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第10話 手向け、そして決まった心

中学生という立場では働いてお金が貰えないため、何か買い物をする時は何かしらのお金を使わずに貯蓄しなければならない。例えば昼食を抜いて昼ご飯代を浮かす、などいくつかその手段はある。

駅前から歩いて30分、バスだと10分程という場所に小室雄也が住む家はあった。

その為に、差し引き20分を引換に、少しの手間を惜しんで、往復のバス賃を貯めていた。

全ては、全国でも有名な国民的RPGを手に入れるため。

そして、いよいよやってきたゲームの発売日。

中学校に入ったばかりの時に、ゲームの話で盛り上がったクラスの友達と、駅前にある大きめの建物へと足早に入り、発売日で行列になっている最後尾に並ぶ。

新しいゲームを手に入れる時のワクワク感。それは中学生である雄也にとって、数少ない楽しみでもある。

やがて友達と共に真新しい袋に包まれたそれを手に入れ一頻り喜んだ後、来た時と同じように建物を出る。

そしてどちらが先にクリアできるか勝負だ、と言葉を交わしながら、友達と別れた。


そして雄也はバス停に駆け出し、乗車賃を取り出そうとした所で、財布にお金が無いことに気が付いた。

うっかりして計算違い────今日までのバス賃がきっかりゲーム代に消える計算をしていたので、今日も歩いて帰らねばならなかった。

雄也はため息をつきながらも、家を目指して帰路につく。

そして、昨日までと同じ道を通れば良かったのだが、少しだけ近道しようとして、『それら』に出会ってしまった。


「おーいそこのメガネ君ちょーっとストップー!」

「なーんか浮かれてるねー?」

「んー何持ってんの?」


やめて、と言う間もなく取られてしまう真新しいゲーム屋の袋。


「お? これって今日発売のやつかなー?」

「へーぼくー、面白そうなもん持ってるなー?」

「俺らも結構ゲームやるんだぜー?」

「そうそう、ほら、ゲーム好きが高じてさーこう、回し蹴り! とかやっちゃうんだよねー」

「ギャハハハ!!」

「ハハハ!」


腹を抱えて笑ったり、目の前でニヤニヤと自分を見下している高校生を見て、短絡的にこの場所に来た自分を呪った。

いつもは絶対通らない道。だが、ここを通れば5分は時間を短縮できる。

早く帰りたい気持ちでいっぱいだった為、何の危機感も覚えずに踏み入れてしまったのだ。

地元の人もあまり通らない、いつしか不良の溜まり場になってしまっていた、この公園に。


「なーちょっと相談なんだけど、これおにーさん達にちょーっと貸してくんない?」

「おーこれ俺も欲しかったんだよねー!」

「欲しいとかお前ひでー事言うなよーちょっと借りるだけだってー」


ヨレた白のワイシャツをズボンから出して、青いブレザーをだらし無く着て、耳にピアスを開け、ニヤついて、意地悪そうに笑う3人の不良たち。

それでも、挫けそうな心を奮い立たせ、震える唇で要求を突っぱねた。

1人は自分の首に腕を巻き、1人は横でタバコを吸いながら、1人は目の前でニヤつく。


「あーれー? よーく聞こえなかったんだけど……なっ!」


回し蹴りをやると言っていた不良が、握った拳を腹に向けて振りぬく。

体内から空気が吐き出され、そのタイミングで首に腕を巻いていた不良が一気に締め上げた。

乱暴に思い切り引き寄せられたおかげで、メガネが地面に落ちて、慈悲もなく踏みつけられる。

酸素を取り入れようとしても、次々に腹部に拳をもらい、首は締められ、一気に意識が遠くなる。


「お巡りさん! 早く! こっちこっち!!」

「げっ!」

「おい、待てよ!」

「ちっ、こいつは借りていくぜ」


そんな言葉を残して、不良は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

投げ出される身体と鞄……そして壊されたメガネ。


「ゲホッゲホッ!」

「君、大丈夫かい?」

「警官さーん! あいつら追わなくていいのー!?」

「うーん、この子を放っておくわけにはいかないからね」

「……へー」


すぐ隣でやっているそんなやり取りを見ることなく、一生懸命に酸素を体内に取り入れようと呼吸をする。

なんで、どうして、そんな事ばかりが頭の中を駆け巡る。

そして呼吸が安定すると、急いで周りを見回た。今一番無くてはならないモノ。それが……ない。

土埃にまみれながら────古室雄也は咽び泣いたのだった。





          ◇          ◇





日が昇り、いよいよ魔物の気配がなくなった事を確認すると、ダルドとストラは町を覆うように簡単な結界を張った。


「私はこれから町の人に声をかけてきますが……」


言い淀むストラは、岩場へと視線を向ける。

そこには、俯き覇気を失った雄也が腰をかけていた。


「私もついて行こう。大塚君はすまないが古室君のそばに居てやってくれ」

「なら、わしはここで休んでいようかの」

「ではダルド様は2人をよろしくお願いします」

「なんだ、ラキアも行くのか?」

「町民たちの不安を払拭するには、名の知れている人間が1人でも多いほうがいい」

「……なるほど」

「昼過ぎには食料を持った隊が、夜には資材が着くはずだ。とりあえず、2人はゆっくり休め」

「…………はい」


返事をしない雄也に代わり、大樹が返事をする。

ラキアとストラは目を合わせると、頷いて背を向け歩き出した。


「じゃ、ちょっと行ってくるわ」

「気をつけるんじゃぞー」

「魔物は師匠たちが殲滅したんだから、別段注意しないけどなー」

「ほう?」

「置いていきますよー?」

「おっと、それじゃまた後で!」


耕介は後輩2人に背を向け、前を歩く2人に追いつくように走った。


「コムロ様は大丈夫でしょうか?」


追いついた所でストラが心配そうに振り返る。

その姿はもう瓦礫で見えなくなっていたが、気持ちの問題なのだろう。


「ユウヤは強い。あやつならすぐに立ち直ってくれるはずです」

「そうそう」

「そういうコウスケは友人が死んだというのに平気なんだな?」

「あー何というか、私あまり死んだって思ってないんだわ」

「……何か生きていると確信できる理由があるのか?」

「死んだ現場を見ていない、確認したのはボロボロになった制服だけ。まぁ普通は胸を貫かれて中身の肉体は魔物に食われたって考えるのが普通かもしれないが……こういう場合って、どうにかして助かってるのが王道というか何というか」

「だが、この港町にはCランク以上が闊歩していた。狙われた後に身を潜めて生き残れるとは到底思えないが……」

「そうですね。ですが、生きている人は1人でも多いほうがいいです。何にせよ、避難している人達に友人がいたかどうか確認もしましょう」

「そうしてもらえるとありがたい」

「だが、なぜその事をコムロ様に言わなかったのですか?」

「確信がないのに変に期待させても悪いだろう。それより、さっきの魔物なんだが────」


興味収まらずといったように、耕介は質問をしながらも、足早にストラとラキアの後に続く。

そして数分後、ストラはここですと足を止めた。

海を背後にして立つその場所には、何もない。

だが、何もないことが不自然だということに耕介は気が付いた。

これだけ町が破壊されているのに、周りには

瓦礫が散らばっているのに、ここだけ文字通り何もないのだから。

あえてあると言えるのは、地面に綺麗に埋められた石畳だけ。

要領を得ずに首を傾げている耕介を尻目に、その何もない空間に手を差し出した。

そうして結界に触れたストラは、その役目を終わらすために解放の言葉を紡ぐ。

やがて、結界が消失したことを示すように、所々崩れた教会のような建物が姿を現した。


「お待たせしました」

「…………は?」

「水の力で光の屈折を起こし、視覚的に認識させないという守る結界だ。ストラ様の編み出した独自結界なんだよ」

「そんな事も出来るのか……」


耕介は感心しながらも、その結界の中から姿を現した教会に足を踏み入れた。

建物に入り口はなく、多くの椅子が転がり放られている広間に踏み込むと、先程ストラト話した使用人が、奥に繋がる通路から顔を出した。


「辺りの魔物は全て倒しました。遅くなって申し訳ありません」


待ちに待った言葉なのだろう、キョトンとしていた顔を一気に綻ばせ、奥様ー! と叫びながら中の方へと姿を消した。

すると間もなく、騒がしい声と大人数で遠慮なく地を叩く音が広間に集まってくる。


「あ、よんちゅーのおじちゃんだ!!」

「きしちょーさんもいる!」

「おじちゃんたち、まものをおいはらってくれて、ありがとう!」

「本当に助かりました!!」

「ストラ様になんてお礼を申し上げて良いのやら……感謝の気持でいっぱいです」

「あの人の仇を討っていただいてありがとうございますだ」

「ラキア様……本当に、どうもありがとうございました……」


結界に避難していた子供達や、老人たちから感謝の言葉がシャワーのように降り注ぐ。

涙を浮かべる老人と、笑顔を振りまく子供。魔物がいなくなったことで安心しきったようで、みんなが生きていることを喜んでいた。

もっとも、おじちゃんと呼ばれているストラは引きつった笑いを浮かべているのだが。


「四柱であるストラ様だけではなく、誉れ高きラキア様まで来てくださるとは……本当に恐悦至極の所存であります」

「サラール夫人」

「……だれ?」

「この町を取り仕切る、サラール町長のご夫人だ」

「どうも」


耕介は一度頭を下げて、再びその顔を見ると、やつれたように見えてならない。


「体調が優れないのでしたら、休まれていた方が」


ラキアも耕介と同じ事を思ってか、夫人に休むように促す。しかし、夫人は首を横に振った。


「お気遣いありがとうございます。ですが、大丈夫です。主人亡き今、私がしっかりしなくてはなりませんから」


その言葉でラキアは言わんとする事を理解し、唇を噛んだ。


「ラキア様。そう難しい顔をしないでくださいませ。主人のお陰でこうやって子供たちが助かりました。サリアーラはまだ終わりではありません」

「…………失礼。そうですね」

「私達はこれからどうすればいいでしょうか?」

「日が高く頃、物資が届くはずです。まずはダルド様に瓦礫の山を片付けてもらい、それから水路を復旧し、建物を復興させるつもりです。食料などは物資が届き次第になってしまいますが、ご容赦下さい」

「迅速な判断と対応、そしてご好意痛み入ります。町民を代表して、お礼申し上げます」


一頻り頭を下げると、サラール夫人はラキア達に背を向けた。


「さぁ皆さん! 魔物の脅威は去りましたが、これから町を建て直さねばなりません! みなで手分けをして元の美しい町にしましょう!」


その言葉にその場にいた人々は賛同し、手を掲げた。

だがその時────。


きゅうー、とラキアの腹が可愛らしく鳴いた。

顔を赤らめて頭を掻くラキア。苦笑するストラ。溜息をついて呆れる耕介。

そんな中、サラール夫人はクスクスと笑いながら高らかに宣言した。


「その前に皆さん食事にします! 溜め込んだ食料はこの際、全部使ってしまいましょう!」





          ◇          ◇ 





ダルドはやれやれと一息ついて、横にいる2人の様子を窺う。

生気を失ったように腰を落ち着ける雄也と、チラチラと様子を窺いながらもかける言葉が見つからず、雄也の横で岩に寄りかかって黙りこむ大樹。

その様子はダルドがこれまでに幾度も目にした光景だった。


「理不尽だと思うかな?」

「……」

「世界が恨めしいかな?」

「…………」

「ふむ。おぬし達の世界は、死人をどうやって祀るんじゃ?」

「…………」

「えっと、死んだら燃やして骨だけ残して、お墓っていう骨を収める石を作って、それに入れて祀ります」


耕介とラキア、ストラが旅立ってしばし、ダルドは世間話を始めるように声をかけた。

明らかに雄也に語りかけているのだが、あまりにも反応がないので大樹がダルドの言葉に答える。


「それだけかいの?」

「えっと、死んでから49日目に親戚とかが集まって無事に成仏出来るように祈ったり、一年に一回とか命日……死んだ日にお供え物を持ってお墓参りをしたりします」

「それだけかえ?」

「えっと…………多分?」

「死んだ者たちに対して手向け、などはないのかの?」

「手向け、ですか……?」


頭にクエスチョンマークがハッキリ見えるような大樹の態度に、ダルドはなるほど、と頷く。


「この世界はの、常に死と隣り合わせにあるんじゃ。得体の知れない魔物。おぬしらにとっては訳の分からない世界かもしれんが、わしらにはこれが普通、日常なんじゃよ」


まるでなんてことのない世間話をするように、ダルドは前方に広がる廃墟に目をやる。


「建物も、町も、壊されたらまた作りなおせばええ。誰しもがそう思っとる。じゃが、死んだ人間は生き還らん」


ダルドは目を細め、不思議な優しい笑みを零した。まるで昔を懐かしむかのような。


「仲の良かった者ほど、亡くした時の喪失感は大きい。人によっては絶望して歩みを止めてしまうじゃろう」


大樹はダルドの言葉に耳を傾けながらも、言葉の端々に哀愁を感じていた。


「この世界での、死んだものに対する手向け────それは生きることじゃ。死んだ友人、知人、恋人の分までの。じゃが、その生き方はそれぞれじゃ。死なない為にひっそり暮らすもよし、死んだ者がやり残した事を継いでもええじゃろ。とにかく懸命に生きるんじゃ。それはつまり、無駄死にをしない、ということ。『はか』なるものに骨を入れて、『おはかまいり』をする事じゃなくての」


ダルドはそう言って雄也に語りかけるも、一向に反応を見せずにいる。

そんな態度に愛想を尽かしてか、一つ溜息を吐くと強く言葉をぶつけた。


「ユウヤよ。悲しむなとは言わん。己の手に収まらん出来事などこの世には山のようにある。今回もそうじゃ、わしらの助けが間に合ったらその兄弟を確実に助けられたか? それは分からん。じゃが、一つだけ分かる事がある。それはお主だけが間に合っても、兄を助けることは出来んという事じゃ。魔物を倒す、そのための力をお主は持っとらん」


ダルドの厳しい言葉が、雄也を穿つ。


「いつまでもそうやって落ち込んでいられんぞ? 隣にいる友人はこの世界を救うと言われる勇者じゃ。お主らの意志とは関係なく、この先戦いに巻き込まれるじゃろう。それを指をくわえて眺めるか、力を合わせて生き抜くか、選ぶのは他でもないお前さんじゃ。出来ない事をそのままにして、隣の友人が、亡くした兄弟と同じ道を辿ってしまったら、後悔はないのかえ? 今もそうじゃ。兄弟を亡くして後悔はないのかえ? 今日、自分に何が出来て、何が出来なかった? そして、これから先何がしたい? それを考えれば自ずと答えは分かるじゃろうて 」


その言葉に、バッと顔を上げた雄也。汚れて乾いたボサボサの髪に、メガネは薄汚れ、肌は黒ずみ、何かを言いたげにしながらも口を噤みながら、ダルドを見ている。


「それでも分からんなら、生き残ったこの町の人々を見るがええ。これだけの被害じゃ。大切な人を失ったのはお主だけじゃないじゃろう。お主と同じ立場の人達が、何を思い、そしてこれからどうしていくのか、その目で確かめてみるがええ」


ダルドは雄也と大樹を見て、皺の寄った顔でクシャッと笑う。


「お主らはまだ、これからじゃ。勇者様には、更なる鍛錬を積み、正しき知識を得て、この世界を救う可能性を高めてもらいたいと、わしらは思っとる」

「えーと、僕たちは……さっきみたいなすんごい呪文は使えないと思うんですけどー……」


引きつった笑みを浮かべ、大樹は答える。


「いや、勇者にはもっと強力な呪文が使えるはずじゃ。言い伝えの通りなら、の」

「ま…………ま、まっさかー」

「何が出来るか、出来るようになるかは、お主ら次第じゃよ」

「何が……出来るか……」


乾いた笑いを漏らす大樹の傍ら、雄也がボソリと呟いた。


「お主は、その兄弟に対しての後悔はないのかの?」

「あるに決まっている!」


反射的に声を荒げた雄也を見て、ダルドはニヤリ、と口元を緩める。


「ほう? それは何じゃ?」

「おれは、兄者に恩返しをしたかった……」

「恩返し、とな?」

「助けてもらって……色々なものをもらって……今の自分があるのは兄者のおかげでもあったんだ。だから────」


段々と声量が大きくなって、ついにはそれは叫び声となる。


「恩を……返したかったんだっ!! どんな形かは分からないけど、対等に並べる存在になりたかった! 兄者が困ってる時に助けられる、そんな人間になりたかったんだっ!! なのに────」


そうして眼鏡の奥から、涙があふれる。


「死んじゃったら……恩なんて返せないじゃないか……」

「雄也……」

「本当にそう思うかえ?」

「何を──」

「分からないのであれば、その兄のように、助け、様々なものを与えられる、そんな人間を目指すがよい。自分が兄の隣に立てる、そう自信が持てるようになるまでの。お主には剣を扱うセンスがあるとラキアが絶賛していた。これから鍛錬を積み練磨し、兄に並び立つ前に、隣に並ぶ友人を守るのじゃ。今日のような事で、再び後悔しないためにも」


ダルドを見つめ、その言葉に茫然とする雄也。

だが、自失しているわけではなく、ダルドの言葉を噛み締めているように見えた。





          ◇          ◇ 





時間にして1時間程経った頃。

すっかり明るくなった空の下、ドデカイ鍋と、火鉢を教会の外に並べ、豪華なバーベキューのような朝食が幕を開けた。


「朝から肉、か」

「まーまーいいじゃん? …………何の肉かは分からないけど、美味しいし」

「古室君はすっかり立ち直ったようだな」

「立ち直ったかは分かりませんけど……もう少し、考える時間がほしいです」

「そうか。なら、何も言うまい……っと、そうだ。一応2人には言っておかないとな。やはり九条君はこの町にいたみたいだ」

「誰かから聞いたんですか?」

「あぁ。ここの教会は避難所だったらしいんだが、そこにいたらしい。だが────」

「その先は私が話しますわ」


いつの間にか、大樹と雄也、耕介が座り込んでいる背後に、サラール夫人とその従者だろうか、女性が立っていて、その傍らにはストラがいた。


「サラール夫人。こちらが先程伺った時に話した私の友人です」

「そう、あなた方が彼の……」

「兄者を知っているのですか!?」

「3日か4日前だったかしら。海辺に打ち上げられている人を見かけてね。主人が介抱したのよ。見慣れない服と剣を持っていたわ。目が覚めてからは、家のことをよく手伝ってくれていたのだけれど、時々独り言かしら? 俺を誘惑するな! とか、お前に血の一滴足りともやらん! とか言っていたわ」


その言葉を聞いて、3人は思わず手元にあるスープを落としそうになる。

しかしなんとかそれを踏みとどまり、3人とも一致した意見を口にした。


「あー…………兄者だ」

「どう考えても、まさ先輩だ」

「間違いなく……九条君だな」


そんな事をする人間は、九条昌人以外にいないと断定する3人。誰もが一様に呆れの顔をしている。

だが、それも一瞬のこと。すぐにその表情が曇る。それはサラール夫人も同じだった。


「魔物が来た時も、避難誘導も積極的にやってくれて、とても助かったのよ。あそこにいる緑色の服を着た小さい女の子がいるでしょう? 彼が見つけて教会まで連れてきてくれたの。でも昨日、この結界が壊されそうになった時、彼は主人とともに、囮を買って出ました。客人だからそんな事をしなくてもいいと止めたのだけれど、それを振り切って……」


その言葉を聞いて、やはり口に出る言葉は同じだった。


「うん、やっぱり兄者だ」

「そうだね。まさ先輩らしいや」

「どこにいても九条君はやる事が変わらないな」


手に持つ温かいスープに視線を落としながら、それぞれが呟く。

それが、九条昌人という人間なのだと、よく分かっていた。


「あまり話せることがなくて申し訳ありません。私が知っているのはこれだけです」

「その……ありがとうございました! 兄者のことを話してくれて……」

「いえ、あなたも大切な兄を亡くされお辛いでしょう。その気持ち痛いほどに分かります」

「はい……あ、あの!」

「なんでしょう?」

「ご主人を亡くされて……その、あなたは…………これからどうするんですか!?」


いきなりの言葉に、面食らったサラール夫人だったが、すぐに笑みを浮かべ、優しい口調で告げる。


「私はこの町を、主人が愛した元の美しい町にする為に尽力します。それが私に出来る、せめてもの手向けですから」


そう言い残して、サラール夫人はその場を去った。

その後ろ姿を眺める雄也。そして隣人の名を呼んだ。


「大樹」

「なに?」

「ごめん」

「いいよ。それより大丈夫?」

「あぁ。おれさ、決めたよ。強くなりたい。みんなを守れるように、本気で修行するよ」

「え?」

「大樹は世界を救うんだろ? おれもその一人になるのかなって漠然と考えてたけど、今は違う。そうなりたい。もう誰も死なせたくない。見ているだけなのは……嫌だ」

「えーっと」

「コムロ様……」

「ストラ先生。ご迷惑をお掛けしました。なんだかスッキリしました」

「そう、ですか」

「帰ったら……魔法の勉強を教えて下さい。よろしくお願いします」

「あ────は、はい! 喜んで!」


こうして完結してしまった話の外で、大樹は1人、不安を感じていた。


「え? あれ? なんか勇者っていう言葉が具体的というか身近にになってない? 本気で僕が世界を救うと思ってるのかな? でも雄也が一緒に来てくれるならいいのか? でもなんかこう……結構な重荷を背負った感じがするのは気のせい? 世界救うとかほんと自信ないんですけど……」

「大塚君。いい加減、諦めるんだ」



日が出る前の姿が嘘のように、雄也は明るく振る舞い始めている。

その事をよしとし、割と近場にいたラキアは立ち上がった。


左右に首を動かしながら声を張り上げ、これからの事を知らせた。



「これから資材が届き次第、復興作業を始めたいと思っています!! 町長が守ったこの町、必ず元に戻しましょう!! 皆さん協力をお願いします!!」



こうして大樹と雄也と耕介は、この先一週間に渡り、サリアーラに留まり、復興作業を手伝ったのだった。

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