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フールの大冒険 ~聖なるマップを手に、異世界でまだ見ぬ両親を探します~  作者: ☆☆アダム☆☆


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第123話 二本の刃を越えて

フランの短剣がバルドの喉元で止まった瞬間、審判が大きく腕を上げた。


「そこまで! 勝者――フラン!」


直後、闘技場を揺らすほどの歓声が噴き上がった。私は椅子から跳ねるように立ち上がり、試合場へ向かって両手を振る。メリーも頭上を飛び回りながら喜び、隣にいたリリィは私の声に驚いたのか片耳を押さえていた。


「やったあああっ! フラン!」


「フール、近い」


「だって勝ったよ!」


「見てたから分かってる」


そう答えながらも、リリィの口元は少しだけ笑っていた。


試合場ではフランがバルドの手首を離し、短剣を下ろしている。途中で受けた一撃によって左肩の服は裂け、細い血の線が見えていたものの、腕そのものは問題なく動いているようだった。


バルドは自分の喉元を確かめてから、二本の短剣を下ろした。


「完敗だ。一本しか持ってねえから、二本で手数を増やせば押し切れると思ったんだがな」


「最初は僕も押されてたよ」


「最初だけだっただろ」


バルドは呆れたように笑った。


最初の攻防では、右の短剣を見せられ、避けた先へ左を重ねられた。次はその順番を読んで懐へ入ったものの、バルドはすぐに膝や肩まで使い始め、今度はフランを境界線まで追い込んだ。


それでもフランは、最初に見つけた攻略法へしがみつかなかった。バルドが戦い方を変えるたびに自分も変え、最後には後ろへ逃げれば場外になる状況を利用して横へ抜けた。追ってきたバルドが再び右から左へ攻撃を繋いだ瞬間、右の刃を外へ流し、次に来る左手首を掴んだのだ。


「フランって、戦いながら相手の癖を覚えてるんだね」


私が言うと、リリィが頷いた。


「覚えるだけじゃなくて、自分の考えが外れたらすぐ捨ててる。戦ってる最中だと、そのほうが難しいと思う」


昨日までリリィから何度も言われたことと少し似ている。


最初に見つけた答えだけを信じない。


見て、確かめて、違えば変える。


フランはそれを、剣を交えながらやっていた。


試合場ではバルドが右手を差し出していた。


「次に当たったら、膝だけじゃ済ませねえぞ」


「そのときは、また考えるよ」


「そこは『次も勝つ』って言えよ」


二人が握手を交わす。


フランが短剣を鞘へ戻したとき、陽光を受けた刃が一瞬だけ白く輝いた。


その光を、観客席の一角から一人の老人が見ていた。


白髪交じりの髪に古びた茶色の外套をまとい、腰には長年使い込んだらしい剣を差している。周囲の観客がフランの勝利を話している中、その老人だけは試合内容ではなく、鞘へ消えた短剣を凝視していた。


「……あれは」


隣に座っていた男が振り向く。


「どうした?」


老人はすぐには答えず、何かを思い出そうとするように目を細めた。


「刃の形は違う。だが、あの光……それに柄の根元……」


小さな独り言は歓声に消えた。


やがて老人は席を立ち、フランが消えた参加者用通路へ向かって歩き始めた。


私はそのことに気づかず、試合場から退場するフランへ指を一本立てていた。


「一勝!」


フランが観客席を見上げ、こちらを見つけると、少し照れたように同じく指を一本立てる。そのまま参加者用通路へ消えていき、間を置かず次の参加者たちが第六区画へ呼び込まれた。


予選は止まらない。


八つの区画で次々と勝敗が決まり、観客の歓声が途切れる暇もなかった。


その騒がしさの中、オラクルが私たちの席へ戻ってきた。


「勝ったみてえだな」


「見てなかったの?」


「最後は見た。こっちも情報集めてたんだよ」


オラクルは空いている席へ飛び乗り、煙草を咥え直した。


「それより、フランの短剣を妙に気にしてる奴がいる」


私はすぐに身を乗り出した。


「誰?」


「白髪交じりの爺さんだ。茶色い外套に、腰へ古い剣を一本。フランが短剣を抜いたときから様子がおかしかった。珍しい武器を見て騒いでる連中とは違って、刃だけじゃなく柄の辺りまで確認してた」


「その人、短剣を知ってるの?」


「そこまでは分からねえ。参加者用通路へ行こうとして警備に止められて、そのあと係員に何か聞いて外の待機所へ向かった」


昨日、私がフランへ言ったことが頭に浮かんだ。


勝ち残れば、多くの人がフランを見る。


短剣を知っている人がいれば、向こうから気づくかもしれない。


まだ一勝しただけなのに、本当に誰かが反応した。


「会いに行こう!」


立ち上がりかけると、オラクルが前足で服を引いた。


「待て。フランは次の試合がある」


「あ……」


「本当に短剣を知ってるなら、試合が終わってから話せばいい。今フランに伝えて、頭ん中を別のことでいっぱいにする必要はねえだろ」


リリィも頷いた。


「私もそう思う。もし故郷に関係する人だったら、余計に気になるはずだから」


私はゆっくり座り直した。


今すぐ聞きたい。


何を知っているのか確かめたい。


でも、探しているのは私ではなくフランだ。だからこそ、本人が落ち着いて話せるときのほうがいい。


「じゃあ、その人が帰らないように見てて」


「話しかけて待っててもらうくらいはする」


オラクルはそう言って席を離れた。


老人のことは気になったけれど、予選はまだ続いている。私はもう一度試合場へ視線を戻した。


ちょうど第一予選区画で大きな歓声が上がる。


昨日から何度も見かけた大剣の男――ガルディオが試合場へ立っていた。


相手は全身を金属鎧で覆い、大盾と長い槍を構えている。開始直後から槍の長さを使ってガルディオを近づけさせず、踏み込めば穂先を突き出し、避ければすぐに間合いを取り直していた。


ガルディオは何度か追ったものの、やがて足を止めた。


そして突然、大剣を石床へ突き立てる。


「武器置いた?」


鎧の男も戸惑った。


その一瞬にガルディオが走った。


巨大な剣を持っていたときより明らかに速く、突き出された槍を身体を傾けて避ける。続く二撃目は柄を腕で外へ弾き、そのまま槍の内側へ入り込むと、大盾の縁を両手で掴んだ。


次の瞬間、盾を持った相手ごと持ち上げた。


「ええっ!?」


金属鎧を着た大男の両足が石床から離れ、そのまま横へ投げられる。重い身体が地面へ落ちると、ガルディオはすぐに大剣まで戻り、地面から引き抜いた。


鎧の男が起き上がったときには、巨大な刃が首元へ止まっている。


「勝者、ガルディオ!」


観客席が揺れた。


「すごい力……」


「でも、最初から力だけで押そうとはしなかったね」


リリィの言う通りだった。


盾ごと相手を吹き飛ばせるほど力があるのに、槍の間合いへ入れないと分かった途端、一番大きな武器をあっさり手放した。


フランともナディアとも違う。


同じ大会でも、強さの形が一つではない。


予選を見るのがどんどん面白くなってきた一方で、第六区画の試合が一つ終わるたびに胸の奥が落ち着かなくなっていった。


フランの二試合目が近づいている。


やがて係員が番号札を交換し、《二百三十七》が掲げられた。


「来た」


参加者用通路からフランが現れる。


左肩には白い布が巻かれていた。一試合目で受けた傷を治療してもらったらしく、腕の動きに不自然さはない。


その状態で、また戦う。


老人のことをフランはまだ知らない。


それでいい。


今は目の前の相手だけを見てほしい。


向かい側の入口から、小柄な女性が現れた。


武器はない。


軽装で、両腕にも防具らしいものはつけていなかった。しかし試合場へ入った瞬間、観客席の一部から「ミレアだ」と声が上がる。


近くの観客によれば、去年も予選で何人もの参加者を倒した拳闘士らしい。


その言葉を証明するように、ミレアが両拳を合わせた。


淡い光が指先から手首、さらに肘へ広がり、右足を踏み込んだだけで石床へ細い亀裂が走った。


「……強そう」


一試合目のバルドとはまるで違う。


二本の短剣で攻撃を繋ぐ相手ではなく、一発そのものが重い。


「第六区画! 一回戦を突破した二名による第二試合! フラン対――拳闘士ミレア!」


フランが短剣を抜く。


ミレアは素手のまま腰を落とし、両拳を顔の高さへ上げた。


二人の間には六歩ほどの距離がある。


バルドとの試合では短剣同士だったため、一度間合いへ入れば互いの刃が届いた。


今度は違う。


ミレアには刃がない。


それなのに、私はさっきより怖かった。


あの拳をまともに受ければ、短剣で防いでも無事では済まない。


フランも同じことを考えているのか、短剣を身体の正面へ置かず、少し右へ下げていた。両足も前後へ大きく開かず、左右どちらへでも動けるようにしている。


「一試合目と構えから違う」


リリィが呟いた。


ミレアはフランの左肩を見る。


「そこ、さっきやられたんだろ?」


「少しだけね」


「なら狙う。悪く思うなよ」


「うん。それが大会だから」


ミレアが笑った。


審判の腕が上がる。


両拳を覆う光が強くなった。


フランは拳ではなく、ミレアの足元を見ている。


腕が振り下ろされた。


「始め!」


ミレアが地面を蹴った。


石床が弾け、六歩あった距離が一瞬で消える。光をまとった右拳がフランの顔へ迫ったものの、フランは短剣で受けず、頭を左へ振りながら身体ごと横へ滑らせた。


拳が頬のすぐ横を通過し、その風圧だけで髪が大きく揺れる。


空振りした拳は止まらず、石床へ突き刺さった。


轟音とともに石が砕けた。


拳を抜いた跡には大きな窪みが残っている。


「受けたら駄目だ……」


私が呟く。


ミレアは外したことを気にする様子もなく、左足を軸に身体を回した。今度は右脚が横から飛び、フランが一歩下がったところへ、着地と同時に左拳が落ちてくる。


フランは短剣を振りかけたものの、反撃を捨ててさらに後ろへ跳んだ。


左拳が石床を砕く。


それでもミレアは止まらない。


右拳を外せば蹴りへ繋ぎ、蹴りを避けられれば反対の拳へ移る。武器こそ持っていないけれど、身体そのものが途切れない一つの武器になっていた。


フランはその連撃を受けず、左右へ位置を変えながら避け続ける。


右拳には左。


蹴りには後ろ。


左拳には斜め右。


観客席から「逃げてばかりだぞ」という声が飛び始めても、フランは反撃を急がなかった。


「また見てる」


私はもう分かっていた。


バルド戦と同じだ。


逃げているように見えても、ただ逃げているわけではない。


フランの視線は拳ではなく、ミレアの足元へ向いている。


何度目かの攻防で、リリィが身を乗り出した。


「魔力が移動してる」


「え?」


「右拳を出す前は右肩から腕が光ってる。でも、その前に左足へ体重を乗せてる」


私も目を凝らす。


ミレアが左足へ重心を乗せた。


直後、右肩の光が強くなる。


右拳が飛ぶ。


フランは来る前に左へ動いていた。


続く蹴りにも余裕を持って対応する。


「読んだ!」


今度こそ反撃すると思った。


でもフランは短剣を振らない。


そのまま距離を取った。


ミレアが笑う。


「やっと見つけたか」


フランも小さく笑った。


「うん。でも、それだけじゃ足りないみたいだね」


ミレアの構えが変わった。


右足へ体重を乗せる。


フランが反応する。


来ない。


フェイント。


すぐに左足へ移す。


それにもフランが動く。


また来ない。


フランが足を見ていると分かった瞬間、ミレアは予備動作そのものを偽物に変えた。


三度目。


右。


左。


どちらも違う。


最後に両足で石床を蹴り、真正面から距離を潰した。


フランの反応が一瞬遅れる。


狙いは左肩。


「フラン!」


右拳が迫る。


フランは短剣を横にして受けた。


爆発したような音が響き、身体が後方へ押し飛ばされる。靴底が石床を削り、数歩滑ったところでようやく止まった。


短剣は手放していない。


でも、右腕が大きく震えている。


ミレアは追わず、拳を下ろした。


「避け続けても勝てない。受け続けても、その腕が先に壊れるよ」


ミレアはそう言いながらも、すぐには追わなかった。フランが短剣を握り直すまで待ち、自分も両拳を胸の前へ戻す。挑発しているというより、ここまで攻撃を見切った相手が次に何をしてくるのか楽しんでいるようだった。


フランは痺れの残る右手を一度開き、ゆっくり握り直した。


「もう一回」


「いいね。そういうの好きだよ」


ミレアが笑い、再び距離を詰める。


今度は、さっきまでのように分かりやすく体重を移さなかった。右足へ沈んだかと思えばすぐ中央へ戻り、左へ重心を見せた直後には両足を均等に使う。フランが足元から攻撃を読んでいると分かったことで、予備動作そのものを隠し始めていた。


「見えなくなった……」


私が呟くと、リリィも黙ったまま二人を見ていた。


フランは下がらない。


短剣を右側へ下げたまま、ミレアの動きに合わせて少しずつ位置を変えている。足だけを見ていたさっきとは違い、今度は腰、肩、拳へ視線を移しながら何かを探しているようだった。


ミレアが右足を踏み込む。


フランは動かない。


左へ重心を移す。


それでも動かない。


「今度は反応しない?」


「フェイントを全部避けようとしたら、向こうの思い通りになるから」


リリィの言葉が終わるより早く、ミレアが前へ出た。


本物だ。


右拳が一直線に伸びる。


フランは拳が来てから身体をずらした。最初の頃より避けるのは遅い。それでも頭をわずかに傾けるだけで拳を外し、続く左拳には短剣を合わせず、肘の外側へ左手を添えて軌道を変える。


ミレアの身体が一瞬だけ開いた。


フランの短剣が動く。


けれど、ミレアは右脚を振り上げた。


フランが攻撃を中断して後ろへ跳ぶ。


蹴りが鼻先を掠める。


着地した二人の距離が再び開いた。


「今の、攻撃できたんじゃない?」


「たぶん無理」


リリィはミレアの右脚を見ていた。


「フランが短剣を振り切ってたら、蹴りを避けられなかったと思う」


私は唇を噛んだ。


見つけても、その先がない。


ミレアの攻撃が始まる瞬間を読めても、避けたあとには次の攻撃が待っている。無理に反撃すれば、その一発を当てる前にフランのほうが殴られる。


バルドの二本の短剣なら、順番を崩せば両方を止められた。


でもミレアには腕だけでなく脚もある。


右拳。


左拳。


蹴り。


肘。


どれか一つを止めても、身体の別の場所から次が来る。


「どうするの……」


試合場では、ミレアが再び距離を詰めていた。


フランは避ける。


今度は反撃しない。


もう一度。


やはり避けるだけ。


観客席から、また「逃げてばかりだ」という声が飛び始めた。


ミレアも焦れたように眉を寄せる。


「さっきから何探してるの?」


フランは答えない。


右拳を避ける。


蹴りも外す。


左拳には大きく下がる。


でも、私は気づいた。


さっきまでとは違う。


フランはミレアの攻撃を全部見ているわけではなかった。


避けたあと。


そこを見ている。


拳を振り抜いた直後、ミレアがどうやって次の攻撃へ繋ぐのか。蹴った足をどこへ下ろすのか。身体が崩れそうになったとき、どちらの足で支えるのか。


「リリィ、フラン……攻撃の前じゃなくて、あとを見てない?」


リリィの目が細くなる。


しばらく二人の動きを追い、やがて小さく頷いた。


「本当だ」


ミレアが右拳を振る。


避けられた。


すぐに左へ繋ぐため、右足を踏ん張る。


左拳も外れる。


今度は右脚を振るため、身体を左足へ預ける。


どれだけ攻撃の始まりを隠しても、次へ繋ぐためには必ず身体を支えなければならない。


「攻撃する前は隠せても、攻撃したあとの体勢までは消せないんだ」


私にも分かってきた。


ミレアがフェイントを混ぜられるのは、まだ身体が自由に動く前だけだ。


一度本気で拳を振れば、その勢いは残る。


次の攻撃へ繋ぐには、どこかで足を置き、身体を支え直す必要がある。


フランはそこを探していた。


ミレアが距離を取った。


呼吸が少し荒くなっている。


「なるほどね」


自分でも気づいたらしい。


「今度は私が打ったあとを見てるんだ」


フランは否定しなかった。


「始まるところが分からなくなったからね」


「だったら、終わらせなきゃいい」


ミレアが両拳を打ち合わせた。


腕を覆っていた淡い光が、今度は肩から胸、さらに両脚へ広がっていく。


観客席がざわめいた。


「何あれ?」


オラクルが戻ってきていた。


「全身強化だ。長くはもたねえだろうが、さっきまでより速くなるぞ」


「フランは?」


「見りゃ分かる」


それを聞いている間に、ミレアが消えた。


本当にそう見えた。


石床が弾けた次の瞬間には、フランの目の前まで来ている。


右拳。


フランが避ける。


左拳がすぐに続く。


身体を捻る。


今度は蹴り。


後ろへ下がる。


それまでなら一つずつ区切れて見えていた攻撃が、全部繋がっているようだった。


フランは反撃できない。


避けるだけで精一杯だ。


一歩。


二歩。


少しずつ後ろへ押されていく。


「また境界に……」


バルド戦と同じだ。


でも今回は、横へ逃げる余裕さえ与えてもらえない。


ミレアが右拳を振る。


フランは左へ。


そこへ蹴りが待っている。


下がれば左拳。


右へ行けば肘。


逃げる場所まで攻撃で塞がれていく。


観客席の歓声が大きくなる。


ミレアの連撃が続くたび、石床には新しい亀裂が増えていった。


「フラン!」


境界線まで、あと三歩。


二歩。


ミレアの右拳が来る。


フランは短剣で受けなかった。


紙一重で外す。


左拳。


それも避ける。


蹴り。


身体を沈める。


あと一歩。


「終わり!」


ミレアが踏み込んだ。


右拳へ全身の光が集まる。


さっきフランを吹き飛ばした一撃より強い。


避ける場所はない。


後ろは場外。


左右には、次の攻撃へ繋げられる足がある。


私は息を止めた。


フランは下がらなかった。


前へ出た。


「え?」


拳が最大の速度へ達する前に、自分から距離を潰した。


ミレアの右腕が伸び切らない。


それでも拳はフランの左肩へ向かう。


フランは左腕で受けるのではなく、ミレアの前腕へ外側から手を添え、そのまま身体を寄せた。


拳が止まる。


完全に止めたわけではない。


力を出し切れる距離を消した。


ミレアの表情が初めて変わった。


すぐに左拳を使おうとする。


フランはそれも見ていた。


右手の短剣を振る。


刃ではない。


柄頭がミレアの左肩へ当たった。


魔力の光が揺らぐ。


ミレアが一歩下がろうとする。


その足の外側へ、フランの右足が置かれていた。


「そこ!」


リリィが立ち上がった。


フランが肩で押す。


ミレアは踏ん張ろうとした。


でも、支えるはずの右足がフランの足に止められている。


身体が傾いた。


それでもミレアは倒れながら左拳を振った。


フランは頭を下げる。


拳が髪を掠める。


その下を抜け、ミレアの背後へ回った。


短剣が首筋へ伸びる。


同時に、ミレアも身体を捻って右拳をフランの脇腹へ向けた。


両方が止まった。


フランの刃先は首筋の寸前。


ミレアの拳も脇腹へ届く直前だった。


ただし、違いが一つある。


フランの短剣は、もう届いている。


ミレアの拳は、そこから振り抜かなければ威力が出ない。


審判が二人の間へ駆け込んだ。


「そこまで!」


一瞬の静寂。


「勝者――フラン!」


歓声が爆発した。


私は立ち上がり、今度こそ思いきり叫んだ。


「フラン!」


メリーも頭上で飛び跳ねる。


ミレアはしばらく動かなかった。


やがて拳から光を消し、大きく息を吐く。


「最後まで逃げる奴だったら嫌いになってた」


フランも短剣を下ろした。


「途中までは本当に逃げてたよ」


「知ってる。だから腹立った」


「ごめん」


「謝るなよ」


ミレアは笑いながら拳を差し出した。


フランも少し笑い、軽く拳を合わせる。


「私の攻撃、いつから狙ってた?」


「最初は攻撃する前の足を見てた。でも途中から隠されたから、今度は攻撃したあとを見ることにした」


「最後の踏み込みも?」


「右拳を振ったあと、左へ繋ぐときは右足で支えることが多かったから。そこへ足を置けば、一瞬だけ次が遅れるかなって」


ミレアが呆れたように笑う。


「戦いながらそんな細かいとこ見てんのか」


「見ないと殴られるからね」


「一発は殴ったけどな」


「痛かったよ」


二人とも笑った。


私はその会話を聞きながら、ようやく息を吐いた。


二勝目。


しかも、一試合目と同じ勝ち方ではない。


相手が変われば、見るものも変える。


読まれたら、さらに見る場所を変える。


フランは一つの答えを持って戦っているのではなく、戦いの中で答えを作っている。


そのとき、オラクルが私の服を前足で軽く引いた。


「喜ぶのはいいが、忘れてねえだろうな」


「何を?」


「爺さんだ」


一気に思い出した。


フランの短剣を知っているかもしれない老人。


私は通路の入口を見る。


いた。


白髪交じりの老人が、壁際に立っている。


でも、さっきとは様子が違った。


フランではなく、試合場の石床を見ている。


正確には、フランが最後に踏み込んだ場所だった。


老人の右手が、無意識に自分の剣の柄へ触れている。


「どうしたの?」


私が聞くと、オラクルが声を落とした。


「あの爺さん、今の試合を見てから急に黙った」


老人が顔を上げる。


フランが試合場から退場するところを見つめる。


その目に、さっきより強い確信があった。


「剣だけじゃない……」


老人が小さく呟いた。


「足運びまで似ている」


私は聞き逃さなかった。


「誰に?」


老人がこちらを見る。


一瞬、答えかけた。


でも口を閉じる。


「本人が来てから話す」


「知ってる人なんだよね?」


「昔にな」


それ以上は言わなかった。


しばらくして、左肩に白い布を巻いたフランが通路から戻ってきた。右腕にも軽い治療を受けたらしく、手首から肘にかけて薄い布が巻かれている。


「フール、二勝――」


嬉しそうに言いかけた声が止まった。


老人を見たからだ。


フランに見覚えはないらしい。


でも老人は違った。


フランの顔。


腰の短剣。


足元。


一つずつ確認するように見たあと、静かに尋ねた。


「その短剣、誰から受け継いだ?」


フランの表情から笑みが消えた。


「どうして、それを?」


「やはり、最初からその形じゃないんだな」


老人が一歩近づく。


フランの右手が無意識に短剣の柄へ触れた。


「何を知ってるんですか?」


「ここで話すことじゃない」


「待ってください」


フランの声が強くなる。


老人はその顔をしばらく見つめてから、周囲へ視線を走らせた。


「大会が終わったら、東区の《銀鹿亭》へ来い。そこで話す」


「今じゃ駄目なんですか?」


「次の試合があるだろう」


老人はフランの巻かれた肩と右腕を見る。


「探していた答えが近くにあると分かれば、人間は目の前を見なくなる。今のお前が聞けば、次の相手より昔のことを考える」


フランは言い返せなかった。


老人が背を向ける。


「一つだけ!」


私は思わず呼び止めた。


老人が振り返る。


「その剣を知ってるの?」


短い沈黙があった。


やがて、はっきりと頷く。


「元の剣ならな」


「誰が持ってたの?」


今度は答えなかった。


ただ、フランを見た。


その視線だけで、胸の奥がざわついた。


「大会が終わってからだ」


老人は人混みの中へ消えていく。


誰もすぐには喋らなかった。


フランの手は、まだ短剣の柄を握っている。


何年も探してきた手掛かりが、突然向こうから現れた。


それでも老人の言う通り、予選は終わっていない。


遠くで次の試合開始を知らせる鐘が鳴る。


フランは老人が消えた方向を見たまま、ゆっくり息を吐いた。


やがて短剣から手を離す。


「……次に勝ってから考える」


私は頷いた。


「うん」


知りたい。


今すぐ追いかけたい。


でも、その答えは逃げない。


フランには、まだ戦う相手が残っている。


そして第六区画では、次の勝者が決まり始めていた。

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