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フールの大冒険 ~聖なるマップを手に、異世界でまだ見ぬ両親を探します~  作者: ☆☆アダム☆☆


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第170話 追跡不能を追った男

曲がり角の向こうから、紙をめくる音が聞こえていた。


黄色い魔法灯の光が岩壁を揺らし、その手前には大きな荷物と古い測量図が置かれている。ここまで追ってきた靴跡も杖の跡も、すべてその場所へ続いていた。


私たちは何日もメロウを探してきた。


大図書館の利用記録から専門書店へ進み、地図工房、旅道具屋、北門、古道、採石場跡へ辿り着いた。崩落した坑道では一度引き返し、別の坑道から迂回して、ようやくここまで来た。


もう声を掛ければ届く。


それでも私は、曲がり角から勢いよく飛び出すことはしなかった。


フランが周囲の安全を確認し、リリィも地面に残る最後の痕跡を見ている。オラクルは来た道を一度振り返り、メリーは私の肩で息を潜めていた。


全員の視線が戻ったところで、私は小さく頷く。


そして、曲がり角を抜けた。


「あの――」


声を掛けた瞬間だった。


「動くでない!」


老人の鋭い声が坑道へ響いた。


私は反射的に足を止めた。


フランの右手が腰の短剣へ動き、リリィもすぐ周囲を見る。メリーは私の髪を掴み、オラクルだけが老人ではなく天井へ視線を向けていた。


「そこじゃ、その右足! 一歩も動かすでないぞ!」


言われて初めて、自分の足元を見る。


右足のすぐ先。


床から細い石の板のようなものが僅かに突き出していた。


自然の岩ではない。


四角く削られ、その表面に細かな線が刻まれている。


老人は岩壁の前からゆっくり立ち上がった。


そして、ようやくその姿が全部見えた。


「……本当にタヌキだ」


思わず口から出た。


『鳥もいる!』


メリーまで声を上げる。


目の前にいた老人は、聞いていた以上に派手だった。


頭から被っている大きなフードには、丸い耳と鼻まで付いたタヌキの顔がそのまま縫い付けられている。ローブには赤、紫、金色の布が何枚も重なり、暗い坑道の中なのに一人だけ祭りへ来たみたいだった。


岩壁へ立て掛けられた杖の先端には、こちらを睨んでいるような鳥の顔まで付いている。


「初対面の老人を見て最初に言うことがそれか!」


老人が怒鳴った。


「あっ、ご、ごめんなさい!」


『でもタヌキだよ?』


「メリー!」


「精霊までおるのか……」


老人は額へ手を当てたあと、私の足元を指した。


「それより足を退けるなら後ろへじゃ。前へ出すな。そこにあるのは古い測量標じゃぞ」


「測量標?」


「この採石場が使われるより前のものかもしれん。お前さんが踏めば、何十年どころか何百年分の手掛かりが一歩で終わる」


私は慌てて右足を後ろへ戻した。


今度は踏む場所を確認してから動く。


老人はそれを見届けると、ようやく大きく息を吐いた。


「まったく……足音が聞こえたから何者かと思えば、子供まで連れて何をしに来たんじゃ」


「あなたを探しに来ました」


「わしを?」


「メロウさんですよね?」


老人の眉が動いた。


さっきまでの騒がしさが少しだけ消える。


「そうじゃが。お前さんら、誰じゃ?」


見つけた。


何日も追っていた名前の本人が、ようやく目の前にいる。


嬉しくなって一気に説明しそうになったけれど、横からオラクルの声が飛んできた。


「順番に話せ。ここまで追ってきた説明だけで日が暮れるぞ」


「分かってるよ」


まず私たちは名乗った。


私。


オラクル。


メリー。


フラン。


リリィ。


メロウは一人ずつ顔を見たあと、オラクルのところで少し長く止まった。


「タバコを咥えた猫とは珍しいのう」


「タヌキ被った爺さんに言われたくねえな」


「これは調査装束じゃ!」


「どういう調査したらタヌキが必要になるんだよ」


「山では目立つ!」


「目立ったら駄目だろ」


「遭難したとき見つけてもらいやすいじゃろ!」


一瞬、誰も言葉を返せなかった。


『ちゃんと理由あった』


メリーだけが感心している。


私は笑いそうになるのを堪えながら、ようやく本題へ戻した。


「私たち、グライツの大図書館で幻獣種を調べてるんです。それで、メロウさんがずっと研究してるって知って……」


「幻獣種?」


空気が少し変わった。


メロウの視線が私へ戻る。


「どこでわしの研究を知った?」


「大図書館です。メロウさんが残した記録も読みました」


「どれじゃ」


「六体についてまとめたものです」


メロウの表情から、さっきまでの怒りが消えた。


私は続ける。


「人魚、雷鳥、氷蛇、炎獅子。それから、光を纏う剣士と……虹色の光を操る人型の存在」


最後の一つを口にした瞬間、メロウの目が細くなった。


「第六種まで読んだのか」


「はい」


「なら、その先に何と書いてあった?」


質問の意味は分かった。


私は覚えている言葉をそのまま答えた。


「《第六種――追跡不能》」


坑道が静かになった。


メロウはしばらく私を見たあと、岩壁の前に置いていた紙を拾い上げた。


「それで、わしなら続きを知っておると思って山まで追ってきたわけか」


「それだけじゃありません」


今度はリリィが答えた。


「大図書館であなたの最終利用日を確認しました。そのあと専門書店、地図工房、旅道具屋、北門の記録を追って、古道まで来ました」


「ほう」


「古道の入口で装飾品らしいものも見つけました。鳥の形をした木の飾りと、金色の金具です」


メロウの顔色が変わった。


自分の杖を見る。


鳥の顔の横。


よく見ると、片側だけ小さな飾りが欠けていた。


次にタヌキのフードを両手で触り始める。


「……ない」


『やっぱりタヌキ!』


メリーが嬉しそうに言う。


「昨日からないと思っておったんじゃ! どこで落としたか分からんかった!」


「じゃあ、あれメロウさんの?」


「おそらくな。鳥のほうもじゃ。帰りに探そうと思っておった」


リリィがようやく小さく息を吐いた。


ここまで追ってきた痕跡が、本人の口から繋がった。


赤紫色の繊維も、紫と金の組紐も、あの派手なローブや装飾から落ちた可能性が高い。


「追跡成功だね」


私が言うと、リリィは少し笑った。


「うん。これで本人だって確認できた」


「そこを疑っておったのか!?」


「会うまでは」


「慎重な娘じゃな……」


「褒め言葉にしとけ」


オラクルが言う。


重かった大図書館での調査から何日ぶりだろう。


こんなふうに笑いながら手掛かりが答えへ変わるのは。


でも、ここへ来た本当の目的はまだ残っている。


「メロウさんは、何でこの採石場に?」


尋ねると、メロウは少し迷ったあと、岩壁へ向き直った。


「古い道を調べておった」


「幻獣種と関係あるんですか?」


「それを調べるために来たんじゃ」


即答ではなかった。


そのことが、逆に少し嬉しかった。


何でも知っている人ではない。


メロウも私たちと同じように、分からないから調べている。


「昔の記録には、この山を越えてさらに西へ向かう道があった形跡が残っとる。しかし今の地図にはない。採石場が作られるより古い時代の道じゃ」


メロウは足元の測量標を示した。


「これもその一つかもしれん。採石場のために作られたものなら、向きがおかしい。もっと古い何かを再利用した可能性がある」


「西……」


第五体について残っていた手掛かりを思い出す。


西方の伝承。


古い写本。


壁画。


でも、私はすぐに結びつけなかった。


メロウも第五体だとは言っていない。


「それが何に繋がるかは、まだ分からん」


メロウ自身がそう言った。


「じゃが、分からんから来た。机の上で古地図を百枚眺めても、道そのものが残っとるなら一度歩いたほうが早いこともある」


その言葉は、少し好きだった。


大図書館で何日も調べたあとだから余計に分かる。


本に残るものもある。


現地にしか残らないものもある。


「それで岩を叩いてたんですか?」


「ああ。壁の向こうに空洞がないか確かめとった。お前さんらが来たせいで途中になったがな」


「ごめんなさい」


「まあよい。わしもそろそろ戻るつもりじゃった」


「戻る?」


「食料を見てみろ」


メロウの荷物の脇には、保存食が残っている。


四日分買ったと聞いていたけれど、もうかなり減っていた。


「三日前に入ったんですよね?」


「そうじゃ。古道を調べながら来たから時間が掛かった。ここで一晩、別の場所でも一晩。今日中には山を下りる予定じゃった」


間に合った。


もし明日来ていたら、帰る途中ですれ違っていたかもしれない。


リリィも同じことを考えたらしく、少しだけ表情を緩めた。


「見つけられてよかった」


「わしは別に行方不明になったつもりはないぞ」


「私たちから見たら行方不明だったんです」


「勝手な話じゃのう」


メロウは笑った。


それから、私の鞄へ視線を向ける。


「ところで」


さっきまでとは違う声だった。


「お前さん、先ほどからその鞄を妙に気にしとるな」


私は動きを止めた。


見られていた。


確かに何度か意識していた。


この中には、メロウへ会ったら必ず見せようと思っていたものがある。


「見てほしいものがあります」


「わしに?」


「はい」


鞄を下ろす。


フランたちも黙って見ていた。


ここへ来るまで何度も考えていた。


幻獣種を長年調べてきたメロウなら、この本について何か知っているかもしれない。


でも同時に、期待しすぎないようにもしていた。


メロウ自身が第六体を《追跡不能》と書いている。


専門家だからといって、全部の答えを持っているわけではない。


私は鞄を開き、布で包んでいた一冊の本を取り出した。


☆5《幻獣種召喚の本》。


「これです」


メロウの動きが止まった。


本当に、止まった。


さっきまで忙しなく動いていた手も、鳥の杖を直していた指も動かない。


視線だけが、本へ向いている。


「……お前さん」


声が低くなった。


私は本を両手で持ったまま待った。


メロウが一歩近づく。


いつもの派手な表情は消えていた。


「それを、どこで手に入れた?」


「ゴブリン王国です」


「見せてもらえるか」


今度は冗談も大声もなかった。


私は本を渡す前に、一度だけオラクルを見る。


オラクルは小さく頷いた。


それを確認してから、メロウへ差し出す。


メロウは両手で受け取った。


すぐには開かない。


表紙を見る。


背を見る。


指先で縁を確かめる。


それから、まるで壊れ物へ触れるように最初のページを開いた。


一枚。


もう一枚。


ページを進めるほど、メロウの表情から色が消えていく。


「メロウさん?」


返事がない。


メリーまで黙っている。


長い沈黙のあと、メロウがようやく顔を上げた。


「わしは長いこと幻獣種を追ってきた」


その声は、坑道で最初に聞いた老人と同じ人物とは思えないほど静かだった。


「伝承を集め、壁画を見て、失われた記録を追った。それでも六体が本当に同じ何かへ繋がっておるのか、最後まで確証が持てなかった」


メロウの視線が、再び本へ落ちる。


「じゃが……」


そこで言葉が止まった。


私は答えを急かさなかった。


メロウは本を閉じると、今度は私を真っ直ぐ見た。


「山を下りよう」


「え?」


「ここで話すことではない。お前さんらが大図書館で何を見つけたのか、最初から聞かせてくれ」


メロウは☆5《幻獣種召喚の本》を私へ返した。


「わしの調べてきたものも全部見せる。ただし、一つだけ先に言っておく」


派手なタヌキのフードの下で、その目だけは真剣だった。


「この本を見ても、第六種が何者なのか、わしにはまだ分からん」


その言葉に、私は落胆しなかった。


むしろ逆だった。


長年追ってきたメロウでさえ分からない。


それなら第六体が《追跡不能》だった理由は、私たちが調べ方を間違えただけではないのかもしれない。


そして今は、一人で追う必要もない。


私たちが大図書館で見つけたもの。


メロウが長年集めてきたもの。


その二つを初めて並べることができる。


私は本を鞄へ戻し、しっかり留めた。


何日も追い続けたメロウの足跡は、ここで終わった。


でも幻獣種を追う道は、ここからようやく一緒に歩ける。


次に探すのは、人ではない。


この世界のどこかへ続いている、幻獣種の痕跡だった。



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