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フールの大冒険 ~聖なるマップを手に、異世界でまだ見ぬ両親を探します~  作者: ☆☆アダム☆☆


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160/294

第160話 消えた記録

翌朝、大図書館へ向かう道を歩きながら、私は昨日書いた記録をもう一度読み返していた。


最初の四体には、場所や目撃証言、痕跡といった調査の入口が残されている。第五体の《光を纏う剣士》は極端に情報が少ないものの、西方に残された伝承、出典不明の古い写本、剣を持つ人型が描かれた壁画という細い道が一本だけ残っていた。


問題は六体目だった。


虹色の光を操る人型の存在。


地名も年代も証言者も分からず、メロウ自身が《追跡不能》と書き残していた。最初は、昔からほとんど記録されなかった幻獣なのだと思っていた。


でも昨日、その考えを変える手掛かりを見つけた。


《虹光現象に関する旧記録》。


現在の大図書館には見当たらない。それなのに、メロウの調査記録には《目録上には存在した形跡あり》と書かれていた。


最初から何もなかったわけではないのかもしれない。


かつて何かがあり、それが今は失われている。


今日は幻獣そのものではなく、その《消えた記録》を追う。


「フール、前見たほうがいいよ」


リリィに言われて顔を上げると、目の前まで店の看板が迫っていた。


「危なっ」


「昨日も同じことしてたよ」


「昨日は大図書館見てたから!」


「今日は紙見てたから?」


「そう」


「理由が変わっただけだね」


隣を歩いていたフランが笑う。


メリーも私の肩越しに紙を覗き込んでいた。


『今日は、なくなった本を探すんだよね?』


「うん」


『見つかったら、なくなってないじゃん』


「……確かに」


思わず足が止まりそうになった。


前を歩いていたオラクルが振り返る。


「朝から何やってんだ」


「メリーに難しいこと言われた」


『難しくないよ!』


「探すのは本そのものだけじゃねえ。昔の目録だ」


オラクルは歩きながら説明した。


「今の図書館に資料がなくても、昔ここに何が置かれてたか記録が残ってりゃ、そこから追える。いつ消えたのか、別の場所へ移されたのか、誰かが最後に見たのか。まずはそこを調べる」


メリーは少し考え、それからリリィを見る。


『本の足跡?』


「それ、分かりやすいかも」


リリィが笑った。


『やった!』


「今日はリリィが本を追跡する日だね」


「人でも本でも、残ったものを辿るのは同じだよ」


リリィは少し楽しそうだった。


追跡を強くすると決めてから、リリィは実際の足跡だけではなく、人が残した行動や記録まで見るようになっている。


大図書館へ到着すると、昨日と同じように朝から大勢の利用者が行き交っていた。動く梯子や本を積んだ無人の台車にも少し慣れたけれど、巨大な吹き抜けを見上げれば、改めて世界一という言葉の意味を思い知らされる。


今日は入口で迷わなかった。


受付へ向かい、《虹光現象に関する旧記録》について調べたいと伝える。


対応してくれた男性司書が現在の目録を確認したものの、やはり資料名は見つからなかった。


「登録されていませんね」


「今の目録にないことは分かってるんです。昔の目録には載ってたかもしれなくて」


「その根拠は?」


「メロウさんの調査記録に書いてありました」


メロウの名前を聞いた途端、司書の表情がわずかに変わる。


もう驚かなくなってきた。


「メロウ先生ですか……。旧目録でしたら記録管理区で保存しています。ただし年代ごとに分かれているので、いつ頃の資料か分からないと相当な量になります」


「メロウが第一集を書いたのは十数年前だ」


オラクルが補足した。


司書は頷く。


「でしたら、まずその時期の目録を確認するのがいいでしょう。そこに記載があれば、現在へ向かって追うより、過去から変化を確認したほうが移動時期を特定しやすいと思います」


やることが決まった。


記録管理区は一般閲覧区ほど広くないものの、そこにも大量の棚が並んでいた。ただし収められているのは普通の本ではなく、細長い帳簿や目録ばかりだった。


指定された年代の目録を借り、五人で机を囲む。


「これ全部読むの?」


「全部読むな」


オラクルが即答した。


「資料名の最初の文字と分類から絞れ。最初から一文字ずつ読んでたら日が暮れる」


「なるほど」


メリーが帳簿を覗き込む。


『私も探す!』


「ページに乗らないでね」


『乗らないよ!』


役割を分けた。


私とメリーは資料名を探し、リリィは登録番号と移動を示す印を確認する。オラクルは年代と分類番号の変更がないか調べることになった。


フランも一緒に座ろうとしたけれど、私は昨日のことを思い出した。


「フラン、自分の調査してきていいよ」


「でも、こっち人手いるでしょ?」


「四人いるから大丈夫。それより昨日、《一個見つけた》って言ってたじゃん」


希少資料室へ来る前、フランは確かにそう言っていた。


昨日は私の調査が長くなり、詳しく聞けないまま終わっている。


フランは少し迷ってから、鞄の中の紙へ触れた。


「リザーメイトが滅びた時期の、隣国側の記録を見つけたんだ」


「何て書いてあったの?」


「リザーメイトから大量の人が逃げてきたって。避難してきた人たちから話を聞いてるんだけど、証言が全部違ってた」


火を見た者。


大きな音を聞いた者。


兵士に襲われたと話す者。


巨大な何かが街を壊したと証言する者。


同じ国から逃げてきた人たちの話とは思えないほど内容が食い違い、隣国側でも原因を特定できなかった。そのため、記録には《リザーメイト内部で発生した大規模な異変》としか残されていないらしい。


「俺が覚えてるのも、そんな感じなんだ」


フランは腰の短剣へ左手を添えた。


「ちゃんと順番になってない。父さんに抱えられてたこととか、母さんが何度も後ろを見てたこととか、すごい音がしたこととか。夜だったのか、煙で暗かったのかも分からない」


昨日、古い地図にリザーメイトという名前を見つけたとき、フランは嬉しそうだった。


自分の記憶だけに残っていると思っていた故郷が、他の人が残した歴史の中にも確かに存在していたから。


今日は、その故郷が失われた日の記録へ近づこうとしている。


同じ過去でも、重さはまるで違う。


「怖かったら、今日はやめてもいいよ」


私が言うと、フランは首を横へ振った。


「怖いよ。でも調べる」


声に迷いはなかった。


「昨日、地図にリザーメイトの名前があったのが嬉しかったんだ。俺が覚えてるだけじゃなくて、本当にあったって分かったから。だったら、なくなった日のことも知りたい。嫌なことが書いてあっても、そこだけ見ないふりしたら、結局また分からないままだから」


私は一緒に行くと言いかけた。


でも、その前にフランが続ける。


「何か見つけたら呼ぶよ。一人で読むのが無理だと思ったときも呼ぶ。だからフールは自分のほう調べて」


「絶対呼んでね」


「うん」


約束して、フランは旧国家資料区へ向かった。


メリーがその背中を見送る。


『フラン、大丈夫かな』


「大丈夫じゃなくなったら戻ってくる」


オラクルが帳簿を開きながら言った。


「一人でやらせるのと、一人にするのは違う。俺たちはここにいる」


その言葉が少しだけ胸に残った。


私たちも調査を始める。


最初に確認したのは、メロウが《調査記録・第一集》を書いた時期とほぼ同じ年代の目録だった。


資料名を順番に追っていく。


《虹色鉱石の分類》。


違う。


《虹光魔法理論》。


これも違う。


《虹彩現象と気候変動》。


似ているけれど、探している名前ではない。


大量の文字を追い続け、目が疲れ始めたころだった。


『フール、これ!』


メリーが声を抑えながら指差した。


そこにあった。


《虹光現象に関する旧記録》。


「……あった」


現在の目録には存在しない。


でも十数年前の目録には、確かに登録されている。


メロウの記録は正しかった。


リリィがすぐ隣へ移動する。


「番号は?」


資料名の横に分類番号が残っている。


《古代現象記録・第七区・四一八》。


その隣には貸出区分もあった。


《館外持出禁止》。


「外には持っていけない資料だったんだ」


「なら、誰かが借りたまま持ち逃げしたって線は薄いな」


オラクルが言う。


リリィは別の場所を見ていた。


「この印、何だろう」


資料名の横に、小さな記号が付いている。


近くにいた司書へ確認すると、《移管》を意味する印だと教えられた。


「移管って、別の場所へ移したってこと?」


「はい。保管区の変更、修復、研究資料への指定など、理由はいくつかあります」


「どこへ移したの?」


「通常なら、移管先の番号が併記されているはずです」


全員で同じ場所を見る。


ない。


資料名。


分類番号。


《館外持出禁止》。


そして移管の印。


そこまで残っているのに、移管先だけが空白だった。


「書き忘れじゃない?」


私が聞くと、司書は少し困った顔をした。


「可能性はあります。ただ、この年代の目録はかなり厳密に管理されていますので、通常は移管先を書かずに処理することはありません」


リリィの目つきが変わった。


「この印が付いた時期、分かりますか?」


「前後の改訂版を比較すれば、ある程度は」


次に追うものが決まった。


現在から十数年前へ。


そこからさらに一つ前の目録へ遡る。


同じ《虹光現象に関する旧記録》を探すと、古いほうには移管印が付いていなかった。


リリィが二冊の目録を並べる。


「この間だね」


二つの目録が作られた時期には、約三年の差がある。


つまり、その三年間のどこかで資料が移された。


「三年分なら調べられる?」


私が聞く。


「この図書館の三年分だぞ」


オラクルが周囲の棚を見る。


「普通の図書館の三十年分くらいありそうだな」


嫌なことを言う。


それでも、さっきまで年代すら分からなかったことを考えれば大きな前進だった。


私たちは移管処理の記録を探した。


保存状態が悪化して修復区へ送られた資料。


研究者専用区へ移された資料。


新しい分類に合わせて保管場所が変更された資料。


一つの年だけでも大量にある。


「四一八……」


私は番号を追う。


メリーも別のページを見ていた。


『四一六あった!』


「惜しい」


『次は当てる!』


「くじ引きじゃないよ」


少し笑ったものの、時間が経つにつれて誰も喋らなくなっていった。


探しているものが見つからない。


それだけなら普通だ。


でも、周囲の資料には全部きちんと記録がある。


どこからどこへ移されたのか。


いつ処理されたのか。


誰が担当したのか。


《虹光現象に関する旧記録》だけが、そこから抜け落ちている。


「変だね」


リリィが声を潜めた。


自分で書き出した一覧を見せる。


《古代祭祀記録》――修復区。


《北方遺跡碑文集》――研究者専用区。


《失われた魔術体系・第二巻》――希少資料保管区。


同じ時期に移された資料には、すべて行き先が残っていた。


一冊だけ空白。


「記録ミスの可能性は?」


オラクルが聞く。


「あると思う。でも、それなら《移管した》って印だけ残ってるのが気になる」


リリィは帳簿へ視線を戻した。


「移したことは記録したのに、移した先だけ書いてない。だったら次は、誰が処理したか調べたい」


完全に追跡するときの顔だった。


地面に足跡はない。


それでも、一冊の資料が大図書館の中をどう動いたのかを追っている。


そこからさらに一時間ほど調べたところで、オラクルが強制的に休憩を入れた。


「一回やめろ。目が死んでるぞ」


「もうちょっとだけ」


「その状態で番号一個読み違えたら、今までの調査全部やり直しだ」


それを言われると弱かった。


記録管理区を出て水を飲む。


メリーは椅子へ座り続けていた反動なのか、廊下へ出た瞬間に大きく伸びをした。


『本探すのも疲れるね』


「メリー、数字見てただけじゃん」


『いっぱい見たよ!』


「助かったよ」


『えへへ』


リリィは休憩中も、見つかった情報を整理していた。


現在の目録にはない。


十数年前には存在する。


館外持出禁止。


途中で移管扱いになる。


でも移管先だけが空白。


「今はここまでだね」


「うん。でも、次に探すものは分かってる」


移管処理の担当記録。


そこに資料番号が残っていれば、誰が動かしたのか分かるかもしれない。


休憩を終えて再び記録管理区へ戻ったところで、フランがこちらへ歩いてきた。


手には一枚の紙。


その顔を見た瞬間、何か見つけたのだと分かった。


「フラン?」


「約束したから呼びに来た」


声は落ち着いていたけれど、紙を持つ左手には少し力が入っていた。


私たちは調査をいったん止め、フランが持ってきた紙を机の中央へ広げた。


「何があった?」


私が尋ねると、フランはすぐには答えず、紙へ書き写した文章を一度確認してから口を開いた。


「さっき話した避難民の記録。その続きを読んでたら、王都から逃げてきた人たちの証言が残ってた」


リザーメイトが滅びた当時、隣国へ大量の避難民が流れ込んだ。火を見た者、大きな音を聞いた者、兵士に襲われたと話す者、巨大な何かが街を壊したと証言する者までいて、隣国側でも何が起きたのか特定できなかった。


その中に、フランが気になった証言が二つあったという。


紙の一か所を指す。


《王都上空に、強い光を伴う人影を見た》


その少し下には、別の避難民から聞き取った記録があった。


《光る剣のようなものを持つ人影が、王城方面にいた》


私は文章を読んだまま、すぐには何も言わなかった。


昨日読んだメロウの調査記録が頭に浮かんだからだ。


第五体。


《光を纏う剣士》。


最初の四体と比べれば情報は極端に少ないものの、西方に残された伝承には《光る剣を持つ人型》が登場していた。


そして、もう一人。


フランが探しているアルト。


大きな剣。


グラティスで私たちを襲った人物との繋がり。


いくつものものが頭の中で重なりそうになる。


でも、それを先に口にするのはやめた。


フラン自身も同じことを考えているはずだった。


「まだ決めない」


やはり、フランのほうから言った。


声には少し緊張が混じっていたけれど、以前のように感情へ引っ張られてはいない。


「アルトだって決めないし、第五体の幻獣種だとも決めない。今分かってるのは、リザーメイトがなくなった日に《光る剣みたいなものを持った人影を見た》っていう証言が二つ残ってることだけ」


「うん。それでいいと思う」


私が答えると、フランは小さく頷いた。


怖くないわけではないと思う。


昨日まで、故郷の名前を本の中で見つけただけでも、嬉しさと悲しさの両方を抱えていた。その故郷が滅びた日の記録を追い、そこから兄へ繋がるかもしれない言葉を見つけたのだから、平気でいられるはずがない。


それでもフランは、自分が知りたい答えに証言を無理やり合わせようとはしなかった。


リリィが紙へ顔を近づける。


「同じものを見た二人なの?」


「たぶん違う。聞き取りをした場所も時間も別になってる」


「だったら、一人の見間違いだけでは説明しづらくなるね。でも二人が同じ噂を聞いて、それを自分で見たと思って話した可能性もある」


「うん。だから、もう少し調べたい」


フランは紙の下部を指した。


避難民の証言をまとめた隣国の役人が、最後に短い注記を残している。


《同様の証言について、王都警備隊生存者の記録を別紙にまとめる》


「別紙?」


私が尋ねる。


「この本には入ってない。でも司書の人に聞いたら、軍事記録か災害調査記録に移されてる可能性があるって」


今度は避難民ではない。


リザーメイト王都の中にいて、実際に警備に当たっていた兵士の生存記録。


もし残っているなら、何が起きたのかをもっと近くから見ていた人物の証言になる。


「それ探すの?」


「うん」


フランは迷わなかった。


「もし本当に光る剣を持った人がいたなら、王都の兵士のほうが近くで見てるかもしれない。違ったなら、それも分かるかもしれないから」


「一緒に行こうか?」


少し考えてから、フランは首を横へ振った。


「今は自分で探してみたい。でも、見つけたら絶対呼ぶ。一人で読めないと思ったときも呼ぶよ」


「約束?」


「約束」


私はそれ以上止めなかった。


一人で調べたいという気持ちと、一人で抱え込むことは違う。


フラン自身がその違いを分かっているなら、私も信じたかった。


「じゃあ、私も虹のほうで何か見つけたら呼ぶね」


「うん」


フランは少し笑い、紙を持って旧国家資料区へ戻っていった。


メリーがその背中を見送る。


『フラン、強くなったね』


「うん」


剣を振る力のことではない。


怖い過去を怖いまま見られること。


分からないものを、都合のいい答えに変えずに追えること。


それもきっと、強くなるということなのだと思う。


オラクルが私たちの前へ帳簿を戻した。


「フランのほうにも次が見つかった。なら、こっちも続きをやるぞ」


私たちは再び《虹光現象に関する旧記録》の痕跡を追った。


今度の目的は、資料が移管された三年間の担当記録。


分類番号《四一八》を探す。


リリィが一冊の薄い帳簿を見つけたのは、それからしばらく経ったころだった。


「これ、移管処理の担当記録じゃない?」


オラクルが表紙と年代を確認する。


「合ってる。時期も範囲内だ」


四人で覗き込む。


そこには処理番号と担当者名が順番に並んでいた。


リリィが指で追っていく。


「四一四、四一五、四一六、四一七……」


指が止まった。


次の行には《四一九》。


その下は《四二〇》。


私は一度上へ戻って確認した。


「四一八は?」


ない。


読み飛ばしたわけではなかった。


前後の番号は順番に並んでいるのに、《四一八》だけが抜けている。


「別のページじゃない?」


前後を確認する。


ない。


ページそのものが破れた形跡もなく、綴じ目も続いている。


オラクルが近くの司書を呼び、帳簿を見せた。


「こういう欠番って普通にあるのか?」


司書は最初こそ何気なく確認していたけれど、前後の記録を見たところで表情を変えた。


「通常はありません。処理番号は順番に発行されます。取り消された場合でも、《取消》として番号と理由を残す規則です」


「でも四一八だけない」


「……そうですね」


司書まで黙った。


私は十数年前の目録を思い出す。


《虹光現象に関する旧記録》。


分類番号――古代現象記録・第七区・四一八。


同じ数字。


偶然なのかもしれない。


分類番号と処理番号が同じ数字になっただけかもしれない。


オラクルもそこは確認した。


「この《四一八》は資料の分類番号と同じ意味なのか?」


「いいえ。こちらは移管処理の管理番号です。通常、分類番号とは別に付与されます」


つまり、数字が同じこと自体には意味がない可能性がある。


でも、問題はそこではなかった。


《虹光現象に関する旧記録》には移管された印がある。


移管先が空白。


そして該当する期間の処理記録には、一件だけ説明のない欠番がある。


一つなら記録ミスかもしれない。


二つでも偶然はあり得る。


でも、同じ資料を追っている途中で不自然な欠落が重なるほど、胸の奥に引っ掛かるものが大きくなっていった。


「もっと古い記録はありますか?」


リリィが司書へ尋ねた。


「この資料が最初に大図書館へ入ったときの記録を見たいです」


「寄贈記録ですね。閉架資料になりますので、こちらで確認します」


司書が奥へ消える。


私たちは待った。


さっきまで数字を見続けて疲れていたはずなのに、誰も席を立とうとはしなかった。


メリーまで静かに帳簿を見ている。


『フール』


「何?」


『本当に消えちゃったのかな』


「まだ分かんない」


そう答えながら、私は見つかった事実だけを頭の中で並べた。


資料そのものは現在見つからない。


昔の目録には存在している。


館外へ持ち出すことは禁止されていた。


途中で移管された印が付いている。


でも移管先は書かれていない。


同時期の移管記録には、理由のない欠番まである。


ここまで来ると、単に棚のどこかへ紛れ込んでいるだけだと考えるのも難しくなってきた。


それでも、「誰かが消した」と決めるにはまだ早い。


その違いを忘れないようにする。


しばらくして、司書が一冊の古い帳簿を抱えて戻ってきた。


「該当すると思われる寄贈記録が見つかりました」


机へ置かれる。


今まで見ていた帳簿より古い。


紙の端は変色し、司書自身が慎重にページをめくっていく。


そして、《虹光現象に関する旧記録》が最初に登録された場所で手を止めた。


「あった」


今度は資料名だけではない。


古い分類番号。


最初の保管場所。


登録年月。


すべて残っている。


少なくとも最初から存在しない架空の資料ではなかった。


本当に大図書館へ収められ、長い間ここで管理されていた。


リリィが記録を追う。


「寄贈者は?」


そこだけ、少し変わっていた。


《寄贈者名――記録非公開》


「名前を隠してたの?」


司書は首を傾げる。


「寄贈者本人の希望で一般目録へ氏名を載せない例はあります。ただし、内部管理記録には通常残します」


「その内部記録は見られますか?」


「一般利用者の権限では難しいですね」


そこで一つの道が閉じた。


でもリリィは諦めず、さらに下を確認する。


「閲覧制限なし……」


資料そのものは、普通に読めたらしい。


寄贈者の名前だけは伏せられている。


でも内容は秘密にされていない。


長い間、大図書館を利用する人なら誰でも閲覧できた。


「最初から隠されてた資料じゃないんだ」


私が言う。


「そうなるな」


オラクルが頷く。


「寄贈されたあと何年も普通に保管されてる。それが途中で移管扱いになって、そこから先だけ分からなくなってる」


資料が大図書館へ入ったときには問題がない。


途中で何かが変わった。


だったら、次に調べるべき場所も見えてくる。


「最後に読んだ人」


リリィが言った。


「何?」


「館外持出禁止だったなら、読む人はここへ来て閲覧してたはず。移管される直前の閲覧記録が残ってれば、最後に誰がこの資料を読んだのか分かるかもしれない」


それだ。


司書へ確認すると、古い閲覧記録も保管されている可能性があるという。ただし現在の記録管理区にはなく、別の保管庫から探す必要があるため、今日中の取り寄せは難しいらしい。


「明日になりますね」


「お願いします」


迷わず申請した。


これで六体目への道が一つ増えた。


幻獣そのものの居場所ではない。


消えた記録を追い、その記録を最後に読んだ人間を探す。


人から本へ。


本から、また人へ。


リリィが紙へ今日の結果を書き込んでいく。


「明日は閲覧記録。最後に誰が読んだのか確認する。それと、移管処理の欠番についても、別の帳簿がないか聞いてみる」


「うん」


私も記録を整理した。


その途中で、もう一度《寄贈者名――記録非公開》という文字へ目が向く。


誰がこの資料を大図書館へ持ち込んだのか。


どうして名前だけを隠したのか。


そして長い間、誰でも読めた資料が、なぜ途中で行方を失ったのか。


分からないことは増えている。


でも昨日とは違う。


昨日は六体目について、追う道そのものがないと思っていた。


今は、その道が見えている。


ただし奇妙なことに、その道には途中から、いくつもの足跡が抜け落ちていた。


私は閉じられていく古い寄贈記録を見つめた。


明日、その続きを追う。


最後に《虹光現象に関する旧記録》を読んだ人物。


その名前が分かれば――六体目を覆っている空白に、初めて一本の線を引けるかもしれない。

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