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フールの大冒険 ~聖なるマップを手に、異世界でまだ見ぬ両親を探します~  作者: ☆☆アダム☆☆


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第142話 業火の中で

「内庫だ!」


大会本部の責任者が叫んだ直後、王宮側から鳴り響く警報鐘がさらに激しくなった。


けれど、その意味を考えている余裕は私たちにはなかった。


《灼天・紅蓮廻廊》によって生まれた炎は、闘技場のあちこちで勢いを増している。東側では大会用の巨大な幕が燃え、西側では売店の木製屋根から黒煙が噴き上がっていた。水魔法を使える魔道士たちが必死に消火しているものの、一ヶ所へ水を集めれば別の場所で火が広がり、風に乗った火の粉まで新しい炎を生み出していく。


そこへ、王宮内庫の警報まで重なった。


「第三隊は王宮へ戻れ! 残りは避難誘導を続けろ!」


兵士の指揮官が怒鳴る。


「ですが、こちらも人手が足りません!」


「全員戻したら観客が死ぬ! 三分の一だけ行け!」


兵士たちは迷っている暇もなく二手へ分かれた。


一部は王宮へ走り、残った兵士たちは目の前の負傷者へ戻っていく。


その光景を見て、ナナが火を放った理由が改めて分かった。


逃げ道を作るためだけではない。


兵士も魔道士も賞金稼ぎも、自分一人を追えない状況にしたのだ。


ここには何千人もの観客がいる。


燃える闘技場と負傷者を放置して、全員でナナを追うことなんてできない。


「フール!」


リリィの声で、王宮へ向いていた意識を引き戻された。


細い階段の入口で、子供を抱いた女性が立ち止まっている。その先には煙が流れ込み始めていて、後ろには避難しようとする人たちが少しずつ増えていた。


「下の通路が見えなくなってきた。このまま全員通していいか分からない!」


「メリー!」


呼ぶより早く、メリーが階段へ飛び込んだ。


『私が見てくる!』


小さなピンク色の身体が煙の向こうへ消える。


待っている間にも、後ろから人が増えてきた。


「何で止まってるんだ!」


「火が来るぞ!」


「早く進んでくれ!」


不安が一人から次の人へ移り、列全体が前へ圧力を掛け始める。


さっき転んだ人が危うく踏まれそうになった光景を思い出した。


このままでは、火より先に人同士で怪我をする。


私は杖を握ったまま通路の中央へ立った。


「待って! 下を確認してるから押さないで! すぐ分かるから!」


声が震えそうになる。


それでもできるだけ大きく出した。


全員には届かなかったけれど、前にいた人たちが止まり、その人たちが後ろへ「待て」と伝えてくれたことで、人の波が少しだけ弱くなった。


リリィは私の横ではなく、階段の入口へ立った。


「一列にして! 子供を連れてる人と歩くのが遅い人を先にするから、前へ押さないで!」


朝、賞金稼ぎの村で人の痕跡を一つずつ見ていたリリィとは別人みたいだった。


でも、よく考えれば同じなのかもしれない。


今もリリィは人を見ている。


誰が一人で歩けるのか。


誰が助けを必要としているのか。


人の流れがどこで詰まり始めているのか。


私には大勢にしか見えなかったものを、一つずつ分けて見ていた。


しばらくしてメリーが煙の中から戻ってくる。


『下の通路、右は駄目! 煙がいっぱい来てる! 左へ行けば外まで出られるよ!』


「左ね!」


リリィはすぐ前にいる人たちへ伝えた。


「階段を下りたら必ず左! 右には行かないで! 一度に入ると下で詰まるから、前が進んでから次!」


オラクルも車椅子を自分で動かしながら追いついてきた。


「十人くらいずつ流せ。子供、老人、怪我して歩くのが遅い奴を先にしろ。元気な奴は後でも走れる」


「分かった!」


役割が決まった。


リリィが入口で人数を調整し、メリーが階段の先と火の位置を上空から確認する。オラクルは人の流れ全体を見ながら、別の通路が使えるか大会係員へ確認する。


私は――。


『フール! あっち!』


メリーが観客席の下段を指した。


倒れた椅子の間で、一人の男が動けなくなっている。


「行ってくる!」


「走るなよ!」


オラクルの声を背中で聞きながら、私は杖をついて急いだ。


右足にはまだ痛みが残っている。


本当なら無理をしないほうがいい。


でも、歩ける。


だったら今は、それで十分だった。


男のところへ着くと、倒れた木製の椅子が脚へ乗っていた。


一人で持ち上げようとする。


重い。


「誰か手伝って!」


近くにいた賞金稼ぎが振り向いた。


さっきまでナナを捕まえようとしていた人だった。


腕から血を流している。


それでも何も言わず走ってきて、反対側から椅子を掴んだ。


「せーので上げるぞ」


「うん!」


二人で持ち上げる。


男が脚を抜く。


すぐ椅子を下ろした。


「立てますか?」


「たぶん……」


立とうとして顔を歪める。


無理だ。


賞金稼ぎが男の腕を自分の肩へ回した。


「嬢ちゃん、逃げ道は?」


「向こうの細い階段! 下りたら左!」


「分かった。こいつは俺が連れてく」


「でもあなたも怪我してるよ」


「歩ける奴が、歩けねえ奴運ぶんだろ」


そう言って歩き出した。


少し前まで、賞金首を捕まえるため武器を持っていた人。


今はその武器を鞘へ戻し、知らない人を支えている。


私はその背中を見送ってから、試合場を探した。


フランは?


煙の向こうに赤い髪が見えた。


右腕を吊ったまま、王宮兵と一緒に倒れた賞金稼ぎを運んでいる。左腕しか使えないため、一人では持ち上げられない。それでも兵士と歩調を合わせ、燃えていない場所まで引きずっていた。


「フラン……」


今すぐそばへ行きたかった。


右腕は大丈夫なのか。


ナナからアルトのことを聞かされた直後なのに、何を考えているのか。


聞きたいことはたくさんある。


でもフランも、今は私を探していない。


目の前にいる人を助けている。


だったら私も同じことをする。


私は次の負傷者を探した。


その頃。


闘技場から厚い石壁を何枚も隔てた王宮では、別の戦いが始まっていた。


地下へ続く回廊。


警報鐘が鳴り響く中、石床に紫色の魔法陣が開く。


光が柱のように立ち上がり、その中心からナナが現れた。


「いたぞ!」


待ち構えていた兵士たちが一斉に武器を構える。


会場から異変の報告を受け、内庫の警備は増やされていた。


狭い通路を塞ぐ六枚の大盾。


その後ろには槍兵。


さらに奥に四人の魔道士。


闘技場と違って横へ逃げる場所はほとんどなく、背後では転移に使った紫色の魔法陣がすでに消え始めている。


「TIME No.7! 武器を捨てて投降しろ!」


ナナは返事をしなかった。


正面を見る。


巨大な盾。


その後ろの槍。


魔道士。


そして、さらに奥。


内庫の扉。


「ちゃんと待ってたのね」


そう言うと、正面へ走った。


「来るぞ! 押し返せ!」


盾兵たちが腰を落とす。


六枚の大盾が隙間なく重なり、壁から壁まで完全に塞いだ。


闘技場では横へ抜けられた。


ここでは無理。


だからナナも同じことはしなかった。


盾の直前で身体を沈め、左手を石床へつく。


兵士たちは盾を押し出すため、全員が足で強く床を踏んでいる。


その力を、ナナは利用した。


「《返衝》」


石床そのものが揺れた。


六人の兵士が踏ん張るために加えていた力が、足元からまとめて返る。


盾が浮く。


ほんの一瞬だった。


それでも六枚の高さがずれ、完全だった壁に隙間ができた。


ナナはそこへ肩を差し込んだ。


一人を押す。


足が浮いた直後では踏ん張れない。


先頭の兵士が倒れ、その盾が隣へぶつかり、六人で作った壁が連鎖するように崩れていく。


後ろから槍が二本突き出された。


ナナは一本目の穂先を避けて柄へ触れ、二本目も身体を捻りながら同じように流す。


槍兵たちが引き戻そうとした瞬間に《返衝》を発動すると、二本の槍が手から抜け、後方へ飛んだ。


「魔法を撃て!」


奥の魔道士たちが杖を上げる。


でも通路は狭い。


前には味方の兵士がいる。


闘技場で使ったような大きな魔法を撃てば、仲間まで巻き込む。


その迷いが、ナナに数秒を与えた。


倒れている盾を蹴り、石壁へぶつける。


金属音が狭い回廊いっぱいに反響した。


魔道士の視線が一瞬だけそちらへ向く。


その間に距離が消えた。


一人目の杖へ触れる。


二人目は手首。


三人目が慌てて魔法を完成させようとしたときには、ナナはもう懐へ入っていた。


「遅い」


魔法を撃たせる必要さえなかった。


発動寸前まで流した魔力の制御を崩され、三つの魔法陣が次々と消える。


残った一人が後ろへ下がった。


ナナは追わない。


戦うために来たわけではない。


倒れた兵士たちの間を抜け、回廊の奥へ向かう。


その先にある巨大な扉。


王家の内庫。


扉には三つの鍵穴と複雑な魔法封印が施されていた。


でも完全には閉じていない。


ほんのわずか。


人一人が通れるほどではないものの、隙間が残っている。


ナナが口元を上げた。


「やっぱりね」


昨日から王宮側で何度も《内庫》という言葉が飛び交っていた。


何かを確認するため、王宮側が封印の一部を解除していた。


ナナは扉へ近づき、残っている魔法障壁へ右手を当てた。


強い光が弾ける。


身体が半歩押し戻された。


ナナは手を離さない。


もう一度、障壁が侵入者を拒む。


今度は腕だけでなく肩まで後ろへ押された。


それでもナナは笑った。


「強いわね」


押し返す力が強い。


だからこそ、《返衝》にとっては利用できる力も大きい。


「でも――私とは相性が悪い」


右手を障壁へ押しつけたまま、ナナが力を返した。


魔法障壁が大きく歪む。


一度では壊れない。


もう一度。


障壁が押す。


ナナが返す。


三度目には光の表面へ亀裂が走り、四度目で大きな破砕音が回廊へ響いた。


魔法障壁が砕ける。


残っていた扉がゆっくり開いた。


その向こうには、外の火災も警報鐘も届かないような静かな空間が広がっていた。


広い石室。


壁際にはいくつもの台座が並び、それぞれに武器、宝石、古い書物、見たことのない道具が保管されている。


王家が長い時間を掛けて集めてきた貴重品。


それでもナナは一つ一つを見ようとはしなかった。


迷いなく奥へ進む。


目的の場所を、最初から知っている。


一番奥。


他とは離れた位置に、一つだけ独立した台座があった。


その上に置かれているのは、一枚の鏡。


人の上半身ほどの大きさで、銀色の縁には二人の人物が背中合わせに立つような彫刻が施されている。


誰も立っていないのに、鏡面だけが水のようにわずかに揺れていた。


ナナが正面へ立つ。


鏡の中には彼女自身が映る。


一瞬だけ。


その顔が、まったく別の女性へ変わった。


次に男。


子供。


そして、またナナへ戻る。


ナナは満足そうに目を細めた。


「見つけた」


右手を伸ばす。


その先にあるもの。


王家が内庫の奥深くへ封じていた秘宝。


《ドッペルゲンガーの鏡》


ナナの指先が、鏡へ届いた。

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