第109話 賞金稼ぎの村
黒龍王の洞窟を出てから二日目の昼過ぎ、私たちは街道から少し外れた丘の上で足を止めた。
眼下には、低い石壁に囲まれた小さな村が見えている。
大きな村ではない。端から端まで歩いたところで、それほど時間はかからなさそうだった。それなのに三本の街道が交わる門前には何台もの馬車が停まり、人の出入りも、これまで通ってきた同じくらいの村とは比べものにならないほど多かった。
何より目についたのは、武器だった。
剣や槍はもちろん、背丈ほどもある大剣を背負った男、弓と二本の短剣を持った女、腰へ何種類もの縄や鎖を下げている人までいる。立派な鎧を着ている人は意外と少なく、旅人と変わらない軽装の人が多いのに、歩き方や周囲を見る目だけは兵士より鋭く感じられた。
「ここが、オラクルの言ってた村?」
私は杖に少し体重を預けながら尋ねた。
黒龍王の洞窟で痛めた右足は、二日間無理をしなかったおかげでかなり楽になっている。それでも完全に治ったわけではなく、長く歩けば少しずつ重くなるので、オラクルとフランからは何度も「走るな」と言われていた。
「ああ。別に賞金稼ぎだけが住んでるわけじゃねえが、三つの街道が交わる場所だから昔から人と情報が集まる。賞金首を追う連中が居着いて、その連中を相手に情報屋、武器屋、治療師まで集まった結果があれだ」
オラクルがタバコの先で村を示した。
「捕まえた賞金首を引き渡せる窓口もある。お前の親が世界のどこかで人目に触れてるなら、普通の村よりは情報が転がってる可能性が高い」
「本当に?」
思わず声が弾んだ。
両親の手掛かりがあるかもしれない。それだけで、さっきまで気になっていた右足の重さまで少し軽くなったような気がする。
けれど、私より先に反応した人がいた。
「TIMEの情報も集まる?」
フランだった。
黒龍王の洞窟を出てから、フランは私の歩く速度に合わせてくれていた。左肩と右手にはまだ戦いの傷が残っているから、本当はフランだって無理をしてはいけない。
それでも今は、丘の下にある村を見つめる横顔に、早く行きたいという気持ちがはっきり表れていた。
「そっちは親探しより期待できるだろうな」
オラクルが答える。
「TIMEには懸賞金が掛かってる。国の兵士が知らねえ目撃情報を、賞金稼ぎが持ってることもある」
フランが小さく頷いた。
故郷を滅ぼされた理由を知りたい。
その答えを持っているかもしれないTIMEを、フランはずっと一人で追い続けてきた。
私にとってTIMEは、両親へ繋がっているかもしれない謎の組織。でもフランにとっては、大切な故郷を奪った相手でもある。同じ名前を追っていても、そこに込めている気持ちは同じではない。
「行こう、フラン」
私が言うと、フランはこちらを見た。
「フールの両親の情報が先でいいよ」
「両方探せばいいじゃん。せっかくここまで来たんだから」
「簡単に言うな。情報ってのは、聞けば何でも無料で出てくるもんじゃねえぞ」
オラクルが呆れたように口を挟んだ。
「じゃあオラクルが値切ってよ」
「最初から俺を使う気満々じゃねえか」
「だって得意でしょ?」
「否定できねえのが腹立つな」
肩に座っていたメリーが楽しそうに笑う。
私はもう一度、村を見下ろした。
お父さんとお母さん。
そしてTIME。
どちらについても、私たちは知らないことのほうがずっと多い。だから、ここで何か一つでも手掛かりを見つけたかった。
「よし、行こう!」
気持ちが先に出て一歩を大きく踏み出した瞬間、右足へ鈍い痛みが走った。
「いたっ」
「ほら」
フランがすぐに腕を伸ばしてきた。
「大丈夫! 今のはちょっと踏み方が悪かっただけ!」
「村まで走らない」
「走ろうとしてないよ!」
「今の顔は走る顔だった」
「どんな顔なの!?」
オラクルが笑いながら車椅子を進め始めた。
「加入して二日で完全に扱い覚えられてんな」
納得できなかったけれど、今度はちゃんと杖をつき直し、みんなと同じ速度で坂を下った。
村へ近づくほど、普通の場所ではないことが分かってきた。
門の横には大きな掲示板が立ち、何十枚もの紙が隙間なく貼られている。人の顔、名前、身体的な特徴、最後に目撃された場所。その下には私が普段使う金額とは桁の違う数字まで並んでいた。
「これ、全部……?」
「手配書だ」
オラクルが答える。
私は思わず足を止めた。
今まで手配書を見たことがないわけではない。でも、こんな数が一度に並んでいるところは初めてだった。
髭だらけの大男。その隣には細い目をした女の人。さらに横には顔の半分を布で隠した男。紙の端には《捕縛》《生死不問》《危険》といった文字が並び、中には顔の代わりに大きな疑問符だけが描かれたものまである。
「顔が分からないのに捕まえられるの?」
「名前や特徴だけ判明してる賞金首もいる。変装する奴もいるし、顔を変える魔法や道具を使う奴だっている。そもそも、まともに顔を見て帰ってきた人間がいねえ場合もある」
オラクルがそう言った直後、門の向こうから三人の男が出てきた。
真ん中の男だけ両手を縄で縛られている。左右を歩く二人は傷だらけで、片方は額に新しい包帯を巻いていた。
縛られた男は何かを喚いていたけれど、二人は相手にせず、そのまま街道へ連れていく。
私は思わず振り返った。
「捕まえた人?」
「たぶんな。賞金を出してる国か町まで連れていくんだろ」
さっきまで紙の上でしかなかった《賞金首》という言葉が、急に現実のものになった。
悪い人を捕まえて、お金をもらう。
言葉にすれば簡単だけれど、今通り過ぎた二人の賞金稼ぎは怪我をしていた。額に包帯を巻いていた人は歩くたびに顔をしかめていたし、もう一人も左腕をほとんど動かしていない。
賞金稼ぎという仕事が、急に少し怖く見えた。
フランはそんな三人ではなく、掲示板を見ていた。
「TIMEは?」
「ここにはねえな。中へ行けば、もっと情報があるだろ」
オラクルの答えに、フランは短く頷いた。
村へ入ると、丘の上から見た以上に賞金稼ぎが多かった。
酒場の前では二人の男が地図を広げ、何度も山の位置を指差している。向かいの武器屋では弓を背負った女の人が矢尻を一本ずつ確認し、その隣では片目に傷のある男が別の賞金稼ぎへ似顔絵を見せていた。
誰もが周囲をよく見ている。
私たちが通るだけでも、一度はこちらへ目が向いた。
私の杖。
肩のメリー。
オラクルの車椅子。
フランの腰にある短剣。
一瞬でそれだけを確認し、興味を失ったように視線が離れていく。
「なんか見られてる……」
「気にすんな。知らねえ顔が来りゃ見るのが、こいつらの仕事みたいなもんだ」
オラクルは慣れているらしく平然としている。
私は少しだけ背筋を伸ばした。
賞金稼ぎ。
今まで私は、悪い人を捕まえる人くらいにしか考えていなかった。
でも実際にこの村へ来ると、それだけではない気がする。
誰かを探すには、顔や名前だけでは足りない。
どこを歩いたのか、何を買ったのか、誰と話したのか。逃げた相手なら、どこへ向かいそうなのかまで考えるのだろう。
もしかしたら、私よりずっと人探しが得意な人たちなのかもしれない。
そう思った瞬間、近くにいた賞金稼ぎへ声を掛けようとした。
「おい」
後ろから服を掴まれる。
オラクルだった。
「何?」
「今から手当たり次第に『私のお父さんとお母さん知りませんか』って聞く気だったろ」
「なんで分かったの!?」
「分かるわ」
「だって、探すなら聞かなきゃ」
「だから聞き方ってもんがある。賞金稼ぎは親切な案内所じゃねえぞ」
少し不満だったけれど、オラクルの言うことも分かる。
「じゃあ、どうするの?」
「まず情報屋だ。金を払って買う情報と、そこらで拾える噂を分ける。酒場はそのあとだ」
「情報にも種類があるの?」
「ある。噂と事実を同じ値段で買う馬鹿はいねえよ」
フランが小さく笑った。
私たちは村の中央へ進み、最初に情報屋を探した。
見つけるのは難しくなかった。
店の入口に、《人を探すなら金を出せ》と大きく書かれていたからだ。
「すごく分かりやすい……」
「俺は嫌いじゃねえ」
オラクルが扉を開けた。
店内は思っていたより狭く、壁一面の棚には紙束や巻物、薄い冊子がぎっしり詰め込まれていた。天井から小さな魔法灯がぶら下がり、奥の机には鼻の大きな老人が一人で座っている。
老人は私たちを見ると、最初にオラクルの車椅子、次にフランの短剣、それから私の杖とメリーへ目を向けた。
「探し人か、賞金首か」
「両方だ」
オラクルが答える。
「高いぞ」
「まだ何も聞いてねえだろ」
「両方なら高い」
「そういう商売してるから客が減るんだよ」
「減ってない」
始まった。
私はフランと顔を見合わせた。
しばらく値段の話が続き、結局オラクルは最初に提示された金額の半分近くまで値切った。老人はものすごく嫌そうな顔をしている。
「泥棒か、お前」
「元な」
「元でも嫌いだ」
「俺は好きだぜ。値切れる店は」
オラクルは楽しそうだった。
最初に私の両親について尋ねることになった。
私は分かっていることを話した。
でも、途中で自分でも困ってしまった。
名前を知らない。
今どこにいるのかも知らない。
お父さんとお母さんの顔だって、私はまだ知らない。
「母親は赤い髪?」
老人が聞く。
「うん。たぶん」
「年齢は」
「分からない」
「名前」
「分からない」
「出身」
「分からない」
「最後に見た場所」
私は少しだけ答えるのを迷った。
「……会ったことない」
老人が黙った。
私も黙った。
質問されるたびに、何も答えられない自分が少しずつ小さくなっていくようだった。
分かっていたはずなのに。
私は両親を探している。
でも、探している相手についてほとんど何も知らない。
老人はしばらく私を見たあと、机に肘をついた。
「嬢ちゃん。それで人を探せってのは、海岸の砂から一粒だけ選べって言ってるようなもんだ」
「でも、探したいの」
「探したい気持ちと、探せる情報は別だ」
言い返せなかった。
それでも旅をしていれば、どこかで手掛かりに出会えると思っていた。実際、少しずつ色々なことが分かってきたし、だから私はここまで来た。
でも、こうして知らないことを一つずつ聞かれると、自分がどれだけ何も知らないのかを改めて突きつけられる。
「フール」
隣からフランに呼ばれ、私は顔を上げた。
「まだ終わってないよ」
「……うん」
そうだった。
ここで見つからないなら、次を探せばいい。
老人はそんな私を見てから、今度はオラクルへ目を向けた。
「もう一つは?」
「TIMEだ」
店の空気が少し変わった。
さっきまで面倒そうだった老人の目が細くなる。
「どこまで知ってる」
「黒服。時計の紋章。左手の甲に番号。少なくとも十二番までいる。それから番号が上がるほど上位らしい」
老人はすぐには答えなかった。
「何のために追ってる?」
「それも金を払わねえと答えちゃいけねえのか?」
「こっちが客を選ぶためだ」
オラクルの表情から笑いが消えた。
フランが一歩前へ出る。
「俺の故郷がTIMEに滅ぼされた。その理由を知りたい」
老人はフランの目をしばらく見ていた。
嘘かどうかを確かめているようだった。
やがて席を立ち、後ろの棚から何冊かの薄い冊子を持って戻ってくる。
最初の冊子を開いた。
黒い服を着た人物の似顔絵。その横には左手を拡大した絵があり、手の甲に大きく《1》と書かれている。
「TIME……」
思わず身を乗り出した。
「賞金稼ぎの間じゃ番号で呼ぶことが多い。名前まで分かってる奴は少ねえ」
老人がページをめくる。
二番。
三番。
四番。
五番。
六番。
七番。
似顔絵の精度にはかなり差があった。顔が細かく描かれているものもあれば、目撃者の証言だけで作ったのか、輪郭さえ曖昧なものもある。
それでも七番までは、少なくとも人の顔が載っていた。
ところが次のページを見た瞬間、私は首を傾げた。
「……顔がない」
八番の欄。
そこには黒い人影のような絵と、《8》という数字しか描かれていなかった。
九番も同じだった。
十番。
十一番。
十二番。
番号が大きくなるほど、書かれている情報そのものが減っていく。
「八番から先は?」
「まともな人相書きは出回ってねえ」
老人は八番以降のページを指で押さえたまま答えた。
「一人も?」
フランが尋ねると、老人は小さく首を振った。
「少なくとも、俺が金を取って売れるほど確かなものはない。『八番を見た』『十番と戦った』なんて話だけならいくらでも転がってるが、酒場の酔っ払いでも作れる話に値段は付けられん」
「上の番号ほど強いから、見た人が帰ってこないってこと?」
私が聞くと、老人はすぐには頷かなかった。
「そうかもしれんし、違うかもしれん。表へ出る回数そのものが少ない可能性もあるし、別の理由で姿を知られてねえのかもしれん。分からない部分を想像で埋めるのは、賞金稼ぎが一番やっちゃいけねえことだ。間違った情報を信じて追えば、自分だけじゃなく仲間まで死ぬ」
その言葉には、さっきまでとは違う重みがあった。
情報を売る老人だから、何でも知っているわけではない。むしろ、どこから先が分からないのかを知っているからこそ、ここで商売を続けられているのかもしれなかった。
フランは八番以降のページから目を離さない。
「能力は?」
「一番から七番までなら、別々の目撃者から似た証言が出てるものがいくつかある。一番は、そいつが現れた場所から音が消えたという報告が複数。四番は悪魔らしきものを使ったという話がある。七番は、攻撃した側が同じような衝撃を受けたという生存者が何人かいる」
一番。
その話を聞いた瞬間、私は以前の戦いを思い出した。
自分の声さえ遠くなったような、不気味な静けさ。何が起きているのか分からないまま追い詰められ、私たちはほとんど何もできなかった。最後には甲高い音が響き、一番は魔法陣で撤退したけれど、あの音が何だったのかも今の私には分からない。
「一番には会ったことある」
私が呟くと、老人の視線がこちらへ向いた。
「嬢ちゃんが?」
「うん。みんなと一緒だったけど」
老人は私の顔をじっと見たあと、少しだけ眉を上げた。
「生きて帰ってきたなら運がいい」
褒められたわけではない。
その声で分かった。
私たちがどれだけ危ない相手と戦ったのか、今になって別の人から教えられたような気がした。
「八番は?」
フランが話を戻した。
老人は冊子を閉じず、今度は机の端に積んであった別の紙束を引き寄せた。
「八番は、ちょっと妙だ」
「妙?」
「まず懸賞金が低い」
机の上へ一枚の紙が広げられる。
そこには番号と金額が並び、古い金額の上へ線を引いて新しい数字を書き足した跡もいくつか残っていた。
私は一番から順番に目で追っていく。
賞金首に掛けられる金額なんて詳しく知らないけれど、数字の大小くらいは分かる。番号が上がるにつれて、基本的には懸賞金も大きくなっていた。
ところが八番のところで、その並びが崩れている。
「本当だ……。八番なのに低い」
「弱いってこと?」
私が聞くと、老人はすぐに否定した。
「賞金は強さだけで決まるもんじゃねえ。何をやったか、どれだけ被害を出したか、どこの国からどれだけ恨まれてるか、そういうものも全部含まれる。どれだけ強くても山奥で寝てるだけなら賞金は上がらんし、大して強くなくても何十人も殺せば跳ね上がる」
オラクルが車椅子から身を乗り出し、資料を覗き込んだ。
「つまり八番は、事件の数が少ねえ?」
「正確には、八番本人がやったと断定できる事件が少ない」
老人は別の記録を開いた。
細かな日付と場所が何行にもわたって書かれている。
「TIMEが関わったとされる現場で、八番らしき人物を見たという証言自体はある。黒い服、時計の紋章、左手の甲に《8》。そこまで一致する証言が複数あるから、八番が存在すること自体はほぼ間違いねえ。ただ、そいつ本人が誰を殺した、何を壊したって話になると急に記録が薄くなる」
私は八番のページへ目を戻した。
顔はない。
黒く塗られた人影と、左手の《8》。
それだけだった。
「じゃあ……あんまり悪い人じゃないのかな」
「フール」
オラクルに名前を呼ばれ、私は口を閉じた。
「まだ何も分かってねえだろ」
「でも、人をあんまり傷つけてないんでしょ?」
「記録が少ないって話だ。誰にも見つからねえようにやってる可能性もあるし、証拠を残してねえだけかもしれねえ」
老人も頷いた。
「逆に、本当に人を殺すのを避けてる可能性だってある。今の資料だけじゃ、どっちとも言えん」
「……そっか」
私は少し恥ずかしくなった。
また、分からないところを自分で埋めようとしていた。
老人は八番について、さらに何枚か記録を見せてくれた。
「こいつを追った賞金稼ぎもいる。ただ、持ち帰った話が妙でな。途中で見失った、いつ消えたのか分からなかった、目の前にいたはずなのに追えなくなった――そんな報告ばっかりだ」
「速いの?」
「それすら分からん」
「透明になるとか?」
「知らん」
「空を飛ぶとか?」
「嬢ちゃん」
老人の声が低くなる。
「分からんと言ってるだろ」
「……はい」
オラクルが隣で笑いを堪えている。
私は少し頬を膨らませながら、八番の資料をもう一度見た。
何も分からないからこそ、気になった。他のTIMEとは少し違うように見えるけれど、その違いが本物なのかさえ、今はまだ判断できない。
フランは次のページを指した。
「九番は?」
「こいつは逆に分かりやすい。正面から戦った奴の証言が、だいたい同じだからな。殴られた、蹴られた、投げられた。それで終わりだ」
「魔法は?」
「確かな報告はほとんどねえ。武器も証言が一致しない。それなのに何人で囲んでも力ずくで突破されたって話が残ってる。生きて帰った賞金稼ぎは、口を揃えて身体能力がおかしいと言ってる」
「十番は?」
フランの声が、それまでより少し低くなった。
老人は気づかなかったのか、資料を何枚か探した。
「十番から先はさらに薄いな。十番については、強い光を見たという噂が何件かある。ただ、それが魔法なのか武器なのか、そもそも十番だったのかも確証がない」
フランの右手が、腰の短剣へ触れた。
黒龍王の炎を吸収した、あの光る短剣。
何か思うことがあるのだろう。
私は気づいたけれど、聞かなかった。出会ったばかりの私が、フランの全部を知っているわけではない。これから一緒に旅をするなら、話せるときに話せばいい。
「十一番は?」
「強力な魔法使いらしい、ってところまでは何度か同じ証言が出てる。ただ、どんな魔法を使うのかは話がばらばらだ。十二番に至っては、存在するってこと以外ほとんど何も分からん」
「十二番がTIMEで一番偉いの?」
「番号だけ見りゃ、そう考える奴が多い。上の番号ほど危険だってのも、賞金稼ぎの間じゃほぼ共通認識だ。ただ、TIME自身が『十二番が頭です』って組織図を配って歩いてるわけじゃねえから、そこから先は推測だ」
私は十二番のページを見つめた。
顔もない。
名前もない。
どんな力を持っているのかも分からない。
ただ、《12》という数字だけが記されている。
八番を見たときは、どうしてこんなに情報が少ないのだろうと思った。でも十二番の空白は、それとは少し違って見えた。
何もないからこそ、そこに何か大きなものが隠れているような気がする。
もちろん、それだって私の想像でしかない。
さっき注意されたばかりなのだから、勝手に答えを作ってはいけない。
私は冊子から目を離した。
結局、情報屋で手に入ったものは、答えというより新しい疑問ばかりだった。
一番から七番までは、顔や戦い方についてある程度の情報が集まっている。八番より上は顔さえほとんど分からず、番号が大きくなるほど確かな目撃情報が減っていく。
その中でも八番だけは、上位番号なのに懸賞金が低く、本人が起こしたと断定できる事件も少ない。
九番は異常な身体能力を持っているらしい。
十番には光に関する噂がある。
十一番は強力な魔法使い。
十二番については、ほとんど何も分からない。
そして肝心の、TIMEが何のために動いているのかについては、一つも答えが出なかった。
「これで終わりだ」
老人が冊子を閉じた。
フランはまだ何か聞きたそうだったけれど、閉じられた表紙を見てから諦めたように息を吐いた。
オラクルが椅子を動かす。
「十分だ。確証もねえ噂まで買っても仕方ねえ」
「珍しく客らしいこと言うじゃねえか」
「次来たときは、もうちょい安くしろよ」
「二度と来るな」
店を出ると、紙と古いインクの匂いから解放され、外の空気が妙に新鮮に感じられた。
私は大きく息を吸った。
「いっぱい聞いたのに、全然分かんなかったね」
「それが普通だ」
オラクルは気にした様子もなく車椅子を進める。
「情報ってのは、一個拾って答えが出るもんじゃねえ。薄いもんを何枚も重ねるんだよ。一人だけが言ってりゃ噂でも、別々の場所にいた十人が同じこと言ってりゃ意味が変わる」
「八番みたいに?」
「ああ。事件の記録が少ないって話が他でも出るなら、少なくとも『そう見える何か』はある。ただし、なんでそうなってるかはまだ分からねえ」
私は少し考えた。
今日までの私は、情報を見つけるというのは、知らなかった答えを一つ手に入れることだと思っていた。
でも、そうではないのかもしれない。
分からないことを一つずつ分ける。
噂と事実を分ける。
別々の場所で聞いた話を重ねる。
そうやって、最初は見えなかったものの形を少しずつ作っていく。
「じゃあ、お父さんとお母さんのことも同じ?」
「むしろそっちのほうが大変だ」
オラクルは答えた。
「今のお前は情報が少なすぎる。だから明日は賞金稼ぎ本人にも聞く。昔の人探しをやったことがある奴がいりゃ、何から辿ればいいか分かるかもしれねえ」
両親についての新しい情報は、今日は一つも見つからなかった。
それでも、不思議と店へ入る前ほど落ち込んではいなかった。
探し方すら分からなかった私に、探し方を知っている人たちがいる。
それも一つの手掛かりなのだと思う。
「明日、いっぱい聞こう」
「手当たり次第はやめろよ」
「分かってるよ。ちゃんと考えて聞く」
「本当か?」
「本当!」
オラクルは疑わしそうだった。
フランが横で笑っている。
私は少し頬を膨らませたあと、もう一度村を見渡した。
剣を背負った人。
泥だらけの靴で帰ってくる人。
掲示板の手配書を写している人。
捕まえた相手の特徴を仲間へ説明している人。
昨日までなら、ただ怖そうな人たちに見えたかもしれない。
でも今は少し違って見える。
この人たちは、誰かを追うためにここへ集まっている。
だったら、私も聞いてみたい。
お父さんとお母さんを探すために、何を見ればいいのか。
どんな痕跡を残した人なら、十年経っても追えるのか。
その答えを知っている人が、この村のどこかにいるかもしれない。
私は杖を握り直した。
右足には少し疲れが溜まっている。
今日はもう休んだほうがいい。
明日になったら、また探そう。
両親のことも。
TIMEのことも。
そして、今日より一つでも多く、本当のことを知ろう。
私たちは情報屋を背にして、今夜泊まる宿を探すため村の通りを歩き始めた。




