第130話 八人の強者
「勝者――フラン!」
審判の声に続いて巻き起こった歓声は、フランが予選を突破したときより明らかに大きかった。
三百二十七人から始まった大会で、残ったのはわずか八人。闘技場を埋め尽くす観客の視線が、境界線の内側に立つフランへ集まっている。
私も立ち上がったまま何度も手を振った。
「フラーン!」
荒い呼吸を整えていたフランがこちらを見上げ、左手に持った短剣を軽く掲げた。右腕は身体の横へ下ろしたままだったけれど、レグル戦のあとと違って短剣を落としてはいない。
《ルミナス・クロス》を使わず、傷の残る右腕でカイルと力比べを続けることもなく、最後には短剣そのものを左手へ持ち替えた。昨日ガルディオから見た「必要のなくなったものを捨てる」という戦い方が、もうフラン自身のものへ変わり始めていた。
「八人だよ!」
私が興奮したままリリィを見ると、彼女も珍しく大きく笑った。
「うん。準々決勝」
「最初、三百人以上いたんだよね?」
「三百二十七人。その中の八人だから、喜んでいいと思うよ」
オラクルだけは煙草を咥えたまま落ち着いている。
「喜ぶのはいいが、次から楽になるわけじゃねえぞ。残ってんのは全員、ここまで勝ってきた奴だ」
「分かってるよ。でも今くらいいいでしょ」
「駄目とは言ってねえ」
だったら素直に褒めればいいのに。
試合場ではカイルと握手を終えたフランが退場口へ向かい、その途中で一度だけ左手を右腕へ添えた。肘から手首にかけて軽く押さえたのを見て、私とリリィはほとんど同時に顔を見合わせる。
最後の《インセント・フラッシュ》で負担が戻ったのかもしれない。
フランはそのまま治療区画へ入り、それから二十分ほどして戻ってきた。
包帯は新しいものへ交換されていたが、今度は手首から肘の少し上までしか巻かれていない。昨日のように肩近くまで固定されておらず、指も普通に動いていた。
「どうだった?」
「筋を少し痛め直したけど、悪化ってほどじゃないって。骨も関節も問題なし。ただ、強く握った状態で衝撃を受けると痛みが出るみたい」
フランは右手を胸の前へ出し、ゆっくり握ってみせる。
普通に握るところまでは問題ない。
でも最後まで強く握り込んだ瞬間だけ、眉がわずかに動いた。
「痛いじゃん」
「少しだけ。普通に短剣を振るなら大丈夫だって。《インセント・フラッシュ》も一回か二回なら問題ないと思うって言われたけど、《ルミナス・クロス》はまだ止められた」
「じゃあ使わないでね」
「できるだけ」
「そこは絶対でしょ」
完全には信用できない。
それでも昨日より状態は明らかに良く、指先の感覚も戻っている。ただし、強い衝撃を右腕で何度も受ければ再び悪化する。その状態で誰と準々決勝を戦うことになるのかは、これから決まる。
そんなことを考えていると、司会者の声が闘技場へ響いた。
「さあ、本戦二回戦はまだ終わりません! 続いて登場するのは――前大会準決勝進出、大剣使いガルディオ!」
巨大な参加者用の門から、見覚えのある大剣が現れた。
観客も待っていたらしく、名前が読み上げられた瞬間から歓声が大きくなる。
ガルディオは巨大な剣を肩へ担ぎ、ゆっくり中央へ進んでいった。
対する門から現れたのは、小柄な男だった。身長はガルディオの肩にも届かず、黒い軽装に細身の剣を二本差し、足には金属ではなく布を何重にも巻いている。
「対するは、北方都市ラグナより参戦! 高速双剣の使い手――キース!」
キースは中央へ着くと、二本の細剣を同時に抜いた。
「でかいな」
「よく言われる」
「その剣もでかい」
「それもよく言われる」
キースが笑う。
「でも、当たらなきゃ同じだ」
ガルディオの口元が少しだけ上がった。
「やってみろ」
審判の腕が振り下ろされた。
その瞬間、キースの姿が消えたように見えた。
次に見えたときには、もうガルディオの右側へ回り込んでいる。
「《疾双・燕返》!」
二本の細剣が時間差で走った。
ガルディオが大剣を動かしたときには一撃目が右腕を掠め、二撃目だけを剣の腹で受ける。キースはぶつかった反動を使って後ろへ跳び、着地と同時に再加速した。
「《瞬歩・霞》!」
今度は左。
ガルディオが振り向くより早く背後へ抜け、細剣が服を切り裂く。
キースはガルディオの周囲を円を描くように走り、決して正面へ立たなかった。右、背後、左と位置を変え、大剣が向けられるより先に別の場所へ移っていく。
ガルディオが横薙ぎを放つ。
巨大な刃が空気を押し潰すように走ったが、そこにはもう誰もいない。大剣が通過した直後にはキースが背後へ現れ、二本の細剣でまた傷を増やした。
「ガルディオ、全然当たらない……」
昨日のヴァレス戦とは違う。
盾で受けられているのではなく、そもそも相手が剣の前にいない。
「大剣は振り始めりゃ速いが、向きを変えるのは別だ」
オラクルが言った。
「あのチビ、振り向く時間だけ狙ってやがる」
その言葉どおり、キースはガルディオが身体の向きを変えるたび死角へ潜り込み、《疾双・燕返》で腕や脇腹へ浅い傷を増やしていった。
観客席がざわめく。
前大会準決勝進出者が、ここまで一方的に攻撃を受けるとは思っていなかったのだろう。
それでもガルディオは焦らなかった。
何度目かの攻撃を受けたあと、突然キースを追うのをやめる。大剣の刃先を石床へ下ろし、試合場の中央で正面を向いた。
キースも警戒したのか、周囲を走りながら距離を取る。
「諦めたか?」
返事はない。
キースが背後へ回り、二本の細剣を伸ばす。
その直前、ガルディオが一歩だけ前へ出た。
剣先が背中のすぐ後ろを通過する。
空振り。
次は右側から来る。
ガルディオは相手を目で追わず、攻撃が届く瞬間だけ斜め前へ半歩ずれた。
また細剣が空を切る。
「速さを見切ったわけじゃないよ」
いつの間にか治療から戻っていたフランが、試合場を見ながら言った。
「どれだけ速く移動しても、剣を当てるときはガルディオさんの近くまで来る。だから走ってる途中を追うのをやめたんだと思う」
言われてみれば、それだけだった。
どこを走っているかではなく、攻撃するために近づく最後の瞬間だけを見る。
キースも単純な死角攻撃では通じなくなったと悟り、今度はガルディオの周囲を何度も回り始めた。
右へ。
背後へ。
左へ。
正面を横切っても攻撃しない。
もう一周。
攻撃する瞬間そのものを読ませないつもりだ。
「《瞬歩・霞――三影》!」
さらに加速した瞬間、三方向にキースの姿が現れた。
右、左、背後。
残像なのか、本物なのか分からない。
三つの影から細剣が迫る。
ガルディオは大剣から左手を離した。
目を閉じる。
次の瞬間、身体を右へ向け、何もないように見える場所へ左手を伸ばした。
そこへキースが飛び込んできた。
「なっ――!」
ガルディオの左手が手首を掴む。
観客席が爆発したように沸いた。
キースは掴まれていない右手の細剣を即座に振り、ガルディオの肩を切った。さらに腹へ蹴りを入れて逃れようとするが、ガルディオは手を離さない。
「離せ!」
「やっと捕まえたんだ。離すかよ」
ガルディオは大剣を手放した。
巨大な剣が石床へ落ちる。
空いた右手をキースの腰へ回し、身体ごと抱え込んだ。
キースは持ち上げられながらも暴れ、細剣で肩へ傷を増やし、脚で胸を蹴る。それでもガルディオはすぐには投げず、キースが逃げようと身体を捻る方向を確かめてから腰を回した。
「《剛投・墜星》!」
逃れようとする回転へ、ガルディオの力が重なる。
キースの身体が大きく宙を回った。
それでも高速剣士は空中で姿勢を変え、背中から落ちる直前に身体を捻って両足から着地する。
「まだだ!」
着地と同時に《瞬歩・霞》へ入ろうとした。
でも、右膝が沈んだ。
無理に足から着地したことで、投げの衝撃が両脚へ集中している。
ガルディオはそこを逃さず、大剣を拾わないまま距離を詰めた。
「《地砕衝》!」
キースは二本の細剣を交差させて拳を受ける。
甲高い音とともに身体が一歩押される。
ガルディオがさらに前へ出る。
しかし、キースも簡単には押し切られなかった。
三歩目で右足を横へ開き、拳を斜めへ流すと、前へ出たガルディオの脇を抜ける。
「まだ終わってねえ!」
完全には回復していない脚で、それでも最後の加速を作った。
もう何度も周囲を走る余裕はない。
だから一度だけ。
ガルディオが振り向く、その瞬間へ残った力をすべて注ぎ込む。
「《疾双・燕返――絶》!」
二本の細剣が時間差で首元へ走った。
一撃目に対し、ガルディオは左腕を上げる。刃が前腕を深く切って鮮血が飛んだものの、腕そのものを盾にしたことで細剣の速度が落ちた。
反対側から二撃目が首へ迫る。
ガルディオは身体を沈め、刃を髪すれすれに通過させた。
キースの両腕が左右へ開く。
二本とも振り切った直後。
ガルディオがその懐へ入った。
「捕まえたら、もう離さねえよ」
右手がキースの胸元を掴む。
キースはすぐに腰を捻って逃れようとしたが、《剛投・墜星》の着地で痛めた脚では最初のような《瞬歩・霞》へ入れない。
それでも諦めず、二本の細剣の柄をガルディオの手へ挟み込んだ。
「《双牙・解縛》!」
二本の柄を左右へ開き、掴んでいる指を強引にこじ開ける。
ガルディオの右手が外れた。
「抜けた!」
キースが身体を沈め、その腕の下を潜る。
今度こそ距離ができる。
そう思った瞬間、ガルディオの左手が腰帯を掴んだ。
「右手だけだと思ったか?」
キースの身体が止まる。
ガルディオは左手で腰を引き寄せ、空いた右腕を背中へ回した。両腕ごと身体の近くへ押さえ込まれたことで、細剣を振るための空間まで消える。
「くそっ……!」
「これなら走れねえだろ」
ガルディオが一歩進む。
キースも腰を落として踏ん張った。
境界線まではまだ二歩以上ある。
ここからは単純な力比べになる。
そう思ったが、ガルディオは真正面から押し続けなかった。
キースが左脚へ体重を集めた瞬間だけ力を緩め、身体をわずかに右へずらす。踏ん張る方向が変わったところへ肩を入れ直し、今度は斜め後ろへ押した。
キースの左足が滑る。
一歩。
踏ん張り直す。
ガルディオは再び圧力を弱め、キースが足場を作り直した瞬間に押す向きを変えた。
力ではガルディオが上。
それでも、力だけで勝とうとしていない。
キースが最も踏ん張れる方向を外し続け、少しずつ境界線へ追い込んでいる。
残り一歩。
キースもそれに気づいた。
胸元を押さえ込まれたまま身体を捻り、右足だけを境界線の外へ出す。左足を内側へ残し、そこへ全体重を乗せた。
まだ場外ではない。
「まだ……!」
ガルディオは押さなかった。
むしろ身体を少し引いた。
キースが戻れると思い、内側へ残した左足へ力を込める。
その瞬間、ガルディオが腰を落とした。
「《剛投・墜星――返》!」
今度は高く投げない。
キースが内側へ戻ろうとした力を利用し、抱えた身体を横へ回す。
左足が石床から浮いた。
ほんのわずか。
それだけで十分だった。
両足が境界線の外へ落ちる。
審判が即座に確認した。
「場外! そこまで! 勝者――ガルディオ!」
一瞬の静寂のあと、闘技場全体が揺れるほどの歓声が爆発した。
キースは境界線の外へ座り込んだまま、自分の足とガルディオを交互に見た。
「……参った。速さで負けた気はしねえのに」
ガルディオは落としていた大剣を拾いながら答えた。
「負けてねえよ。最後までお前のほうが速かった」
「じゃあ何で俺が外にいるんだよ」
「速さで勝負しなかったからだろ」
キースは一瞬黙ったあと、自分が越えた境界線とガルディオを交互に見て、やがて声を上げて笑った。
「嫌な野郎だな。こっちは最後まで、お前がその馬鹿でかい剣をどう当ててくるか考えてたんだぞ」
「俺も最初は当てようとしてた」
「途中で諦めやがったな?」
「当たらなかったからな」
あまりにも普通に答えるので、キースはまた笑った。
「そこ普通は悔しがるところだろ」
「当たらないもん振り続けても疲れるだけだ」
ガルディオは試合場の中央へ戻り、置き去りにしていた大剣を拾い上げた。肩や左腕からは血が流れ、服にも何本もの切れ目が残っている。それでも呼吸は大きく乱れておらず、巨大な剣を片手で肩へ担ぐ姿には、試合開始時と変わらない迫力があった。
キースも立ち上がる。
最後に二人は短く握手を交わした。
「次は捕まらねえ」
「なら、次は別の方法を考える」
「だから嫌なんだよ、お前」
キースが退場口へ歩き始めると、観客席からもう一度大きな拍手が起こった。
負けたとはいえ、試合の前半を支配していたのは間違いなくキースだった。ガルディオの大剣はほとんど当たらず、《瞬歩・霞》から繰り出される双剣によって何度も傷を負わせている。
それでも最後に立っていたのはガルディオだった。
速さで追いつけないなら、追わない。
大剣が当たらないなら、使わない。
捕まえた相手が踏ん張るなら、力の向きを変える。
自分の強さを押しつけるのではなく、目の前の相手に通じないものを一つずつ捨て、最後に残った勝ち方を迷わず選んでいた。
「強い……」
気づけば、私はそう呟いていた。
隣に座ったフランも笑っている。
「うん。すごく強い」
怖がっているようには見えなかった。
むしろ、少し嬉しそうだった。
「フラン、もしかして戦いたい?」
「うん」
即答だった。
「怖くないの?」
今度は少し考えた。
「怖いよ。大剣まともに受けたら、たぶん僕じゃ止められないし、剣を捨ててもあれだから」
フランは境界線の外にいるキースを指した。
自分より大きなヴァレスを持ち上げ、今度は高速で動くキースまで捕まえた。大剣さえどうにかすればいい相手ではない。
それでもフランの目は、試合場から離れなかった。
「だから戦ってみたい」
胸の奥が少し熱くなった。
予選が始まった頃のフランなら、強い相手を見れば「どうやって近づくか」「どの技なら通るか」を先に考えていた。
今は少し違う。
相手を見て、戦って、その場で自分のやり方まで変える。
レグルからは、一つの技を何度も見ること。
カイルからは、攻撃そのものではなく、その奥にある目的を見ること。
ガルディオからは、必要なくなった戦い方を捨てること。
大会で戦った相手だけではなく、観戦した相手からまで、フランは少しずつ何かを拾っている。
「右腕は?」
私が聞く。
「さっきと変わらないよ」
「見せて」
「ここで?」
「見せて」
フランは苦笑しながら右手を出した。
治療区画で巻き直された包帯は手首から肘の少し上までで、昨日のように腕全体を固定するものではない。指も一本ずつ問題なく動き、手首もゆっくりなら上下へ曲げられる。
ただ、強く拳を握らせると違った。
最後まで握り込んだところで、フランの眉がわずかに寄る。
「やっぱり痛い」
「少しだけだって」
「ガルディオの大剣受けたら?」
フランが黙った。
「絶対痛いでしょ」
「……たぶん、痛いじゃ済まないかな」
「じゃあ受けちゃ駄目だよ」
「簡単に言うね」
「だって、あれ受けたら腕また動かなくなるよ」
そこはフランも否定しなかった。
治療師からは、普通に短剣を振る程度なら問題ないと言われている。《インセント・フラッシュ》も一度か二度なら使える。ただし、強く握った状態で何度も衝撃を受ければ再び筋を痛める可能性があり、《ルミナス・クロス》の連続使用はまだ止められている。
そんな右腕で、ガルディオの《巨断》を受けられるはずがない。
「じゃあ、どうするの?」
私が尋ねる。
フランはすぐには答えなかった。
試合場の中央で、ガルディオが審判から勝者として紹介されている。
巨大な大剣。
それを持たなくても戦える身体。
そして、試合中に相手の長所そのものを捨てさせるような戦い方。
「まだ分からない」
フランがようやく答えた。
「でも、最初から技を決めていくのはやめる」
「何で?」
「たぶん、ガルディオさんには通じないから」
カイル戦でもそうだった。
用意した答えを持っていけば、相手がそれに合わせて変わる。
ガルディオはもっと極端だ。
ヴァレスの盾を見れば、盾を消耗させる。
キースの速さを見れば、速さを追うことそのものをやめる。
なら、試合前に「これで勝つ」と一つに決めた瞬間、その勝ち方をガルディオに壊されるかもしれない。
「だから戦ってから考える?」
「うん。ただ――」
フランが自分の右腕を見る。
「これだけは、試合前に考えないと駄目だと思う」
大剣を受けないこと。
右腕を壊さないこと。
勝つための方法より先に、負ける条件を一つ消す。
それだけは決まったらしい。
「なら今日は絶対練習しないでね」
「また?」
「ガルディオ見たあとだよ。絶対何か試したくなってるでしょ」
返事が遅れた。
「なってるんだ」
「少し」
「駄目」
リリィが横で笑う。
「今日はもう右腕使わせないほうがいいね」
「二人とも厳しくない?」
「昨日、短剣落とした人が言わない」
フランは何も言い返せなくなった。
そのとき、闘技場の中央にある巨大な本戦表へ係員が向かった。
ガルディオの名前の横へ、勝者を示す赤い印が付けられる。
八人から四人へ。
最初の一人。
私は何となく、その名前から伸びる線を目で追った。
ガルディオ。
一本の線が上へ伸びる。
その先。
反対側から来る線と交わる。
そこに書かれていた名前を見た瞬間、胸の奥が跳ねた。
「……フラン」
返事がない。
隣を見る。
フランも同じ場所を見ていた。
《フラン》
《ガルディオ》
二本の線が、一つになっている。
「次……?」
「うん」
フランが小さく答えた。
準々決勝。
フラン対ガルディオ。
分かった瞬間、さっきまで大歓声だった闘技場が少しだけ遠く感じた。
予選から何度も見てきた。
巨大な大剣を振るう男。
圧倒的な腕力。
でも、本当に怖いのはそこではない。
自分より速い相手へ速さで勝とうとしない。
自分の大剣を防ぐ相手へ、もっと強く大剣を振り続けたりもしない。
通じないと分かったものを捨て、相手が一番嫌がる形へ戦いそのものを作り直す。
それは、この大会でフランが少しずつ身につけてきたものとよく似ていた。
ただし、ガルディオはもっと前からそれをやっている。
フランが今大会で覚え始めた戦い方を、すでに自分のものとして使いこなしている相手。
「フラン」
私は横顔を見る。
「勝てる?」
前なら、すぐに何か答えたかもしれない。
今のフランは違った。
しばらくガルディオを見たあと、少しだけ笑う。
「分からない」
ナディアについて聞いたときと同じ答え。
でも、声の中に不安だけがあるわけではなかった。
「だから、戦って確かめる」
その瞬間、試合場にいたガルディオがこちらを向いた。
大勢の観客がいる。
それでも、迷わずフランを見つけたように感じた。
視線がぶつかる。
ガルディオが大剣を肩へ担ぎ直す。
そして、笑った。
挑発するような笑いではない。
ようやく相手が決まったことを喜んでいるような顔だった。
フランも立ち上がった。
右腕は使わない。
左手を腰の短剣へ添えるだけ。
それでもガルディオには十分伝わったらしい。
大剣を持つ手が軽く上がる。
次だ。
言葉はないのに、そう言われた気がした。
観客たちも本戦表に気づき始めた。
最初は一部だけだった声が、少しずつ広がっていく。
「次、フランとガルディオだぞ!」
「短剣と大剣か!」
「さっきカイル倒した奴だろ!」
「ガルディオと当たるのか!」
ざわめきが大きくなり、やがて次の試合がまだ始まってもいないのに、二人の名前を呼ぶ声があちこちから聞こえ始めた。
フランは少し驚いたように観客席を見回した。
「すごいね」
「フランの名前も呼ばれてるよ」
「聞こえてる」
「嬉しい?」
「うん」
フランは笑った。
その顔を見たら、私まで嬉しくなった。
でも次の瞬間、フランの右手が無意識に腰の短剣へ向かおうとした。
「フラン」
「……何もしてないよ」
「今からしようとした」
「触るだけ」
「駄目」
「触るのも?」
「今日は駄目」
リリィまで頷く。
「準々決勝まで休ませよう。ガルディオ相手なら、少しでも右腕を戻しておいたほうがいい」
フランは名残惜しそうに短剣を見たものの、最後には手を離した。
「分かった」
今度は本当に素直だった。
試合場では、ガルディオが退場口へ向かっている。
その背中を見ながら、私は本戦表をもう一度確認した。
三百二十七人から始まった大会。
残り八人。
そして次。
フランが戦うのは、今まで見てきた中で間違いなく最も厄介な相手だった。
巨大な大剣をどう避けるのか。
捕まったらどう逃げるのか。
右腕を守りながら、どうやってあの身体へ短剣を届かせるのか。
考えれば考えるほど難しい。
それなのに、不思議と怖さだけではなかった。
早く見たい。
二人が試合場へ立ったら、どんな戦いになるのだろう。
そんな気持ちが、胸の奥からどんどん大きくなっていく。
準々決勝。
フラン対ガルディオ。
その組み合わせが決まっただけで、闘技場の空気はもう次の戦いへ向かい始めていた。




