第167話 派手な考古学者の足跡
大図書館を出た私たちは、そのままメロウが五日前に訪れた専門書店へ向かった。
第三箱について、グライツで追えるところまでは追った。《古代召喚媒体・未整理記録》と分類された第三箱は、大図書館の中で消えたわけではなく、《古代召喚媒体関連資料との比較調査》を理由にリベル王国へ正式に移管され、向こうで受領されている。
その先を追うには、リベル王国側の記録が必要になる。
だから今は、グライツでまだ追えるもう一つの手掛かり――メロウ本人の足跡を追う。
「前と同じことを聞くだけじゃ駄目だからね」
大通りを歩きながら、リリィが念を押した。
「五日前にメロウが専門書店へ来たことは分かってる。《空に関する古い記録》を探してたことも、その翌日に北部山岳方面の地図を用意したことも確認済み。三日前には北門から街を出てる」
「じゃあ今日は、その間を調べるんだよね?」
「うん。何を買ったのか、誰か別の店を紹介されなかったか、どのくらい山にいるつもりだったのか。街を出る前に何を準備したかが分かれば、北門の先でも追いやすくなる」
人を追うときと同じだ。
最後に確認された場所から、その人が次に何をしたのかを探す。ただ今回は三日前の足跡そのものではなく、メロウが街へ残した買い物や会話を追っていく。
「でも、普通の人よりは簡単なんじゃない?」
フランが少し笑った。
「何で?」
「格好」
それなら私も同意できる。
タヌキの顔が付いたフードに派手なローブ。しかも鳥の顔が付いた派手な杖まで持っている。隠れる気があるとは思えない。
『タヌキのお爺ちゃん!』
メリーが私の肩で楽しそうに言った。
「それ本人の前で言わないほうがいいと思うよ」
『何で? タヌキ付いてるんでしょ?』
「付いてるけど……」
どう説明すればいいのか迷っている間に、専門書店が見えてきた。
大通りから一本入った場所にある小さな石造りの店で、窓辺には古い地図や研究書が並び、入口脇の看板にも《古代史・地理・魔法史・各地伝承》と書かれている。
扉を開けると小さな鐘が鳴り、紙と古い革の匂いが鼻をくすぐった。
店の奥では、以前話を聞いた店主が本を積み直している。
「いらっしゃ――ああ、君たちか」
私たちの顔を覚えていたらしい。
「またあの老人についてか?」
「はい」
私が答えようとしたところで、リリィが一歩前へ出た。今日は彼女が中心だ。
「前に教えてもらったことを、もう一度聞きに来たわけじゃありません。メロウさんがここを出たあと、どこへ行った可能性があるのかを調べています」
店主は少し興味を持ったようだった。
「まだ会えてないのか」
「三日前に北門から出たところまでは分かりました」
「そこまで追ったのか」
リリィは記録用の紙を取り出した。
「五日前、メロウさんはここで《空に関する古い記録》を探した。その翌日には北部山岳方面の地図を用意していた。ここまでは以前聞きました。そのとき、地図以外に必要だと言っていたものはありませんでしたか? 道具や食料でも構いません」
店主はすぐには答えず、記憶を探すように腕を組んだ。
私たちも急かさず待つ。
しばらくして、店主が顔を上げた。
「そういや、古い道が残ってるかもしれないから、普通の旅人向けの地図じゃ足りないって言ってたな」
「古い道?」
「今使われてる街道じゃない。昔の山道だ。遺跡調査をする連中が使うような古地図を欲しがってた」
リリィの鉛筆が動く。
「その地図はここで?」
「いや。うちにはなかったから、北通りの《ホルン地図工房》を紹介した。古い測量図も扱ってる店だ」
新しい場所が出た。
前回は《北部山岳方面の地図を用意した》ところまでだったけれど、今回はその地図をどこで手に入れたのかまで繋がった。
「ほかには何か覚えてませんか?」
「荷物が増えるって文句は言ってたな。縄と灯りも必要だとか、一人で持つには重いとか、ぶつぶつ言ってた」
「灯り……」
山へ行くだけなら、昼間に移動することもできる。
洞窟や地下、古い遺跡へ入るつもりだったのかもしれない。
そこまで考えかけて、私は口を閉じた。
まだ何も決まっていない。
リリィも推測を広げず、店主へ尋ねた。
「灯りを買った店は分かりますか?」
「そこまでは知らん。地図屋なら何か聞いてるかもしれないぞ。あの爺さん、必要なものを思いつくたびに店主へ聞くからな」
「会ったことなくても性格が分かってきたな」
オラクルが呟くと、店主が笑った。
「静かに買い物するタイプじゃないのは確かだ」
メリーが私の耳元へ顔を寄せる。
『やっぱり見つけやすそう』
「うん」
店主へ礼を言い、私たちは店を出た。
北通りまではそれほど遠くない。
グライツの中心部は大図書館周辺の白い建物が目立つけれど、北へ進むにつれて店の種類が変わり、書店や喫茶店の代わりに旅道具、革製品、登山具、保存食を扱う店が増えていった。
街の北側には門がある。
山へ向かう旅人や商人が多いのだろう。
「追跡って、もっと足跡を見るものだと思ってた」
私が言うと、リリィが笑った。
「足跡も買い物も同じだよ。人が動いたら、何か残るから」
「何も買わなかったら?」
「見た人を探す」
「誰にも見られてなかったら?」
「もっと前へ戻る」
「それでもなかったら?」
「フール」
オラクルが横から割り込んできた。
「リリィで遊ぶな」
「遊んでないよ! 気になっただけ!」
『フール、気になるといっぱい聞くもんね』
メリーにまで言われている間に、リリィが一軒の店の前で立ち止まった。
「ここだよ」
《ホルン地図工房》。
店先には何枚もの地図が吊るされ、風に揺れている。グライツ周辺の街道図だけではなく、山岳地帯、河川、古い国境線まで種類が多い。
中へ入ると、壁一面が地図だった。
巻かれたものや額に入ったもの、机いっぱいに広げられたものまであり、どこを見ても線と地名だらけだった。
『迷子になりそう』
「地図屋で迷子って嫌だね」
カウンターの向こうにいた男性が、私たちを不思議そうに見た。
「何を探してる?」
リリィがすぐ本題へ入る。
「三、四日前に来た老人について聞きたいんです。タヌキの顔が付いたフードを被って、派手なローブを着て、鳥の顔が付いた杖を持ってます」
男性の顔がすぐ変わった。
「あの爺さんか」
早い。
「覚えてます?」
「忘れるほうが難しいだろ」
やっぱり。
男性は奥の棚を指した。
「北部山岳の古い測量図を買っていった。今の道が載ってる地図を見せたら、それじゃないって騒いでな。昔使われてた道が分かるものを出せって」
「どの辺りですか?」
男性が一枚の大きな地図を机へ広げた。
グライツ北部。
街を出た先に山地が広がり、現在使われている街道が太い線で描かれている。男性の指は街道から外れ、さらに山の奥へ進んだ。
「この辺だ」
現在の地図には、そこへ向かう道がない。
「昔は道があったんですか?」
「かなり古い。今じゃ崩れてる場所も多いはずだ。何をしに行くのか聞いたら、《昔のものを探すなら昔の道を歩くのが一番じゃ》とか言ってた」
いかにも考古学者らしい。
これでメロウが北部山岳へ向かった理由が少し具体的になった。ただ山へ向かったのではなく、現在使われていない古い道を探していた。
「ほかに何か買いました?」
「地図だけだ。ただ、縄と長く使える灯りが欲しいって言うから、向かいの旅道具屋を教えた」
また一つ繋がった。
リリィが地図へ印を付ける。
「その店にも行こう」
店を出る前に、私はもう一度山岳地図を見た。
現在の街道から外れた場所。昔は誰かが通っていたのに、今では地図から消えている道。
その先にメロウが何を探しに行ったのかは、まだ分からない。
向かいの旅道具屋では、さらに具体的な痕跡が残っていた。
店主はメロウの特徴を聞いただけですぐ思い出し、三日前の購入記録まで確認してくれた。
太い縄、携帯用の魔法灯、予備の発光石、岩場用の金具、水筒、簡易雨具、そして保存食。
リリィが最後の項目を確認する。
「保存食は何日分買いました?」
「一人で四日分だ」
四日分なら、日帰りではない。
メロウは最初から数日間、山へ入るつもりだったことになる。
「ほかに何か聞かれませんでしたか?」
「北門を出たあと、水を補給できる場所を聞かれたな。それと、古い道の途中に雨を避けられる場所が残ってないかって」
リリィの表情が変わった。
「何て答えました?」
「昔の採石場跡があるって教えた。今も使えるかは知らんが、岩壁を削った空間が残ってるはずだってな」
地図工房で確認した古道の位置と照らし合わせる。
現在の街道から外れた古道。その途中には、古い採石場跡がある。
「メロウがそこへ行ったとは限らない」
リリィは自分で可能性に線を引いた。
「でも、四日分の食料を持って古道へ向かった可能性は高い。次は北門の外で、実際にどっちへ進んだか確認したい」
「今日、街の外まで行く?」
リリィは窓の外を見た。
まだ午後には余裕がある。
「門までは行く。そこから先へ入るかは、道と時間を見て決めよう。山道を追うなら、準備なしで入らないほうがいい」
「賛成だ」
オラクルもすぐ同意した。
私も反対しなかった。
以前なら手掛かりが見つかった勢いのまま山へ向かいたくなったかもしれない。でもメロウ自身が縄や灯り、四日分の保存食を準備している。それだけの場所へ、私たちが何も持たずに入るのは違う。
「じゃあ北門まで」
『その前に!』
メリーが突然、私の目の前へ飛び出した。
「なに?」
『お菓子』
「……覚えてたの?」
大図書館を出たとき、屋台の焼き菓子を見て《手掛かりが見つかったら》と約束していた。
『見つけた!』
「確かに見つけたね」
オラクルが呆れたようにこちらを見る。
「四日分の保存食まで調べた直後に、お前らは菓子か」
「約束は守らないと」
『大事!』
フランが笑った。
結局、北門へ向かう途中で焼き菓子を買った。温かい生地の中に甘い木の実が入っていて、メリーは一口食べただけで機嫌が良くなる。
私も歩きながら食べたけれど、ここ数日ずっと大図書館の机に向かっていたせいか、外で食べるだけで妙においしく感じた。
北門へ着いたころには、太陽が少し西へ傾き始めていた。
門の外には街道が続き、その先には遠く山々が重なっている。
三日前、メロウはここを通った。
四日分の保存食、縄、魔法灯、岩場用の金具。そして現在の地図から消えた古い山道。
門の記録では目的地は《北部山岳方面》だったけれど、今の私たちにはそれより先の手掛かりがある。
リリィは門の外へ出ると、すぐ山へ向かわず、街道脇の地面を確認した。
荷車や馬、旅人の足跡が無数に重なっている。三日も経っているため、ここからメロウ一人の痕跡を選び出すのは難しそうだった。
「足跡は無理そう?」
「ここはね。でもメロウは途中で古道へ入った可能性が高い。分岐まで行けば、何か残ってるかもしれない」
リリィは地図工房で確認した北部山岳の地図を広げた。
現在の街道は北門からしばらく進んだあと、山裾に沿うように北東へ曲がる。一方、メロウが探していた古道はその手前で分かれ、今ではほとんど使われていない山側へ伸びていた。
「分岐までどのくらい?」
「普通に歩けば一時間も掛からないと思う。そこまでなら明るいうちに往復できる」
「だったら行こう」
言ってから、私はオラクルを見た。
以前なら行きたいと思った瞬間に口にして、そのあとで止められていたかもしれない。でも今回は、分岐までしか進まないこと、日没前に戻ること、山の奥へは入らないことまで考えている。
オラクルも反対しなかった。
「分岐で痕跡だけ確認する。追えそうでも今日は奥まで入らねえ。それでいいなら行くぞ」
「うん」
『私もフールを見張る!』
「何で私を?」
『勝手に山へ行かないように!』
「行かないってば!」
フランが笑いながら、「メリーに見張っててもらったほうが安心かもな」と言うので、私は思わず頬を膨らませた。
「フランまで!」
久しぶりに外を歩いているからか、大図書館の中にいたときより自然に声が出る。ここ数日は古い記録や失われた国の資料ばかりを追っていたので、風の匂いや街道を行き交う人々の声まで新鮮に感じられた。
北門を離れるにつれてグライツの喧騒は少しずつ遠ざかり、石畳だった道も途中から固い土の街道へ変わっていく。左右には低い草原が広がり、その向こうには針葉樹の森、さらに奥にはいくつもの山が重なっていた。
グライツへ来る途中に通った危険区域とは方角が違う。それでも遠くの山を見ると、あの青白い光や黒い欠片のことが頭に浮かんだ。
空から落ちてきた黒いもの。内部から脈打つように光っていた欠片。山腹に残された巨大な傷。そして、山側を見た旅人に起きた異常。
私は一瞬だけ遠くの空へ視線を向けた。
今は何もない。青い空の下を薄い雲が流れているだけで、あのときのような不気味な光も、腹の奥へ響く低い音も聞こえなかった。
「どうした?」
フランに聞かれ、私は首を横へ振った。
「前に見た山のこと、ちょっと思い出しただけ」
「まだ気になる?」
「気になるよ。でも、今は追わない」
自分で言ってから、少し不思議な気持ちになった。
気にならなくなったわけではない。むしろ今でも、あの空で何が起き、黒い欠片が何だったのか知りたい。
でも《気になる》ことと《今すぐ追う》ことは同じではない。
メリーが私の肩で頬へ小さな手を添えた。
『今日はメロウ』
「うん。今日はメロウ」
「なら足動かせ。日が落ちるぞ」
少し前を歩くオラクルに急かされ、私は返事をして歩く速度を戻した。
街道を進む旅人はそれほど多くなかった。ときどき荷馬車とすれ違い、山から戻ってきたらしい木こりの集団が横を通る。リリィはそのたびに道の状態を確認していたけれど、北門付近と同じく、三日前の一人を足跡だけで探し出すのは難しそうだった。
しばらく歩いたところで、街道の左側に小さな石柱が見えてきた。
表面の文字は長い年月で削られ、苔まで付いている。
「この辺り」
リリィが地図と照らし合わせる。
けれど、道らしいものは見当たらなかった。右側には現在使われている街道が続いているものの、左側には草と低木が生い茂り、その先に森があるだけだ。
「古道って、どこ?」
私が尋ねても、リリィはすぐには答えなかった。
街道の端へしゃがみ込み、土や草、転がっている石まで一つずつ視線を動かしていく。私も隣で真似してみたけれど、どこを見れば道になるのかさっぱり分からない。
「分かる?」
「まだ。地図だけならこの辺りなんだけど……」
リリィは立ち上がると、今度は石柱へ近づいた。表面に付いた苔を傷つけないよう縁を確認し、そのまま裏側へ回り込む。
「これ、昔の道標だったんだと思う」
「読める?」
「文字はほとんど消えてる。でも向きが変。今の街道じゃなくて、少し山側を正面にして立ってる」
そう言われてから周囲を見ると、ようやく私にも違いが分かった。
草の高さが一部分だけ低く、木々の間には不自然な隙間が奥へ続いている。道と呼ぶには頼りないけれど、自然にできた隙間とも少し違って見えた。
「これが古道?」
「たぶん。地図の位置とも合う。でも、それだけじゃメロウがここを通った証拠にはならないよ」
リリィはそう言って、森へ入らず分岐の周辺をゆっくり歩き始めた。
そこからの動きは、私にも《追跡》だと分かった。
草が折れている場所、枝に残った傷、地面のわずかな窪みを順番に確認していく。三日も経っているうえに風も吹いているから、足跡そのものが残っている可能性は低い。それでも人が荷物を持って通れば、身体や道具が周囲へ触れた痕跡は残ることがあるらしい。
「これ」
リリィが低い枝を示した。
樹皮の一部が新しく剥がれている。
フランも近づいて確認する。
「何かぶつけた?」
「可能性はある。でも、これだけじゃ分からない」
さらに少し離れた草の間から、リリィは細い糸のようなものを見つけた。
赤紫色。
「服?」
派手なメロウのローブが頭に浮かんだ。
けれどリリィはすぐには頷かず、指先で繊維を確認してから、見つけた場所だけを記録用紙へ書き込んだ。
「布の繊維っぽい。でもメロウのものかどうかは分からない」
「派手な色ではあるな」
オラクルの言う通り、旅人の服ではあまり見ない色だった。
それでも、色だけで本人のものとは決められない。
そのあとも古道の入口を調べていると、少し離れた場所からフランに呼ばれた。
「リリィ、これ違う?」
倒れかけた木の根元に、黒っぽいものが引っ掛かっている。
一瞬、グライツへ来る途中で見た黒い欠片が頭をよぎり、私は近づく前に足を止めた。
「触らないほうがいい?」
リリィも警戒したけれど、肩から身を乗り出したメリーは少しだけ目を細めたあと、首を横へ振った。
『あの黒いのとは違うよ。変な感じしない』
それでも素手では触れず、フランが細い枝を使って裏返した。
黒い石ではない。
手のひらよりずっと小さな金属片で、片側が曲がり、裏面には二つの小さな穴が開いている。
「装飾品の一部じゃねえか?」
オラクルに言われて表面を見ると、剥がれかけた金色の塗料が残っていた。その端には、茶色い毛のようなものまで挟まっている。
「……タヌキ?」
思わず呟くと、メリーが勢いよく飛び上がった。
『タヌキ!』
「まだ決まってないからね」
そう言いながらも、私まで期待してしまった。
メロウのフードにはタヌキの顔が付いている。枝へ引っ掛けた拍子に、その装飾の一部が外れた可能性はある。
リリィは金具を慎重に確認した。
「専門書店で聞いた特徴とは合うかもしれない。でも、これだけなら似た飾りを付けた別の人かもしれない」
「じゃあ、まだ証拠じゃない?」
「一つだけならね。もう少し周りを見てみよう」
太陽は少しずつ傾いている。約束どおり山奥へ入る時間はないけれど、古道の入口周辺ならもう少し確認できそうだった。
私たちは手分けして周囲を調べた。
私は草の間を見て、フランは木や岩に新しい傷がないかを確認する。オラクルは街道から古道へ入るならどこを通るのが自然かを考え、メリーは少し高いところから周囲を見回していた。
しばらくすると、頭上からメリーの声が飛んできた。
『フール! あっち、キラってした!』
指された方向へ向かう。
古道の入口から十数歩ほど入った場所で、まだ振り返れば街道が見える。そこにある大きな岩の横で、低木の枝へ小さなものが引っ掛かっていた。
今度は金属ではない。
最初は羽根かと思ったけれど、近くで見ると木を削って作られた小さな鳥の飾りだった。片側には折れた接続部分が残っている。
鳥の顔が付いた派手な杖。
私だけではなく、全員が同じものを思い浮かべたらしい。
リリィは先ほど見つけた金具と鳥の飾りを交互に確認し、ようやく少しだけ表情を変えた。
「タヌキみたいな飾りの一部だけなら偶然かもしれない。でも、同じ古道の入口近くで鳥の飾りまで見つかった。メロウがここを通った可能性はかなり高いと思う」
胸の奥が一気に熱くなった。
北門から出たメロウは、現在の街道を進み、その途中から今ではほとんど使われていない古道へ入った。そして、その先にはメロウ自身が旅道具屋で場所を聞いていた古い採石場跡がある。
「追えるね」
今まで大図書館で追っていたのは、何十年も前の記録だった。紙から紙へ、人の名前から箱へ、箱から別の国へと、残っている文字だけを頼りに進んできた。
でも今度は違う。
三日前にメロウ本人が歩いた可能性の高い道が、私たちの目の前に続いている。
私は古道の奥を見た。
夕方の光が木々の間から差し込み、消えかけた道の輪郭を細く照らしている。あと少しなら進めそうに見えたし、採石場跡まで行けば、もっとはっきりした痕跡が残っているかもしれない。
そんなことを考えていると、隣からリリィの声がした。
「今日はここまで」
「……まだ何も言ってないよ」
「顔に出てる」
『出てるよ』
メリーまで即答する。
「そんなに?」
オラクルが呆れたように息を吐いた。
「三日前の男を追うのに、今日一日急いだところで変わらねえ。こっから先は山道だ。メロウ本人が縄と灯りと四日分の食料を用意して入った場所へ、今から準備なしで突っ込む気か?」
それを言われると、反論できなかった。
ここまでの道とは違う。古道は現在の地図から消え、一部が崩れている可能性もある。さらにメロウが灯りを用意したということは、暗い場所へ入るつもりだった可能性も考えなければならない。
行きたいという気持ちだけで進んでいい場所ではなかった。
私は古道へ向きかけていた身体を戻した。
「明日、ちゃんと準備してから来る」
「それがいい」
リリィは古道の位置を地図へ正確に記し、見つけた二つの飾りについても紙へ残した。さらに周囲の岩や木の形まで確認し、明日戻ったとき同じ場所をすぐ見つけられるようにしていく。
「古い測量図も用意したほうがいいね。今の地図だと、ここから先の道がほとんど載ってない。それと縄、灯り、食料。メロウが用意したものには理由があるはずだから、同じような準備はしておきたい」
フランも古道の奥を見ながら頷いた。
「採石場跡へ向かうなら、俺が先を確認するよ。崩れてる場所があるかもしれない」
「私は痕跡を追う」
「俺は必要なもんと帰り道を確認する」
オラクルが続けると、メリーも負けじと胸を張った。
『私はフールを見る!』
「だから何で私だけ役割が違うの?」
『勝手に先行かないように!』
「行かないってば!」
みんなが笑い、私も少し遅れて笑った。
ここ数日、大図書館では失われた国や消えた資料ばかりを追っていた。知らなかった過去へ近づくたびに新しい疑問が増え、ときには答えより重いものを見つけることもあった。
でも今、目の前には山へ続く道がある。
分からないから調べることは同じでも、本棚の間を歩くのと、まだ見たことのない場所へ自分たちの足で向かうのとでは、胸の高鳴り方が少し違った。
三日前、派手な格好をした一人の老人が、縄と灯りと四日分の食料を持ってこの古道へ入った可能性が高い。何を探していたのか、なぜ現在の街道ではなく忘れられた古道を選んだのか、その先にある採石場跡で何を見つけたのか。そして今も、この山のどこかにいるのか。
どれもまだ分からない。
それでも、第六体を調べていたときの《追跡不能》とは違う。今回は確かに、次へ続く痕跡がある。
「帰ろう」
私は自分から言った。
「今日は場所が分かったから、それで十分。明日、ちゃんと準備して追おう」
オラクルが少し意外そうにこちらを見る。
「珍しく聞き分けいいじゃねえか」
「珍しくは余計!」
「成長したってことにしとけ」
フランが笑い、メリーも『成長した!』と嬉しそうに繰り返した。
私たちは日が沈む前にグライツへ戻るため、来た道を引き返した。
街道へ戻る直前、私は一度だけ振り返る。
古びた石柱の向こうには、草と木々に埋もれた細い道が続いていた。今日ここへ来るまでは、現在の地図から消えた名前もない道だった。でも今は、その先に誰がいるかもしれないのかを知っている。
第三箱を追った道は、遠いリベル王国へ続いていた。
そしてメロウを追う道は、グライツ北部の山へ続いている。
二つを同時には追えないから、今は目の前に残っている新しい足跡を追えばいい。
明日は大図書館の机ではなく、この古道から始める。
三日前、メロウが入っていった可能性の高い道を辿り、その先にある古い採石場跡へ向かう。
何日も本と記録の中を歩いてきた私たちの調査は、ようやく本棚の外へ出た。
そして明日からは、本当に自分たちの足で続きを探しに行く。




