第15話 カードの国アデュー
夕暮れが迫るころ、私たちはようやくアデューの城門へ辿り着いた。
近づくにつれて分かったけれど、アデューは今まで訪れたどの街よりも大きかった。高い外壁は左右を見渡しても簡単には端が見えず、巨大な正門の前には何台もの荷馬車が列を作っている。木箱を何段にも積んだ車、色鮮やかな布を山のように載せた車、果物や香辛料を運んできた商人たち。その間を旅人や護衛、荷運びの人たちが絶え間なく行き交い、門の前だけでもアルセウスの大通りに負けないほど賑わっていた。
「大きい……」
思わず立ち止まると、オラクルが煙草を咥えたままアデューを見上げた。
「ここは貿易が盛んだからな。周りの国から物が集まって、また別の場所へ運ばれていく。金も物も人も動くから、自然と国もでかくなった」
「オラクル、来たことあるの?」
「何度かな。物を売るにも買うにも便利だからな」
すると黄色が「安く買えるのでぷ?」とすぐに食いつき、オラクルは呆れたように「そこから聞くのかよ」と返した。黄色にとっては国の大きさより、そこでいくら得をできるのかのほうが重要らしい。
門で簡単な確認を受け、人の流れに混ざってアデューへ入った直後、私は目の前に広がった光景に思わず足を止めた。
「……カードだ」
門から伸びる大通りの左右には何軒もの店が並び、その店先という店先にカードが飾られていた。
《カード買取》《新入荷カード》《初心者用カードあります》《高価買取・鑑定》《交換歓迎》。
そんな看板が通りのあちこちに掛かり、店先の棚には透明な板に挟まれたカードがずらりと並んでいる。道端では商人が今日入荷したカードを大声で宣伝し、店頭に置かれた机では客同士が何枚ものカードを広げて交換していた。
「アルセウスの子供たちもカードで遊んでたけど、ここは全然違うね」
「アデューはカードそのものが有名な国でぷよ」
緑に言われて大通りを見渡すと、カード専門店だけではなかった。普通の道具屋にもカードが置かれ、宿には《宿泊者限定カード販売》の札が掛かり、料理を注文した客へ一枚付ける飲食店まである。
さらに通りの先には巨大な市場が広がっていた。各地から運ばれてきた食料、衣服、武器、薬、宝石、工芸品が所狭しと並び、荷車が絶え間なく出入りしている。聞いたことのない土地の名前を叫びながら商品を売る商人も多く、カードの国であると同時に、さまざまな国の品物が集まる交易の中心なのだと分かった。
今まで見た中で、一番大きな国だった。
私は鞄の中の《聖なるマップ》を思い出した。アデューへ近づいた途端にこの国の名前と道が消え、代わりに一枚のカードが現れた。これだけカードで溢れた国を目の前にすると、あの異変が無関係だとは思えない。
とはいえ、今は手掛かりがない。
「まず宿を探す?」
私が尋ねたところで、黄色が袖を引いた。
「その前に、あれを見るでぷ」
黄色が指差した先には、《旅・護衛・冒険用品 なんでも揃います》と書かれた大きな道具屋があった。店先には縄や鞄、火を起こす道具と一緒に、小瓶や球体など見慣れない品物も並んでいる。
「さっき決めたでぷ。俺はアイテムを使うでぷよ。何か戦うときに使える物が欲しいでぷ!」
「それなら見てみようか」
私たちは人混みを抜け、道具屋へ入った。
◇
店内には天井近くまで棚が並び、旅や護衛に使う道具が隙間なく置かれていた。
黄色が戦闘で使える物を尋ねると、店員は何種類かの商品を受付台へ並べてくれた。
最初に出されたのは、握り拳より少し小さな灰色の球だった。
「《煙玉》だ。地面へ強く投げれば煙が一気に広がる。逃げるときや、相手の視界を切りたいときに使える」
「これ、いいでぷ!」
黄色はすぐに気に入ったようだった。
続いて出された小さな布袋には《滑り粉》という粉が入っており、地面へ撒けばかなり滑りやすくなるらしい。ただし自分たちまで踏めば転ぶため、使う場所には注意が必要だという。
最後に見せてもらった小瓶は、割れると強烈な臭いを放つ《刺激液》だった。魔物によっては嫌がって離れるものの、風向きを間違えれば使った側までひどい目に遭うらしい。
「黄色なら煙玉と滑り粉が使いやすそうだね。相手を直接倒すんじゃなくて、隙を作れるし」
「両方欲しいでぷ!」
黄色は即答したあと、ようやく値札を確認した。
その表情が固まる。
煙玉二個と滑り粉二袋で、合計二銀B。
黄色は商品を見てから金貨袋を押さえ、もう一度商品へ視線を戻した。
「欲しいけど……お金が減るでぷ」
「買い物だからね」
「でも減るでぷ……」
このままではいつまで経っても決まりそうにない。
すると、それまで黙って商品を見ていたオラクルが受付台へ寄り、煙玉を一つ手に取った。
「おっちゃん。これ全部で二銀Bは高すぎるだろ」
店主が眉を上げた。
「値札に書いてある。嫌なら買わなくていい」
「値札は見たよ。だから高いって言ってんだ。この煙玉、外側に傷があるぞ」
オラクルが指差した先には、言われなければ気づかないほど小さな擦り傷があった。店主は「使うのに問題はない」と取り合わなかったものの、オラクルは今度は滑り粉の袋を持ち上げた。
「こっちは紐の長さが左右で違う」
「だから何だ!」
「見栄えが悪い」
「戦闘道具に見栄えを求めるな!」
「でも商品だろ?」
完全に言いがかりだった。
それでもオラクルは真剣な顔を崩さず、さらに私たち五人で入店したことで店が賑わって見えたから宣伝に貢献した、黄色は今後も道具を使うので将来の常連候補だ、今売れば閉店前の売上が増えて店主が気持ちよく夕食を食べられる、と次々に理由を追加していく。
「最後の理由、商品と何の関係もないよね?」
私が口を挟んでも、オラクルは気にしない。
「理由は多いほうがいい」
「そういうものなの?」
「たぶん違うでぷ」
緑まで首を横へ振った。
しかし黄色だけは真剣そのものだった。オラクルと店主の顔を交互に見ながら、値下げ交渉を一言も聞き漏らさないようにしている。
やがてオラクルが「二銀Bは高い。一銀Bでどうだ?」と切り込むと、店主は受付台を叩いた。
「いきなり半額じゃねえか! 無理に決まってる!」
「じゃあ一銀Bと一赤B」
「ほとんど変わってねえ!」
「こっちは一赤Bも譲ったぞ」
「恩着せがましく言うな!」
そこから交渉はさらに続いた。
店主が一銀Bと七赤Bまで下げれば、オラクルは一銀Bと二赤B。店主が一銀Bと五赤Bを提示すると、なぜかオラクルは一銀Bと一赤Bへ戻した。
「なんで下がった!?」
「話が長くなった分、こっちの時間を使った」
「お前が長くしてんだろ!」
私はとうとう吹き出し、赤と緑も笑い始めた。
オラクルはそれでも平然と交渉を続け、最後には「一銀Bと三赤B。それなら今ここで買う」と言い切った。
店主はしばらくオラクルを睨みつけていたものの、やがて根負けしたように大きく息を吐いた。
「……持ってけ。一銀Bと三赤Bだ」
黄色の目が見開かれた。
「本当にそれでいいのでぷ!?」
「いい! その代わり、そこの煙草野郎は次から値切るな!」
「それは約束できねえな」
「出てけ!」
結局、煙玉二個と滑り粉二袋を、一銀Bと三赤Bで買うことができた。
店を出ると、黄色は買った道具より先にオラクルを見た。さっきまで金貨袋を盗んだ男として警戒していたのに、今だけは明らかに見る目が違っている。
「オラクル……」
「なんだ?」
黄色は少し悔しそうに口を曲げ、それでも素直に言った。
「ちょっとだけ、すごいでぷ」
オラクルが立ち止まった。
「今なんて?」
「一回しか言わないでぷ!」
「聞こえなかったな。もう一回頼む」
「絶対聞こえてたでぷ!」
また二人が言い合い始め、私は笑いながら黄色の荷物へ煙玉と滑り粉をしまうのを手伝った。
「黄色、これは本当に必要なときに使ってね。もったいないからって残しちゃ駄目だよ」
「分かってるでぷ。でも、一銀Bと三赤Bで買った大事なアイテムでぷ」
「値段はもう覚えたんだ」
「お金のことは忘れないでぷ!」
オラクルも横から「だったら使うタイミングも覚えろ。道具は持ってるだけじゃ役に立たねえからな」と付け加えた。
黄色は新しく手に入れた道具を見てから、今度は真剣に頷いた。
「必要なときは、ちゃんと使うでぷ」
これで黄色にも、戦いの中でできることが少し増えた。
そして、オラクルについても一つ分かった。
情報を集め、周囲の状況を見て、使えるものを利用するだけではない。買い物一つでも、普通なら諦めるところから相手と話を続け、自分たちに有利な条件を引き出してしまう。
やり方が正しいのかは少し怪しいけれど。
ふと顔を上げると、大通りの先までカードショップの看板が続き、その向こうには巨大な市場と各地から集まった荷馬車の列が見えた。
今まで訪れた場所とは、明らかに規模が違う。
そして、この大きな国のどこかに《聖なるマップ》が示したカードにつながる何かがある。
私は賑わう大通りを見渡した。
まだアデューへ入ったばかりだ。
まずは、このカードだらけの国を知るところから始めよう。
そう思いながら、私たちは人混みの中へ歩き出した。




