第9話 サリアーラ掃討作戦 後編
ストラは崩れかかった建物を背にして息を殺していた。
深呼吸をして、呼吸を整えながら小さく呟く。
「ふぅ……これで最後ですね」
壁の向こう側にいる、自分の二倍ほどはある背丈の魔物の気配を伺う。
立て続けに4体のCランクモンスターを撃破し、Eランクの雑魚モンスターを退けながら港へと走ってきたストラ。
額に汗を滲ませ、その瞳に焦りこそあるものの、幾度と無く殲滅してきた魔物に対しての、恐怖心は欠片も感じられない。
『アシッドブレード』
ストラの手のひらに、歯の尖った歯車のような円盤が出現し、鋭く回転し始めた。
建物の横から顔を出し、モンスターの動向を探る。タイミングよく明後日の方向へと向いている事を確認すると、物陰から踊りだし、それを勢い良く下手投げで放った。
それは緩やかなカーブを描きながら────魚のような頭をしたモンスターの頭に鋭く食い込む。
悍ましい奇声が上がり、突き刺さった刃は回転を続けその肉を抉り、削り、めり込んでいく。
その様子を見て、ストラは静かに口元を歪ませていた。
やがてモンスターが倒れて動かなくなると、ストラは興味を無くしたように一瞥をくれることなく、走り出す。
もはや瓦礫の町と化したサリアーラの道を、ストラは走る。
右を見れば廃墟、左を見れば瓦礫の山。そんな中、1つの目的地を目指して、ただその場所に向かう。
暗がりの町で目にするのは瓦礫と、ボロボロに破けた衣服の数々。服を着ていた『中身』はもうすでに魔物達の胃袋の中なのであろう。探せば肉片は見つかるかもしれないが、それはもう気休めの部類だ。
ストラは結界が無事であることを一心に祈り、目的の場所まで向かう。
そして、数分も経たない内に、港前にある一層高く積み上がった瓦礫の前で足を止めた。
そこは元々教会のような場所で、いざという時に隠れる事の出来る避難場所。
そして、強力な結界を張っている場所でもあった。
自分自身が作った、出るのは自由、入るには特定の『キー』が必要なこの結界を無くすことは容易である。しかし、魔物の全滅が確認できない以上、多くの人が避難しているこの結界を解くわけにもいかない。
例え自分が拵えた結界でも、一度起動してしまったら詠唱なしで結界内に入る事は術者にも出来ないので、幾重の強固な水で作られた水牢に自身を招き入れようと『キー』を唱えた。
『穢れ無き清浄の水に誓いしストラが命じる。幾重の拒絶に光をもたらし、その扉の内に入ること願わん』
ストラの呼びかけで、何もない空間から、薄っすらと光が漏れると、ボウっと揺らめくような水の膜が出現した。そして、手をかざして水膜へとゆっくり進む。
「ん? これは────」
結界に触れた瞬間、違和感を覚えて目を見張る。
ストラは足早に進むと、まるで水の中に入ったかのようにトプンと音を立て、そのまま結界の中へと入っていった。
「ストラ様!」
「おぉ……助けが来て下さった」
「みなさん、よくぞご無事で……」
結界の中の人々が、ストラの姿を認めると、安堵の声を上げてその血色を取り戻していく。
だが、ストラの表情は晴れない。
早馬で知らされた、この街の半分が避難している、という情報に少々食い違いが見られるからだ。
「無事なのはここにいる方たちのみでしょうか?」
「その通りです」
一歩踏み出したのは、このサリアーラを束ねる町長の奥方────サラール夫人。
夫人は毅然とした態度で、この町に起きた出来事を大まかに説明した。
突然襲われた港町。海から現れた巨人のような魔物が町を破壊し始めたこと。
西と東にある門には簡易的な結界が張ってあったが、いずれも巨人に破壊されたこと。
それが破壊されると同時に、森にいるヴェネウルフが町になだれ込み、あっという間に混乱に陥ったこと。
「私たちはすぐにこの場所────不可視の結界に入り、結界を起動しました。しかし今日の昼に、あの巨人にこの結界が気付かれ、破られそうになると、主人や腕に覚えのある方たちが囮を……」
「なるほど……それでさっき──」
触れた瞬間に覚えた違和感。
海が目の前にある港町なので、モンスターの襲撃に備え、念入りに7重起動するようドーム状に張った大結界。水が豊富にあるので水が無くならない限り、自然と脆くなることはない。
そして、7重にしたことにより光を大きく屈折させて中の様子を悟らせないという、言わば『不可視の結界』となるもの。
それが今、4重に減っているのだった。
結界内にいる人々を見渡す。いるのは老人と、女子供のみ。その数はストラの知る限りだと、およそ全町民の3割程度の人しかいない。
「主人達のおかげで、この結界は守られていました」
夫人は涙を浮かべながらも、必死に言葉を紡ぐ。
だが、すぐに言葉が喉で支えるようになり、近くにいた使用人であろう人に肩を抱かれて、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。
「生存者はここにいる方達だけでいいと判断してよろしいでしょうか?」
「えぇ、おそらは……」
泣き崩れるサラール夫人の代わりに、その使用人らしき人が代弁する。
ストラは分かりました、と頷くと表情を引き締めた。
「では、引き続き魔物を掃討してきますので、もうしばらくの間ここでお待ち下さい。私が来るまで決して外に出ないようにお願いします」
「分かりました。どうか、よろしくお願いします」
入ってきた時の絶望感漂う雰囲気とは打って変わって、四柱が危機に助けに来てくれたという緊張の解けた空気の中、ストラはその結界を後にした。
結界を一歩抜け、周りに魔物がいないか慎重に気配を探る。そして気配が無い事を確認すると、1つの気がかりを呟く。
「結界を破壊できるAランクモンスター……か」
口に出したことで、漠然とした何かが胸を過ぎる。それは有り体に言えば、悪い予感。
何もなければいい。何もなければ、他の2人と合流してAランクモンスターを討伐すればいいだけ。
最後にもう一度、とストラは詠唱する。
『穢れ無き清浄の水に誓いしストラが命じる。消さんとするは穢れた命の灯火。今この時、この場を荒らした魂を導かん。そして願わくばこの町に災いをもたらす灯火を示せ。アクエリアルサーチ』
ストラの言葉に応え、広げた手の平に出現したのは見るも鮮やかに透き通るような青い水球。
普段であれば、詠唱破棄して『アクエリアルサーチ』と唱えるだけの、半径20メートル以内の魔物を発見する探知魔法。
今は大海に住む水の精霊に助力を頼み、この町全体をカバーする魔法へと昇華させている。
この町は海が目の前にあるだけに、水を糧とするストラにとって有利な土地。
Cランクモンスターを一掃できたのも、ひとえにこの探知魔法のおかげであった。
いざ、水球を覗きこむと巨大な赤いマーカーが見えるが、それだけで他に目立ったものはない。
つい先程までは、この次に大きなマーカーと、それ以外にいくつかバラけたマーカーがあったが、今はそれがない。それはつまり、残すはこの巨大なマーカーだけだという事。そして、この巨大なマーカーは、Aランクモンスターを示している。
見落としがないか、もう一度水球を覗き込む。
間違いなく残りは、Aランクモンスターを指すマーカーのみ。
そのままどの方向にいるのかを把握しようとして────ストラは息を呑む。
そして次の瞬間には、弾けるように駆け出していた。
◇ ◇
それは本当に、一瞬の偶然だった。
耕介がダルドの放った火球を目で追っていた時に、たまたま目に入っただけ。
耕介から見て左側────東の門周辺で渦を巻いていた火はすでに収まっており、街中のいたる所で上がっていた火の手はその明るさを失い、崖の上から見下ろす限りでは、町中は闇に包まれている。
ラキアがまだ戦っているのか分からないため、東門の方へはモンスターを誘導出来ない。そもそも、ラキア側に行きそうだったから、注意を引いて西門ヘ行くよう仕向けたのだ。何かあれば、何かしら見やすいように合図を送るという手筈になっていることを、先程ダルドに聞いた。
そして北側────港がある海側には、住人を避難させた結界があるらしく、そちらへモンスターを誘導することはまずない。今もストラと友人2人が向かっているはずだ。
だから、西へと向かわせたダルドの判断は間違ってはいない。
「うそ……だろ……?」
偶然視界に入ってしまった、西門の光景。それを理解すると、耕介の心臓は早鐘を打ち始める。
ストラと共に、北へと向かっているはずだった2人の影が見え、心なしか声が震える。
本当なのかにわかに信じ難いが、木々に混じって見えた鈍く光る甲冑は、自分の他には2人しか着ていないはずの物。
ダルドが西門へと誘導するために放った火球によって、西門近くにある木の影にそれを見たのは、本当に偶然であった。
「師匠! 西門付近に大塚君と古室君がいる!」
すでに周りの景色は暗闇に染まり、何の確認も出来ない。
それが一層不安を掻き立て、どうすればいいのかとダルドに焦りの言葉を投げる。
「なんじゃと?」
「こんな所で甲冑をつけてる人間は他にいないなら間違いない! それに────モンスターがいる!」
耕介が指をさした方を見るダルド。
だがその先は暗闇で、見えるものといえばAランクモンスターがゆっくり動く影だけ。
火球を再びぶつけ、Aランクモンスターの気をこちらに逸らしても、Aランクモンスターをその場に足止めしても、西門にすでにいるモンスターがどんな動きを見せるか分からない。
ならば、とダルドはすぐに考えを弾きだした。
「仕方ないの。降りるぞい」
「今からじゃ間に合わないんじゃないか!?」
「焦るな。ここから行くんじゃよ」
「は?」
「グズグズせずに飛び降りるんじゃ」
そう言って目の前でダルドは颯爽と飛び降りた。
言っている言葉を理解できていない耕介はダルドをただ目で追うだけ。
「え? ちょ……」
今目の前で何が起きたのか分からず、すぐさま崖下を確認する耕介、すでにダルドの姿は見えなく、眼下には暗闇が静かに広がっている。
「マジ? 紐無しバンジーは経験ないんだが……ファック!」
ダルドが飛び降りたからには、安全が保証されるのだろう。耕介は意を決して、ダルドの後を追って崖から飛び出した。
「う……うわああああ!!」
自分が落下している感覚と、重力と同時に感じる妙な浮遊感。
背筋を駆け抜ける寒気と緊張で、反射的に体が縮まっていく。
グッと目を閉じるも、体中で風を感じ、今自分が落ちている現実を否が応でも認識させられる。
このまま死んでしまうのではないか、そう思った瞬間に、風切り音が鳴り止んだ。
そして気味の悪い浮遊感が急になくなり、少しだけ緊張が解けた耕介は固く閉じていた目をゆっくりと開く。
「はぁっ……はぁっ……」
いつの間にか息を止めていたようで、心臓の暴れっぷりをコメカミに感じながら周囲を見渡す。
背後には土の壁。そして、目の前には街を囲う壁が崩れて出来たであろう瓦礫の山。そしてそのすぐ向こうには、巨人が闊歩していた。幸いなことに、耕介に気付く様子はない。
耕介はふと、尻と手に違和感を覚え、下を見やる。
「え?」
耕介はその時初めて、自分の体が地についていない事を認識した。
あと50センチ程で大地にぶつかり、その衝撃を一身に受けたであろう事態を想像すると、薄ら寒い感覚が再び背を駆け上る。
「うわっ」
立ち上がろうとすると、まるでフワフワしているわたあめの上に乗っているようで、バランスが上手く取れず、立ち上がれない。そして、すぐにその感覚がなくなり、腰から地面へ落ちた。
「覚えておくんじゃコウスケ。魔物は基本的に、頭を狙えば終わる。見ておれ」
落ちたと同時、声のする方へ目を向けると、ダルドが明後日の方向を向いて耕介に声をかけていた。
すぐさま、自分がどうしてここにいるか、最優先事項は何か、という事を思い出し、慌てて立ち上がる。
どこを見ているか、何をしようとしているのかを理解すると、ダルドの視線の先にあるものへと目を凝らす。
すでに暗闇に慣れた目でも、はっきりと先が見えるわけではない。
だが、50メートル程先にあるサリアーラという港町の西門にある瓦礫と、その近くで身の丈2メートル位はある魚のようなモノが、長い──槍のようなものを持った手を振り上げているであろう状況が分かった。
その目の前には、何かを持った雄也がそれを見上げている。
「こむろく────」
『ロックランス』
耕介が衝動的に走り出す直前、ダルドは右手を掲げて、手のひらに岩槍を生み出す。そして目標を定め、その手を前方へと投げつけた。
大きくも太い槍は一直線に魚の影に向かい────頭らしき部分を撃ち抜いた。
魚の影は振り上げていた手にある槍を落とし、その身体を横たえる。
すぐに大樹らしき影が雄也に駆け寄り、2人が無事であることに耕介は胸を撫で下ろす。そしていざ合流しようと一歩を踏み出そうとして────不自然な大地の揺れに、阻まれた。
「さて、あとはどうするかのう」
一番忘れてはいけない危険な魔物。それを一瞬でも忘れて安堵した自分を咎める。
ダルドの言葉に、耕介は顔を左へ向け、街に佇むそれを見上げた。
◇ ◇
「あまり手をかけさせないでくれ……よッ!!」
大きく構えた一軒家くらいはあるモンスターの足元に滑り込むと、大木を切り倒す樵のように足めがけて斧を振り抜く。
スネに怪我を追ったモンスターは、低くくぐもった声を上げて、自分の股下にいるラキア目掛けて拳を振り下ろした。
だが、すでにラキアはその場にいない。
ラキアは素早くモンスターの背後に回り込んでおり、倒したもう1匹のBランクモンスターの巨体の上に登る。
そして、力の限り跳躍すると、モンスターの頚椎を目掛けて斧を振り下ろした。
モンスターは甲高い声を上げ、絶命する。
最初に中級の拘束火炎魔法を放ち、一気にカタを付ける予定だったが、思ったより時間がかかってしまった、と一人ごちる。
「あとは……」
ラキアはAランクモンスターがいるであろう方向を見やる。
図体だけでかいAランクモンスター、ギガトラス。
体長は、低いのは10メートルから、高いものは40メートルはある、赤褐色の巨人。
武器は基本持たないが、凄まじい攻撃力と凶暴性、そして三日三晩暴れても尽きないという体力故に、Aランク認定されている人型モンスターである。
だが、それゆえに弱点もある。それは……知能が低いという事。
ダルドが仕向けた攻撃で、あっさりと興味を西の方へと移してくれたのがその証拠。
それ故に、Aランクモンスターの中でも低い位置にいるのが、ギガトラスという魔物だった。
頼りになるダルドのサポートと、ギガトラスの間抜けな頭に、ラキアは心の中で感謝をする。
この暗がりの町の中、ファイヤーボールをわざわざ見つけてくれと言わんばかりに西に向けて放ち、その後方向を変えてギガトラスにぶつけた一連の流れ。
町の西方を照らすように向けられた火の球を、Bランクモンスターと戦っている間もラキアは見逃さなかった。
それは西側に誘導する、というダルドのメッセージであると確信したから。
AランクモンスターとBランクモンスターの共闘はさすがに避けたかったので、ラキアとしては随分ありがたいメッセージとなったのだ。
ともあれ、Bランクモンスターを片付けたラキアは、その場所へ向けて疾走を始める。
向かうは西門。薄っすらと見えるギガトラスの後頭部を目指して走ることしばし、追いついた時には西門付近となってしまった。
目の前にそびえる、15メートルはありそうな巨体に臆することなく、愛斧を片手に握り締めて突進していく。
このまま背後を取って有利に戦闘を進めてやる、そう思った矢先、ギガトラスの動きが不自然な事に気が付いた。
目の前に立つ巨人は、近くにあった民家の瓦礫を掴み、頭上へと大きく振りかぶっていたのだ。
気に入らない小型のモンスターとでも同士討ちでも始めたか? と思うも、おかしいと判断したラキアは、ギガトラスの視線の先を見据え、一気に顔を青ざめさせた。
『ウィンドアロー!!』
奇襲という考えを捨て、言うが早いか手を突き出し、ラキアが扱える中で最速を誇る風の矢を召喚し、それをギガトラスの手を目掛けて放った。
順当に風の矢が当たると、その拍子に持っていた瓦礫が手を離れ、自身の頭に直撃した。
「ウグァァァ!!」
低くも猛々しい苦悶の声を上げながら、ギガトラスは背後から攻撃したラキアへと視線を向ける。
「そこから離れるんだ!!」
腹の底から声を出し、2人に指示する。
すると座り込んでいた2人はビクッとして、ラキアの方へと視線を下ろす。
「走れ!!」
「こっちだ!!」
自分とほぼ同時に発する声を聞く。
それは生意気だが、要領のいい教え子の声。
そうなると、近くにダルドも一緒にいるだろう。
その時、空から水流────まるで巨大な滝が穿つような大量の水がギガトラスを飲み込んだ。
『凍てつけ』
すぐ近くで聞こえたストラの声に呼応して、巨人はラキアの目の前で凍った。
その規模はとても大きく、周りに冷気を振りまきながらも、静かに佇んでいる。
「ラキアさん!」
呼ぶ声に振り返ると、そこには長いローブを乱し、肩で息をしているストラがいた。
「魔物は後はコイツだけです。一気に倒しましょう」
「分かりました!」
ストラの声に応えるが早いか、ラキアは巨人の足めがけて、駆け出す。
Aランクモンスターに、中級までの魔法は効かない。だが、ほんの少しだけ例外も存在する。
それが拘束魔法という存在。
とはいえ、完全に拘束は出来ないが、だいたい15秒程なら足止めが可能である。
完全でない事を示すように、早くもギガトラスを覆っている氷がヒビ割れ始め、氷の破片が地に落ちていく。
ラキアは走りながら『ヒートエンチャント!』と唱えると、巨大な斧が光熱を発するように赤く、煌々と輝き出す。そしてそれを、流れるような動作で巨人の足────アキレス腱を断つよう、力強く叩きつけるように振り切った。
耳を劈くような咆哮とともに、全身を覆っていた氷が完全に割れ落ち、巨人は切られた足を上げる。
「まだまだっ!!」
『アクアヴェール!』
巨体を支える、もう片方の足へと疾走するラキア。
ストラは落ちてくる氷と、巨人の足から大量に吹き出す赤黒い体液から守るため、ラキアに守りの加護を付与した。
片足立ちしている巨人は、足元にいるラキアの存在を敵と認めると、腱の切れた足を振り下ろす。
その動作を見切ったラキアは、攻撃を諦めて巨人の攻撃を避けるために大きく距離を置く。
狂気を誘発しそうな咆哮を上げながら、足を叩きつけると、再び地震のような揺れと地響きが周りに広がった。
「まったく……良い判断するじゃねーか」
ラキアが皮肉を口にすると、ギガトラスはラキアを捕まえようと、屈みながら手を伸ばす。
だが、右足を庇うように屈んだものだから体勢が崩れ、大きな揺れと音を伴ってその身体を横たえた。
「…………訂正しよう。やっぱりお前たちは馬鹿だ」
ラキアはため息をつき、斧を構える。
そして伸ばされた手を目掛けて斧を振り下ろす。
高温の熱をまとった斧で切られた中指と人差し指が高く跳ね上がり、ギガトラスは再び絶叫する────が、ふとそれは不自然に止んだ。
頭を見ると、立ち上がろうとしても思うように体が動かず、呻いているように見える。
大地に縛り付ける拘束が出来る人はここには一人しかいない。
「ダルド様!」
「待たせたの。ボウズ達は安全な場所じゃ。ラキア、ストラ。一気に方を付けるぞい」
「はい!」
「了解しましたっ!」
ラキアは残った巨人の手を、手首から撥ね上げて、ダルドの攻撃範囲に入らないよう注意しながら再び巨人の足元へと疾走する。
動き出すまで10秒。ラキアが足元まで到達するのに、迂回しても5秒とかからない。
その間に、ダルドとストラは巨人からさらに距離を取ると、目を閉じて同時に詠唱を始めた。
『地を治めし大精霊、ノームの契約者としてダルドが命ずる』
『水を守りし大精霊、ウンディーネの契約者としてストラが命じる』
自身が契約した大精霊の名前を出し、その力を引き出すための言葉を紡いでいく。
『大地に秘められし脈動する力。今ここに星の牙を用いて、彼の者を引き裂かん』
『大海に秘められし平等な慈悲。彼の者を断罪する為の、肉を焦がす水牢を与えられん』
それぞれの足元に、土色と水色の魔方陣が浮かび上がり、そこから小さく淡い光が際限なく放出さる。それはまるで、2人が紡ぐ詩に合わせるように、その身体の周りでキラキラと舞っている。
そして次の瞬間には、絶叫が辺りに響いた。
巨人を討伐する際のセオリーである、体を支える部分の無力化をラキアが成し遂げたのだ。
ギガトラスはその巨大な体躯を転ばせ、二転三転しながらのた打ち回る。
それを打ち据えるように、ダルドがギガトラスを視野に捉え、最後の一節を言い放った。
『グランバイトインパクト!!』
声高らかに言い放った直後、大地が揺れ始め、ギガトラスが横たわる地面がパックリと口を開けると、その体をスッポリと飲み込んだ。
『────噛み砕くんじゃ』
ダルドの言葉に呼応するように、再び大地が振動し、まるで磁石でも仕込んでいるかのように地面が勢い良く割れ目を塞ごうとする。
ギガトラスは迫りくる壁に気が付くと、両手で壁を押さえつけた。
だがそれも数秒と持たず、大地の圧力に屈した。骨が折れたのだろうか、重鈍な音が響き、再び大地がその隙間を開けると、ゆっくりとその巨体が崩れ落ちた。
そして次にストラが最後の一節を紡ぐ。
『囲え────アシッドジェイル!』
倒れた身体に手を向けて高らかに唱えると、ギガトラスの頭以外の巨体を囲むように四方体が出現した。
すると、雷鳴のような叫び声が辺りに響き渡る。
四方体の中で、ギガトラスを構成している肉が溶けて爛れ、筋肉繊維が露出し始めていた。
「相変わらず趣味の悪い奴じゃのう……」
「あとはラキアさんがお願いしますよ!」
ダルドのため息を聞き流し、最後のトドメにラキアを指名する。
「分かりました!」
ラキアは割れ目の崖からのたうち回るギガトラスを見下ろし、一つ呼吸をする。
未だ変わらず熱を発し続ける斧を構え、ギガトラスの頭目指して飛び降りた。
落ちながらも、斧を振り上げるラキア。その視線は巨人の頭をしっかり見据えている。
「これで……最後だー!!」
ラキアは叫びながら、巨人の頭に赤熱の斧を振り下ろした。
◇ ◇
西門付近の崖。その途中にある足場で、耕介は目を見開いて佇んでいた。
目の前で繰り広げられた、信じられないような光景に呆気にとられていたのだ。
小さいビルくらいはゆうにある巨人。それが、3人の人間の手によって跡形もなく消し去られたのだ。
────これが、魔法の力。
耕介の胸中で緊張と、高揚と、若干の不安が綯い交ぜになっていた。
圧倒的な存在感で立ち塞がった、国を一つ滅ぼしかねないと言われているAランクの魔物を、一方的に追い詰め、そして圧倒したのだ。
空はすでに暗闇ではなく、もうすぐ夜が明けるだろう黒と青が混じったような空の下で、一仕事を終えたというようにラキアが首を回す。続いてダルドを見ると、自分の腰を叩いている。ストラはズレた眼鏡を正していた。
「ここまでくると、最早グロいとか虐待とか、もうどうでも良くなってくるな」
耕介の言葉で、隣にいた大樹が恐る恐る口を開く。
「た、助かった……?」
「どうやらそうらし────」
耕介は大樹の方を見ようとして、その先にいた、雄也を見て言葉を失った。
まだ薄暗く染まる空の下で、全身が赤黒く汚れた甲冑を着ている雄也。おそらくダルドが雄也を助けた時に、魔物から浴びたものだろう。
先程までは暗闇でよく見えず、この足場に移動してからは巨人との戦いを見ていたので、雄也の状態を今さら目の当たりにした。
そして、その手に布切れが握られていることに気付き、耕介はさらに息を呑んだ。
耕介の様子を悟ってか、雄也は抑揚のない声で、ポツリと呟く。
「これ…………兄者の制服……です」
「そう……か」
それ以外に口に出せる言葉を、耕介は知らない。
慰めの言葉も、哀れみの言葉も、同情でも、きっと雄也に届かないことが分かってしまうから。
さすがに天然で空気をしばしば壊すことのある大樹も黙っている。
「冗談、ですよね? だって、あの兄者ですよ? どうしようもなく楽天的で、変なプライド持ってて、いっつもトラブルを呼び込んできて。そのくせ、自分で解決したり、おれ達に気を遣ったり、計画は用意周到だったり、器用貧乏で無茶振りをすればそれに応えたり……」
「古室君、もうやめる──」「それなのにッ!!」
耕介の言葉を遮るように、雄也は叫ぶ。
「なんで……どうして………………死んでんだよっ……」
ついにその言葉を発すると、雄也は崩れ落ち、拳で地面を叩き、頬を濡らした。
「わけわかんねーよ! なんでだよ! あんたなら誰よりも生き残れるはずだろ! 飄々としてて! ずる賢くて! すばしっこくて……そうだよ、どんな場所でも生きてるって、おれも、榊さんも、大樹だって……そう思ってたのにっ! なんでだよ…………クソッ!!」
そっと、大樹が肩に手を置く。
兄者と呼び慕う九条昌人と、雄也がどうしてそれ程までに仲がいいのか。それは今の学校に入る前から、雄也と同級生だった大樹だけが知っていた。
耕介はいたたまれず、2人から視線を逸らして、水平線の向こうに視線を向ける。
そこには新たな一日が幕を開ける象徴が、ゆっくりと顔を覗かせていた。
それは温かな陽光で町全体を照らし、雄也の目から零れ落ちる涙を優しく、そして眩しくきらめかせていた。




