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フールの大冒険 ~聖なるマップを手に、異世界でまだ見ぬ両親を探します~  作者: ☆☆アダム☆☆


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122/294

第122話 予選開幕

「これより――武道大会、予選を開始いたします!」


司会者が高く掲げた腕を振り下ろした瞬間、巨大な闘技場を埋め尽くす観客から歓声が噴き上がった。


何万人いるのか分からない声が石造りの観客席へ反響し、中央の試合場へ降り注ぐ。昨日は一つの広大な空間だった闘技場も、今日は白い境界壁によって八つの予選区画へ分けられ、それぞれに審判と治療班が配置されていた。


参加者たちは番号ごとに指定された入口へ分かれている。剣、槍、斧、杖、弓。同じ大会へ出場する者たちなのに武器も服装も身体つきも違い、試合が始まる前から視線を向ける場所に困るほどだった。


「フランは?」


私は三百人を超える参加者の中から見慣れた姿を探した。


「二百三十七番だから、第六区画」


リリィが迷わず指差す。


視線を追うと、参加者用通路の前にフランがいた。周囲には巨大な剣や槍を持った参加者が多いため、短剣一本だけを腰に差した姿はむしろ目立たない。


「フラーン!」


私は両手を口元へ添えて叫んだ。


前の席にいた人が驚いて振り返ったけれど、構わず手も振る。


「この人数じゃ聞こえないと思うよ」


「やってみないと分かんないでしょ!」


リリィへ言い返したところで、フランが観客席を見上げた。


一度周囲を探し、こちらを見つける。


小さく手を上げた。


「ほら!」


「声じゃなくて動きで気づいたんじゃない?」


「見つかったなら同じだよ!」


頭上のメリーまで嬉しそうに両手を振り、フランは少し笑ってから待機場所へ戻った。


あの短剣を、今日から大勢の前で使う。


勝ち残ればフランを見る人が増え、短剣を知る人間が現れる可能性も高くなる。それを望んでここまで来たはずなのに、実際にその瞬間が近づくと胸の奥が落ち着かなかった。


勝ってほしい。


でも、大怪我はしてほしくない。


故郷へ繋がる手掛かりが見つかってほしい。でも、その手掛かりの先にいる相手がフランの敵なら、見つからないほうがいいのかもしれない。


答えの出ないことを考えているうちに、最初の鐘が鳴った。


八つの区画で、次々と試合が始まる。


一番近い試合場では、巨大な斧を持った男と細身の槍使いが向かい合っていた。斧の男は開始と同時に右足を大きく踏み込み、全体重を乗せた一撃を振り下ろす。


槍使いは受けなかった。


斧が落ちるより先に斜め前へ入り、刃が石床を叩いた瞬間には男の側面へ抜けている。そのまま槍の石突きを膝裏へ当てて体勢を崩し、振り向こうとした男の喉元へ穂先を止めた。


開始から十秒も経っていない。


「勝者!」


審判の声に観客席が沸いた。


「速い!」


思わず立ち上がる私とは違い、リリィは倒れた男ではなく石床に残った足跡を見ていた。


「斧を振る前に、右足をあれだけ大きく出してたからね。槍の人は斧じゃなくて、踏み込みを見てた」


次の区画では魔法使い同士が戦っている。


火球を連続して放つ男に対し、相手は小さな土壁を何枚も作った。一発ずつ正面から防ぐのではなく、左右へ壁を増やして火球を撃てる角度を狭め、最後には残された方向へ男が杖を向けた瞬間、足元から土の柱を伸ばして武器を弾き飛ばす。


力だけではない。


相手が何をするのか見て、その人が一番戦いにくい形へ追い込んでいく。


「武道大会って、もっと強い技をどーんってぶつけるのかと思ってた」


「そういう試合もあると思うよ。でも相手も強いなら、簡単には当たってくれないから」


リリィの言葉を聞きながら第六区画を見る。


フランの前には、まだ何組かいた。


一試合終わる。


待機線を一つ進む。


さらに一試合。


またフランの順番が近づく。


私は別の戦いを見ながらも、何度も第六区画へ視線を戻していた。


その途中、第四区画で灰色の外套が動く。


「あ」


ナディアだった。


昨日と同じ細い仮面をつけ、暗い茶色の髪を帽子の中へ隠している。両腕は長い袖と手袋に覆われ、今日も武器を持っていなかった。


対戦相手は、大きな丸盾と片手剣を持つ男だった。


「第四区画、参加番号百八十二、ガゼル! 対するは、参加番号二百一、ナディア!」


ガゼルの名には観客の一部が反応したものの、ナディアを知っている人はほとんどいないらしい。


二人が中央へ進む。


ガゼルは丸盾を前へ出し、剣を身体の右側へ隠すように構えた。盾で進路と視界を塞ぎ、近づいたところで剣を使うつもりなのだろう。


対するナディアは、両腕を自然に下ろしたままだった。


審判の腕が下がる。


ガゼルはすぐには斬りかからず、盾を前にしたまま間合いを詰めた。最後の一歩で右足を強く踏み込み、身体ごと盾を突き出す。


ナディアは半歩だけ左へずれた。


盾が外套の横を抜ける。


ガゼルは止まらない。そのまま腰を回し、盾の陰に隠していた剣を横へ振った。


ナディアは上半身を後ろへ倒す。


刃先が胸元すれすれを通過した。


続けて斜めの斬撃。


右へ外れる。


盾で押せば、一歩後ろへ下がる。


ガゼルの攻撃は速かった。避けられた直後には次の手へ移り、剣と盾を交互に使って逃げる場所を狭めている。


それなのに、ナディアには一度も届かない。


「何で全部分かるの?」


「昨日と同じ」


リリィが身を乗り出した。


「剣を見てない。足と腰を見てる」


私も目を凝らす。


ガゼルが右足へ体重を移した時点で、ナディアはもう動き始めている。肩が回る前に身体をずらしているから、剣が来たときには攻撃の軌道から外れていた。


「攻撃されてから避けてるんじゃないんだ」


「たぶん、攻撃が始まる前を見てる」


ガゼルにも読まれていると分かったらしい。


一度大きく距離を取った。


盾の陰で呼吸を整え、今度は右足だけをわずかに前へ動かす。


ナディアが左へ重心を移した。


でも、ガゼルは踏み込まない。


誘った。


ナディアが左へ動いた瞬間、ガゼルは右足を戻しながら身体を逆へ回し、隠していた剣を一気に振り抜いた。


逃げる先へ刃が来る。


「危ない!」


剣がナディアの脇腹へ迫った。


その瞬間、右手が動いた。


大きく振ったわけではない。


剣を握るガゼルの手首へ、手袋の甲がほんの一瞬触れただけに見えた。


直後、金属音が響く。


ガゼルの剣が手から離れ、何回転もしながら石床へ落ちた。


右腕まで大きく外側へ流れ、ガゼル自身が驚いたように手を見ている。


「今、触ったよね?」


「たぶん。でも、あれだけじゃ剣が飛ぶほどの力には見えない」


リリィが眉を寄せる。


ガゼルは自分の腕を確かめ、今度は盾を両手で持った。


剣を失っても諦めない。


低く構え、そのまま身体ごと突進する。


さっきまでより明らかに速い。


足だけでなく腰と肩まで前へ入れ、全身の力を盾へ乗せている。


ナディアは避けなかった。


初めて自分から一歩前へ出る。


ぶつかる寸前、左手を盾の表面へ添えた。


押したようには見えなかった。


それなのに次の瞬間、ガゼルの身体が前ではなく斜め下へ崩れた。


両腕が急に沈み、盾へ込めていた勢いそのままに肩から石床へ叩きつけられる。重い盾が床へぶつかり、乾いた衝撃音が観客席まで届いた。


私はさっきの剣の場面を思い返した。


「二回とも、ガゼルが強く力を入れたときだ」


リリィが私を見る。


「うん。普通に攻撃してたときは避けてた。でも、剣を振り抜いたときと、全身で盾を押したときだけ触った」


相手が強く動いた直後に、その本人の身体が大きく崩れる。


何かはある。


でも、それだけではまだ答えにならない。


審判がガゼルへ駆け寄った。


本人は起き上がろうとしたものの、右肩を押さえたまま立てない。


「続行不能! 勝者、ナディア!」


歓声は一拍遅れて爆発した。


派手な魔法も使っていない。


武器すら持っていない。


それなのに、盾と剣を持った男がほとんど何もできないまま倒された。


ナディアは歓声へ応えず、落ちた剣を拾って審判へ渡す。それから倒れたガゼルへ軽く頭を下げ、灰色の外套を揺らしながら試合場を出ていった。


「強いね」


私が言うと、リリィはすぐには頷かなかった。


「強い。でも、まだ何をしてるのか分からない」


それが一番気になった。


そのときだった。


「フール」


リリィが第四区画から視線を外す。


「次だよ」


第六区画を見る。


フランの前にいた参加者がいなくなっていた。


待機線の一番前に、フランが立っている。


胸の奥が一気に大きく鳴った。


係員が金属札を確認し、《二百三十七》の札を掲げる。


フランが試合場へ入った。


私は反射的に立ち上がったものの、今度は名前を叫ばなかった。


さっきまで観客席へ笑っていたときとは顔が違う。


腰の短剣へ手を添え、向かい側の入口だけを見ている。


そこから現れたのは、フランより頭一つ大きな男だった。


厚い革鎧を身につけ、剥き出しの両腕には細かな傷が無数に走っている。左右の手には幅広の短剣が一本ずつあり、どちらもフランの武器より少し長い。


男はフランの腰を見ると、口元を歪めた。


「一本か」


フランは答えなかった。


男――バルドが左右の短剣を逆手へ持ち替え、身体を低くする。


右からでも左からでも入れる構え。


それを見て、リリィが小さく呟いた。


「短剣同士なら、距離が近い」


「フランも一本しかないよ」


「だから、一回中へ入られたら二本目が怖い」


片方を止めても、もう片方が来る。


フランはそれを分かっているはずだ。


司会者の声が響く。


「第六区画! 参加番号二百三十七、フラン! 対するは参加番号百九十四――双刃使い、バルド!」


周囲から声が上がった。


「バルドか!」


「去年、本戦手前まで行った奴だぞ」


胸がきゅっと縮む。


初戦から簡単な相手ではない。


バルドはフランを中心にするように、ゆっくり左へ動き始めた。


フランも正面を崩さず、同じだけ足をずらす。


まだ距離がある。


バルドが右の短剣を一度振った。


届かない。


牽制だ。


フランは反応しない。


今度は左。


それにも動かない。


「見てる」


リリィが言った。


「どっちが本当に来るか」


バルドの笑みが少し薄くなった。


「落ち着いてんな」


フランが短剣を抜く。


鞘から現れた刃が陽光を受け、白い光を返した。


その瞬間、観客席のどこかで声がした。


「……あの剣」


私は気づかなかった。


フランしか見ていなかったからだ。


バルドが両手の短剣を身体の前で交差させた。


審判が二人の間へ入る。


「双方、準備はいいな?」


バルドが頷く。


フランも短く答えた。


審判が後ろへ下がり、右腕を高く上げる。


闘技場の歓声が遠ざかったように感じた。


私の手には、いつの間にか力が入っている。


腕が振り下ろされた。


「始め!」


先に動いたのはバルドだった。


二本の短剣を低く構え、一直線に間合いを詰める。


フランは下がらない。


あと三歩。


二歩。


バルドの右肩がわずかに前へ出た。


右の短剣が来る。


そう思った瞬間、フランが左へ半歩ずれた。


でも、バルドの右手は動かなかった。


「フェイント!」


リリィの声と同時に、左の短剣が下から跳ね上がる。


フランは身体を反らし、刃を胸元すれすれで避けた。


そこへ本命の右。


避けた先を狙って、横薙ぎが追ってくる。


フランの短剣が動いた。


甲高い金属音。


右の刃を受ける。


その瞬間、バルドの左手が戻ってきた。


「もう一本!」


私は叫んだ。


近い。


受けている右の短剣が邪魔で、フランは自由に動けない。


左の刃が脇腹へ迫る。


フランは受けなかった。


右手の短剣を強く押し込み、バルドの右腕ごと外側へずらす。その反動を使って身体を半回転させ、左の刃を背中すれすれで通過させた。


二人の位置が入れ替わる。


フランが一歩離れる、すぐに短剣を構え直した。


バルドも追わない。


最初の攻防だけで互いの位置を確かめるように、二人は数歩の距離を空けて向かい合った。


観客席から遅れて歓声が上がる。


私は息をするのを忘れていたことに気づき、大きく息を吸った。


「今の危なかった……」


「でも、フランも一つ見た」


リリィは試合場から目を離さない。


「何を?」


「バルドは右を見せて左を当てた。でも、その次は必ず右が来た。二本あるから好きに攻撃してるんじゃなくて、片方で相手を動かして、もう片方を当てる戦い方なんだと思う」


言われて、最初の攻防を思い返す。


右を見せる。


左を振る。


フランが避けた場所へ右を重ねる。


一本目は倒すための攻撃ではなく、二本目を当てるために相手を動かしていた。


バルドが再び構えた。


今度は右の短剣を前、左を腰の近くへ置いている。


フランは短剣の切っ先をわずかに下げた。


「来ねえのか?」


バルドが挑発する。


フランは答えない。


先に動いたのは、またバルドだった。


一歩目は速い。


二歩目で身体を低くし、右の短剣をフランの顔へ向ける。


フランが左へ動いた。


さっきと同じ。


私はそう思った。


でも今度は、フランの動きが途中で止まった。


右の短剣は振られない。


やっぱりフェイント。


バルドの左手が動く。


下から来る。


その瞬間、フランが前へ出た。


「えっ?」


避けると思っていた。


バルドも同じだったらしい。


左の短剣を振り上げるために開いた懐へ、フランが身体ごと入り込む。


短剣同士なら、近づけば近づくほど危険になると思っていた。


でも、近すぎれば振れない。


バルドの左腕が途中で止まる。


フランは肩を相手の胸へ当て、そのまま押し込んだ。


バルドが一歩下がる。


そこへフランの短剣が走る。


狙ったのは身体ではなかった。


右手。


金属音が響き、バルドの短剣が外側へ弾かれる。


それでも手放さない。


バルドは体勢を崩しながら左の刃を横へ振った。


フランが頭を下げる。


刃が髪の上を通り過ぎる。


フランはそのまま低い姿勢からバルドの右側へ抜けた。


今度は追わず、すぐに距離を取る。


「一回目と違う……」


私は試合場へ身を乗り出した。


最初はバルドの連続攻撃を受けてから抜けた。


二回目は、二本目が動く前に中へ入った。


「もう分かったんだ」


リリィが言った。


「バルドが何をしたいのか」


バルドの表情から笑みが消えていた。


フランを見る目が変わっている。


「なるほどな」


左右の短剣を持ち直す。


「一回見ただけで入ってくるか」


フランが初めて答えた。


「二本とも同時には振れないからね」


「当たり前だろ」


「うん。だから、一本目を避けたあとに逃げる必要もない」


バルドの眉が動く。


私は少し遅れて意味を理解した。


二本あることばかり怖がっていた。


でも腕も二本しかない。


右を振っている間、左は次の攻撃を準備する。


左を振れば、今度は右を戻さなければならない。


二本の刃が怖いのではなく、その順番に捕まることが怖い。


だったら、順番そのものを崩せばいい。


「フラン、すごい……」


嬉しくなった。


でも、バルドもそれで終わるような相手ではなかった。


「なら、順番をなくせばいいだけだ」


両手の短剣を逆手に持ち替える。


今度は腕を身体へ引きつけた。


さっきまでとは構えが違う。


バルドが走る。


右。


フランが避ける。


左が来る。


そこまでは同じだった。


フランが懐へ入ろうとする。


その瞬間、バルドの右膝が跳ね上がった。


「っ!」


フランが腕で受ける。


鈍い音がした。


身体が後ろへ押される。


そこへ左の短剣が来た。


フランは短剣で受けたけれど、完全には止められない。


刃先が肩の布を裂いた。


「フラン!」


赤い線が見えた。


血。


胸が締めつけられる。


でもフランは倒れない。


後ろへ跳んで距離を取り、左肩を一度確認する。


浅い。


それでも怪我は怪我だ。


バルドが追う。


「短剣だけ見てんじゃ遅えぞ!」


右の刃。


左の刃。


今度はその間に蹴りが混じる。


二本の武器だけではない。


肘。


膝。


肩。


身体全部を使って距離を潰しに来る。


フランは受け続けた。


金属音が何度も重なる。


一歩下がる。


また一歩。


境界壁が近づいている。


「まずいよ!」


この大会は場外でも負ける。


フランの後ろには、もう十分な距離がない。


バルドも分かっている。


だから攻撃を止めない。


右の短剣で上を塞ぎ、左を低く走らせる。フランが左を避ければ、今度は膝で身体を押し込む。


少しずつ。


確実に。


境界へ追い込んでいる。


「フラン、後ろ!」


叫んでも届かない。


フランの踵が白い境界線へ近づく。


あと一歩。


バルドが笑った。


「終わりだ!」


右の短剣を大きく振った。


フランは受ける。


金属音。


そのまま左が来る。


フランは下がった。


足が境界線へ――。


出ない。


後ろではなく、斜め右へ踏み込んだ。


バルドの左の刃が空を切る。


フランは境界線ぎりぎりを横へ走った。


「逃がすか!」


バルドが追う。


その瞬間、フランの身体が反転した。


逃げていたはずなのに、今度は自分からバルドへ向かっていく。


二人の距離が一気に消える。


バルドの右手が動く。


フランはそれを見ていた。


短剣同士がぶつかる。


でも、押し合わない。


刃を滑らせる。


バルドの右の短剣が外へ流れる。


次に来る左腕が動き始めた。


フランはそこへ自分の左手を伸ばした。


手首を掴む。


「なっ――」


初めてバルドの動きが完全に止まった。


右の短剣は外へ流され、左手首は掴まれている。


二本とも使えない。


フランの右手には短剣が残っている。


刃先がバルドの喉元へ向かった。


止まる。


皮膚へ触れる寸前だった。


闘技場の音が、一瞬だけ消えたように感じた。


審判が腕を上げる。


「そこまで!」


次の瞬間、大歓声が爆発した。


「勝者――フラン!」


私は立ち上がっていた。


「やったあああっ!」


今度は前の人が振り返っても気にならなかった。


メリーも私の頭上をぐるぐる飛びながら喜んでいる。


『勝った! フラン勝った!』


「勝ったよ!」


思わずリリィの腕を掴む。


「見てたから分かってる」


そう言いながらも、リリィも少し笑っていた。


試合場ではフランがバルドの手首を離し、短剣を下ろしている。


バルドはしばらく喉元を見たあと、大きく息を吐いた。


「完敗だ」


「途中、かなり危なかったよ」


「勝った奴が言うと嫌味だぞ」


そう言いながらも怒ってはいなかった。


二人は短く言葉を交わし、バルドが先に試合場を出ていく。


フランも短剣を鞘へ戻した。


そのときだった。


観客席の一角で、一人の老人が立ち上がった。


白髪交じりの髪。


古びた外套。


腰には剣を差している。


その人はフランではなく、鞘へ戻された短剣を見ていた。


「……まさか」


周囲の歓声に消えそうな声だった。


私は聞いていない。


でも、老人の隣にいた男が尋ねる。


「どうした?」


老人は答えなかった。


ただ、試合場から去っていくフランの背中を追っている。


「あの光……」


老人の表情が変わった。


「見たことがある」


その頃、私はまだ何も知らず、フランへ向かって何度も手を振っていた。


フランが観客席を見上げる。


こちらを見つけ、少し照れたように手を上げた。


肩には小さな傷がある。


それでも勝った。


「一勝!」


私が指を一本立てる。


遠くからでも意味が分かったらしい。


フランも同じように指を一本立てた。


予選突破までは、まだ先だ。


けれど、最初の一勝は手に入れた。


そしてフラン自身がまだ気づかないところで、光る短剣を見た一人の人間が動き始めようとしていた。

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