↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フールの大冒険 ~聖なるマップを手に、異世界でまだ見ぬ両親を探します~  作者: ☆☆アダム☆☆


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
119/294

第119話 戦わないという答え

矢が片耳の獣へ向かって飛んだ。


東へ退き始めていた黒い獣たちの動きが止まり、外壁の上では誰かが息を呑む音が聞こえた。私は飛んでいく矢を目で追いながら、間に合わないと分かっていても「駄目!」と叫んでいた。


片耳の獣が振り返る。


矢はその顔へ真っ直ぐ向かっていたけれど、獣は避けなかった。首をわずかに傾けただけで、鏃が頬の黒い毛を掠め、後方の地面へ突き刺さる。


傷はついていない。


それでも十分だった。


片耳の獣が低く唸った瞬間、東へ向きを変えていた群れが一斉に止まった。


「何してやがる!」


外壁の上で怒声が上がる。


矢を放ったのは、さっきから手を震わせていた若い賞金稼ぎだった。本人も撃った直後に何をしたのか理解したらしく、弓を持ったまま青ざめている。


「だって……あいつらが戻ってきたらどうするんだよ! ここで殺さなきゃ、また――」


「だから命令があるまで撃つなっつっただろ!」


隣にいた男が弓を奪い取る。


でも、もう遅い。


黒い獣たちは逃げるのをやめていた。


最初に傷を負った一頭が片耳の獣を見る。森の縁にいた別の個体も身体の向きを変え、北門と東門の間へ広がり始める。


私は胸が冷たくなった。


ここまでだったのに。


あと少しで終われた。


「また来る……」


フランが短剣を握り直した。


「待って」


私は片耳の獣を見た。


さっきまでとは何かが違う。


怒っている。


でも、すぐには襲ってこない。


片耳の獣は矢が落ちた場所へ歩き、地面に刺さった一本を嗅いだ。それから外壁の若い賞金稼ぎを見上げ、最後に私たち全体へ視線を動かした。


「まだ決めてない」


リリィが呟いた。


「え?」


「攻撃するなら、もう鳴いてる。あいつ、こっちを見てる」


私は息を止めた。


黒い獣たちは学ぶ。


私たちがどう動くのかを見て、次の方法を選ぶ。


だったら今も見ている。


一本の矢を、村全体の意思だと思うのか。


それとも、一人が勝手に撃ったものだと理解するのか。


「攻撃しちゃ駄目!」


私は外壁へ向かって叫んだ。


「誰も撃たないで!」


すぐに反論が飛んだ。


「だが、また来るぞ!」


「来てない!」


私は片耳の獣を指差した。


「まだ来てないよ! こっちが撃ったのに、向こうは待ってる!」


賞金稼ぎたちが片耳の獣を見る。


確かに動いていない。


群れもリーダーより前には出てこない。


オラクルが車椅子を進めた。


「弓を下ろせ」


「オラクル?」


「いいから下ろせ! 魔法もだ! あのガキの言う通り、向こうが待ってんなら、こっちから喧嘩を続ける必要はねえ!」


迷っていた賞金稼ぎたちが、一人、また一人と武器を下げていく。


最後まで弓を構えていた男も、周囲を見てから弦を緩めた。


私は若い賞金稼ぎを見る。


彼は奪われた弓を取り返そうとはせず、青ざめた顔で黒い獣を見ていた。


怖かったのだ。


私だって怖い。


もし退いたふりをして戻ってきたら。


夜になって襲われたら。


もっと仲間を連れてきたら。


考えれば、いくらでも怖い未来は浮かぶ。


でも、それはまだ起きていない。


「分からないことを、分かったつもりで決めない……」


自分に言い聞かせるように呟いた。


昨日からリリィに何度も教わったことだった。


黒い獣がまた襲うかは分からない。


だからといって、「いつか襲う」と決めて今殺すのも違う。


片耳の獣が動いた。


一歩、北門へ近づく。


外壁の何人かが身構えたけれど、誰も武器を上げなかった。


もう一歩。


獣は地面に落ちていた矢の横を通り過ぎ、最初に傷を負った仲間のところへ向かった。脇腹の傷へ鼻先を寄せ、短く息を吐く。


傷ついた獣が片耳の獣の頬へ顔を寄せた。


片耳の獣はそれを一度だけ舐めた。


私はその姿を見て、胸の奥にあった何かがほどけるのを感じた。


「仲間だったんだ……」


当たり前のことなのかもしれない。


でも、今まで私たちは黒い獣を「群れ」として見ていた。


速い。


硬い。


賢い。


危険。


そればかりだった。


けれど向こうにも、傷ついた仲間がいる。


仲間を傷つけられたから、村を敵だと思ったのかもしれない。


「最初の一頭を撃たなかったら、何も起きなかったのかな」


私が言うと、リリィは少し考えた。


「分からないよ」


「あ……」


また答えを作りかけた。


「でも、少なくとも最初は村を無視してた。それは見た」


「うん」


それで十分だった。


片耳の獣が傷ついた仲間から離れ、再びこちらを見た。


今度は鳴かなかった。


身体を東へ向ける。


一歩進む。


群れの一頭が続いた。


さらにもう一頭。


今度こそ、誰も矢を放たなかった。


黒い獣たちは片耳の獣を中心にまとまり、さっき灰色の巨獣や他の魔物が逃げていった草地とは少し離れた道を選びながら南東へ進んでいく。


最後まで残ったのは、最初に傷を負った一頭だった。


一度だけ村を振り返る。


私は何となく、その目から逃げたくなかった。


怖い。


今でも近づきたいとは思わない。


それでも私は、その場に立っていた。


やがて黒い獣も仲間を追い、草地の向こうへ消えた。


誰も声を上げなかった。


しばらくして、見張り台の賞金稼ぎが大きく息を吐いた。


それをきっかけに、村中から一斉に力の抜ける気配がした。


座り込む人。


壁へ背中を預ける人。


握り締めていた剣をようやく鞘へ戻す人。


私も急に脚から力が抜け、その場へしゃがみ込んだ。


「つ、疲れた……」


『フール!』


メリーが飛んできて、私の頭へ抱きついた。


「メリー、怪我した人は?」


『大丈夫! 重い怪我の人はいなかったよ!』


「よかったあ……」


今度こそ本当に息を吐いた。


フランも外壁から下りてくる。


短剣はもう鞘へ戻っていた。


「フール、最後よく止めたね」


「私も撃ちそうになる気持ちは分かるよ。怖かったし」


「それでも止めたでしょ」


私は少し考えた。


前ならどうしていただろう。


怖い魔物がいる。


だったら倒す。


誰かが危ない。


だったら飛び込む。


そうやって、目の前に見えたものだけで動いていたかもしれない。


でも今回は違った。


「リリィにいっぱい言われたから」


振り返ると、リリィがいた。


「私?」


「分からないことを勝手に決めないって」


リリィは少し意外そうな顔をしたあと、外壁の向こうへ目を向けた。


「私も、あそこまで待てたかは分からないけど」


「え?」


「最後の矢。私だったら、群れが戻ってきた時点で戦う準備をしてたと思う」


珍しく、リリィが自分からそんなことを言った。


「じゃあ私のほうがすごかった?」


「調子に乗らないで」


「ちょっとくらい褒めてよ!」


リリィは少しだけ笑った。


「昨日よりは、ちゃんと見てたね」


昨日より。


それだけなのに、嬉しかった。


「やった!」


思わず両手を上げる。


「声大きい」


「今はいいでしょ!」


メリーが笑い、フランもつられて笑った。


オラクルだけは少し離れた場所で煙草を咥え直している。


「喜んでるとこ悪いが、お前ら今日ここ出る予定だったよな?」


私は固まった。


「……あ」


空を見る。


太陽はかなり傾いていた。


朝は昼過ぎには村を出るつもりだった。


財布を追って森へ入り、魔物の大群が来て、黒い獣に村を囲まれているうちに、完全に忘れていた。


「今日中は無理じゃない?」


フランが苦笑する。


オラクルは煙を吐いた。


「当たり前だ。街道で夜迎える気か」


結局、出発は明日の朝になった。


それから村は、騒動の後始末に追われた。


壊れた木箱や荷車を片づけ、北門の閂を交換し、外壁の爪痕や崩れた石を確認する。私とメリーも治療所を手伝い、フランは門の補修へ向かった。


リリィは、捕まえた男と財布の件を終わらせるため、引き渡し所へ戻っていった。


夕方になり、私たちもそこへ向かう。


財布を盗まれた男は、青い鳥の刺繍を見た瞬間に顔を明るくした。


「これだ! 間違いない!」


中に入っていた鍛冶屋の預かり証まで確認し、何度も頭を下げる。


「本当にありがとう。もう戻らないと思ってた」


リリィは約束されていた報酬を受け取り、その一部を私へ差し出した。


「はい」


「え?」


「フールも見つけたでしょ。沢のところの跡」


「でも、ほとんどリリィが追ったよ?」


「仕事は仕事。手伝った分」


差し出された硬貨を見る。


自分で見つけた泥の跡。


あれがなければ、男を見つけられなかったとは思わない。


リリィなら一人でも見つけたかもしれない。


それでも、私は受け取った。


「ありがとう!」


「だから声が大きい」


昨日と同じことを言われた。


でも昨日とは、少し違って聞こえた。


宿へ戻る途中、私はリリィが明日どうするのか気になった。


聞こうとして、一度やめる。


でもこれは、聞いてはいけないことではない気がする。


「リリィ、明日は仕事?」


「特に決まってないよ」


「じゃあ、どこ行くの?」


「まだ決めてない」


私は立ち止まった。


フランとオラクルも少し先で止まる。


「私たち、武道大会へ行くんだ」


「知ってる」


「一緒に行かない?」


リリィはすぐには答えなかった。


昨日なら、私はここで「行こうよ」「絶対楽しいよ」と何度も言っていたと思う。


今日は待った。


リリィにはリリィの目的がある。


私が一緒に行きたいからというだけで、決めていいことじゃない。


しばらくして、リリィが私を見る。


「どうして私?」


「両親を探すの、手伝ってほしいから」


自分でも驚くくらい、すぐに答えが出た。


「昨日教えてもらったでしょ。今のお父さんとお母さんをいきなり探すんじゃなくて、十年前の私を探すって。教会とか治療院とか宿とか、旅しながら調べられると思う」


リリィは黙って聞いている。


「私一人だと、たぶん見ても分からないものがいっぱいある。でもリリィなら、私が気づかないものを見つけられる」


昨日、リリィと私は全然違うと思った。


だからこそ、一緒にいたら見えるものが増えるのかもしれない。


「もちろん、リリィの仕事があるならそっちもやろう。私たちも旅してるから、いろんな場所へ行くし」


オラクルが横から口を挟んだ。


「武道大会なら賞金稼ぎも集まるぞ。各国から腕自慢が来るから、情報拾うには悪くねえ」


リリィがオラクルを見る。


「情報?」


「賞金首も、昔の事件も、人探しもだ。ああいう場所は人間が集まる分、噂も集まる」


少し長い沈黙があった。


やがてリリィが肩をすくめる。


「……途中までなら」


「本当!?」


「まだ仲間になるとは言ってないからね」


「でも一緒に行くんでしょ?」


「途中まで」


「じゃあ一緒だよ!」


「話聞いてる?」


私は笑った。


リリィも呆れた顔をしていたけれど、もう嫌そうには見えなかった。


翌朝。


賞金稼ぎの村の北側には、昨日の騒動が嘘だったみたいな青空が広がっていた。


壊れた北門はまだ修理中なので、私たちは南門から村を出る。


私、フラン、オラクル、メリー。


そして、銀色の短い髪の少女が一人。


街道の先には、武道大会へ向かう旅人たちの姿がいくつも見えている。


剣を背負った男。


大きな槍を持つ女。


揃いの服を着た集団。


進むほど人は増え、道端の宿や露店にも大会を知らせる旗が目立ち始めていた。


私は少し先を歩くリリィの隣まで走った。


「ねえ、リリィ」


「何?」


「武道大会って見たことある?」


「あるよ」


「誰が一番強いと思う?」


「始まる前から分かるわけないでしょ」


「じゃあ確かめればいいね」


リリィが一瞬黙った。


それから、少しだけ笑う。


「……覚えた言葉、何にでも使うのやめて」


私は笑いながら前を向いた。


まだ両親のことは何も分かっていない。


TIMEについても、分からないことばかりだ。


それでも、昨日より見えるものは増えた。


そして今日からは、それを一緒に見つけてくれる人もいる。


街道の先で、大きな大会旗が風を受けて揺れていた。


私たちはその旗を目印に、次の場所へ歩き始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。