第14話 地図に載ったカード
戦いが終わってもしばらく空を警戒していたが、逃げた一体が戻ってくる気配はなかった。
緑が本で調べたところ、あの鳥型の魔物は《ウインドホーク》というらしい。高所から獲物を探し、急降下して捕らえる魔物で、大きな羽根や爪は道具の材料として売ることができるという。
それを聞いた黄色は、疲れも忘れたように倒れた二体へ駆け寄った。
「売れるところだけ持っていくでぷ!」
「今度は全部持っていこうとしないでね」
緑に状態を見てもらいながら、傷の少ない青い羽根と爪だけを選んで回収する。黄色は折れた羽根まで拾おうとしたものの、オラクルに「安い物で荷物をいっぱいにして、高く売れる物を持てなくなったら損だぞ」と止められると、珍しく素直に手放した。
「……オラクル、頭いいでぷ」
「お前に褒められても微妙に嬉しくねえな」
「お金のことで黄色に認められるのは結構すごいよ」
必要な素材だけを布へ包むと、黄色は満足そうに袋へしまった。
そのまま出発しようとしたところで、今度はオラクルが街道脇の草むらから古びた革筒を見つけた。中には細い針のような物が数本残っている。長い間放置されていたらしく泥が固まり、緑に確認してもらっても危険な魔法道具ではなさそうだったため、何に使う物なのかはアデューで調べることにした。
「売れたらお金でぷ」
「何でも売ろうとしないの」
「使えるなら使えばいいし、いらなきゃ売ればいいだろ」
オラクルがそう言うと、黄色は納得したように頷いた。
戦った魔物から必要な素材を取り、道中で見つけた物も安全を確かめて持っていく。そこにオラクルが加わったことで、何を持ち、何を置いていくかという判断も少しずつ変わり始めていた。
◇
それから数時間、私たちはアデューへ向かって歩き続けた。
太陽が西へ傾き始めたころ、長く続いていた丘陵地帯の向こうに建物らしき影が見え始める。さらに進むと、いくつもの屋根が重なり、その周囲を囲む外壁まで確認できるようになった。
緑が本を開き、現在地と街道を照らし合わせた。
「もう少しでアデューでぷ。このまま行けば着くでぷよ」
「やっと着くんだ!」
思わず声が弾んだ。
《聖なるマップ》に《アデュー》という名前が現れてから、いろいろなことがあった。初めてQUESTでお金を稼ぎ、TIMEの《1》と遭遇し、アルセウスではオラクルと出会った。
ようやく、最初から地図に表示されていた場所へ辿り着く。
私は嬉しくなり、鞄から《聖なるマップ》を取り出した。
「今度こそ本当にアデューなんだよね?」
「目の前に見えてる街がそうでぷよ」
緑が笑う。
「アルセウスのとき間違えたから、一応確認したくて」
私も笑いながら《聖なるマップ》を開いた。
その瞬間、指が止まった。
「…………え?」
最初は、夕方の光が紙へ反射して見えなくなっているのだと思った。地図を少し傾け、角度を変えてもう一度しっかり広げてみたけれど、何も変わらない。
「フールちゃん?」
赤に呼ばれても、すぐには返事ができなかった。
地図には、私たちが歩いてきた道が残っている。アルセウスから続く街道も、さっきウインドホークと戦った辺りまで、ちゃんと描かれていた。
異常が起きているのは、そこから先だった。
現在地を境にして、前方だけが消えている。
「……道がない」
私の声を聞き、四人が集まってきた。
「何がないでぷ?」
「ここ。見て」
私は《聖なるマップ》の前方を指差した。
現実には、目の前から街道がまっすぐ続いている。少し顔を上げれば、その先にはアデューの外壁も建物も見えている。
なのに地図では、現在地から先だけが何も描かれていなかった。ただの余白ではなく、そこだけが不自然なほど白く抜け落ち、道も地形も文字も、最初から存在していなかったように消えている。
そして、ずっと表示されていたはずの《アデュー》という名前までなくなっていた。
「アデューが消えてる……」
緑が自分の本を急いで開き、《聖なるマップ》と見比べた。
「おかしいでぷ。俺の本にはちゃんと道もアデューも載ってるでぷよ」
「じゃあ、街がなくなったわけじゃないんだよね?」
「目の前にあるだろ」
オラクルが煙草を指で挟み、街道の先を顎で示した。
確かにある。
夕方の光を受けた街の外壁も、屋根も見えている。
現実には存在しているのに、《聖なるマップ》からだけ消えている。そのことが妙に気味悪かった。
私は白くなった部分へ指先を近づけた。
「壊れたのかな……」
そっと触れてみる。
何も起こらない。
もう一度指を滑らせても変化はなかった。
「ただ消えただけ?」
そう呟いた直後、《聖なるマップ》が私の手の中で震えた。
「えっ?」
風ではない。
両手で持っている紙そのものが細かく震えている。驚いて手を離しかけた私のそばへ、赤がすぐに寄ってきた。
「フールちゃん、それ離したほうがいいでぷ!」
「待って。落としたらどうなるか分からない」
私は地図を両手で持ち直した。
震えが強くなる。
紙の表面を一本、二本と細い光が走り、やがて無数の筋となって白く消えた部分へ集まっていった。
これまで何かが記録されたときの穏やかな光とは違う。地図の中で何かが形を作ろうとしているように、光の筋が何度も交差していく。
黄色は私のすぐ横へ寄り、赤は剣の柄へ手を置いた。緑も本を開いたまま地図を見つめ、オラクルまで煙草を口から外している。
「なんだ、これ……」
オラクルの声にも、さっきまでの余裕はなかった。
やがて地図の震えが突然止まり、光も消えた。
私は息を止めたまま、白くなった部分を見つめる。
「……終わった?」
そう言いかけた瞬間、その中央に小さな黒い点が現れた。
染みのようだった点はすぐに縦へ伸び、左右へ広がっていく。
「フールちゃん、触っちゃ駄目でぷ」
緑に言われ、私は指を離したまま変化を見守った。
黒い形の周囲を淡い光が縁取り始める。
長方形。
その形を見た瞬間、アルセウスの路地で見た光景が頭へ浮かんだ。子供たちが木箱の上へ並べ、お菓子や赤Bを賭けて遊んでいたカード。
「……カード?」
私が呟いた瞬間、長方形を縁取っていた光が強くなり、次の瞬間には地図の上から弾けた。
赤が私の前へ出ようとし、黄色が身体を縮める。緑は反射的に本を構え、オラクルまで一歩後ろへ下がった。
でも、何も襲ってこなかった。
光はすぐに収まった。
恐る恐る地図へ視線を戻すと、白く消えた部分の中央に、一枚のカードが浮かび上がっていた。
地図へ絵として描かれているのとは違う。まるで本物のカードが紙の向こう側に存在しているように、長方形の形だけがはっきりと浮いている。
「何……これ……」
誰も答えなかった。
私は試しに《聖なるマップ》を閉じ、数秒待ってからもう一度開いた。
しかし、何も変わらない。現在地から先は白く抜け落ち、《アデュー》の名前も消えたまま。その中央には、正体不明のカードだけが残っている。
「消えない……」
そのとき、カードの輪郭が一度だけ淡く光った。
「今、光ったよね?」
「俺も見たでぷ」
緑も気づいていた。
全員で待ってみたものの、それ以上の変化はない。カードに名前や説明が現れることもなく、《聖なるマップ》はそこで沈黙した。
赤が現実のアデューへ目を向けた。
「街は普通にあるでぷよ。地図から消えたなら、行かないほうがいいってことなのでぷ?」
夕暮れの街道の先には、アデューの外壁や建物が見えている。荷馬車も門を出入りしており、街そのものに異常が起きているようには見えなかった。
「行くなって意味なのかな……」
「だったらカードまで出す必要あるか?」
オラクルが地図を覗き込んだ。
「アデューへ近づいた途端に道と街が消えて、代わりにこいつが出た。街の中に何かあると考えたほうが自然じゃねえか?」
私はカードを見つめた。
確かめる方法は一つしかない。
「……行ってみよう」
緑も頷いた。
「俺もそれがいいと思うでぷ。目の前の街には異常があるように見えないでぷよ」
「危なかったら離れりゃいい」
オラクルの言葉に、私も頷いた。
分からないまま飛び込むつもりはない。でも、怖いから引き返すつもりもなかった。危険なら逃げ、分からないことは五人で確かめればいい。
私はもう一度カードを見てから、《聖なるマップ》を閉じた。
「行こう。暗くなる前に街へ入りたい」
赤が私の右側へ並び、黄色と緑も歩き出した。オラクルは煙草を咥え直し、少し遅れてついてくる。
夕暮れの向こうには、確かにアデューがある。
けれど《聖なるマップ》から、その街は消えた。
代わりに残されたのは、一枚のカード。
私は街を見つめながら歩調を速めた。
地図が示したかったものが何なのか。
その答えを確かめるため、私たちはアデューへ向かった。




