第156話 知識の国へ
石橋を越えた翌朝、目を覚ました私は、しばらく天井を見つめていた。
昨夜泊まったのは、街道沿いにある小さな宿場の一軒だった。第二宿場と比べればずっと小さく、食堂と十室ほどの客室、それに馬を休ませる厩舎があるだけの普通の宿だ。
窓の外から聞こえてくるのも、鳥の声と旅人が荷物を積む音くらいだった。警戒を知らせる鐘も、兵士の怒鳴り声も聞こえない。西側の窓を閉めろと言われることもなければ、空を見るなと注意されることもない。
昨日までなら当たり前だったことが、今朝は妙にありがたかった。
身体を起こして右足を確認すると、昨日かなり歩いたにもかかわらず痛みは残っていなかった。早めに休憩を取ったのがよかったのだと思う。
隣ではフランも右腕の状態を確かめている。
「どう?」
「昨日より軽いよ。普通に動かすくらいなら大丈夫そう」
フランは肩をゆっくり動かしたあと、左手で腰の短剣へ触れたものの、抜こうとはしなかった。
「練習しないの?」
「したいけど、今日も歩くからやめとく。グライツに着いてから状態を見て決めるよ」
「偉い」
「またそれ?」
二人で笑っていると、布団の中から小さな声が聞こえた。
『今日は空見ていい?』
メリーだった。
布団から顔だけを出し、少し不安そうに窓を見ている。
「昨日の検問所を出てから何も言われてないし、大丈夫だと思うよ」
『本当に?』
「心配ならオラクルに聞こう」
『一緒に聞く』
メリーはすぐ布団から抜け出して私の肩へ飛んできた。
以前なら確認するより先に窓へ向かっていたはずだ。それだけ昨日の石橋で起きたことが怖かったのだろう。
一階へ下りると、オラクルとリリィはすでに朝食を食べていた。
メリーは席へ着くより先に尋ねる。
『今日、空飛んでいい?』
「この辺じゃ制限出てねえ。好きに飛べ。ただし一人で遠くまで行くなよ」
『やった!』
その場で天井近くまで飛び上がり、宿の主人から「頭ぶつけるぞ」と注意されて慌てて下りてくる。
『外で飛ぶ』
「それがいいね」
ようやくいつものメリーが戻ってきたことが、少し嬉しかった。
朝食を食べながら、今日の道を確認する。
オラクルによれば、昨日の道標と宿の主人から聞いた話が正しければ、グライツまでは順調に進んであと二日から三日。途中にもう一つ大きめの町があり、今日はそこまで行く予定だった。
「明日は?」
「身体の状態次第だ。無理に距離稼いで、グライツ着いた瞬間に寝込んだら意味ねえだろ」
確かに、大図書館へ着いたらすぐにでも中へ入りたい。そこで右足が痛くなって動けないのは絶対に嫌だった。
「じゃあ今日も無理しない」
「最近聞き分けよすぎて気持ち悪いな」
「何で!」
リリィが笑う。
「前は止めるほうが大変だったからじゃない?」
「みんな私を何だと思ってるの?」
『走る人』
メリーが即答し、フランまで笑い出した。
朝食を終えて宿場を出ると、空は綺麗に晴れていた。
昨日は見上げることさえ怖かったのに、今日は青い空がどこまでも広がっている。メリーは何度も確かめるように上を見たあと、ようやく安心したのか高く飛び上がった。
『何にもない!』
「それが普通だよ!」
『普通っていいね!』
その意味は私にもよく分かった。
街道は緩やかな下り坂になり、山を離れるにつれて森が減っていく。代わりに広い草原や畑が増え、小さな村も見え始めた。畑では人々が普通に働き、街道を行き交う旅人も空を気にしていない。
ただ、石橋で見たものを忘れたわけではない。
荷物の中には黒い欠片や山腹の傷について記録した紙がある。
グライツへ着いたら調べる。
それは全員で決めていた。
昼前になったころ、街道の雰囲気が少しずつ変わり始めた。
最初に気づいたのはリリィだった。
「看板、多くない?」
言われて周囲を見ると、確かに普通の街道より道標が多い。しかも《次の町まで》や《宿はこちら》だけではなく、細かな行き先がびっしり刻まれていた。
《グライツ王国西部街道》
《王立大図書館方面》
《北部研究区方面》
《古書商組合指定輸送路》
《写本工房街へは南門経由》
「写本工房?」
「本を写して作る仕事だろ。全部手書きなのか、魔道具も使うのかは知らねえけどな」
オラクルの説明を聞きながら進んでいると、今度は街道を走る荷馬車の中身まで変わってきた。
これまで多かったのは食料、木材、布、武器などを運ぶ馬車だった。ところがグライツへ近づくほど、雨に濡れないよう何重にも布を掛けた木箱や、巻物を収める細長い筒を大量に積んだ馬車が目立つようになる。
木箱の側面には《書物》《取扱注意》《王立大図書館納入》という文字まであった。
「本だけ運んでる……」
思わず一台を目で追った。
「これ全部グライツに行くのかな」
「逆からも来てるよ」
リリィが反対車線を指す。
グライツ方面から来た馬車にも、同じような箱が山積みになっている。
すれ違う人たちの姿も少し違っていた。
何冊もの本を抱えた若者、眼鏡を掛けたまま紙束を読みながら歩く人、背中へ巻物を何本も差した老人。道端の石を三人で囲み、真剣に議論している人たちまでいる。
「だから、この層の形成は少なくとも三百年前だと言っている!」
「馬鹿を言え。この鉱物が混じっているなら五百年は遡る!」
「どっちでもいいじゃん」
思わず呟くと、オラクルが笑った。
「本人たちには死ぬほど大事なんだろ」
確かに、ものすごく大事そうだった。私たちが横を通り過ぎても気づかず、三人は石一個を前に言い争い続けている。
「変な人多いね」
リリィが言った。
その言葉で思い出す。
「布団ゴブリン、メロウのこと《変な学者》って言ってたよね」
ここで変な人扱いされる人。
想像すると少し不安になった。
「ものすごく変な人なのかな」
「会えば分かる」
オラクルは気にしていない。
メリーはむしろ楽しそうだった。
『私、本いっぱいあるところ好きかも!』
「メリー、本読めるの?」
『絵あるやつ!』
「図鑑じゃん」
『図鑑好き!』
「じゃあ幻獣種の絵もあるかもしれないね」
『絶対見る!』
一気に目的が増えたらしい。
その直後、私たちの横を三台の荷馬車が追い越していった。
最初の二台には本の箱が積まれていたけれど、最後の一台だけ様子が違う。荷台の中央に大きな灰色の箱が固定され、その周囲を四人の護衛が囲んでいる。
箱には赤い封印札が何枚も貼られていた。
「何あれ?」
私が見ていると、リリィが箱の側面へ目を凝らした。
「文字ある」
馬車が離れていく直前、私にも一部だけ読めた。
《北部山岳――》
そこから先は護衛の身体に隠れてしまった。
さらに下。
《調査資料・開封禁止》
胸の奥が少しだけ引っ掛かった。
「北部山岳?」
フランも見えたらしい。
「メロウが調べてたっていう資料も、北部じゃなかった?」
「うん」
以前聞いた名前が頭へ浮かぶ。
《北部山岳調査記録》。
同じものなのかは分からない。
ただ名前が似ているだけかもしれない。
オラクルも馬車を目で追ったが、追いかけようとはしなかった。
「グライツへ向かってるなら、そのうちどこかで分かるかもしれねえ。今は覚えとけ」
「黒い欠片の箱じゃないよね?」
「それも分からん。勝手に繋げんな」
「分かってるよ」
でも、気になった。
石橋で回収された黒い欠片も、グライツへ送られる予定だと聞いている。
そして今、北部山岳の調査資料らしいものまで同じ方向へ運ばれている。
偶然かもしれない。
それでも、グライツへ近づくほど、今まで旅の中で拾ってきたものが一つの場所へ集まっているような感覚が強くなっていった。
昼食のため街道脇の休憩所へ入ると、そこにもグライツらしさがあった。
普通の食堂なのに、壁一面が本棚になっている。
旅の記録、料理の本、魔物図鑑、各地の地図、古い物語。食事を待ちながら本を読んでいる人まで多かった。
「ここ、図書館じゃないよね?」
店員に聞くと笑われた。
「グライツへ近づけば、これくらい普通ですよ。読み終わった本を置いていく旅人が多いんです。代わりに別の一冊を持っていってもいいことになってます」
「無料?」
「一冊置いて、一冊持っていくならね」
面白い。
私は本棚へ近づき、一冊取り出そうとして手を止めた。
「どうした?」
フランが聞く。
「代わりの本持ってない」
「《幻獣種召喚の本》置く?」
オラクルがものすごい顔をした。
「置くわけねえだろ!」
「冗談だよ!」
本気で怒られそうだった。
昼食を終えて再び歩き始める。
午後になるとグライツへ向かう人はさらに増え、私たちは歩きながら大図書館へ着いたら何を調べるのか改めて整理した。
フランはリザーメイトの記録を最初に探すという。
「国について残ってるものがあるなら、昔何があったのか知りたい。それからアルトと、この短剣の元になった剣。父さんと母さんが、俺が小さいころ夜中に話してた《あの子のことが知れたら大変》って言葉も、何か繋がるかもしれない」
表情にはまだ不安があった。
それでも、自分から調べると言えるようになっている。
「一緒に探そう」
「うん」
私が調べたいのは、まず幻獣種だった。
二体目へ繋がる情報。
メロウ。
そして、お父さんとお母さん。
そこへ石橋で見た黒い欠片と、さっきの《北部山岳》という文字も加わった。
リリィは資料そのものより、メロウという人物を追うつもりらしい。
「最近何を調べてたのか、誰と会ったのか、図書館で何を借りてたのか。そういうのが分かれば、本人がいなくても追えるかもしれない」
「図書館でも追跡するんだ」
「足跡だけが追跡じゃないでしょ」
確かにそうだった。
オラクルはTIME。
今まで現れた相手について、私たちは強さ以外をほとんど知らない。いつから活動しているのか、過去にどこで何をしたのか、古い記録に名前が残っていないかを調べる。
『私は幻獣種の絵と、治す魔法! あと黒いの!』
メリーも自分の目的を忘れていなかった。
「全員いっぱいあるね」
「これ、何日図書館に籠もることになるんだ?」
オラクルが嫌そうに言う。
「世界一なんでしょ?」
「だから怖えんだよ」
笑いながら歩いているうちに、夕方が近づいた。
街道は緩やかな丘へ差しかかる。
少し先を飛んでいたメリーが頂上で急に止まった。
『フール! 来て!』
「走らないよ!」
『じゃあ早歩き!』
「それも駄目じゃない?」
リリィに言われ、結局いつもの速さで丘を上った。
頂上へ出たところで、私は足を止めた。
遠くに街が広がっていた。
今まで見てきた王国とは違う。
広い城壁の内側へ無数の建物が密集し、いくつもの塔が夕日の中へ伸びている。城壁の外にまで小さな建物や倉庫が並び、何本もの街道から荷馬車や人の列が吸い込まれていた。
でも、一番目立つのは城ではなかった。
街の中央に、周囲の建物を圧倒する白い建造物が立っている。
横へ広いだけではない。中央には巨大な塔がそびえ、その左右へ何棟もの建物が連なっていた。遠く離れた丘から見ているのに、窓らしいものが数え切れないほど並んでいる。
メリーが空中で両腕を広げた。
『でっかい!』
街道脇の道標には《グライツ王国》と刻まれ、その下には《王立大図書館 中央区》という文字があった。
「あれが……世界一の図書館?」
まだ門にも着いていない。
中に何冊の本があるのかも知らない。
メロウが本当にそこにいるのかも分からない。
それでも、長い道の先にようやく目的地が見えた。
私は白い大図書館を見つめながら、少し前に追い越していった灰色の箱を思い出した。
《北部山岳――調査資料・開封禁止》。
そして石橋で見た黒い欠片。
もし、あれらが同じ大図書館へ集まっているのだとしたら。
私たちが追ってきた《分からない》も、少しずつ同じ場所へ集まり始めているのかもしれない。
でも、まだ答えにはしない。
グライツへ入り、自分たちで確かめるまでは、どれだけ似た言葉が並んでも想像にすぎない。それは石橋を越えるまでに、何度もオラクルから教えられたことだった。
「フール、また考えてる?」
リリィに声を掛けられ、私は大図書館から視線を外した。
「うん。さっきの箱のこと。北部山岳って書いてあったでしょ?」
「私も気になってる。でも、まだ《北部山岳》って言葉が同じだけだよ」
「分かってる。だから大図書館で調べる」
そう答えると、オラクルが少しだけ笑った。
「それでいい。せっかく世界一の図書館まで来たんだ。想像で答え作るくらいなら、中にある記録を片っ端から当たったほうが早え」
「片っ端からって、どれくらいあるんだろう」
改めて街の中央を見る。
丘からでも巨大だと分かる建物なのだから、近くまで行けばもっと大きいはずだ。あの中が全部本だとしたら、一日や二日で読み切れる量ではないことくらい私にも分かる。
メリーも同じことを考えたらしく、大図書館を見ながら両腕を広げた。
『全部読む!』
「絶対無理だよ」
『じゃあ半分!』
「それも無理だと思う」
『じゃあ絵がある本だけ!』
「急に現実的になったね」
メリーがむっとする。
『幻獣種の絵があるかもしれないもん』
「それは私も見たい」
『一緒に探そう!』
「うん」
さっきまで石橋の異変について考えていたのに、大図書館を目の前にすると、別の気持ちも少しずつ大きくなってきた。
楽しみだった。
ここまでの旅で、私たちは知らないことに何度も出会った。そのたびに人から話を聞いたり、古い記録を探したりしてきたけれど、今度は世界一の大図書館が目の前にある。
二体目の幻獣種。
メロウ。
フランの故郷リザーメイトとアルト。
TIME。
私のお父さんとお母さん。
そして、石橋で見た黒い欠片と、街道ですれ違った《北部山岳》の調査資料。
全部の答えがあそこにあるとは思わない。それでも、今まで何も分からなかったものに、一つくらい手が届くかもしれない。
隣ではフランも大図書館を見ていた。
楽しそうというより、少し緊張しているように見える。
「フラン」
「何?」
「怖くなった?」
一瞬だけ驚いた顔をしてから、フランは小さく笑った。
「ちょっとね」
「調べるの?」
「うん。それは変わらない」
腰の短剣へ左手を添える。
「父さんと母さんが隠してたことも、アルトのことも、知らないまま考え続けるよりちゃんと知りたい。もし嫌なことが分かっても、そのとき考えるよ」
私は頷いた。
「一緒に探すからね」
「俺もフールの両親のこと探すよ」
以前した約束を、フランはちゃんと覚えていた。
胸の奥が少し温かくなる。
「私も手伝うよ」
リリィも会話へ入ってきた。
「本を全部読むのは無理でも、どこを探せばいいか調べるくらいならできると思う。それにメロウが本当に大図書館を使ってるなら、何を調べてたか追えるかもしれない」
「リリィ、図書館で足跡探すの?」
「足跡じゃないよ。借りた本とか、出入りした場所とか、話した人とか。人が動けば何か残るでしょ?」
なるほど。
リリィにとっては、それも追跡なのだ。
オラクルはそんな私たちを見ながら地図を畳んだ。
「やること増やすのは勝手だが、最初から全員ばらばらに動くなよ。まず宿を取る。それから大図書館の利用方法を確認する。誰でも好き勝手に入って全部の本を触れるとは限らねえからな」
「あ」
そこまで考えていなかった。
「入れないの?」
「知らねえよ。だから確認すんだ。世界一の図書館なら、貴重な本や古い資料もあるだろ。十歳のガキが『全部見せて』って言って全部出してくると思うか?」
「十歳関係ないじゃん!」
「あるだろ」
「私、冒険者だよ!」
「それで古代の貴重書を触らせてもらえるなら苦労しねえ」
言われてみればそうかもしれない。
メリーが私の横へ降りてくる。
『私なら小さいから入れるよ』
「勝手に入る話じゃないよ!」
『あ、そっか』
リリィが笑う。
「まず普通にお願いしよう」
「そうする」
大図書館が見えたからといって、すぐ目的の本が見つかるわけではない。
それも旅と同じなのだと思う。
一つずつ進めるしかない。
丘を下り始めると、グライツ王国の姿が少しずつ大きくなっていった。
城壁へ続く街道には、私たちと同じように国を目指す人々が何列にもなっている。荷馬車に積まれているのは本だけではなく、紙、インク、古い石板らしいもの、鍵付きの箱など様々だった。
冒険者より、研究者や商人らしい人のほうが多い。
「本当に知識の国なんだね」
私が言うと、オラクルが頷いた。
「街道見てるだけでも分かるな」
「私、ちょっと好きかも」
リリィが珍しくそんなことを言った。
「まだ入ってないよ?」
「でも面白そう。色んな人の痕跡ありそうだから」
やっぱりそこだった。
メリーはもっと単純だった。
『本いっぱい! ご飯もいっぱいあるかな?』
「そこ?」
『大事だよ!』
それもメリーらしい。
城壁が近づくにつれて、白い大図書館はさらに巨大になった。
丘の上から見たときには一つの建物に見えたけれど、近づくと中央の塔を囲むように複数の建物が繋がっていることが分かる。高い屋根、細長い窓、渡り廊下のようなものまで見えた。
「あれ全部、図書館なの?」
「たぶんな」
オラクルの声にも、少しだけ驚きが混じっていた。
世界一。
その言葉が、ようやく大げさではないように思えてきた。
そのとき、前方から一台の馬車が城門へ入っていくのが見えた。
灰色の大きな箱。
四人の護衛。
赤い封印札。
「あっ」
私だけではなかった。
リリィも気づく。
「さっきの馬車」
《北部山岳――調査資料・開封禁止》。
街道で私たちを追い越していった箱だった。
馬車は一般の旅人が並ぶ列には入らず、城門脇に設けられた別の入口へ向かっている。兵士が書類を確認すると、そのまま中へ通された。
「やっぱりグライツに来たね」
私が言う。
「ああ。ただ、どこへ運ぶかまでは分からねえ」
オラクルはそう言ったが、私にはどうしても気になった。
黒い欠片もグライツへ送られる。
北部山岳の調査資料もグライツへ来た。
メロウも、この国で古いものや幻の生き物について調べているという。
偶然かもしれない。
まだ繋げてはいけない。
それでも、旅の途中で拾ったいくつもの手掛かりが、私たちより少し先に城門をくぐっていくように見えた。
私は《聖なるマップ》の入った鞄へ手を置いた。
答えが待っているとは限らない。
むしろ新しい謎が増えるかもしれない。
それでも、ここまで来た。
「行こう」
今度は急がなかった。
走りもしない。
みんなと同じ速さで城門へ向かう。
フランが隣にいて、リリィがその少し後ろを歩き、メリーは私たちから離れすぎない高さを楽しそうに飛んでいる。先頭ではオラクルが、すでに宿代のことでも考えているような顔で城門を見ていた。
世界一の大図書館がある国。
考古学者メロウがいるという国。
二体目の幻獣種へ続くかもしれない国。
そして、私たちがまだ知らない過去が眠っているかもしれない場所。
夕日を受けたグライツの城門が、ゆっくりと近づいてくる。
長かった街道は、そこで終わる。
でも私たちの旅にとっては――ここからが、新しい始まりだった。




