第101話 またね、でぷ
《合成の聖杯》で肉の匂いがする妙な笛を作ってしまった翌朝、私は治療室で右足の最後の確認を受けていた。
包帯を外した治療役のゴブリンが傷の周囲を何度か押し、続いて足首をゆっくり動かすよう指示してくる。昨日までのような鋭い痛みはほとんど残っておらず、強く押されたときに奥のほうが少し疼く程度だった。
「痛いところはあるでぷ?」
「ここを強く押されると少し痛いけど、普通に立ったり歩いたりするだけなら大丈夫だよ」
「だからといって、走ったらどうなるか試してみようなんて考えちゃ駄目でぷよ。旅へ戻っても、しばらくは走らない、長時間歩き続けない、痛みが出たら必ず休む。この三つは絶対に守るでぷ」
「まだ何も言ってないよ! それに、ちゃんと覚えてるから大丈夫。走らないし、長く歩くときは休むし、痛くなったらすぐ止まるよ」
治療役は私の顔をじっと見つめた。
「……本当に守るでぷ?」
「守るってば! 何回言われたと思ってるの?」
「何回言っても守らなかったから確認してるでぷ」
「それは……今回は本当に守るよ」
最後まで少し疑われていたけれど、ようやく旅を続けられる程度まで回復したと認めてもらい、右足を固定していた器具も外された。
私は治療台から降りると、慎重に右足へ体重を掛けてみる。続いて左足を前へ出し、また右足を運ぶ。普通に歩けるというだけなのに、何日も自由に動けなかったせいか、それだけで嬉しくなった。
「ありがとう! 次に来るときまでには完全に治しておくね」
「次に戻ってきたとき、また同じ足を悪くしてたら本気で怒るでぷよ。それと、『治して帰ってくる』じゃなくて、できれば怪我をしないで帰ってくるでぷ」
「……気をつけます」
治療役の呆れた顔に見送られながら、私は治療室を出た。
今日は、ゴブリン王国を出る日だった。
部屋へ戻ると、旅支度はほとんど終わっていた。☆5《幻獣種召喚の本》は鞄の奥へしまい、《人魚の旋律》は傷つかないよう布で包んである。王様から託された古代のアイテム《合成の聖杯》も専用の布で包み、その近くには昨日できたばかりの《肉の笛》まで大切にしまってあった。
オラクルが荷物を確認しながら、その笛を見つけて嫌そうな顔をする。
「お前、それ本当に持っていくのか? 洞窟の中で吹いたら、肉の匂いにつられて何が寄ってくるか分からねえぞ」
「持っていくけど、洞窟では吹かないよ。初めて《合成の聖杯》で作った記念なんだから、なくしたくないもん」
『プヒィ』
肩に座っていたメリーが昨日の笛の音を真似したので、私は思わず笑った。
「メリー、本当にあの音気に入ったんだね」
『好き。変な音』
「変だから好きなの!?」
「お前らしい仲間だな」
「どういう意味!」
オラクルと言い合いながら笑ったあと、私は部屋の中を見回した。
いつもなら、こういう出発の準備をしていると赤、緑、黄色も近くにいた。赤は旅へ持っていく肉を増やし、緑は本を何冊持っていくか悩み、黄色は財布や道具袋を何度も確認していたはずだ。
でも今日は、三匹の荷物がどこにもない。
分かっていたことなのに、実際に出発する朝を迎えると、胸の奥にぽっかり穴が開いたような感じがした。
オラクルは私の様子に気づいたらしいけれど、何も言わずに自分の荷物を整えた。
「そろそろ行くぞ」
「うん」
私は鞄を背負い、右足の調子を確かめながら部屋を出た。
王宮の長い廊下を抜け、大門へ向かって歩いていく。外へ近づくにつれて何だかいつもより騒がしくなり、何匹ものゴブリンが話す声まで聞こえてきた。
「何かやってるのかな?」
「さあな。行けば分かるだろ」
大門をくぐった瞬間、その理由が分かった。
「フールちゃーーん!」
大きな声が飛んできた。
王宮前の広場には、数え切れないほどのゴブリンたちが集まっていた。
カジノで見かけたゴブリン、レース場で応援してくれたゴブリン、王宮の兵士や治療役、街の店で働いていたゴブリンまで、たくさんの顔が道の両側へ並んでいる。
「何これ……こんなに集まったの?」
「フールちゃんたちの見送りでぷ!」
最前列から赤が走ってきた。
その後ろには緑と黄色がいて、さらにチェック兄貴と白銀も立っている。
赤は嬉しそうに胸を張った。
「フールちゃんはサーキットレースの優勝者でぷ! それに大きな幻獣に乗って湖から出てきたから、みんな最後に見送りたいって集まったでぷ!」
「後半は見送りじゃなくて、珍しいものを見に来たみたいになってるよ!」
周囲のゴブリンたちが笑い、その中から次々に声が飛んできた。
「レース、楽しかったでぷ!」
「また走りに来るでぷ!」
「今度はもっとフールちゃんに賭けるでぷ!」
「最後の人、絶対黄色の知り合いでしょ!」
私が黄色を見ると、黄色は慌てて首を横へ振った。
「知らないでぷ! たぶん普通の賭博好きゴブリンでぷ!」
「この国、それで通じるゴブリン多すぎない!?」
笑い声が広場へ広がった。
その声を聞いていると、別れの日なのに少しだけ気持ちが軽くなる。
やがて集まったゴブリンたちの向こうから、見覚えのあるピンク色の姿が近づいてきた。
ピンクお姉ちゃんだった。
「本当にもう行くのでぷ?」
「うん。右足も旅ができるくらいまで治ったし、私にはまだお父さんとお母さんを探す旅があるから」
ピンクお姉ちゃんは私の右足を一度確認し、それから笑った。
「だったら今度は、怪我してないときにもう一度勝負するでぷ。次は私が勝つでぷよ」
「私だって負けないよ。次も絶対勝つから!」
「言ったでぷね?」
「言ったよ!」
どちらも譲らずに睨み合ったあと、同時に笑った。
ピンクお姉ちゃんが差し出した手を握る。
「また来るでぷよ」
「うん。またレースしようね」
手を離して先へ進むと、今度はチェック兄貴と白銀が待っていた。
チェック兄貴の身体にはまだ拘束された痕が薄く残っているものの、もう誰かに支えてもらう必要はなく、自分の足でしっかり立っていた。
「フールちゃん、改めてありがとうでぷ。助けに来てくれなかったら、今もあそこに捕まってたかもしれないでぷ」
「もう何回も言われたよ。それに、私一人で助けたんじゃないから。メリーも赤たちもオラクルもいたから、みんなで帰ってこられたんだよ」
「それでも言わせてほしいでぷ。本当にありがとうでぷ」
チェック兄貴はそう言って頭を下げたあと、赤、緑、黄色へ視線を向けた。
「こいつらは預かるでぷ。次にフールちゃんと会うころまでには、今より少しはマシにしておくでぷ」
赤がすぐに反応した。
「少しじゃ嫌でぷ! すっごく強くなるでぷ!」
「だったら訓練から逃げないでぷよ」
「絶対逃げないでぷ!」
緑も本を胸へ抱きながら頷く。
「緑もいっぱい勉強して、もっと強い魔法を覚えるでぷ!」
黄色も負けじと胸を張った。
「黄色も鍛えて、お金もいっぱい稼ぐでぷ!」
「お前は訓練中に商売を始めないようにするところからでぷ」
「訓練にも経済活動は必要でぷ!」
「必要ないでぷ」
白銀が隣で笑っていた。
私は白銀を見る。
「白銀も元気でね」
「フールちゃんもでぷ。今度TIMEが来たら、白銀も逃げるだけじゃなくて戦えるくらい強くなるでぷ」
「でも、本当に危ないときはちゃんと逃げてね。今回だって白銀が逃げて知らせてくれたから、チェック兄貴を助けられたんだから」
「分かってるでぷ。逃げることも、戦うことも、ちゃんと選べるようになるでぷ」
「うん。それがいいと思う」
白銀はしっかり頷いた。
そして最後に、赤、緑、黄色の三匹が私の前へ並んだ。
昨日までなら、何も考えず私の横に立っていた三匹だ。
でも今日は、私たちの間に少しだけ距離がある。
私はこの先へ進み、三匹はここに残る。
そのことを改めて実感した瞬間、胸の奥が少し苦しくなった。
最初に前へ出たのは赤だった。
「フールちゃん、これ持っていくでぷ」
赤が背中へ隠していた大きな包みを差し出してきたので、私は両手で受け取った。
思った以上に重い。
嫌な予感がして少しだけ包みを開くと、中には大量の干し肉がぎっしり詰まっていた。
「やっぱり肉!」
「旅には肉が必要でぷ! フールちゃんが食べてもいいでぷし、メリーちゃんにも分けるでぷ!」
「こんなに食べきれないよ!」
「オラクルにもあげるでぷ!」
「俺はいらねえ」
オラクルが即答した。
メリーは私の肩から包みを覗き込む。
『メリー食べる』
「メリーは食べるんだ……」
「だから無駄にならないでぷ!」
赤は満足そうに頷いた。
私は呆れながらも包みを大切に鞄へ入れた。
「ありがとう、赤」
「いっぱい食べるでぷよ!」
「全部は無理だからね!」
次に緑が前へ出た。
胸に抱えていたのは、いつもの魔法の本とは違う小さな本だった。
「これはフールちゃんにあげるでぷ」
「私に?」
受け取って表紙を開く。
中には何も書かれていなかった。
最初から最後まで全部白紙だった。
「旅の途中で見たことを書いておく本でぷ。フールちゃん、いろんなところへ行くから、次に会ったときに何を見てきたのか教えてほしいでぷ」
「私、そんなにちゃんと書けるかな」
「忘れる前に書けば大丈夫でぷ。フールちゃん、いっぱい忘れるでぷから」
「そんなに忘れないよ!」
赤が横から頷いた。
「忘れるでぷ」
黄色も当然のように続ける。
「絶対忘れるでぷ」
「三匹とも急に私への信用なくなってない!?」
緑が楽しそうに笑った。
私はもう一度、真っ白なページを開く。
これから行く場所。
出会う人。
見つけたもの。
楽しかったことも、怖かったことも、全部ここへ残せる。
「分かった。いっぱい書いてくるね。次に会ったら三匹にも見せる」
「楽しみにしてるでぷ」
最後に黄色が前へ出た。
黄色はいつもより真剣な顔で道具袋を探り、小さな袋を一つ取り出した。
中で硬いもの同士が触れ合う音がする。
「これ、フールちゃんにあげるでぷ」
「何?」
「餞別でぷ」
受け取った瞬間、手の中でコインの音がした。
私は黄色を見る。
もう一度袋を見る。
それからまた黄色を見る。
「……お金?」
「そうでぷ」
「黄色が?」
「そうでぷ」
「私に?」
「何回確認するでぷ!?」
思わず声が大きくなった。
周囲にいたゴブリンたちまで何事かとこちらを見る。
「だって黄色がお金をくれるなんて思わなかったんだもん!」
「黄色でも仲間にはお金を渡すでぷ! そんなに驚かれると傷つくでぷ!」
「ご、ごめん。でも本当にびっくりした」
袋を開くと、中には数枚のコインが入っていた。
大金ではない。
でも、黄色が自分で貯めたお金の中から、旅へ出る私のために渡してくれた。
そう考えると、金額なんて関係なかった。
「ありがとう。大事に使うね」
「必要なものに使うでぷ。無駄遣いは駄目でぷし、変な物を見つけてもすぐ買っちゃ駄目でぷよ」
「黄色に言われると説得力あるね」
「お金のことなら黄色に任せるでぷ!」
黄色は嬉しそうに胸を張った。
私は三匹から貰ったものを鞄へしまった。
赤の干し肉。
緑の白紙の本。
黄色のコイン。
鞄はまた少し重くなったけれど、その重さが嫌だとは思わなかった。
むしろ三匹も一緒に旅へ来てくれるような気がして、少し嬉しかった。
「じゃあ……行くね」
口にした途端、胸の奥が締めつけられた。
昨日ちゃんと話した。
また会うと約束した。
これは永遠の別れじゃない。
それでも、本当に出発する瞬間になれば寂しいものは寂しかった。
三匹も同じらしく、さっきまで笑っていた顔から少しだけ笑みが消えていた。
赤が何か言おうとして口を開き、少し迷ったあと、いつものように笑った。
「また会うでぷ!」
私はその笑顔を見て、しっかり頷いた。
「うん。またね!」
「絶対でぷ! 次に会うときは、もっと強くなってるでぷ!」
緑も続ける。
「緑ももっといっぱい魔法を覚えてるでぷ! フールちゃんもちゃんと本に旅のことを書くでぷよ!」
「分かった!」
黄色も両手を振った。
「黄色は次に会うときまでに、もっとお金持ちになってるでぷ! だからフールちゃんもお土産よろしくでぷ!」
「最後までそれなんだ!」
笑った。
少しだけ目が熱くなったけれど、泣かなかった。
さようならじゃないから。
私は三匹へ背を向け、オラクルとメリーと一緒に王国の門へ向かって歩き始めた。
道の両側に並んだゴブリンたちから、次々に声が飛んでくる。
「また来るでぷ!」
「旅、気をつけるでぷ!」
「次もレースに出るでぷ!」
「黒龍王に食べられないようにするでぷ!」
「最後の人、怖いこと言わないで!」
私が振り返って言い返すと、道の両側から大きな笑い声が返ってきた。
少し前までTIMEに襲われ、王国中の警備が強化されるほどの騒ぎになっていたとは思えないくらい、いつもの明るいゴブリン王国だった。カジノからは朝から派手な音楽が聞こえ、遠くのレース場からはマシンを整備する音まで響いている。
ここへ来てから、本当にいろんなことがあった。
百万コインを集めるためにカジノを回り、十二番のヒヨコに賭けて大騒ぎした。《幻獣種召喚の本》を手に入れたときには、その本が世界でもほとんど確認されていない☆5だなんて知らなかった。
サーキットでは何度も順位を落としながら走り続け、最後にはピンクお姉ちゃんとの勝負に勝った。
その直後にはチェック兄貴がエドガーに捕まり、ベルガとゼルグを相手に必死で逃げた。そこで《人魚の旋律》と《幻獣種召喚の本》がつながり、シャイニーとアクアリヴァイアスにも出会えた。
王様から《合成の聖杯》を預かり、最初に作ったのは、なぜか肉の匂いを撒き散らす変な笛だった。
思い出すと、楽しかったことも怖かったことも、全部この王国で起きた出来事だった。
そして、ここで三匹とはいったん別れる。
そう思った途端、さっきまで我慢できていたのに、もう一度だけ三匹の顔を見たくなった。
でも振り返ったら、もっと寂しくなる気もした。
私は前を向いたまま歩き続ける。
門までは、あと少しだった。
そのときだった。
「フールちゃーーーーん!」
後ろから聞こえてきた声に、私は結局足を止めた。
一匹だけじゃない。
三匹の声だった。
私は我慢できずに振り返った。
遠くなった王宮前の広場で、赤、緑、黄色が並んで両手を大きく振っていた。
「絶対また来るでぷーーーー!」
赤が叫ぶ。
その隣で緑も、抱えていた本を片手へ持ち替えて大きく手を振っている。
「次に会うまでに、もっと強くなってるでぷーーーー!」
最後に黄色が両手を口元へ当てた。
「お土産忘れちゃ駄目でぷーーーー!」
「黄色! 最後くらい普通に見送ってよ!」
「お土産も大事でぷーーーー!」
「分かったよ!」
思わず笑った。
もう我慢する必要なんてなかった。
私は三匹に負けないくらい大きく両手を振った。
「またねーーーー!」
赤たちの声が返ってくる。
「またね、でぷーーーー!」
三匹の声が重なり、広場にいたゴブリンたちまで一緒になって手を振り始めた。
「また来るでぷ!」
「元気でぷ!」
「気をつけるでぷ!」
何十匹もの声が王国の門まで届く。
私は歩き始めても何度も振り返り、そのたびに手を振った。
三匹の姿は少しずつ小さくなっていく。
赤が持っている骨付き肉も、緑が抱えている本も、黄色の腰に下がった道具袋も、やがて遠すぎて見えなくなった。
それでも三匹が手を振っていることだけは分かった。
最後にもう一度だけ大きく手を振り、私はゴブリン王国の門を出た。
しばらく進んだところで道が岩山の陰へ曲がり、とうとう王国そのものが見えなくなった。
急に静かになった。
今までなら歩き始めてすぐ、赤が「お腹減ったでぷ」と言い、緑が歩きながら本を読もうとして何かにぶつかり、黄色が今日使ったお金を数え始めていた。
その声がない。
聞こえるのは、道を吹き抜ける風とオラクルの車椅子が地面を進む音だけだった。
「……静かだね」
私が呟くと、オラクルは前を向いたまま答えた。
「三匹分減ったからな。あいつら、三匹揃うと十匹くらいいるような騒がしさだったしな」
「そこまでじゃないよ」
「いや、あった」
肩に座っていたメリーが私の頬を軽く叩いた。
『メリーいる』
私はメリーを見る。
「うん。メリーはいるね」
『オラクルもいる』
「俺はついでか?」
「そんなこと言ってないでしょ!」
オラクルが笑う。
私も少しだけ笑った。
三匹はいない。
でも、一人になったわけじゃない。
メリーがいる。
オラクルもいる。
シャイニーとアクアリヴァイアスだって、今はここにいないだけで《幻獣種召喚の本》を通してつながっている。
そして赤、緑、黄色も同じだ。
少しの間、進む道が分かれただけ。
私は歩きながら鞄へ手を添えた。
赤から貰った大量の干し肉。
緑から貰った白紙の本。
黄色から貰った数枚のコイン。
どれも三匹らしい。
「そうだ」
私は歩みを止めずに、緑から貰った本を鞄から取り出した。
「いきなり書くのか?」
「忘れるって言われたからね。ちゃんと書いておかないと、次に会ったとき三匹に絶対言われるもん」
「何を書くんだ?」
私は最初の白紙を開いた。
少し考えてから、ページの一番上へ今日の日付を書き、その下へ最初の一行を記す。
《ゴブリン王国を出発。赤、緑、黄色とは、また会う約束をした。》
その下にも書き足す。
《赤から干し肉をいっぱい貰った。緑からこの本を貰った。黄色からはお金を貰った。黄色がお金をくれたので、すごく驚いた。》
書き終えたところで、オラクルが横から覗き込んだ。
「最後の一文いるか?」
「いるよ。大事件だもん」
「黄色が読んだら怒るぞ」
「そのときはそのとき!」
メリーもページを覗き込んでくる。
『肉笛も』
「あ、それも書かなきゃ」
私はさらに一行加えた。
《《合成の聖杯》で、干し肉と笛を合成したら《肉の笛》ができた。吹くとプヒィと鳴って、肉の匂いで動物とゴブリンが集まってきた。》
書いてから読み返す。
「……何か、嘘の日記みたい」
「実際にあったんだから仕方ねえだろ」
「三匹、ちゃんと信じてくれるかな」
「その場にいた奴らに何を信じてもらうんだよ」
言われてみればその通りだった。
私は笑いながら本を閉じ、大切に鞄へ戻した。
旅は続く。
この白紙が全部埋まるころ、私はどこまで行っているんだろう。
お父さんとお母さんに近づいているだろうか。
《幻獣種召喚の本》の残り五つの白紙にも、新しい出会いが刻まれているかもしれない。
そして、またゴブリン王国へ帰ってきたときには、赤たちも今とは違っているはずだ。
「よし」
「何が『よし』なんだ?」
「私も負けてられないなって思ったの」
私は顔を上げた。
ゴブリン王国を囲んでいた岩山は少しずつ遠ざかり、目の前には知らない土地へ続く道が伸びている。
オラクルが以前見せてくれた地図によれば、この先を進んだところに《黒龍王の洞窟》がある。
最深部まで到達して戻った者はほとんどいないという危険な洞窟。
そこには、☆付きアイテムが存在するという噂が残っている。
星がいくつなのかも分からない。
何のアイテムなのかも不明。
そもそも、本当に存在するのかさえ確かではない。
それでも確かめる方法は一つしかなかった。
自分たちで行く。
「次は《黒龍王の洞窟》だね」
「ああ。ただし、最初から最深部まで突っ走ろうとすんなよ。右足は旅ができるまで治っただけで、完全に治ったわけじゃねえ」
「分かってるよ。ちゃんと休みながら行く」
「珍しく素直だな」
「私だって成長するんだから!」
『フール、成長』
「メリーは分かってくれるんだね」
『たぶん』
「たぶんなの!?」
メリーが笑い、オラクルまで声を上げて笑った。
私は頬を膨らませながらも、結局一緒になって笑った。
三匹がいなくなった旅は、やっぱり少し静かだった。
でも、その静けさにもいつか慣れるのかもしれない。
そしてきっと、新しい出会いもある。
このときの私は、まだ知らなかった。
☆付きアイテムを求めて向かう《黒龍王の洞窟》の最深部で、私たちより先に黒龍と向き合っている者がいることを。
金色の髪を持つ十八歳の青年。
黒龍が吐き出す炎を前にしても一歩も逃げず、一本の光る短剣を構える男。
その青年――フランアーデルとの出会いが、私たちの新しい旅の始まりになることを。




