第12話 それぞれの得意なこと
オラクルが仲間に加わった翌朝、私たちはアルセウスを出て、アデューへ続く街道を歩いていた。
門を出る直前まで黄色は何度も金貨袋の位置を確認し、そのたびにオラクルから「そんなに触ってるほうが盗人には分かりやすいぞ」と笑われていた。結局、黄色は袋を服の内側へしまったうえで紐を二重に結び、さらにその上から荷物を被せるという方法に落ち着いたらしい。
「これなら絶対に盗られないでぷ」
「歩きにくそうだけど大丈夫?」
「お金を守るためなら平気でぷ」
私が尋ねると、黄色は胸を張った。その少し後ろではオラクルが煙草を咥えながら笑っていたので、黄色はすぐに振り返って睨みつける。
「見ても駄目でぷ」
「見ただけで怒んなよ」
「盗人の視線は信用できないでぷ!」
「仲間になった初日から扱いひでえな」
「自業自得だよ」
私が答えると、赤と緑まで頷いた。
オラクルは不満そうだったけれど、煙草を吸いながら歩く姿を見る限り、本気で気にしているわけではなさそうだった。
アルセウスを離れるにつれ、人通りは少しずつ減っていった。最初は荷馬車や旅人が途切れなかった街道も、昼前には遠くに数人の姿が見える程度になり、左右には草原と低い木々が広がっている。
私は先頭を歩きながら、後ろを振り返った。
赤、緑、黄。
そしてオラクル。
昨日まで四人だったのに、今日から五人になった。
「そういえばさ」
私が声を掛けると、四人がこちらを見る。
「オラクルが何できるのか、ちゃんと聞いてなかったよね」
「何できるって?」
「戦うときとか。私たち、これからも魔物に会うかもしれないでしょ? 誰が何を得意なのか分かってたほうが動きやすいと思う」
グラスウルフと戦ったときも、最初から役割を決めたことで何とか戦えた。これからはオラクルも一緒なのだから、本人が何をできるのか知らないままでは困る。
オラクルは少し意外そうに私を見たあと、煙草を指で摘まんだ。
「なるほどな。じゃあ、お前らは?」
「私たちから?」
「人に聞くなら自分たちからだろ」
言われてみればその通りだった。
私は三匹を見る。
「じゃあ赤からね」
「任せるでぷ!」
赤は待っていましたとばかりに腰の剣へ手を置いた。
「俺は剣で戦うでぷ! 前に出て敵を倒すでぷよ!」
赤が剣を少し抜こうとしたので、私は慌てて止めた。
「歩きながら抜かなくていいから」
「格好よく説明したかったでぷ……」
「昨日まで肩を痛めてたんだから、格好つけなくていいの」
赤は残念そうに剣から手を離した。
TIMEとの戦いで負った傷はかなり良くなっているものの、まだ完全に治ったわけではない。本人はもう平気だと言い張っているけれど、無理をさせるつもりはなかった。
オラクルは赤の剣を見ながら尋ねた。
「剣は誰に習った?」
「誰にも習ってないでぷ!」
「……なるほど」
「今、弱そうって思ったでぷ?」
「思った」
「正直すぎるでぷ!」
赤が怒った。
でも、オラクルの指摘は間違っていない。
赤は剣を持っているし、三匹の中では一番前へ出て戦うことが多い。それでも剣術を誰かから正式に教わったわけではなく、今は力いっぱい振ったり、敵の攻撃を受けたりすることのほうが多かった。
「赤はまだ強くないけど、怖くても前に出てくれるよ。グラスウルフと戦ったときも助けてもらったし」
私が言うと、赤はすぐに機嫌を直した。
「そうでぷ! 俺がフールちゃんを守るでぷ!」
その直後、赤は鞄から骨付き肉を取り出した。
オラクルが怪訝な顔をする。
「なんで肉出した?」
「これも使うでぷ」
「食うのか?」
「戦うでぷ!」
「肉で?」
赤は得意げに骨付き肉を握った。
私は少し恥ずかしくなった。
「……たまに投げたり、叩いたりするんだよ」
「剣持ってんのに?」
「骨付き肉には骨があるでぷ!」
「剣にも刃があるだろ」
「肉は食べられるでぷ!」
「戦闘用としてそこを長所にすんな」
オラクルの言うことが珍しく完全に正しかった。
それでも赤にとって骨付き肉は武器であり、非常食であり、大切な物でもあるらしい。
「まあ、赤は前で戦う担当ってことでいいよね」
「任せるでぷ!」
私は次に緑を見た。
緑はいつもの本を両腕で抱えている。
「緑は魔法だよね」
「そうでぷ」
緑は本を少し持ち上げた。
「この本から魔法を出すでぷよ。攻撃する魔法も使えるし、少しくらいなら相手の動きを邪魔することもできるでぷ」
オラクルが興味を持ったらしく、緑の本へ目を向けた。
「魔導書か?」
「そんなに凄い本じゃないでぷ。俺もまだ弱い魔法しか使えないでぷよ」
緑はそこを誤魔化さなかった。
実際、グラスウルフには十分通用したけれど、TIMEの《1》には魔法を一度も当てられなかった。魔法を続けて使えば疲れるし、一発撃った直後は次の魔法まで少し時間も必要になる。
「でも緑の魔法がなかったら、グラスウルフには勝てなかったと思う」
「もっと強い魔法を使えるようになりたいでぷ」
緑は自分の本を見ながら答えた。
赤が前。
緑が後ろ。
ここまでは分かりやすい。
問題は黄色だった。
私が見ると、黄色も自分を指差した。
「俺でぷ?」
「黄色は……お金?」
「それは戦いじゃないでぷ!」
「じゃあ何が得意なの?」
黄色は腕を組み、真剣に考え始めた。
剣は使わない。
魔法も使えない。
赤のように前へ飛び出すこともなければ、緑のように後ろから大きな攻撃をするわけでもない。
でも、グラスウルフとの戦いを思い返すと、黄色は私が危なくなった瞬間に横から体当たりして助けてくれた。
オラクルから金貨袋を取り戻したときも、最後に相手の懐から革袋を抜いたのは黄色だった。
「黄色って、周りを見るの得意じゃない?」
私が言うと、黄色は首を傾げた。
「そうでぷ?」
「うん。戦ってる相手だけじゃなくて、誰がどこにいるか結構見てると思う。それに、正面から戦うより相手が油断してるときに動くほうが上手いよね」
オラクルが煙草を咥えたまま頷いた。
「それは俺も思ったな。俺の懐を抜いたときも、最初から真正面で取り返す気はなかっただろ」
黄色は少し得意そうになった。
「相手がこっちを弱いと思ってるときは狙い目でぷ!」
「それだよ」
私は頷いた。
黄色は三匹の中でも小さく、武器らしい武器も持っていない。だからこそ相手から真っ先に危険だと思われにくい。
「じゃあ黄色は、周りを見ながら隙を探す担当かな。それと、使えるアイテムがあったら黄色が使うのもいいかも」
「アイテムでぷ?」
「煙が出る物とか、相手の邪魔ができる物とか、この先手に入るかもしれないでしょ。黄色なら、いつ使えばいいか見つけるの上手そう」
黄色は気に入ったらしく、何度も頷いた。
「任せるでぷ! 高いアイテムは大事に使うでぷ!」
「値段じゃなくて必要なときに使ってね」
「もったいないでぷ……」
「命のほうが大事だから!」
そこは今後しっかり教える必要がありそうだった。
三匹の役割が決まったところで、全員の視線がオラクルへ集まる。
オラクルは煙草を咥えたまま、自分を指差した。
「俺か?」
「そうだよ。さっきから人のことばっかり聞いて、自分は何ができるの?」
「いろいろできるぞ」
「すごく怪しい言い方」
「実際、器用なんだよ」
オラクルは少し得意げだった。
「まず、人の物を盗るのが得意だ」
黄色が即座に金貨袋を押さえた。
「仲間の物じゃねえよ!」
オラクルは面倒そうに付け加えた。
「戦ってる最中でも、相手が持ってる物や腰に下げてる道具くらいなら、隙があれば抜ける。それに俺は足が速い。アルセウスで追いかけてきたんだから、お前らも分かってんだろ」
それは嫌というほど分かっている。
四人で必死に追いかけても、オラクルにはずっと余裕があった。
「それと、俺は周りを見るのも得意だ。人が何人いるか、どこから逃げられるか、何が使えそうか、誰が一番警戒してて誰が油断してるか。真正面から殴り合うより、そういうのを見るほうが得意だな」
私は少し驚いた。
黄色と似ている部分がある。
でも、経験が違う。
黄色が感覚的にやっていることを、オラクルはもっと意識して使っているようだった。
「じゃあ、オラクルも後ろ?」
「いや。俺は前にも後ろにも固定しないほうがいい。動ける場所にいたほうが役に立つ」
オラクルは街道の周囲を示した。
「例えば魔物が正面から来たら、赤が止める。緑が後ろから魔法を撃つ。その間に俺は横へ回れるし、相手が何か持ってりゃ盗れる。逃げ道を見つけるのもできる。黄色は俺とは反対側から周りを見てればいい」
思っていたより、ちゃんと考えている。
私は少し感心した。
「オラクルって、本当に戦えるんだ」
「お前、俺をただの財布泥棒だと思ってただろ」
「違うの?」
「違うわ!」
赤と緑が笑った。
黄色だけは真顔だった。
「財布泥棒でぷ」
「お前は一生言うつもりか?」
「お金の恨みは長いでぷ」
また二人が言い合い始める。
私は笑いながら、五人を見た。
赤は剣を持って前へ出る。まだ技術は足りないけれど、誰かを守るためなら怖くても立てる。
緑は本から魔法を使い、後ろから仲間を助ける。今は弱い魔法しか使えなくても、これから強くなれるかもしれない。
黄色は敵だけに集中せず周囲を見て、相手の油断や隙を利用する。これから道具が増えれば、できることも増えていくだろう。
オラクルは素早く動きながら周囲の状況を読み、正面から戦う以外の方法を選べる。
そして私は――まだ、自分が何を得意なのか分からない。
それでも、今すぐ答えを出す必要はないと思った。
三匹だって、最初から役割を決めていたわけではない。旅をし、戦い、失敗しながら少しずつできることが見えてきた。
私もそのうち見つければいい。
「よし。じゃあ次に魔物が出たら、今話したことを意識してみよう」
赤が剣の柄へ手を置き、緑は本を抱え直す。黄色は使えそうな物がないか自分の荷物を確認し、オラクルは煙草を咥えたまま肩を竦めた。
「まあ、俺がいれば少しは楽になるだろ」
「まだ何もしてないのに自信すごいね」
「そのうち分かる」
「役に立たなかったら?」
「そのときは笑え」
「じゃあ遠慮なく笑うね」
オラクルが苦笑した。
五人で再び街道を進む。
まだ新しい並び方には慣れない。
それでも、昨日までとは少し違う旅が始まったのだと思った。
目指すのはアデュー。
《聖なるマップ》がなぜその名前を表示したのかは、今も分からない。
でも、そこへ行けば何かがある。
そして今度は四人ではなく、五人でそれを確かめに行く。
私は遠くへ続く街道を見ながら、少しだけ歩く速度を上げた。




