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フールの大冒険 ~聖なるマップを手に、異世界でまだ見ぬ両親を探します~  作者: ☆☆アダム☆☆


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第129話 読ませる剣

本戦二回戦の朝、フランは宿の裏庭で右手を開いたり閉じたりしていた。


昨日までは肩近くまで巻かれていた包帯も、今朝には肘から手首までの薄いものへ変わっている。治療師から短剣を振る許可も出たらしいけれど、完全に治ったわけではない。強く握り込めばまだ痛みがあり、《ルミナス・クロス》のように一度の踏み込みから二撃を高速で繋ぐ技は、何度も使わないよう念を押されていた。


「本当に大丈夫?」


私が聞くと、フランは右手をゆっくり握り、また開いた。


「昨日よりずっといいよ。普通に斬るなら問題ないと思う」


「普通じゃない斬り方は?」


「痛いかも」


「じゃあやらないで」


「必要なかったらね」


そこは「やらない」と言ってほしかった。


フランは腰から短剣を抜くと、白い光を出さずに二度だけ軽く振った。速度も普段よりかなり抑え、本当に感触を確かめただけで鞘へ戻す。レグル戦の直後なら、そのまま《ルミナス・クロス》を試していたかもしれないが、少なくとも今は自分の身体にも限界があると理解し始めている。


リリィもそれを確認してから尋ねた。


「カイルの対策は考えた?」


「いくつか。でも最初から一つに決めるのはやめた」


「どうして?」


私が聞くと、フランは昨日の試合を思い返すように答えた。


「カイルさんって、こっちが何を見てるかまで使うんだよ。右肩を見て右から来ると思えば左へ変えるし、最後まで待てば本当に右から斬る。だから『この動きをしたら、この攻撃』って決めたら、たぶん僕のほうが先に騙される」


カイルは何をしてくるのか分からないのではない。相手がどう反応するかを見るまで、自分でも最後の攻撃を決めていない。だから予備動作を読んでも、そのあとから変えられる。


「じゃあ見ないの?」


「それも無理かな。見ないで戦ったら普通に斬られると思う」


結局、見るしかない。


でも、今までと同じ見方では駄目。


その答えをまだ持たないまま、私たちは闘技場へ向かった。


本戦二回戦ともなると、街の熱気は初日以上だった。三百二十七人いた参加者は十六人まで減り、大通りに並ぶ旗もその十六人の名前だけになっている。


中央の試合場は変わらない。


でも、そこへ立つ人は半分になった。


司会者が十六人の名前を読み上げていく。


ナディア、ガルディオ、そしてフラン。三人とも残っている。


ナディアは今日も灰色の外套と仮面で姿を隠し、他の参加者から少し離れた場所に立っていた。昨日ドーガの《崩岳》を返したことで観客からの注目はさらに増しているのに、本人は歓声にも応えず、誰かと話すこともない。


フランの名前が呼ばれた。


私が手を振ると、今日はすぐにこちらを見つけた。右腕も自然に下ろしている。昨日よりは動く。それだけでも少し安心した。


二回戦最初の試合が終わり、次の参加者が呼ばれる。


「本戦二回戦! 一回戦で長槍使いレグルを破った短剣使い――フラン!」


昨日より大きな歓声が上がった。


反対側からカイルが現れる。


「対するは、同じ構えから無数の攻撃を生み出す変幻の剣士――カイル!」


カイルは昨日と同じ細身の剣を抜き、中央へ歩いていった。


二人が向かい合う。


「腕、治った?」


カイルが最初に聞いた。


「かなり」


「完全じゃない?」


「そこまで教えたら狙うでしょ」


「もちろん」


カイルが笑い、フランも少し笑った。


「じゃあ秘密です」


会話だけなら穏やかだったけれど、互いの視線はすでに相手の身体を見ている。カイルはフランの右腕を、フランはカイルの全身を観察していた。


審判が腕を下ろす。


「始め!」


先に動いたのはカイルだった。


昨日と同じように一歩踏み込み、右肩を前へ出す。フランは動かず、実際に右側から剣が走ったところで初めて短剣を合わせた。


金属音が響く。


そこまでは普通だった。


ところがカイルは、剣同士がぶつかったあとで身体を沈めた。左足をフランの右足へ掛けようとし、フランが先に足を引けば、その動きを見て今度は剣を負傷している右腕へ流す。


フランは後ろへ跳んだ。


最初の攻防だけで、昨日見た厄介さがそのまま現れていた。最初から足を掛けると決めていたわけではなく、剣を防がれたから足へ変え、足を避けられたから右腕へ変えた。相手の反応を見てから、その都度続きを選んでいる。


二度目の踏み込みでも、カイルは同じように右肩を前へ出した。


今度は左から剣が来る。


フランが身体を引くと、カイルは途中で止めた。


フランも追わない。


ほんの一瞬だけ、二人が何もしていない時間が生まれる。


そこへフランが踏み込んだ。


「《インセント・フラッシュ》!」


白い一閃が走った。


カイルは受けずに後ろへ下がり、フランも追撃しない。


「今の、当てる気なかった?」


私が聞くと、リリィが小さく頷いた。


「たぶん。カイルがどう反応するか見たんだと思う」


三度目。


カイルが右肩を出した瞬間、今度はフランの短剣も動いた。


カイルが止める。


フランも止める。


カイルが左へ変えれば、フランも軌道を変える。


互いに攻撃を最後まで出さないまま、相手が何を選ぶのか待ち始めた。派手な斬撃はなく、剣同士もほとんどぶつからないのに、さっきより緊張する。


「フランも、決めるのを遅くしたんだ」


リリィの言葉で分かった。


カイルが最後まで攻撃を決めないなら、フランも最初から防ぎ方を決めない。右から来るとも左から来るとも予測せず、相手が選ぶまで自分も選ばない。


ただし、その戦い方を何年も続けてきたカイルと、今日初めて真似したフランでは経験が違った。


右肩を見せたカイルに対して、フランが短剣を上げる。


カイルは斬らず、さらに一歩深く入った。


フランが下がったところへ剣が走る。


右腕。


フランが受ける。


金属音が響いた瞬間、カイルの左足が動く。


フランは足を掛けられる前に引いたが、カイルはそこで足技を捨て、そのまま身体を回して反対側から剣を返した。


今度は間に合わない。


フランの肩から血が飛んだ。


「フラン!」


傷は浅い。


それでもカイルは追撃せず、距離を取った。


「真似するだけじゃ無理だよ。俺は何年もこれやってる」


フランは肩の傷へ触れ、指についた血を一度見た。


「そうみたいですね」


「だったらどうする?」


「真似するのはやめます」


フランは短剣を身体の正面から外し、右側へ下げた。


カイルが目を細める。


「もうやめるの?」


「はい。向いてなかったので」


「早いな」


「使えないものを持ってても仕方ないですから」


その言葉で、昨日のガルディオを思い出した。


真似してみた。


通じなかった。


だから捨てる。


失敗した戦い方へ固執しない。


カイルが再び踏み込んだ。


右肩。


今度のフランは肩を見なかった。


視線を少し低く置き、カイルの胸と腰の間あたりを見る。そこなら肩も腕も腰も足も、視界の端へまとめて入る。


カイルが右から斬る。


フランは身体をずらす。


次は左。


それも避ける。


攻撃を読むというより、実際に身体全体が動き始めてから必要なぶんだけ外している。


「それじゃ遅いだろ!」


カイルが速度を上げた。


右肩を見せて下段へ変え、避けられれば足を掛けようとし、それも外されれば追いながら剣の軌道を変える。フランは少しずつ押され、頬を剣先が掠め、服にも新しい裂け目が増えていった。


それでも、さっきほど大きく騙されなくなっている。


一つの場所を凝視して未来を予測するのではなく、全身を広く見て、実際に起きたことへ対応しているからだ。


「悪くない」


カイルが笑った。


「でも、それじゃ最後に変えた俺のほうが速い」


その通りだった。


カイルは相手の反応を見てから変えることに慣れている。フランが全身を見ても、最後の一手では少しずつ遅れる。


また右肩。


剣は左。


フランが避ける。


カイルが途中から右へ変える。


今度こそフランも右へ――動かなかった。


カイルの剣が迫る。


フランは後ろではなく、一歩前へ出た。


剣先が最大速度へ達する前に、その根元へ飛び込む。


短剣が下から滑り込んだ。


「《ドゥー・アライズ》!」


カイルの剣が跳ね上がる。


フランが懐へ入った。


カイルはすぐに左手を伸ばし、負傷している右腕を掴もうとする。フランは身体を捻って外したものの、攻撃できる位置まで入ったにもかかわらず短剣を振らず、一歩下がった。


二人の距離が開く。


「今、入れたのに」


私が思わず言った。


でもフランは焦っていない。


カイルの顔を見ていた。


初めて、少し驚いている。


「なるほど」


カイルが剣を戻した。


「最後まで見るのをやめたんだ」


その言葉で、フランが何を探していたのか分かった。


カイルが強いのは、最後まで攻撃を決めないから。


右から左、斬撃から足、攻撃から回避へと、相手の反応を見てより有利な選択へ変えられる。


でも、攻撃を変えるためには必ず一度、最初の動きを捨てなければならない。右から斬ろうとした剣を左へ変えるなら、右へ向かっていた力を止める。足を掛けようとして斬撃へ戻るなら、足技を捨てる。


どれだけ短くても、そこには必ず、最初の攻撃でも次の攻撃でもない瞬間が生まれる。


フランは何が来るのかを当てようとするのをやめた。


カイルが選び直す瞬間だけを見ることにした。


もう一度、カイルが踏み込む。


右肩。


フランは待つ。


左から剣。


フランが身体を外す。


カイルが右へ変えようとした瞬間、フランが前へ出た。


カイルは攻撃変更を中断し、後ろへ跳ぶ。


今度は当たらない。


でも、互いに分かった。


カイルはもう、好きなだけ攻撃を変えられない。


変えれば、その瞬間にフランが入ってくる。


「見つけたな」


「たぶん」


「たぶん?」


「まだ二回なので。一回だけなら偶然かもしれないから」


カイルが笑った。


「慎重だな」


「一回で決めると、よく間違えるので」


そこから攻防が変わった。


カイルが最初の攻撃をそのまま出せば、フランは普通に避ける。途中で変えれば、フランが前へ出る。だからカイルも簡単には変更できず、フランも相手が本当に変えたのか、それとも変えるふりなのかを確かめなければならない。


互いに一つずつ相手の自由を奪い、攻撃の回数は減ったのに緊張だけが増していった。


やがてカイルが構えを変えた。


右肩を前へ出す。


昨日、シグを倒した形。


「《虚閃》」


カイルが踏み込む。


フランは動かない。


まだ攻撃は決まっていない。


距離が縮まる。


あと二歩。


カイルの視線がフランの右腕へ落ちた。


負傷している場所。


フランの短剣がわずかに上がる。


カイルはそれを見た。


剣が動く。


右腕ではない。


左肩。


フランが短剣を合わせようとする。


そこでカイルが変えた。


狙いが胸へ移る。


その瞬間だった。


「《レイ・シフト》!」


フランが斜め前へ滑った。


カイルが攻撃を選び直した、わずかな空白へ飛び込む。


剣はまだ胸へ向かう途中。


フランの短剣が白く光った。


「《インセント・フラッシュ》!」


カイルも反応した。


すぐに剣を戻す。


二つの刃が激突し、白い光が弾けた。


フランの右腕が大きく震える。


傷はまだ残っている。


力比べはできない。


カイルもそれを知っているから、そのまま剣を押し込んだ。


フランの腕が少しずつ沈む。


それでも《ルミナス・クロス》へは繋げなかった。右腕へさらに負担を掛ける二撃目を選ばず、短剣から自分で力を抜く。


押し込んでいたカイルの剣が前へ流れた。


その横へフランが身体をずらす。


昨日のガルディオが、必要なくなった大剣を迷わず捨てたように、フランも《インセント・フラッシュ》の競り合いを途中で捨てた。


技を出したから、最後まで押し切る必要はない。


勝つために必要なくなったなら、途中でやめればいい。


カイルの身体が前へ流れる。


フランはその横へ入り、短剣を走らせた。


カイルも身体を捻ったものの、完全には避けきれず、刃が胸元の服を浅く裂いた。


初めて、フランの攻撃が届いた。


二人はすぐに離れる。


カイルが切れた服へ触れた。


血はほとんど出ていない。


それでも、その笑みが少し変わった。


「昨日のガルディオ、見てた?」


「見てました」


「だろうな。技を途中で捨てる奴なんて、そう多くない」


カイルは胸元の裂けた服から手を離すと、剣を正面へ戻した。


さっきまでの笑みは残っている。


でも、構えが変わっていた。


右肩を大きく見せない。


剣も身体の中央近くへ置き、左右どちらへでも最短距離で動かせるようにしている。


フランに《選び直す瞬間》を狙われるなら、選び直さなければいい。


「今度は最初から決めてくる?」


私が呟くと、リリィは少し考えて首を横へ振った。


「たぶん逆。変える回数を減らすんだと思う」


カイルが踏み込んだ。


今度は肩で何も見せない。


小さな突きがフランの胸へ伸びる。


フランが短剣を合わせようとした瞬間、カイルは剣を引かず、手首だけを返して刃先を右腕へ滑らせた。


フランが腕を引く。


そこへカイルの左足が入る。


足払い。


フランは跳ばない。


右足だけを後ろへ引く。


カイルは足技を途中で捨てなかった。


そのまま身体を寄せ、左肩をフランの胸へぶつける。


「うっ!」


フランが二歩下がった。


カイルは追う。


今度は横薙ぎ。


フランが頭を下げる。


カイルは軌道を変えない。


最後まで振り切る。


避けられても構わない。


その勢いを利用して身体を一回転させ、戻ってきた剣を今度は下から斬り上げる。


フランが短剣で受けた。


金属音が響く。


「変えなくなった……」


さっきまでのカイルは、相手が守れば攻撃を変えていた。


今は違う。


避けられても、その攻撃を最後まで出す。


防がれても、次の動きへそのまま繋げる。


《選び直す瞬間》そのものを減らしている。


「でも、それなら普通の剣士と同じじゃない?」


私が聞くと、フランの表情を見ていたリリィが答えた。


「完全には違うと思う」


その意味は、次の攻防ですぐに分かった。


カイルが踏み込む。


小さな突き。


フランが避ける。


今度も最後まで伸ばす。


そう思った。


カイルの剣が止まった。


「え?」


さっきまでは変えなかった。


だから今度も変えないと思った。


でも、カイルは変えた。


突きを途中で引き、剣を横薙ぎへ切り替える。


フランは反応したものの、完全には避けきれない。


胸元の服が切れた。


「そういうことか……」


リリィが呟く。


私にも分かった。


最初は毎回変えていた。


フランに変更の瞬間を狙われると、今度は何度も変えずに攻撃した。


そのせいでフランの中に、


今度は変えない。


という新しい予測が生まれた。


そこへ、また変更を混ぜる。


「どっちを読んでも利用される……」


カイルは一つの攻撃だけで騙しているのではなかった。


何度か同じ選択を続け、相手の中に「次も同じだろう」という予測を作る。


そこまで含めて、次の攻撃に使っている。


「さっきの弱点、消されたね」


リリィが言った。


フランも分かっている。


カイルが攻撃を変える瞬間だけ狙えばいい。


その答えは、もう答えではなくなった。


カイルは変更そのものを減らし、フランが「今回は変えない」と判断したときだけ変更する。


しかも今度は、剣だけではない。


突きから足。


横薙ぎから体当たり。


攻撃を最後まで出したあとの回転。


選択肢そのものが増えている。


カイルがさらに距離を詰めた。


フランは受ける。


避ける。


必要なところだけ短剣を合わせる。


それでも少しずつ傷が増えていく。


右腕はまだ万全ではない。


強く受ければ痛む。


だからフランは正面から剣を止める回数を減らしている。


カイルもそこを狙っていた。


「右、まだ痛むだろ?」


答える必要はない。


フランは黙っている。


「受けるときだけ、ほんの少し左足が先に下がる」


フランの表情が変わった。


今度はカイルが見つけている。


右腕で強い衝撃を受けたくない。


だから剣がぶつかる直前、身体を後ろへ逃がして衝撃を減らしている。


その最初の動きが左足に出る。


「お互い見てる……」


フランだけではない。


カイルもフランを観察し続けている。


右腕の傷。


避け方。


受け方。


どの技を使ったあとに痛みが出るのか。


全部を見ながら、自分の攻撃へ組み込んでいる。


カイルが右から斬る。


フランの左足が下がった。


そこへ剣を押し込まない。


カイルは一歩深く入り、フランが逃がそうとした身体のほうへ自分の肩をぶつける。


体勢が崩れる。


次の突きが右腕へ向かう。


フランは短剣で受けた。


右腕が震える。


カイルが押す。


フランが下がる。


境界線まで、あと六歩ほど。


「まずいよ……」


フランのほうが傷は多い。


長引けば右腕が先に限界へ来る。


《ルミナス・クロス》を使えば突破できるかもしれない。


でも、それを何度も使えないことはカイルも知っているはずだ。


カイルが距離を取った。


「どうする?」


「考えてます」


「時間やろうか?」


「攻撃しながら言わないでください」


カイルが笑いながら踏み込む。


また剣。


フランは避ける。


カイルが追う。


境界線まであと五歩。


右から来る。


フランが短剣で受ける。


あと四歩。


カイルは剣を引くふりをして、そのまま肩をぶつけた。


フランが下がる。


あと三歩。


「フラン!」


私の声が届いたかは分からない。


フランは境界線を確認しなかった。


カイルだけを見ている。


「追い込まれてるのに……」


「たぶん、見てる」


リリィが言う。


「何を?」


「まだ分からない」


フランが下がる。


カイルが追う。


でも、よく見るとフランは真っ直ぐ後ろへ下がっていなかった。


少し右。


次は左。


カイルが剣を振るたび、受ける位置を微妙に変えている。


何をしているのか分からない。


カイルも気づいていないようだった。


あと二歩。


カイルが踏み込む。


右肩。


今度は本当に右から来た。


フランが短剣を合わせる。


金属音。


右腕が震える。


カイルは押し込む。


「もう下がれないぞ」


フランが少し笑った。


「そうですね」


「何がおかしい?」


「やっと分かりました」


カイルの表情が変わった。


「何が?」


「カイルさん、攻撃を変えるときと変えないときは読めない。でも――」


フランが短剣を押し返そうとする。


カイルが力を入れる。


右腕が痛む。


フランの顔が歪んだ。


それでも続ける。


「僕が下がる方向は、ずっと選んでたんですね」


「……何?」


私も意味が分からなかった。


リリィが先に試合場を見る。


フランが下がってきた場所。


カイルが立っている位置。


そして境界線。


「あ……」


カイルはフランを境界へ追い込んでいた。


でも、ただ真っ直ぐ追っていたわけではない。


フランが右へ逃げれば、左から剣を出して中央へ戻す。


左へ逃げれば、右から攻撃して進路を塞ぐ。


フランを最短距離で境界へ追い込むため、攻撃の種類は変えても、フランを移動させたい方向だけは一貫していた。


「攻撃は選んでから変えられる。でも、相手をどこへ動かしたいかまで毎回変えたら、自分の位置取りが崩れる……」


リリィの声が少し弾んだ。


カイルは攻撃を決めていない。


でも目的は決めている。


相手を右へ動かす。


左へ逃がさない。


境界へ押す。


その目的に合わせて攻撃を選ぶ。


だから、どれだけ剣の軌道を変えても、カイル自身の立つ位置だけは一定の法則で動いていた。


フランが見つけたのは技ではない。


カイルが何のために技を選んでいるか。


「やっと見つけた」


フランが呟いた。


カイルは剣を押し込む。


「見つけても、もう遅い。あと一歩だ」


フランの背後には境界線。


カイルが一度距離を作った。


決めるつもりだ。


右肩を前へ。


「《虚閃》!」


カイルが踏み込む。


フランは待つ。


右。


左。


胸。


どこへ来るかは分からない。


でも、それでいい。


カイルが欲しいのは、フランを後ろへ下がらせる攻撃。


フランが一歩下がれば場外になる。


だから最後の攻撃だけは、避けた相手を前へ逃がす形にはできない。


カイルの剣が右から走った。


フランは左へ避ける。


カイルが変える。


下段。


フランは足を引かない。


カイルがさらに変える。


突き。


胸へ。


フランが笑った。


「そこだ」


カイルが突きを選んだ瞬間、フランは後ろではなく斜め前へ出た。


カイルの右側。


さっきまでならカイルは剣を変えた。


でも今は変えられない。


フランを後ろへ押し出すために深く踏み込み、自分の身体まで前へ出している。


ここから横薙ぎへ変えれば、フランを境界の外ではなく中央へ逃がしてしまう。


だから突きを続けるしかない。


「《レイ・シフト》!」


フランが剣の外側へ滑った。


カイルの突きが脇を抜ける。


二人の位置が入れ替わった。


今度はカイルの背後に境界線がある。


「しまっ――」


カイルが振り向く。


フランは追う。


短剣が白く光る。


「《インセント・フラッシュ》!」


カイルは受ける。


剣同士がぶつかった。


白い光が弾ける。


フランの右腕が震えた。


カイルが押し返す。


「同じだ! その腕じゃ押し切れない!」


「はい」


フランはあっさり認めた。


そしてまた、力を抜いた。


カイルの剣が前へ流れる。


フランが横へ入る。


さっきと同じ。


カイルも予想していた。


すぐに左手を伸ばし、フランの肩を掴もうとする。


フランは避けない。


左肩を掴ませた。


「え?」


カイルの動きが一瞬止まった。


フランは短剣を振らない。


代わりに、自分の左足をカイルの右足の外側へ置いた。


「これ……」


私は思い出した。


セド戦。


最後に場外へ出したときと同じ。


カイルも気づいた。


「まさか――」


フランが身体を回す。


カイルは肩を掴んでいる。


だから一緒に引かれる。


後ろへ一歩。


境界線が近い。


カイルが手を離す。


でも遅い。


フランが左肩で身体を押した。


カイルの右足が境界線を越える。


まだ左足は中。


カイルが踏ん張った。


「まだだ!」


身体を戻そうとする。


フランの右腕は使えない。


だから押し切れない。


カイルが戻る。


その瞬間、フランが右手の短剣を左手へ投げ渡した。


「えっ?」


空いた右手は使わない。


左手で短剣を逆手に持つ。


刃を向けない。


柄頭をカイルの胸へ当てる。


そして、自分の身体ごと押し込んだ。


カイルの左足も境界線を越えた。


審判の腕が上がる。


「場外! そこまで!」


闘技場が一瞬だけ静まり返った。


「勝者――フラン!」


歓声が爆発した。


私は立ち上がった。


「フラーン!」


今度はメリーまで一緒になって声を上げる。


フランは境界線の内側に立ったまま、しばらく動かなかった。


右腕を庇っている。


でも短剣は左手にある。


勝った。


《ルミナス・クロス》を使わずに。


右腕で最後まで押し切らずに。


カイルは境界線の外から、自分の両足を見た。


それから笑った。


「参った」


フランも息を整えながら笑う。


「危なかったです」


「最後、俺の攻撃じゃなくて、俺がどこへ追い込もうとしてるか見てたのか」


「途中からです。技だけ見てたら分からなかったので」


カイルは少し考え、それから頷いた。


「なるほどな。俺は攻撃を決めてなかった。でも勝ち方は決めてた」


「はい」


「そこを読まれたか」


二人が握手を交わした。


カイルが退場していく。


フランも観客席へ一度だけ手を上げた。


でも、私はすぐに右腕を見る。


短剣を左手へ持ち替えたままだ。


試合中、一度も《ルミナス・クロス》を使わなかった。


それでも勝った。


昨日ガルディオから見たものが、ちゃんと今日の戦いへ繋がっている。


技を増やすだけではない。


必要のない技を使わない。


相手の攻撃そのものではなく、その奥にある目的を見る。


フランの戦い方が、少しずつ変わり始めていた。


審判が本戦表の名前を書き換える。


三十二人から十六人。


そして今、フランはその半分――八人へ残った。


準々決勝進出。


闘技場の歓声を聞きながら、私は大きく息を吐いた。


次からは、もう八人しかいない。


そしてその八人の中には、ガルディオも、灰色の外套をまとったナディアも残っていた。

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