第112話 残された側
引き渡し所を出たあとも、私はリリィの言葉を何度か思い返していた。
――信じて間違えるより、確かめたほうがいい。
あの旅人が財布を盗んだ犯人なのかは、結局その場では分からなかった。北の森にいたらしい痕跡はあったけれど、南の街道へ行っていないという本人の言葉は嘘だった。それでも、嘘をついたから盗人だと決めることもできない。
私だったら、最初にあの人の困った顔を見ていた。
リリィは靴の泥を見た。
私が声を聞いている間に、リリィは鞄の中身や指先まで見ていた。同じ場所にいて同じ人を見ているのに、拾っているものがあまりにも違う。
どちらが正しいのかは、まだ分からない。
ただ、リリィのやり方を知ってから周囲を見ると、今まで気づかなかったものが少しずつ目へ入るようになっていた。
酒場へ向かう途中、道端で一人の男が靴紐を結び直している。向かいでは弓を背負った女の人が、何度も北の空を確認していた。店先に立つ商人は客と話しながらも、通りを歩く人間の荷物へ時々視線を送っている。
それだけでは何も分からない。
でも、みんな何かをしながら生きていて、その跡は思っていたよりたくさん外へ出ている。
「私も練習したら、リリィみたいになれるかな」
歩きながら言うと、オラクルが車椅子を止めずに答えた。
「お前はまず、人の顔見てる途中で別のもんに気を取られんのを直せ」
「そんなことないよ」
「さっきから三回露店見たぞ」
「だって美味しそうなの売ってたから!」
「ほらな」
フランが笑った。
私も言い返そうとしたけれど、ちょうど通りの反対側で焼かれている肉の匂いが流れてきて、そちらを見そうになったのでやめた。
酒場へ着くと、昨日より客が多かった。
朝から仕事へ出ていた賞金稼ぎが戻り始める時間らしく、入口の近くには泥のついた靴が並び、壁際の武器置き場にも剣や槍が増えている。誰かが持ち帰った情報を囲んで地図を見ている集団もいれば、何も見つからなかったのか、無言で酒を飲んでいる人もいた。
フランはリリィに教えてもらった「古株」を探し、オラクルと一緒に店の奥へ向かった。
私はメリーと近くの席へ座る。
本当なら一緒にTIMEの話を聞きたかったけれど、オラクルから「今日は自分の親について聞くんじゃなかったのか」と言われたので、まずは人探しを仕事にしている賞金稼ぎを探すことにした。
ただ、誰がそうなのか分からない。
店内を見回していると、隣の席に座っていた年配の女の人と目が合った。
右目の上に古い傷があり、腰には短い剣がある。テーブルには酒ではなく温かいお茶が置かれ、その横に何枚もの古い手配書が重ねられていた。
「何だい?」
見すぎたらしい。
「ご、ごめんなさい」
「さっきからこっち見てただろ」
「人を探すのが得意な人を探してて……」
言ってから、少し変な言い方だったと思った。
女の人も同じことを思ったらしく、片方の眉を上げる。
「人を探す奴を探してるのかい?」
「うん」
「面倒なことしてるねえ」
笑われた。
でも追い払われなかったので、私は事情を話してみることにした。
両親を探していること。
二人の名前も顔も分からないこと。
母親が赤い髪らしいこと。
そして、自分が十歳だということ。
女の人は途中で口を挟まず、最後まで聞いてくれた。
「なるほどね。そりゃ難しい」
「やっぱり?」
「難しいのと無理なのは違うよ」
昨日から何度も「無理」「情報が足りない」と言われてきたので、その言葉に思わず顔を上げた。
女の人は手配書を一枚取り、裏返した。
「今のお前さんから親を探すんじゃなく、十年前のお前さんを探せばいい」
リリィと同じだ。
「昨日、同じこと言われた」
「誰に?」
「リリィ」
女の人の顔に納得したような色が浮かんだ。
「あの銀髪の子か。だったら追跡については私より詳しいかもしれないね」
「そんなにすごいの?」
「若いけど鼻も目もいい。何より、見つからなかったときに無理やり答えを作らない。追跡じゃそれが大事なんだよ」
私は少し嬉しくなった。
別に私が褒められたわけではないのに。
「ただし、十年前となると足跡も匂いも残ってない。追うものが変わる」
女の人は指を一本立てた。
「記録だ。お前さんがどこで生まれたか分かれば、その土地の治療院や教会、産婆を調べる。親が宿へ泊まっていたなら宿帳が残ってるかもしれない。船で移動したなら乗船記録、国境を越えたなら通行記録が残ってる可能性もある」
「でも、どこで生まれたか分からない」
「なら、お前さんを育てた人間から聞くところだね。誰がお前を預かったのか、いつから一緒にいたのか、その前はどこにいたのか。自分の足元から辿るしかない」
おばあちゃん。
頭に浮かんだ。
私はおばあちゃんから《聖なるマップ》を受け取り、両親を探す旅へ出た。
でも、まだ聞けていないことがあるのかもしれない。
「ありがとう」
「礼なら情報料を払いな」
「えっ」
慌てて財布へ手を伸ばすと、女の人が笑った。
「冗談だよ。そんな顔するな」
「びっくりした……」
「ただし、次から賞金稼ぎに話を聞くなら先に値段を確認しな。親切に喋ったあとで金を請求する奴もいる」
「分かった!」
また一つ覚えた。
店の奥を見ると、フランとオラクルはまだ話をしている。もう少し時間がかかりそうだったので、私は女の人へ他にもいくつか質問した。
十年前の記録がどのくらい残るのか。
赤い髪だけで人を探すのはどれくらい難しいのか。
子供を連れた男女なら、宿の人が覚えている可能性はあるのか。
答えはどれも、「場所による」「人による」「記録による」だった。
以前の私なら、もっとはっきりした答えが欲しいと思ったかもしれない。
でも昨日から何度も同じことを聞いて、少し分かってきた。
人探しには、最初から正解の道が一本あるわけではない。
小さな手掛かりを見つけ、その手掛かりが本物か確かめ、次へ進む。
私が《聖なるマップ》を頼りに世界を歩いていることと、少し似ているのかもしれなかった。
女の人と別れ、メリーと店の外へ出た。
入口近くの柵へ腰を下ろしていると、しばらくしてフランとオラクルも出てきた。
フランの顔を見るだけで、期待していたような情報は得られなかったことが分かった。
「駄目だった?」
「完全に駄目じゃないよ。昔からTIMEを追ってる賞金稼ぎはいた。でも、上位番号についてはやっぱりほとんど知らなかった」
フランはそう言いながらも、昨日より少しだけ考え込んでいる。
「ただ、TIMEが今みたいに番号で知られるようになる前から、黒い服と時計の紋章を見たって記録はあるらしい。組織自体は最近できたものじゃないかもしれない」
「故郷のことは?」
「まだ繋がらない」
フランは短く答えた。
その声には落胆が混じっていたけれど、すぐにいつもの表情へ戻る。
私は何か言おうとした。
でも、簡単に「大丈夫」と言うのは違う気がした。
フランは何年も追っている。
今日一日で見つからないことくらい、本人が一番分かっている。
「また探そう」
だから、それだけ言った。
フランが私を見る。
少しして、笑った。
「うん」
そのとき、村の入口のほうから声が上がった。
誰かが帰ってきたらしい。
見ると、銀色の短い髪が人混みの間を進んでくる。
リリィだった。
朝より服が汚れている。右膝には泥がつき、袖には細い枝で擦ったような跡があった。それでも怪我をしている様子はなく、歩き方も変わっていない。
「リリィ!」
私が手を振ると、こちらへ気づいた。
でもすぐには来ない。
村の入口近くにいた男へ何かを渡し、その場でしばらく話している。朝持っていた手配書を見せ、地図の一箇所を指差してから、ようやく私たちのところへ歩いてきた。
「見つかった?」
「本人はまだ。でも、村の東から出た可能性が高い」
「どうして分かったの?」
「朝見つけた薬と同じ匂いが、東門の外に落ちてた布についてた。足跡も似てるけど、そこから先は地面が硬くて追えなかったから、近くの賞金稼ぎに情報だけ渡してきた」
「自分で追わないの?」
「右足を悪くしてる相手なら東の山道は遅い。でも私一人で山へ入るより、近くにいる人と分担したほうが早いから」
何でも一人でやるわけではないらしい。
リリィは周りを使う。
必要なら人にも頼る。
ただし、信用する前に確かめる。
少しずつ、この子のやり方が見えてきた気がした。
「フールは?」
逆に聞かれた。
「何か分かった?」
「うん。お父さんとお母さんじゃないけど、探し方」
私はさっき聞いた話を説明した。
今の両親を探す前に、十年前の自分を辿ること。
治療院や教会、宿、船、国境の記録。
そして、おばあちゃんからもう一度、自分がいつから一緒にいたのか聞いてみること。
リリィは途中で口を挟まず聞いていた。
「それなら昨日よりは探せる」
「でしょ?」
「まだ入口だけど」
「ちょっとくらい褒めてよ!」
「私が考えたわけじゃないでしょ」
「そうだけど!」
オラクルが笑う。
フランも、朝より少し表情が明るかった。
私はなんとなく嬉しくなった。
両親について何か新しいことが分かったわけではない。
TIMEの目的も分からない。
それでも昨日より、進む方法が増えている。
その日の昼過ぎ、私たちは宿へ戻る前に、村の外れにある小さな食堂へ入った。
リリィは最初、一緒に来るつもりはなかったらしい。でも私が「追跡の話をもっと聞きたい」と何度か頼むと、面倒そうな顔をしながらもついてきた。
五人で同じテーブルを囲む。
リリィは入口が見える席を選んだ。
私は何も考えず、その向かいへ座った。
注文した料理を待っている間も、リリィの目は時々入口や窓へ向かう。
「ねえ」
私は気になって聞いた。
「なんでそこ座ったの?」
「何が?」
「入口見てるでしょ」
リリィは一瞬だけ黙った。
「癖」
「追跡の?」
「それもある」
「じゃあ他は?」
「逃げやすいから」
私は返事に困った。
食事をするだけなのに、逃げ道まで考える。
「そんなに危ないことある?」
「ないほうがいいけど、あるかもしれないでしょ」
リリィはそれ以上説明しなかった。
私は自分の席から入口を見る。
確かに、ここなら誰が入ってきてもすぐ分かる。
でも今まで私は、食堂でそんなことを考えたことがなかった。
料理が運ばれてくる。
焼いた魚と野菜のスープ、それに硬めのパン。
食べ始めると、リリィは思ったより普通だった。
魚の骨を取るのが妙に上手いこと以外は。
「それも観察?」
私が聞くと、リリィが怪訝な顔をした。
「何が?」
「骨取るの」
「これは普通でしょ」
「綺麗すぎる」
「フールが下手なんじゃない?」
自分の皿を見る。
魚が少し崩れていた。
「……そうかも」
メリーが笑った。
そのとき、オラクルが何気なく聞いた。
「リリィ、お前この村に住んでんのか?」
「今は」
「今は?」
「仕事があれば移動するから」
「一人で?」
リリィはパンをちぎりながら頷いた。
私は朝から気になっていたことを思い出した。
小さい頃、賞金稼ぎに拾われた。
追跡の仕方も、その人から教わった。
今は一人で仕事をしている。
「拾ってくれた人は?」
私が聞くと、リリィの指が止まった。
ほんの一瞬。
パンをちぎる途中だったので、私にも分かった。
「今はいない」
「亡くなったの?」
「違う。別々に動いてるだけ」
少し安心した。
でも、そのあと何を聞けばいいのか迷った。
家族みたいな人なのか。
師匠なのか。
それとも本当に、ただ拾ってくれただけなのか。
考えているうちに、別の疑問が口から出た。
「じゃあ、本当のお父さんとお母さんは?」
空気が変わった。
大きな変化ではなかった。
リリィは叫ばなかったし、怒った顔もしなかった。
ただ、パンを持っていた手が止まり、入口へ向いていた視線が私へ戻った。
さっきまで何でも観察していた目が、急に何も見せなくなったように感じた。
「フール」
オラクルが低い声で呼んだ。
でも、もう聞いてしまった。
「ごめん。聞いちゃ駄目だった?」
リリィはすぐには答えなかった。
テーブルの上へ視線を落とし、ちぎりかけたパンを皿へ戻す。
「父親は知らない」
声は普通だった。
普通にしようとしているようにも聞こえた。
「母親は?」
私はそこまで聞いてから、やめればよかったと思った。
でもリリィは答えた。
「いなくなった」
「いつ?」
「小さい頃」
それだけなら、私と少し似ていると思った。
私も両親と一緒に暮らした記憶がない。
だから、何も考えずに言ってしまった。
「じゃあ、リリィも探してるの?」
その瞬間、リリィの目がわずかに細くなった。
さっきまでなら、その変化を見落としていたかもしれない。でも今日は朝からずっと、リリィが人の足元や指先、ほんの小さな動きまで見ているところを見てきた。だから私も、いつもより少しだけ相手の顔を見ていた。
「探してない」
返ってきた声は静かだった。
怒っているようには聞こえない。それなのに、これ以上近づくなと線を引かれたような感じがした。
「でも、いなくなったんでしょ?」
「だから何?」
「会いたくないのかなって……」
「会いたくないよ」
今度は迷わなかった。
私は思わず黙った。
自分なら、会いたい。
お父さんとお母さんがどんな人なのか分からなくても、どこにいるのか分からなくても、それでも会いたいから旅を続けている。だから、同じように親がいないリリィが「会いたくない」と言う気持ちを、すぐには理解できなかった。
「どうして?」
聞いてから、オラクルが小さく息を吐くのが聞こえた。
止められる前に聞いてしまった。
リリィは私から目を逸らし、冷め始めたスープへ視線を落とした。しばらく何も言わなかったので、本当に聞いてはいけなかったのだと思い、謝ろうとしたところで口が開いた。
「捨てられたから」
声は驚くほど平らだった。
泣いてもいないし、怒ってもいない。今日追っていた賞金首について話していたときと、ほとんど変わらない声だった。
だから余計に、私は何も言えなくなった。
「小さい頃に母親がいなくなった。それだけ」
リリィはパンを手に取ったものの、食べようとはしなかった。指先で硬い表面を少しずつ崩しながら、こちらを見ようともしない。
私は胸の奥が苦しくなった。
リリィがどうして人を簡単に信じないのか、少しだけ分かった気がした。
「でも……」
言葉が口から出た。
オラクルが私を見る。
止めたほうがいいという顔だった。
それでも私は、途中でやめられなかった。
「本当に捨てたのかは、まだ分からないんじゃない?」
リリィの指が止まった。
私は慌てて続けた。
「だって、何か理由があったかもしれないでしょ。会って聞いたわけじゃないなら、お母さんにも――」
「あるよ」
小さな声だった。
「え?」
「理由なら、ちゃんと残していった」
リリィが顔を上げた。
そこに怒りはなかった。
少なくとも最初は。
ただ、今まで私へ向けていた目とは違っていた。
「置き手紙があったから」
私は息を止めた。
「何て書いてあったの?」
「……『あなたのため』」
リリィの口元が少しだけ歪んだ。
笑ったようにも見えた。
でも、楽しそうには見えなかった。
「あなたのために離れる、みたいなことが書いてあった。だから安心して、ちゃんと生きてって」
その言葉を聞いた瞬間、私は何も返せなくなった。
リリィはそんな私を見て、今度こそ小さく笑った。
「便利だよね」
「便利?」
「『あなたのため』って言えば、置いていくほうは悪くないみたいに聞こえるから」
声はまだ静かだった。
でも、テーブルの下でリリィの左手が強く握られていることに気づいた。
「残されたほうがどうなるかなんて、知らないくせに」
その言葉だけが、さっきより少し低かった。
私は何も言えなかった。
小さい頃のリリィがどんなふうに母親を待っていたのか、私は知らない。どのくらい待ったのかも、手紙を何回読んだのかも、いなくなった母親を探したことがあるのかさえ知らない。
なのに私は、何か理由があったかもしれないと言った。
リリィにとっては、何年も考えたあとに出した答えかもしれないのに。
「ごめん」
今度は素直に謝った。
リリィはすぐに返事をしなかった。
少ししてからパンを皿へ戻す。
「別に。フールには関係ないから」
その言い方が、なぜか嫌だった。
関係ない。
確かにそうなのかもしれない。
昨日会ったばかりだ。
リリィの家族のことなんて何も知らない。
それでも、私はさっきまで一緒に話して、一緒にご飯を食べていた。
「でも、私は――」
「フール」
今度はオラクルにはっきり止められた。
私は口を閉じた。
オラクルはリリィを見ず、テーブルの上に残っている自分の料理へ視線を落としたまま言った。
「知らねえことを、分かったつもりで埋めるな。昨日教わっただろ」
胸に刺さった。
情報屋で言われたこと。
分からないところを想像で埋めれば、追う側が死ぬ。
私はTIMEについては気をつけようと思ったのに、人の気持ちになると同じことをしていた。
「……うん」
私は俯いた。
リリィの母親には事情があったかもしれない。
本当にリリィを捨てたのかもしれない。
どちらなのか、私は知らない。
なのに、自分が両親に会いたいからという理由で、リリィも同じように考えるはずだと思いかけていた。
しばらく誰も喋らなかった。
食堂の別の席から聞こえる声や、皿と匙が触れる音だけが妙に大きく感じられる。
やがてリリィが椅子を引いた。
「もう行く」
料理は半分ほど残っていた。
「リリィ」
呼び止めたけれど、何を言えばいいのか分からなかった。
謝るのはさっきした。
理由があったかもしれないとも、もう言えない。
だから私は、迷った末に一つだけ聞いた。
「……明日も会える?」
リリィが止まった。
振り返らない。
「なんで?」
「まだ話したいから」
「今、喧嘩したみたいになってるのに?」
「だからだよ」
自分でも上手く説明できなかった。
嫌われたから追いかけたいわけではない。
母親のことをもっと聞きたいわけでもない。
ただ、ここでリリィがいなくなったら、私は何も知らないまま「怒らせちゃった」で終わってしまう。それは嫌だった。
「リリィのこと、まだ全然知らないから」
少し間があった。
「……変なの」
リリィはそれだけ言うと、今度こそ食堂を出ていった。
銀色の短い髪が扉の向こうへ消える。
私は追わなかった。
今追えば、また自分の気持ちばかり押しつける気がした。
しばらく扉を見つめていると、フランが向かいから静かに言った。
「フールは、両親に会いたいんだよね」
「うん」
「だから、親がいなくなった人なら同じように会いたいと思うって考えた?」
私は少し考えてから頷いた。
「……たぶん」
言葉にされて初めて、自分が何をしていたのか分かった。
私はリリィと自分が正反対だと思っていた。
人の見方も、探し方も違う。
でも一番違うのは、そこだったのかもしれない。
私は、両親がいないから探している。
リリィは、母親がいなくなったから探さない。
同じ「いない」なのに、そこから進む方向が正反対だった。
「難しいね」
私が呟くと、オラクルが水を飲んだ。
「人間なんてそんなもんだ。同じ目に遭ったからって、同じこと考えるわけじゃねえ」
「オラクル、たまにすごくまともなこと言うね」
「たまには余計だ」
少しだけ笑えた。
それでも胸の奥には、リリィの言葉が残っている。
――あなたのため。
それが本当に母親の手紙に書かれていたのなら、リリィは何度その言葉を読んだのだろう。
私は想像しかけて、やめた。
また同じことになる。
分からないことは、分からないままにする。
いつかリリィ自身が話してくれたら、そのとき聞けばいい。
「フール」
肩にいたメリーが私の頬へ触れた。
『元気ない?』
「ちょっとだけ」
『リリィに嫌われた?』
「分かんない」
『じゃあ、まだ嫌われたって決まってないね』
私はメリーを見た。
それから、少し笑った。
「そうだね」
本当にその通りだった。
私はまた勝手に答えを出しかけていた。
リリィが怒っているのか。
明日も会ってくれるのか。
私のことをどう思っているのか。
今はまだ分からない。
だったら、分からないままでいい。
その日の午後、私たちは武道大会へ向かうための道と日程を確認することになった。
村に長く留まり続けるわけにはいかない。私の両親についても、今すぐここで得られる情報には限界がある。フランが探しているTIMEについても、いくつか新しい噂は得られたけれど、故郷の滅亡へ直接繋がるものはなかった。
次へ進む時期が近づいている。
そのことを考えたとき、私は真っ先にリリィの顔を思い浮かべた。
どうしてなのかは、自分でもまだ分からなかった。




