闘技と妖しき微笑
五月の或る月曜日、午後四時頃。普段なら体育器材室は人の出入りが絶えない時間帯だ。
サッカー部、陸上部、バスケットボール部……あらゆる運動系の部員が行き交う。
男女でバスケットのコンテナを運んだり、女子マネージャーが男子部員とサッカーボールの数を確かめたり、陸上部員がピストルでふざけ合ったり……。
今日はそんな光景は一切なく、ここは渡辺徹が殴りつけられる舞台になっていた。
「実は、僕はかなり強いんです」地面に横たわる美少年が言った。
「どれほど強いの?」見下ろすように佇む高貴な少女は、心にも留めない笑みを浮かべた。
少年は少女の傍らに立つスーツ姿の「女ロボット」を見据えた。「あいつなら、楽勝です」
この言葉があまりに滑稽だったのか、体育器材室は一瞬、静まり返った。細い窓から陽射しが差し込み、埃が光の柱の中で漂っていた。
結城美姫は右手の甲で口を塞ぎ、大きく笑い出した。
深く息を吐いて笑いを抑え、「じゃあ、あいつと闘わせてあげるわ」と言った。
「一言で決まりだ」
「自信があるようね」結城美姫は数歩下がると、部下が椅子を運んできた。
彼女は椅子に腰掛け、細い脚を組んだ。「静流、手加減などしなくていいわ」
「かしこまりました」
静流は薬を箱に収め、スーツの胸ポケットにしまうと、地面の渡辺徹を見つめた。
渡辺徹は片手で膝をつき、もう片手で疼く腹を押さえて立ち上がった。
「結城さま、僕も手加減はしませんよ?」
「好きにしなさい」
渡辺徹は静流を見た。この「女ロボット」は先ほどから無表情のまま、彼を全く眼中にない様子だ。
「君が僕を見下しているのは分かる。だが君だけでなく、僕自身も昔の自分を見下している」渡辺徹は制服の上着を脱ぎ、跳び箱の上に放り投げた。
ここ数日、彼は真剣にトレーニングを続け、体力は以前より少し向上した。それでもまだ数値は3のまま、4には上がっていない。
もしサイヤ人のラディッツが地球に来て、最初に出会ったのが彼だったら、渡辺徹は地球人全員に謝らねばならない。戦闘力を二桁も引き下げてしまうから。
「だが、ここで宣言しておく」彼はネクタイを緩め、ボタンを外して細い鎖骨を見せた。「昔の渡辺徹を見下してもいいが、今の僕を見下すことだけは許さない。『東京イケメン』は頂点に立つ存在だ」
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「私たちを笑わせるつもり?」結城美姫はあくびをした。「始めなさい。眠たくなってきたわ」
静流はゆっくりと歩み寄った。背筋はまっすぐに張り、まるで背中に洗濯板を縛りつけているかのようだ。
光の中の埃は彼女の歩く風に巻き上げられ、海水のように広がっては集まる。
渡辺徹は全身で神経を研ぎ澄ませた。
闘いは静流の、理不尽なほど速い直拳から始まった。
以前なら即座に倒されていただろう。だが今は、彼は頭を僅かに捻るだけで楽に躱し、続けてアッパーカットを放った。
静流は身をかわすことなく、もう一方の手で渡辺徹の拳を受け止め、ねじり潰そうとした。
渡辺徹は身を捻り、チョップキックを埃巻き上げて相手の股間に蹴り込んだ。
静流は表情を僅かに曇らせ、足を上げてこの卑劣な蹴りを防いだ。二人はこの隙に数歩ずつ後退した。
彼女は渡辺徹を甘く見ていた。相手が反抗できるとは思ってもいなかった。
心構えを正していれば、渡辺徹のチョップキックで後退させられることはなかった。いや、最初から単純な直拳など使わなかったはずだ。
「どういうこと?」静流は眉を顰めた。
「何が、ですか?」渡辺徹は足の激痛に顔をしかめた。
相手の体力は自分をはるかに上回る。肉弾同士の殴り合いでは、あっという間に倒されるに決まっている。何とか手を打たねば。
「私の拳を躱せるはずがない。こんな戦闘力を持つはずもないわ」
「初対面から、君は合計五発、殴ってきた。結城の男として、同じ技で五度も負けるわけにはいかない」渡辺徹は視線の隅に、グラウンドのライン引き用の消石灰を見つけた。
「結城の男」という台詞に、結城美姫以外の者はみな眉を上げた。
「人間にこんな才能があるはずがない。最初に会った時、お前はただのゴミだった。いったいどういうこと?」渡辺徹を殺すことより、静流はこの事実が気になった。
「ひどく失礼ですね!」
渡辺徹は素早く飛び出し、消石灰を一掴み握って静流に撒きつけた。
静流は表情を変え、即座に腕で目を守り、身を素早く動かして躱した。足取りは少しも乱れない。
彼女の選択は正しかった。
直後、バスケットボール、サッカーボール、砲丸、卓球ラケット、鉄バケツなどが、二人の間に虹のような軌跡を描いて飛び交った。
静流自身は面倒に感じつつも、傷は一つも負っていない。それより結城美姫は眉を顰め、濁った空気に不快感を示した。
「消石灰を使うようなら、即座に殺すわ」
渡辺徹は不当だと叫ばなかった。
形勢が相手に圧倒的に有利な以上、これを卑劣な手段で自分の実力を封じられたと受け入れるしかない。
彼は握りしめた消石灰を脇に投げ捨て、器材の陰に隠れ、静流が突っ込んでこない限り決して攻撃しない構えをとった。
静流はゆっくりと歩み寄った。渡辺徹はやはりゴミに過ぎない。豚小屋から逃げ出せない子豚のような存在だ。
ゆっくり近づいて、一撃蹴り飛ばせば済むだけのこと。
五秒後、二人は向かい合って立っていた。
結城美姫は手加減不要と言ったが、静流は本気で一撃で蹴り殺すべきか迷っていた。
その時、向かいの渡辺徹が不意に笑みを浮かべた。
それは不思議な色彩に溢れた笑顔で、人を愉悦させ、惹きつけずにはいられない。
人はこの笑顔のために少年の唇、鼻、瞳を好きになり、最終的に少年の全身を好きになる。
理不尽で不可解な魅力。まるで想い人が拒みがたい寵愛を与えてくれるかのような。
笑顔・妖艶・優しさ
女はこの笑顔に抗えない。もし抗える者がいるなら、魅力を上乗せすればいい。それでも無理なら、この言葉はなかったことにする。
幸い、静流は例外ではなかった。二ポイントの魅力が加わった笑顔に、彼女は一瞬、放心状態になった。
この隙に、渡辺徹は拳を振り下ろし、相手のこめかめを狙って殴り込んだ。
この時、ラディッツの戦闘力測定器なら、数値が3から驚くほどの6に跳ね上がり、相手は度肝を抜かれただろう。
サイヤ人を度肝を抜かせるなんて、自分は実に偉大だ——渡辺徹はそう思った。
惜しむらくも静流には戦闘力測定器などない。彼女は少しも驚かなかった。職業的な殺し屋にして用心棒である彼女は、ギリギリのところで我に返った。
この戦闘力6の衝撃拳を躱すことはできなかったが、幸いこめかめを外れ、歯茎に血が滲み、頬が僅かに腫れただけで済んだ。
彼女は怒りを覚え、何も考えずに全力で渡辺徹の腰を蹴り飛ばした。




