほうがよい」
「宿は?」
「麓の集落までじゃ」
質問が次々に出る。
私は火山へ行くことばかり考えていたけれど、オラクルが確認しているのは、その場所へ実際に行って帰ってくるために必要なことだった。
メロウも今度は冗談を挟まず答えていく。
火山灰を防ぐ布。
熱に耐えられる靴。
十分な水。
保存食。
岩場を進むための縄。
噴気孔の位置。
噴火活動によって使えなくなる道。
「それと、車輪が通せるのは途中までと考えたほうがいい」
メロウの言葉に、オラクルが地図から顔を上げた。
「そこは現地で道を見て決める。使える道と使えねえ道を先に確認するぞ」
それ以上、今ここで決めつけることはしなかった。
山へ入る前に地形と移動方法を確認する。
必要なら道具も増やす。
私たちが採石場へ行く前に準備したのと同じだ。
フランは火山地帯の写しを見ながら、別のところを確認していた。
「魔物は?」
「いる。火山の環境へ適応した種類も確認されとる。ただし、わしが欲しいのは討伐屋ではない。危険なら避ける。戦う必要があるなら戦う。それでよい」
「俺もそのほうがいい」
フランは頷いた。
必要以上に戦わない。
それはフランの考えとも合っている。
リリィは伝承より地図を見ていた。
「最後に現地調査されたのはいつですか?」
「加工石が報告されたあとに小規模な調査隊が入っとる。ただ、山腹より奥へは進めておらん」
「理由は?」
「地形じゃ。噴火で昔の道が失われておるうえ、奥へ進むほど地割れと溶岩流の跡が増える。調査隊は危険と判断して引き返した」
私はその言葉を聞いて、少しだけ身体が前へ動いた。
行った人はいる。
でも、奥までは行けなかった。
そこに何があるのかは、まだ分からない。
「フール」
メリーに頬を押された。
「なに?」
『顔』
「どんな顔?」
『行きたい顔』
隠せていなかったらしい。
私は少し笑った。
「行きたいよ」
でも、それだけでは決めない。
みんなを見る。
「私は行きたい。でも、みんなは?」
最初に答えたのはフランだった。
「俺は行く。今ある情報なら、調べる価値はあると思う。ただ、現地へ着いて危険すぎるなら引き返す」
リリィも頷く。
「私も。伝承が正しいかどうかは、現地で痕跡を確認しないと分からないから」
『私も行く!』
メリーがすぐ続いた。
「暑いよ?」
『……どのくらい?』
「たぶん、すごく」
メリーが少しだけ迷った。
『それでも行く』
「無理なら私の鞄に入っていいからね」
『入らないもん!』
オラクルはまだ地図を見ていた。
「行くこと自体には反対しねえ。ただし、明日出発はなしだ」
「分かってる」
「本当に成長したな」
「だから最初から分かってるって!」
オラクルは笑いながら、必要になりそうなものを紙へ書き始めた。
防熱対策。
水。
保存食。
火山灰対策。
縄。
地図。
現地情報。
麓までの移動手段。
帰路。
何か一つ足りなければ絶対に行けないという話ではない。でも、分かっている危険を無視して出発する必要もない。
最後に全員の視線がメロウへ集まった。
「メロウさんも行くんですよね?」
私が尋ねると、老人は何を当然のことを聞くのかという顔をした。
「わしが何年これを調べたと思っとる」
「じゃあ一緒だね」
「待て。いつからわしがお前さんらの仲間になった」
「一緒に行くんでしょ?」
「それとこれは別じゃ!」
『一緒!』
「精霊まで勝手に決めるでない!」
メロウの声が談話室へ響き、慌てて全員で声を抑える。
宿の人に怒られたら困る。
笑いが収まったところで、私はもう一度テーブルを見る。
大図書館で何日も追ってきた二つの道が、今ははっきり分かれていた。
第六体へ続く可能性のある道は、《虹光現象に関する旧記録》から第三箱へ繋がり、その第三箱は正式な比較調査のためリベル王国へ運ばれていた。この道は消えていない。ただ、続きを追うにはリベル側の記録が必要になる。
もう一つ。
今、私たちが自分たちの足で追える道。
複数の古い伝承。
火山灰に埋もれた加工石。
人の手が入った可能性のある岩壁。
まだ十分に調べられていない火山の奥。
そこに幻獣種がいるとは、誰も断言していない。
行っても何も見つからないかもしれない。
でも、それは大図書館へ来る前だって同じだった。
分からないから、調べる。
本で足りなければ、人を探す。
人から聞いても分からなければ、自分たちで現地へ行く。
私は《幻獣種召喚の本》を閉じ、鞄へ戻した。
「じゃあ決まり」
今度は誰にも止められなかった。
「準備ができたら、火山へ行こう」
メロウが地図を畳みながら頷く。
「ただし覚えておけ。わしらが行くのは幻獣種を捕まえるためではない。まず、そこに何が残っとるのか確かめるためじゃ」
「うん」
それでいい。
何がいるのか。
何が残っているのか。
そもそも幻獣種へ繋がる場所なのか。
答えは、行ってから探せばいい。
窓の外を見ると、夜のグライツが広がっていた。
遠くには、何日も通った大図書館の中央塔が見える。
あの建物へ来たとき、私は世界一の大図書館なら、探している答えが全部見つかるような気がしていた。
実際には違った。
見つけたのは、答えだけではない。
消えた記録。
第三箱。
リベル王国へ続く道。
名前も正体も分からない第六体。
そして、派手な格好をした一人の考古学者。
大図書館で集めたものは、私たちを本棚の前へ留めるための答えではなかった。
次の場所へ進むための手掛かりだった。
私は窓の向こうにある夜空を見上げた。
明日から、火山へ向かう準備を始める。
紙と本と記録を追い続けたグライツでの調査は、ここで一区切りだ。
次は、熱と噴煙に覆われた場所へ。
まだ見たことのない景色の中へ、自分たちの足で答えを探しに行く。




