第8話 サリアーラ掃討作戦 前編
大人達の圧倒的強さを目の当たりにした3人は、危険さを毛程も感じないまま馬車に揺られていた。
気が付けば周囲はすでに暗くなっているが、御者が使う火の魔法で馬車を走らせる事ができる程度には明かりの心配はいらない。
そんな状況の中、大樹、雄也、耕介、ストラは緊張することなく会話に花を咲かせている。
「あの魔物、ランクは低いって言ってましたがどのランクなんですか?」
「Eランク、じゃの。一番下がFじゃから注意してれば難なく倒せるわい」
「Fなら今のおれ達にも倒せますか?」
「そうですね……魔物のいない、平和な世界という場所が想像もつかないので、ユウヤ様の力量は分かりませんが恐らく大丈夫でしょう」
「上級魔法を覚えればあんな風に難なく殲滅出来るのにな」
「サカキ様。一応誤解のないよう言っておきますが、あれは中級魔法です」
「え? あれって中級魔法なんですか?」
「はい。私が使った魔法は、中級の中でも比較的楽な部類です。それを派生として凍らせたに過ぎません」
「という事は真面目に鍛錬を積めば私達にもすぐにあれくらいは出来ると?」
「何もない所に水を発生させるのはまだ無理でしょう。ですが……そうですね。サカキ様なら、あるいは……」
言い淀み、チラッと大樹へと視線を向けるストラ。
大樹はそんなストラの気持ちを知ってか知らずか、こーすけ先輩ならすぐできそうだねーとカラカラ笑う。
「ま、大塚君には期待するな。勇者は勇者だろうけど、追い込まれても覚醒するかは怪しい」
「こーすけ先輩、それは酷いです。やる気はありますよ? 一年前はみんなが僕を頼る、頼もしい先輩をやっていたんですから!」
「やる気だけ、ってオチだろう? それに自己申告じゃーなぁ……」
「雄也も酷い!」
「なら、次戦闘があったら大塚君に先陣を切ってもらおうか」
「今はまだその時じゃないです」
「大樹の本気はいつになることやら」
「あはは……」
ストラは乾いた笑いを浮かべ、ダルドはそんな4人を微笑ましく見守り、団欒のひと時を過ごす。
「そういえば、魔法ってやっぱり英語っぽいよな」
「あ、それおれも思いました。『アースウォール』とか『ウォーターバインド』とか」
「英語って異世界共通語なんだな……調べれば古代語の魔法とかあったりしてな」
「おぉー! エンシェントスペルですか? いいですねー憧れますよねー!」
「ま、その前に上級魔法が使えるようにならないと話しにならないだろうなー」
「…………ですよねぇ……」
「来たぞ!!」
「やれやれ……忙しない奴らじゃの」
馬車の外にいるラキアの声に、気だるく立ち上がるダルドに続いて、全員が降り立った。
◇ ◇
撃退しては10分も経たない内に、魔物の群れに襲われる一行。
食人植物の花を模した魔物を炎で燃やし尽くし、猛禽類の魔物は羽をを切り落として切り刻み、魔物の襲来を難なく退けてきた。
それを見て、動物虐待にも程があるなーと大樹が口にしたが、殺らねば殺られると発言したラキアの言葉に、大樹は軽率な発言だったと理解した。
この世界は、そういう意味で無慈悲な世界だと思い出させられる。
途中の会話では欠片も思い出さなかった事柄を、嫌でも思い出させられる。
今向かっている場所。それは殺られた町なのだから────。
「もうそろそろ着くぞ」
その言葉のすぐ後に、馬車が止まった。
いつの間にか灯っていた炎は、その勢いを弱めて、ぼんやりと周りを照らしている。
ラキアは素早い動きで馬車から降りると、木々を避けて走り、どこかへ行ってしまった。
その間に中にいた5人は腰を上げて馬車を出る。
先ほどまでは周囲10メートル位は見えていた馬車の灯りが、今では弱々しく周りだけを照らす。
目を凝らして周囲に目を配ると、ここは草木が禿げた緩やかな山道で、少し先から下り坂に差し掛かる場所だというのが分かった。
ラキアが向かった方向は、道から垂直に外れた右の林の方。
ダルドとストラは眉間にシワを寄せ、ラキアの向かったであろう方角を凝視していた。
程なくしてラキアが戻り、手持ち無沙汰になっていた全員を見回して、言葉を発する。
「ここからは歩きで向かいましょう」
ラキアの提案に、ストラとダルドは静かに頷く。だが、大樹は首を傾げて疑問を投げかけた。
「町まで馬車で行っちゃダメなのですか?」
「これ以上は音が出る馬車で街に近づくと魔物に気付かれる。……見たほうが早いだろう」
こっちだ、とラキアに促されて、ラキアの後に続いた。
腰ほどある草の群生をかき分け、乱雑に生える木々をくぐり、到着した場所は前方に暗闇が広がっている──崖。
遮るものは何もなく、明かりとなる月や星もないが、いくつかの炎が揺らめき、明かりとなっているので、そこに海があると理解できた。
「あれを見てみるんだ」
果てしなく広がる海より遥か手前。崖からみてちょうど斜め45度下方、ラキアが指し示した場所──海を灯す明かりがある場所へと視線を向ける。
そこから見える光景は、ラキアの言う通りに、語るよりも一目瞭然だった。
この崖からはサリアーラの町全体が視界に収める事が出来た。そしてその眼下に広がるサリアーラの町はいたる所から火の手が上がり、先ほど相手にしてた小型の魔物など手のひらサイズなのではと思ってしまう程の、一軒家位はありそうな大きさの魔物が4体闊歩しているのが分かった。
その他にそれよりも大きい、おおよそ人とは思えぬ影が何体か、炎に照らされている。
その内の1体は1番大きく、まるでゲームの世界に出てくる巨人の魔物のようだった。
見たことのない目前の光景に、3人は言葉を失った。
いざという時の為にも、逃げる足を残しておきたいとも考えていたのだろう。御者まで巻き込んでしまうリスクも考えれば、ラキアの判断は間違ってないんだと今なら理解できる。
「見晴らしのいい場所じゃのう」
「ふむ……Cが4、Bが2匹にAが1匹といった所でしょうか……」
ストラの言葉にラキアは小さく頷く。
その様子を見た雄也は、不安げに口にする。
「Aて……Aランクモンスターですか!? あのギガンテスみたいな奴を一人で倒せるんですか!? それに……町の人は無事、なんでしょうか」
「ギガンテスというものがよく分からないが……そう、Aランクモンスターだ。町の人は……昼間に言った通り、半々だ。逃げた人達はおそらく地下にいる。洞窟……とまでは広くはないが、その場所にいればストラ様が張った結界があるから大丈夫だ」
「水が多分にある港町ですからね。その分、強力な水の結界ができます。ただ……」
ストラは一抹の不安を口にする。
「Aランクには結界破壊が出来る魔物もいると聞いています。どの魔物がなどは分かりませんが、最悪を考慮するなら、それも視野に入れたほうがいいでしょう」
「つまり、Aランクの一番でかいアイツを迅速に討伐すればいい、と。そういう事か?」
「やれやれ。老体には堪えるわい」
「だが、Aランクを相手にすると他の奴らも相手にしなければならないだろう」
「ではどうします?」
「そうですね……。ダルド様はBランクの注意を引きつけて、町の東へ誘導をお願いします。ストラ様はCランクの討伐の後、結界内の生存者の確認をお願いしてよろしいでしょうか」
「うむ」
「分かりました」
ラキアを筆頭として、素早くざっくりとお互いの担当を決める。
「Aランクを先に倒さなくていいんですか!?」
焦った雄也は、これで終わりと言わんばかりに移動を始めたラキアとストラの背中に言葉をぶつける。
振り返ったラキアは余裕のある笑みを返した。
「すぐに倒すさ。勇者様とユウヤはストラ様に、コウスケはダルド様について見学してくれ」
「一人でAランクモンスターを相手するのか? 無謀じゃないか?」
「無謀かどうか、間近で見てみるか? コウスケ」
「……止めとくよ」
だがラキアの余裕のない、緊張した声色に、耕介は断りの言葉を返す。
単純に怖いからではない。ラキアも話に聞いていたAランクモンスターを前にして、先程までの余裕は見せていられないのだろう。そしてそれは、一緒にいても守れないという意味でもある。
少なくても、その機微が分かる程度には、ラキアの事を分かるようにはなっていた。
ラキアは答えに満足して頷くと、一言添える。
「大丈夫だ。Aランクは最後で全員で仕留める。とにかくモンスターを全部蹴散らして、町の人達を助ける。それが騎士の務めだ」
そう言ってラキアは一人その場所を離れた。
「その通りです。私達も迅速にやりましょう。幸いにして今は夜です。相手方に見つからずに動くには最適です。行きましょう」
ストラの言葉に、大樹と雄也は頷き、3人もラキアとは違う方へと歩いて行った。
そしてこの見晴らしのいい場所には、ダルドと耕介を残して誰もいなくなった。
「御者さんは退避でもしてるんかな?」
「ラキアがやっといてるじゃろうて」
「私達はどこに移動するんだ? 師匠」
「はて? 何を言っているのかの?」
「だから────」
近くに行かなければ魔法を使うには不利なんじゃないか、そう言おうとする耕介はダルドの表情を見て口にしかけた言葉を飲み込む。
『見晴らしのいい場所じゃの』とそう言ったダルド。
それはつまり────
「ここから2人をサポートするんじゃよ。コウスケや、よーく見ておくんじゃよ。参考にはならないとは思うが、こういう戦いもあるんじゃとな」
ダルドがそう話すしゃがれた声が、不思議と楽しそうと感じるのは多分間違ってはいないな、と耕介は目の前の魔法使いがどんな事をするのかと、期待に胸を膨らませた。
◇ ◇
ストラと大樹、雄也は慎重に坂道を歩いて行く。
この坂道を降りていけば、サリアーラ西の門へと着くらしい。
ラキアがダルドに頼んだ場所──町の東門には、サリアーラの町中を通って行くか、森の中を強引に突破しなければならない。そしてラキアは後者を取った。
つまるところ、ラキアは自分達3人の事を考えて困難な場所を選び、こちらには比較的安全な道を充てがわれたのだ。
ここに着いたのが夜なのも、出発が昼になったのも、もしかしたら魔物を夜襲をするためにラキアが考えた案なのかもしれない。
雄也はそこまで考えると、改めてラキアを有能さを痛感する。
さすがは王国に仕える8千はいる騎士達を纏め上げる人だけの事はある、と尊敬の念すら覚える。そして同時に、見ているだけの自分に歯がゆさを感じ始めていた。
中学時代に打ち込んだ経験もあってか、高校の春、入学してから間もなく薙刀の全国大会に出た雄也。
少ない出場校、男子があまりいない部活とはいえ、確実な白星を上げて全国大会まで導いた立役者となった経験は、雄也にとって大きな自信となっていた。
なのに今、見ている事しか出来ない。
ここは本当の命のやり取りをしている世界で、もちろん恐怖心もある。だがそれ以上に、何も役に立たないという昔を思い出すこの現状が嫌だった。
「雄也大丈夫?」
「え?」
「なんか怖い顔してたから。緊張するのは分かるよ。せめて邪魔にならないように隠れて見ていよう?」
小声で心配する大樹の言葉も、理解は出来た。
だが、心内にあるモヤモヤした感情が邪魔し、素直に言葉に出来ずに雄也は頷いた。
「もうすぐ着きます。その前に2人とも、よく聞いてください。先程も話していた通り、ダルド様が恐らくBとAの魔物を連れて東門へと誘導するはずです。なので私達は、目視で確認できたCランクモンスターを可能な限り早く討伐します。というわけで、必ず私の側を離れないで下さい。何があっても、です」
「分かりました」
「……はい」
「では────」
「ストラさん。質問があります」
「はい? なんでしょう?」
「そのランクCの魔物。おれにも討伐できますか?」
「……それは、なぜですか?」
「自分の力が、どれだけ通用するのか……ちょっと知りたくなったので」
「コムロ様。Cランクモンスターは1匹でも見かければ一般人はすぐに逃げ出すレベルの魔物です。Bランクモンスターは町を一つ破壊できかねない力を持っています。Aランクに至っては国が無くなる可能性もあるモンスターと言われています。まだこの世界に来て間もないコムロ様に、Cランクはまだ早いです。Fから始めようとは言いません。先ほど見たEクラス1匹か2匹でやっといい戦いが出来るだろうという見解です。どうか今は戦いを見ることに慣れて下さい」
「………………分かりました」
釈然としない面持ちのまま、俯きながらも返事をする雄也。
一先ずの言葉に、ストラは息をつき、背を向けて町の様子を確かめながら足を運び始めた。
その為に、口を結び、唇を噛み締めた仕草は大樹にしか見えなかった。
「大丈夫だよ。きっと」
大樹の言葉は、雄也の奥にある気持ちを慮っての言葉ではないのは分かったが、少しだけ冷静さを欠いていた自分をたしなめた。
「そう……だよな。焦っても仕方ない……か」
「そうそう。僕達は僕達にできることをしていこうよ」
「大樹はサボりたいだけだろ?」
「あー雄也ひどいー」
「静かに。あそこにあるのが西門です。木陰に隠れましょう」
ストラに注意され、解けていた緊張を戻す。
少し先に見えるのは門の──残骸。
高さは分からないが、そこら中に散らばっている瓦礫の多さを考えると、決して低くない事は分かる。
そしてその奥にあるのはヴェネラルの城下町にあった建物と同じレンガを基調にした建物ばかり。
その半数以上が壊され、所々から火の手が上がり、その火から煙が上がり、今後家として機能出来そうな場所は見る限りでは存在していない。
あまりにも酷い、そう思った瞬間、『それ』が目に入った。
「ねぇ、あれって……」
雄也が『それ』を目にした瞬間に、大樹も同じ物に気が付いたようだった。
先程何度も襲われ、大人達が散々痛めつけて倒したヴェネウルフ。
そのおかげか、今では最初に感じた恐怖が綺麗サッパリない魔物。それらの影が数匹見えた。
今はストラと共に行動をしているから、という安心感と相まって何も動揺をしないはずだった。
──────その口に加えた『モノ』を見るまでは。
『それ』を見て、何であると認識した瞬間に、雄也と大樹は胃が猛烈に迫り上がる衝動に駆られた。
抑え切れない吐き気を覚えると、2人はそれらから背を向けて木陰に隠れ、迫る衝動に身を任す。
耳がキーンと鳴り、目に涙を浮かべ、早くなった心臓の鼓動をこめかみに感じながら、頭の中で目の前の光景と再び向き合う。
そして、恐怖心が再び2人を襲った。
狂気を帯びた影に光る赤い目。炎に照らされた獰猛な牙。そして、その口に加えられた、牙が食い込んだ────人間の片腕。
暗闇で見間違えたと思いたいが、炎に照らされ頭に張り付いた光景は、もはやこびり付いたカビのように離れない。
滴る血。薄汚れた肌。力が抜けてだらし無く開いた手。
それらがリアルに描写され、2人の記憶に刻まれていく。
少しだけこの世界に馴染ん出来たと思っていた2人を、思い上がりだと叩きのめすそんな光景が広がっていた。
「2人とも大丈夫ですか?」
ストラは心配そうに、2人の様子を伺う。
顔色を変えずに自分達に声をかけるストラが、ふと怖くなった大樹は一歩後退り、目を逸らして大丈夫ですと呟く。
雄也は木に手をつき、絶え絶えしく息を吐く。
その様子を見て、ストラはしばし思案した後、厳しい言葉を発した。
「申し訳ありませんが、時間がありません。2人ともここにいて、絶対に離れないで下さい。結界を張りますから襲われても大丈夫です」
返事も出来ないだろうと決めつけ、ストラは水の結界を早口に詠唱する。
すると、あっという間に水がかまくらのように丸くなり、2人を包んだ。
「すぐに終わらせて戻ってきます。ここで待っていて下さい」
そう言うとストラは素早い動きでその場を後にした。
「クソッ!」
「雄也……」
苛立たしげに木に手を打ち付ける雄也。
自分に出来るという自信が打ち砕かれ、お荷物だと言われた気分になってしまった。
それも、情けない事に反論のしようもなく、人体の一部を見ただけでこうなってしまったのだ。言い訳のしようもない。
普段からあまりネガティブな感情を表に出さない雄也を見て、大樹はかける言葉が見つからない。
この場で立ち往生してもしょうがないと思い、結界内にある岩に腰を掛けようとしたその時、耳を劈くような雷鳴が起こった。
◇ ◇
「始まったッ!?」
3人がここを離れてからしばらく、耕介とダルドはその時を待っていた。
誰も合図について何も言わないので不思議に思っていたが、おそらく事前にある程度の打ち合わせはしていたのだろう。突然発生した雷鳴にダルドは驚く事なく町を見下ろした。
「さて。どうするかのう」
一方、雷鳴に驚き慄いていた耕介は、珍しくも目を見開いてダルドを見やる。
「師匠。何の作戦も考えてないんですか?」
「さっきラキアが言ってたのが作戦じゃよ」
「いや、事前に打ち合わせとか……タイミングとかあるんじゃないのか!?」
「魔物との戦いは様々じゃ。変に細かい作戦を考えるとそれに引っ張られるんじゃよ。そんな事せんでも、ほれ」
ダルドが顎で眼下の町を指すと、そこには水柱と炎の渦が北と東で巻き起こっていた。
所々から上がる水柱は、まるで狙ったかのように炎の勢いを弱め、スプリンクラーのような役目を果たしていた。
対して炎の渦は2つだけであり、その両方からは魔物のシルエットが見える。
「どっちかが始めれば、それすなわち討伐開始じゃ。Bランクどもは誘き寄せる間もなくラキアが始末しそうじゃの」
「ラキアってかなり強いんだな……」
「あやつは強い。こと魔物討伐に関しては人間の中で5本の指に入るほどには強いぞい」
「人間の中では?」
「おっと、Aランクの奴がラキアの方に寄るみたいじゃな。ラキアは……まだかかりそうと。西に誘き寄せるとするかの」
「南は?」
「お主、南がどこだか分かっているのか?」
「……ここは崖だから大丈夫じゃない? ほら、手が届かないし」
「ほう。いい事を教えてやるわ。BランクとCランクの魔物を分ける違いは魔法が使えることじゃ」
「…………マジか。ファックだな」
つまり手が届かなくても、物理攻撃ではなく、魔法で攻撃される可能性が高い、という事。
ダルドの言葉に一人ごちる耕介。対してダルドは、耕介の言葉を聞き流して詠唱を始めた。
『永久より燃え盛るいにしえの業火よ、今その姿を現世に現し、その存在を大地に刻みつけたまえ。ヴォルカニックフレア』
ダルドが詠唱を終わらせると、地響きが始まり、そして────
「うおっ、すーげー…………」
大地からまるで火山が吹き出したように、赤い炎がAランクモンスターの足元から上がり、地を揺るがすような爆音が同時に響いた。その勢いでモンスターは足を取られて尻餅をつく。
その光景を見て、「すーげー」の後に言葉が続かなかった。
『転ばせた』だけ。耕介も今の魔法でやったんじゃないか? と淡い期待をしていたが、ただ尻餅をついただけの状況に、開いた口が塞がらない。
『ファイヤーボール』
次にダルドが口にすると、5つの火球がダルドの周りに出現する。
それを西の門があるであろう方向へと投げる動作を取ると、火球は機敏にダルドの示した方へと一直線に飛んだ。
そして地面にぶつかりそうという所で、ダルドは投げた手を右側に大きく薙ぐ。
すると、その指示に従い、火球は急激に曲がり、一直線にモンスターへと突き進む。
その火球が5つ、顔面に当たった──のだが、まるで掻き消されたのかと錯覚するくらいに効果がなかった。
そしてAランクモンスターは火球が飛んできた方向へと顔を向けると、ゆっくりとその巨体を西へと動かし始める。
大きいが素早さはあまりない。ダルドはそう判断すると、次なる詠唱を開始した。
◇ ◇
「なんか大変な事になっちゃったね」
「そうだね」
「ストラさん、無事に町の人救出したのかな?」
「さぁ……」
「……えっと、雄也は本当にCランクモンスターと戦うつもりだったの?」
「…………どうなんだろうね」
結界の内で、何も出来ない2人は岩場に腰を掛けながら、時を待つ。
すでにそこら中に上がっていた炎は消え、静寂と暗闇の中に2人はいる。
大樹は思ってた以上の悲惨さに、雄也は己の頼りなさ故に、普段は結構仲が良いと言われている2人の間に、沈黙が訪れてしまう。
その時、門の瓦礫から物音が聞こえた。
「しっ」
2人は息を殺し、慣れてきた暗闇の向こう側を見ようと木陰に隠れ、顔を覗かせて門を窺う。
そこには、一際でかいモンスターが闊歩していた。
結界は木陰に隠れるようにして張られているので、モンスターからは隠れている2人の姿は見えない。
だがそれはこちらも似たようなもので、モンスターのシルエットのみが確認できて、詳しい事はまるで分からない。
いっそ木陰から出ようかとも考えるが、そうすると結界を出てしまう。今の自分達に目の前のモンスターを倒せるかと言われると、否定の言葉しか出ない。
「雄也! あれ見て!」
「え?」
そんな時、大樹が指差す方向を見ると火球が5つ、2人の目の前にいるモンスター目掛けて飛んできていた。
おそらく、上からサポートをすると聞いていたダルドが放った火球なのだろう、と認識すると2人は安堵の息をつく。
だが、火球はモンスターにぶつかる直前に……その向きを変えた。
「「え?」」
2人は同時に声を上げ、息を呑んだ。
それは、火球がモンスターを攻撃しなかったから……ではなかった。
視線は明後日の方向に向かった火球へはいかず、目の前のモンスターを凝視する2人。
火球が接近し明るくなった事で、そのモンスターの全容が明らかになり、とある一点に意識が持っていかれた。
2メートルと少しありそうな大きさの魚に、不気味にもそこから手足が生え、槍のような武器を手にして、火球を見上げていた魔物。
その手に持つ、二又に分かれた槍のような銛のような武器。そしてその片方に貫かれた布がヒラヒラと舞っていたのだ。
2人はその布に覚えがあった。というよりも、召喚された時に、男全員がその布を着ていた。
それを見た瞬間、まるで時が止まったかのように、大樹はその場に固まる。
しかし、雄也はさらに断定できる物を目の当たりにしていた。それは校章。
雄也達が通っていた学校では、襟元にある校章の色で、学年を示していた。
つまり、今目の前にいるモンスターが串刺しているのは────兄者と呼ぶ程に慕っている、九条昌人の制服。
「あ…………」
それを認識した瞬間、雄也の体の奥から、熱い衝動が広がった。
再び、胃がせり上がる感覚もあったが、それ以上に身体が熱くなる。
握った拳から、爪が食い込んで血が流れ始め、目の前のモンスターを睨み付ける。
呼吸が荒くなり、視界が赤くなり、そしてついには抑えていたモノを衝動に任せて解き放った。
「うわああああああああ!!!!!!!」
雄也は腰に下げていた模擬刀を手に持つと、モンスターへ向かって疾走する。
無我夢中でモンスターの腕に狙いを定めると、飛び込みながら模擬刀を打ち込んだ。
しかし、所詮は模擬刀であるため、真剣とは違い切り落とす事はできない。
プロレスラー以上はあるであろう、太い腕らしきものに鈍い手応えを感じた雄也は、続けて頭部を狙って得物を構える。
そして、すぐにこちらを向き直した魚の目を目掛けて、模擬刀を突き刺した。
柔らかい物を潰した感触と、致命的な傷を追わせた手応えを感じると、雄也は模擬刀を手放す。
魚型モンスターは、奇っ怪な声を上げると、手に持つ槍を手放してその場でのたうち回リ始めた。
剣道ではなく薙刀を習ってきた雄也は、模擬刀を最初に手にとった時、全体の長さに不満を漏らしていたが、今では薙刀じゃなくて良かったと思うと、放り出された槍へと駆け寄る。
貫かれた学ランを外して槍を放り投げ、手にした学ランを広げて掲げてみる。
背中の部分にはでかい穴が開き、裾の部分は解れて、全体的に擦れてボロボロになっている学ラン。
そして緑色の校章は間違いなく、2年の物。
雄也は学ランを額に当て、学ランを溢れ出てくる涙で濡らす。
「兄者……」
「雄也、逃げて!!」
大樹の声に、ハッとして振り返った雄也が目にしたものは、片目に模擬刀を刺したまま、もう片方の目で雄也を見下ろしている不気味な魔物の姿。
──あ、ここでおれは死ぬんだな。
雄也は魚の魔物を見上げながら、そう悟る。
打ち下ろさんとして、槍を頭上に構える魔物。
大樹の逃げろ、と叫ぶ声が聞こえる。
だが、その気力ももうない。足掻いても、きっと昌人のように死ぬだけだ。
心の中で世界を救う旅一緒に行けなくてごめん、と大樹に謝り、昌人と同じように貫かれるだろう痛みを覚悟して目を閉じた────。
しかし、その時を待っても訪れず、代わりに何かが潰れるような鈍い音と、続いて右から大きな音が雄也の耳に届いた。
「……え?」
恐る恐る目を開けると、そこには頭を無くした魚の魔物がいた。
すぐに音がした右へと視線を向けると、土か岩かで作られたような、太く長い塊が地面に突き刺さっている。
おそらくこの塊が魚の頭部を吹き飛ばしたのだろう。遅れて魚型の魔物がゆっくりと倒れ込むと、雄也はその場にへたり込み、いつの間にか忘れていた呼吸をやっと始めた。
「雄也大丈夫!?」
大樹が雄也の元へと駆け寄り、無事を確かめる。
「無茶しすぎだよ!! 何かあったらどうするのさ!!」
「あ、あぁ。ごめん……」
「これって……まさ先輩の?」
「……間違い無いだろうね」
雄也の明らかな落ち込みの言葉に、かける言葉が見つからなく、場に静寂と闇と沈黙が訪れる。
だが、それも長くは続かない。
映画で見たようなズズーンという音と共に、地面が大きく揺れたのだ。
「なに?」
「なんだ?」
何事かと町の方へと視線を向け、その影の大きさに2人は唖然とした。
そこには国を滅ぼしかねないと聞いた────Aランクモンスターが、2人を見下ろしていた。




