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フールの大冒険 ~聖なるマップを手に、異世界でまだ見ぬ両親を探します~  作者: ☆☆アダム☆☆


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115/294

第115話 森から逃げてきたもの

北から何かが近づいている。


そのことを知らせるように、森の奥で大木がまた一本倒れた。


腹の底まで響くような音が遅れて届き、足元の土がわずかに震える。私たちの横を駆け抜けていく魔物たちは、その音が聞こえるたびに速度を上げ、互いにぶつかっても止まろうとしなかった。


「走るよ!」


リリィの声で我に返り、私たちは北門へ向かった。


捕まえた男は右足を悪くしているため、フランとリリィが左右から支えている。私はメリーと一緒に少し前を走りながら、何度も背後を確認した。


森から出てくる魔物は増えていた。


牙の長い獣、背中を硬い甲殻で覆われた四足の魔物、私より小さなものまで種類はばらばらなのに、争う様子はない。どれも北を振り返りながら南へ走り、転んだ一頭がいても後続は襲わず、その身体を飛び越えて先へ進んでいく。


村を襲いに来た魔物の動きではなかった。


何かから逃げている。


北門の前では、異変に気づいた賞金稼ぎたちがすでに動き始めていた。


「外にいる奴は急げ! 門を閉めるぞ!」


私たちが門を潜ると、待っていた賞金稼ぎが捕まえた男を引き取った。リリィは取り戻した財布も係員へ預け、森で見たことを説明しようとしたけれど、その前に重い扉が動き始める。


私は閉じていく隙間から外を見た。


また一頭、魔物が森から飛び出す。


その後ろにも二頭。


さらに奥では、枝葉が激しく揺れていた。


「閉めろ!」


左右の扉が重なり、何人もの賞金稼ぎが太い閂を掛ける。直後、門のすぐ外を何頭もの魔物が駆け抜け、蹄や爪が地面を叩く音が壁越しに響いた。


「フール!」


人混みの向こうからオラクルが車椅子を動かしてくる。口にはいつもの煙草があったけれど、目は私たちではなく北門へ向いていた。


「森で何があった?」


リリィが、追跡の途中から気になっていた異変を順番に説明した。


昨日から鳥や獣が南へ移動していたこと。北の岩場にいるはずの魔物まで森へ下りていたこと。今日になって森の奥ほど生き物の気配が減り、さっきから何かが木々を倒しながら南へ近づいていること。


捕まえた男も、昨日の朝にはすでに異変が始まっていたと証言した。


「鹿だけじゃねえ。灰牙もいた。北の岩場から滅多に下りてこねえやつだ」


その名前を聞いた近くの賞金稼ぎが顔をしかめた。


「灰牙がここまで来たのか?」


「ああ。俺だって最初は見間違いだと思った」


「縄張りを捨てて逃げたってことか……」


昨日から始まっていた。


今日突然、魔物たちが暴れ出したわけではない。鳥が消え、獣が逃げ、本来なら別の場所にいる魔物まで生息域を捨てて南へ移動していた。


そこまで考えたところで、地面が大きく揺れた。


北門に立て掛けられていた槍がかたかたと音を立て、建物の軒先から細かな砂埃が落ちる。少し遅れて森の奥から太い木の折れる音が響き、見張り台の賞金稼ぎが身を乗り出した。


「群れが来るぞ!」


私はフランたちと一緒に外壁へ続く石段を上った。


高い位置から見ると、森の様子が少しだけ分かる。


北側から南へ向かって、枝葉が波のように次々と揺れていた。その手前を何頭もの魔物が走り、開けた場所へ出るたびに散らばりながら南へ逃げていく。


やがて森から現れた群れを見て、外壁の上から声が消えた。


数十頭ではない。


大型の獣の隙間を小型の魔物が走り、その後ろからさらに別の群れが押し寄せている。互いに争う余裕すらなく、倒れた一頭を後続が飛び越え、前にいる魔物を押しながら進んでいた。


「北門まで来るぞ!」


弓を持った賞金稼ぎたちが一斉に構える。魔法使いたちも杖を森へ向け、門の下では槍を持った者たちが防衛線を作り始めた。


このまま群れが門へぶつかれば、何が起こるか分からない。


けれど、私は先頭の魔物たちを見ていて違和感を覚えた。


村を見ていない。


前ではなく、何度も後ろを振り返っている。


「待って!」


近くの賞金稼ぎが振り向いた。


「何だ!」


「あの魔物たち、村へ来たいんじゃない! 逃げてるだけだよ!」


「分かってる! だが後ろから押されたら門に突っ込むぞ!」


確かに群れ全体を見ると、中心は村より東側を通っているのに、外側にいる魔物だけが後続に押されて北門へ近づいていた。


ここで正面から攻撃すれば、恐怖で群れが散る。


東へ逃げていた魔物が西や南西へ向きを変えれば、村を囲む壁や別の門へ広がるかもしれない。


「リリィ!」


私が呼ぶと、リリィも同じ場所を見ていた。


「群れの中心は東へ抜けようとしてる」


北門の東側には低い丘があり、その先には広い草地が続いている。西側には村の外壁と深い林があり、大量の魔物が一度に抜けるには狭い。


リリィは群れの動きをしばらく見てから、近くの賞金稼ぎへ向き直った。


「東側の逃げ道をもっと分かりやすくできませんか?」


「どういうことだ?」


「群れの中心は最初から東へ向かってます。でも後ろから押されて、端にいる魔物だけが門側へ膨らんでる。西側から音を出して近づきにくくして、東側は静かに空けておけば、先頭が東へ流れたときに後続もついていくかもしれない」


「矢で追い払うほうが早くないか?」


「一頭を狙って傷つけたら、その周りがどっちへ逃げるか分からない。今は群れ全体が同じ方向へ逃げてるから、その流れを壊さないほうがいい」


賞金稼ぎの男はすぐに見張り台の責任者へ話を伝えた。


森と地形を見比べた責任者は、短く考えたあと声を張り上げる。


「弓と魔法は待機! 直接壁へ突っ込んだ奴だけ止めろ! 西側の連中は盾を持って壁上へ並べ! 東側は音を出すな!」


指示が次々と伝わっていく。


西側の外壁には盾を持った賞金稼ぎが間隔を空けて並び、東側からは人が下がった。さらに北門前に積まれていた荷車や木箱を内側へ移し、魔物から見て東の草地まで遮るものが少なくなるようにする。


「まだ叩くな! 先頭が森を抜けてからだ!」


群れが近づいてくる。


地面の揺れが強くなり、外壁の上にいる私の足まで震えた。何百もの足音が重なる音は、遠くから雷が鳴り続けているようだった。


先頭の大型魔物が森を抜ける。


その後ろから何十頭も続く。


群れの中心は東へ向かっていたけれど、後続に押された外側の魔物が徐々に北門へ寄ってきた。


「今だ!」


西側で一斉に盾が打ち鳴らされた。


金属音が連続して響き、近くにいた魔物が驚いて頭を西へ向ける。しかし、そこには同じ音が続いている。


一頭が東へ進路を変えた。


その前方には、音も人影もない草地が広がっている。


隣の魔物も続いた。


「行って……!」


私は柵を握り締めた。


先頭が東へ流れることで、その後ろに空間が生まれる。押されて門側へ膨らんでいた魔物がそこへ入り、少しずつ群れ全体の向きが変わっていった。


けれど、後続の数が多すぎた。


一頭の大型魔物が横から押され、群れの外へ弾き出される。


そのまま北門へ向かってきた。


「一頭来るぞ!」


弓が引かれる。


大型魔物は止まらない。


門までの距離が一気に縮まる。


「まだ撃つな!」


責任者の声が飛んだ。


魔物が門まで十数歩に迫る。


荒い息が壁の上まで聞こえ、私は無意識に柵を強く握った。


ぶつかる。


そう思った瞬間、大型魔物は西側から響く金属音に頭を振り、前脚で土を削りながら身体を東へ向けた。


外壁すれすれを走り抜ける。


後ろから来た魔物も、その開いた道へ続いた。


一頭、二頭と流れが生まれ、それが十頭、数十頭へ広がっていく。西側からの音を避け、先頭の魔物が作った東への進路を後続が選ぶことで、門前へ膨らんでいた群れが少しずつ細長くなっていった。


それでも誰も武器を下ろさなかった。


最後尾が抜けるまで盾の音を一定に保ち、弓と魔法は壁へ突進する個体が出たときだけ狙えるよう構え続ける。


やがて最後の数頭が外壁の前を横切り、東の草地へ消えていった。


何百もの足音が遠ざかる。


ようやく終わった。


そう思った。


けれど、隣にいたリリィは森から目を離していなかった。


「……まだ」


私も耳を澄ませる。


群れの足音が遠ざかったことで、それまで聞こえなかった別の音がはっきりした。


どん、と地面が震える。


少し間を置いて、もう一度。


どん。


走っている音ではなかった。


何か途方もなく重いものが、一歩ずつ地面を踏み締めているような一定の間隔だった。


外壁の上から話し声が消えていく。


森の奥で一本の木が揺れ、その手前の木も続いて大きく傾く。何かが南へ進むたびに、太い幹が左右へ押し分けられていた。


「さっきの群れは……あれから逃げてたのか?」


誰かが呟いた。


今度は誰も答えなかった。


鳥は飛び立たない。


小動物も現れない。


逃げられる生き物は、もう先に逃げたあとだった。


大木が一本、こちら側へ倒れた。


枝が隣の木を巻き込み、森の一部が大きく沈む。


その奥を、巨大な影が横切った。


一瞬しか見えなかったのに、位置がおかしい。


さっきまで逃げていた大型魔物より、はるかに高い場所で何かが動いていた。


リリィの手が私の腕を掴んだ。


「フール、壁から離れて」


その声には、今まで聞いたことのない緊張が混じっていた。


次の瞬間、北門の真正面で何本もの大木がまとめて倒れた。


地面が跳ねるように揺れ、外壁の上にいた賞金稼ぎたちが足を踏ん張る。森の奥から響いた低い唸り声は、耳で聞くというより胸の内側を直接震わせるようだった。


あれだけの魔物が、争うことさえ忘れて逃げていた理由。


その正体が、今まさに森から姿を現そうとしていた。

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