第7話 始まりの遠征
その情報は、一日と経たずにヴェネラル王国全土に広がった。
いつもはゆったりとしている街の人々も、焦りや驚き、動揺を隠せずいる。
「おい、聞いたか──」
それは市場で商売をしている人達が口にする噂。
「ここは大丈夫なのか──」
それはヴェネラル王国にいくつも点在する噴水広場に集まる主婦層が口にする噂。
誰もが話題にする一つの町の名前。
水の国ヴェネラル王国に住んでいれば知らない人はいない程に有名な町。
そして、その名前を口にする時人々は一様に表情を暗くしていた。
その噂の内容とは────。
「サリアーラが滅んだらしい」
アクアヴェネラル大陸に幾つかある港町、サリアーラ。
その港町が魔物の上陸により壊滅したという衝撃の情報が街を駆け巡っていたのだった。
そしてその影響を受けるのは城の住人も例外ではなかった。
◇ ◇
「なんか騒がしいな」
日がまだ上がり切らない時間。
少しだけ体力が向上して、体を動かすのが楽しくなってきた大樹は、雄也と共に剣を素振りしていた。
金属バットのように重い模擬刀。体力がつき始めた最近では、主に実践──魔物との戦いをイメージしてトレーニングを始めていた。
そんな中で雄也は外の声に気付くと、耕介は発生源である城門の方へと視線を向ける。
だがその方向は壁があり、様子は見えない。だが、大勢の人達が来て何か騒いでいるのだというのは、耳を澄ませば喧騒が聞こえてくるので何かあるのは間違いなかった。
「ちょっと見に行くか」
「そう言ってまたサボる口実を探すんですから。いい加減剣くらい振れるようになっておきましょうよ。ラキアさんが来たらまた走らされますよ」
ラキアとは、今3人の運動能力の向上や剣を振るう手解きをしてくれている先生である。
そして城の顔は、騎士長。つまり、雄也が捕縛された時にいた騎士達をまとめ上げる人であった。
普段から耕介は「体力はついてきてるし、魔法があるしいざとなったら逃げるから大丈夫」と言って剣術の稽古を疎かにしていた。
その言葉に「最後にモノを言うのは己の肉体。そしてそこから繰り出す剣術だ!」とラキアが主張してからは、耕介はラキアの目を盗んではサボっていた。
そして今日もラキアが朝からいないとなった今、耕介は絶賛サボり中だったのである。
自己鍛錬に励んでいた雄也は非難めいて口を尖らせるが、耕介は聞こえていないように颯爽と城門の方へと歩き出す。
「あ、待ってくださいよ!」
大樹は焦ったように声をかけ、隣の雄也をチラリと見やる。
雄也も、こうなっては耕介が止まらないのはよく分かっているので、一つ溜息をつくとその後を追いかけた。
「サリアーラは無事なのか!?」
「出稼ぎに行った夫と連絡は取れませんか!?」
「国から出るの禁止ってどういう事だよ! 無事を確かめに行かせろよ!!」
「ここは襲われないの!? 安全なの!?」
「なんとか説明してくれよー!! だんまりしてないでさー!」
「皆さん落ち着いて下さい!!」
3人は城門近くにある茂みに身を隠して、様子を伺う。
そこには老若男女様々な人が城門前に押し寄せ、口々に不満を叫んでいる。
どうやら城下町を封鎖したらしく、町の住人の抗議を始めとして、噂の真偽や安全の心配などを理由に城へと詰めかけていたのだった。
3人は昨日のエレアの言葉を思い出す。
『我が国、ヴェネラルの都市の一つ。サリアーラという国が魔物によって滅ぼされたようです』
昨晩そう呟いたエレアは、泣きそうな顔を見せるも、手には力強く握り拳を作っていた。
そういう経緯もあって、いつもは午前の体力作りにも一回は顔を見せるエレアだが、今日その姿を見せていない。
「昨日エレアさんが言った事、やっぱり本当だったんだね……」
「嘘ではないとは思ったが……いざこうやって混乱してる所を見せられたら……な」
目の前の状況に、少しばかり動揺する3人。
城門の内にいる騎士。城門の外にいる一般市民。
前者は守るために、後者は近しい人の無事を確かめる為に対立をしていた。
そんな様子を数分見ていると、背後から声をかけられた。
「おい、ここで何をしている」
3人はビックリして、背後へとゆっくり振り返る。
その聞き覚えのある、野太い声の主は呆れたように呟いた。
「どこで何をしているかと思えば、コウスケは盗賊にでもなるつもりか?」
「どこで何をしているかは私達の勝手じゃないか? 訓練メニューが決められているでもないんだし」
「まったくお前は……」
耕介の言葉に、呆れたように頭に手を当てるのは、騎士達を束ねる騎士、ラキアだった。
「そちらの2人も、もっと真面目に素振りでもしてると思ったのだがな」
ラキアの言葉に、ギクリと固まる大樹と雄也。
「いや、僕はやめようと言ったんですけど」
「すみません。騒がしさに釣られました」
「大塚君はほんとすぐに言い訳するんだからな」
「あ……う……」
そんなやり取りをしていると、ラキアは困ったような顔をしていた。
いつも自信に溢れ、その強靭な肉体を盛り上げて発声をするラキアだが、今は迷っているように見える。
「何か私達に頼みたい事でも?」
「…………頼み事、というよりは命令……になるな」
「命令って……王様から?」
「あぁ、今日の午後、魔法の実地訓練として、ストラ様と共に魔物退治すると言ってたな? それが無くなった」
「マジかよー折角攻撃魔法をこの目で見れると思ったのにー」
「そ、そうですか……」
「良かったー」
耕介は残念がり、雄也は戸惑い、大樹は安堵する。
だが、それも一瞬のこと。
「今日の午後から、君達3人は……周辺の魔物を一掃するため、サリアーラへと遠征することになった」
ラキアが歯切れ悪くそう伝えると、全員が口を噤んだ。
そして息を呑むと、驚きと戸惑いの表情で、言葉を忘れた子供のようにラキアを見上げる。
「すまん。だが、ダルド様もストラ様も同行する。無論、俺も出向くから危険な目には合わせないと約束する。絶対だ」
騎士長を務めるラキアが折れなければならない相手。それはもう一人しかいない。
元いた世界では考えられない程の権力絶対主義。
それを目の当たりにして、申し訳なさそうな顔をして佇むラキアに、3人は頷くしか術がなかった。
「王様の命令なら……仕方ないですね」
「いつかはやらないといけないんだ。ぶっつけ本番で魔法を覚えればいいだけの話だ」
「ラキアさんが守ってくれるなら問題ないんですよね?」
「おい、勇者。世界を救う者としてその発言はどうなんだ?」
「こーすけ先輩。今はまだその時ではないのですよ。時期尚早というものです」
「大樹の言葉聞いてると、なんか毎月の言い訳コピペ思い出すなー」
「こぴ……ぺ?」
「あ、すみません。元いた世界の言葉です。気にしないで下さい」
「ユウヤがそういうなら、そうしよう。とにかく昼食が済み次第出発する。これから支度に取り掛かってくれ」
「支度ですか? ……武器とか?」
「そうだ。着替えはこちらで用意させる」
「あーなるほどなるほど。それなら私たちは別に特別準備するようなものはないな。それで……ちなみに聞きたいんだが」
「なんだ?」
「サリアーラに行くまでどれくらいかかるんだ?」
「歩いて3日くらいか」
ラキアの言葉に、再び3人は言葉を失った。
◇ ◇
昼食を済まし、護身用として全員が模擬刀を腰にかける。
そして訓練で一度身に付けた甲冑を、3人は窮屈そうに装着していた。
「これ……全員が行くの?」
「甲冑の人達はそうなんだろうなぁー。てか散り散りになってる人達並べたいわ」
「小さくても一つの街を廃墟にしたんだ。向こうの勢力が分からない以上、い過ぎということはないだろう」
城門にはまだ人だかりがあるので、あまり知られていない南西の裏門前に全員集合していたのだが、その数はもはや数え切れない。
だが、その人数に気後れすることはない。何かのイベントで見慣れている光景だったからだ。
「んー小さいハコなら入りそうだ。ざっと500人ちょいって所かな?」
「そうですね。ですが、これでも全体の1割もいませんよ?」
「「うわっ!? びっくりしたー」」
大樹と雄也は綺麗にハモリながら、背後から現れた影から逃げるように飛び退いた。
唯一驚かなかった耕介はさも先程からここにいたであろう態度で、現れたストラに疑問を投げかける。
「この城に騎士がそんなにいるのか?」
「そうですねー。ざっと8千人はいるでしょう」
「へー武道館埋まるくらいか。そこそこにはいるんだなー」
「雄也ってすぐ人数の基準をイベント関係で考えるよね」
「でも分かりやすいだろ?」
「まぁ……。さすがスタッフですわ」
ストラの言葉に再びその場に集まる騎士達を見る。
誰もが屈強の戦士で、全身に甲冑を着て、腰に剣やレイピアなどの自分に合っているのだろう武器を装着している。
その中で雄也だけは並べ甲斐がありそうだと呟いていた。
「緊張してきたかの?」
何となく目の前の人々を見やっていると、ゆったりとした言葉をかけながらダルドが現れた。
「ダルド様。 きっとですが、大丈夫でしょう」
「じーさんは遠征して大丈夫なのかよ」
「サ、サカキ様!? ダルド様にそのような──」
「ほっほっほ。まだまだ若いもんには負けはせんよ」
「そっか。頼むぜ。師匠」
「師匠!? いつの間に!?」
ストラは驚いて、ダルドと耕介に交互に視線を向ける。
他の2人はすでに知っていたようで、驚きを露わにしているストラの様子を苦笑しながら眺めていた。
「ま、昨日な」
「急に何を言い出すかと思ったが、色々面白そうな話を聞いたからの。しばらくは良いように使ってやるわい」
「私も師匠を都合の良いように使わせてもらうさ」
昨晩、城に帰ってからエレアに聞いて、耕介はダルドの部屋を訪問していたのだ。
大樹と雄也は詳しい話を聞いていなかったが、意気揚々と帰ってきた耕介を見ていたので何も驚かない。成果のほどは目の前の通りだった。
「その後、元気にしとるかね? 青年」
「え? もしかしておれの事ですか?」
「うむ。あの時は不審者だったからの。グラビで足止めさせてもらったが……ほう?」
ダルドは雄也の回りを一周歩くと、眉を上げた。
「え? なんすか?」
「いやいや。うむ。まぁ頑張りなされ」
ダルドは、ほっほっほっと笑いながら100メートルほど先にある馬車へ乗り込む。
何ですかあれと雄也が聞くも、耕介は肩をすくめるだけだった。
そしてダルドの姿が完全に馬車に消えた時、広場に高らかに声が響き渡った。
「皆の者、よーく聞けーい!!」
見上げたその先には城のテラス。そこにラキアが凛々しく立ち、広場にいる人々を見下ろしていた。
「話はすでに聞いていると思う! 我々はこれからサリアーラへと足を運び、救助活動と魔物狩りを行う! 道中危険な旅になると思うが、心してかかるように! すでに早馬を出しているが状況は険しいものと思え!」
ラキアの鋭くも重い声に、集まっていた人々もまた重圧のある掛け声を返す。
耳を劈くその声に反応して、騎士達の方へ視線を向けると、3人は目を丸くした。
好き勝手に集まっていたと思われていた騎士達は、いつの間にか整列が済まされていて、綺麗な列を作り上げていたからだ。
「我々の第一の使命は出来るだけ早くサリアーラに到着する事だ! 各隊長の指示に従い、サリアーラまで無事到着してみせろ! 行軍開始!!」
ラキアが宣言すると様々な場所から怒号のような掛け声が一斉に聞こえてくる。
各隊長達が部隊を指揮し始めたのだろう。すぐに銀色の甲冑をまとった騎士達が一糸乱れぬ動きで歩き出し、その光景はまるで戦争映画の光景を見ているような気分にさせる。
「不安かな?」
掛け声と雑踏の中、顔が強ばっていた大樹と雄也にストラは声をかける。
2人はどう答えていいのか分からない顔をしながらも、曖昧に頷いた。
「この世界は常に戦いが側にあります。言ってしまえば死がとても身近にあるのです。正直な話、平和な世界から来たあなた方に、慣れて欲しくはありませんが……目を背けては生きることもままなりません」
行軍する騎士達を眺めていたストラは、3人へ向き直ると腰を折って続きの言葉を口にした。
「改めて……私達が守りますので、どうかこの世界の戦いを学んで下さい。勇者様はこの世界の希望です。そのご友人も軌を一にする事でしょう。この先長くなるであろう戦いの糧となるように、学び、そして刮目して下さい。そしてどうかこの世界をお救いください」
ストラは頭を垂れたまま、大樹の言葉を待つ。
狼狽える大樹の肩を叩き、雄也と耕介は明るく務めて言葉を放った。
「任せてくださいよ。大樹はきっとこの世界を救いますって」
「まるで最後のやり取りみたいな言い方だが、まだまだ教えて貰わねばならない事がたくさんある。死んでくれるなよ、ストラ先生」
「そ、そうだね! みんな生きて僕達にこれからも戦い方を教えて下さい! ほら、顔を上げて下さい!」
大樹がストラの上体を起こそうとすると、普通の騎士とは違う、とても重そうな白銀の騎士甲冑に包まれたラキアがのそっと現れた。
「最後の話は聞いていた。俺も同じだ。今回は見学がてらだが……戦う事態を避ける確約はできない。だが出来るだけ戦闘にさせないよう努力はする。だが遠目で戦っている所を見るのでは見聞にならんだろう。ダイキ様は俺が、ユウヤにはストラ様が、コウスケにはダルド様が気を配ることになっている。全員離れないように一緒にいること。勝手な行動は絶対にしないで欲しい。それと、3人にはこれを渡しておこう」
ラキアが取り出したものは大きな石がアクセサリーになったネックレスだった。
「身に付けている者を守る効果がある石だ。絶対に外すな」
有無を言わさぬラキアの力強い言葉に全員がコクリと頷く。
その様子にラキアはよし、と口元を緩ませれると白いマントを翻し、ダルドの乗った馬車に向かう。
「我らは馬で駆け、先行してサリアーラに入り魔物を狩る。気を引き締めるんだぞ!」
重そうな甲冑を身に付けているのに軽やかに登ると御者の横につく。
「では我々も参りましょう」
「良かった、馬車で行けるんだ」
「僕、馬車って初めて乗るかも」
「安心しろ。おれもだ」
「私は浅草で乗ったことあるな」
「それは馬車じゃなくて人力車じゃ……」
「運んでもらうんだ。同じようなものだろう」
そんな事を口にしつつ、ダルドが待っているであろう馬車へと向かった。
◇ ◇
サリアーラまで歩きでは約3日、馬車では飛ばして半日かかるという程には、首都ヴェネラルから離れている。
歩きで来る所謂後発隊は、食料や救助用の道具、復興作業などの木材などを運ぶために時間をかけての移動。
対して馬車で移動をしている異世界の勇者を含めた8人は、少しばかり緊張した面持ちで揺られていた。
「馬車で半日なら……着くのは大体夜になりそうですね」
「仕方ないです。騎士達を集め、物資を用意して作戦を立てて……これでも緊急招集をかけていたのです」
「あ、すみません。遅いとかそうは思ってないんです。ただ……」
「はい、どしましたか?」
「ちょっと思ったんですけど、サリアーラは魔物に襲われたって言ってましたけど、戦力になる人が全員こっちきていいんですか? このタイミングで例えば城が襲われたりでもしたら……」
「大丈夫ですよ。心強い2人が残っていますから」
大樹の問いかけに、ストラは信用をおいた顔で笑みを作る。
「2人?」
「おや? ご存知無いですか? 勇者様をお迎えした時にエレアノール様とダルド様と私ともう2人がいたと思うのですが」
「あーあの時ですか。はいはい………………みんな白装束で被り物被っていたので分かりません」
「あ、そういえばそうでしたね」
失念していました、と一言置くとストラは続け様に言葉を紡いだ。
「我が国──というより各大陸を納める大きな国は、4人の魔法使いを抱えています。この国では四柱などと呼ばれていますが、私やダルド様がその四柱の2人です」
「そして残りの2人がお留守番、と」
「左様。わしは土、ストラは水。リアスは火。ヨーデルは風。全員がそれぞれの属性を持っているんじゃ」
今まで会話に入って来なかったダルドも話しに加わり、この世界についてまた1つ知識を増やしていく3人。
「そういえば聞くの忘れていたんだが、師匠が土って言うが土の属性が得意って事なのか?」
「得手不得手も無論、あります。ですが、この場合は大精霊と契約を交わした人を指します」
「つまり、ストラさんは水の大精霊と、ダルドさんは土の大精霊と契約していると?」
「うむ。他2人もそれぞれの大精霊と契約をしておる。言わば大精霊に力を認められた人間なのじゃ」
ダルドは誇らしそうに目元を緩める。
同じようにストラもしている所から、相当誉れ高い事なのだろうと耕介は観察していた。
「いざとなれば上級魔法を使える2人です。それに騎士達も多く残っています。問題はないと言えましょう」
ストラは自信たっぷりと言い放つ。
その言葉を聞いて雄也はある一つの事柄を思い出していた。
「そういえば勇者も大精霊と契約しないといけないとか言われてたよな?」
「え? そうだっけ?」
大樹は記憶を探る。そして数分悩んだ後、そういえばそうだったっけと思い出したようだった。
「大塚君はもっと自分の事を大切にした方がいいと思うぞ」
「そこまで重要じゃないと思ってたので……」
「いえ、かなり重要ですよ。この遠征がなければ今日向かおうとしていた場所は水の庭園なのですから」
「水の庭園?」
「えぇ。水の大精霊がおられる場所です。今日はその入口まで行こうとしていました。その場所までは比較的安全なので」
ストラはこんな事になり残念です、と呟いた。
そのまま重苦しい雰囲気になってしまう。
馬の鳴き声、馬蹄の音に、風をきる音、地面を擦る音。
様々な音が馬車の中を奏でている中、雄也は再び何かに気が付くと、ストラに訊ねた。
「ストラさん。サリアーラの人達って無事……なんですか?」
「そう……ですね。早馬の情報ですと……半数程は地下にある避難用の檻に立て籠もっていると報告は受けています」
「もう半分は?」
「残念ですが恐らく……」
雄也の顔が見る見る内に青くなる。
「どうしたんだ? 古室君」
「もし、ですよ? もし……サリアーラに兄者か松永さんがいたら……」
その先の言葉は口にしたくない、というように黙る。そして、大樹と耕介はハッとした。
というのも、昨日見つけた神近知枝の話では、この世界に来た時、生命の危機に瀕していたのだ。
サリアーラの周辺で目を覚まして、サリアーラに行きそのまま──という可能性を考えてしまうのも無理のない話だった。
「き、きっと大丈夫だろう。2人ともトラブルメーカーではあるが、自分の身を守れるくらいには賢いはずだ」
「そう……ですよね」
「捜索を始めたらその方たちも一緒に探しましょう。その為にもまずは魔物を一掃しなければ」
ストラが頼もしい言葉を送ると3人は礼を述べる。その後、誰となく外の景色を見やる。
未だ姿を確認していない2人。
大樹の言うことが本当なのであれば、あの場にいた全員がこの世界にいるはず。
そして、この世界が危険であると認識すればするほど、心配が大きくなっていく。
憎めない存在でもあり、何となくみんなが集まる中心になる松永健治。
行動力はピカイチだが、時に周りを見ずに暴走してしまう九条昌人。
2人がどうか無事に生きているように、全員がそう願わずにはいられなかった。
◇ ◇
そして日が傾き、夕日がオレンジ色の世界を作る時間。
とうとうその時が訪れた。
馬車が唐突に止まったのだ。
「出たぞ!」
御者の横にいたラキアが叫ぶと、まずストラが外に飛び出した。
すでに戦闘態勢に入っているラキアの手には甲冑の配色と同じ白銀である、巨大な斧が握られている。
続いて雄也が、ストラの背後につくように馬車を降りる。
馬車が走っていたのは何度も人々が通っているからだろう、禿げて土が剥き出しになっているあぜ道。
そこから左右両端に少し外れると、草木が茂る林があり、そのさらに奥には森がある、そんな森に入る手前のような場所だった。
「これが……魔物」
同じようにダルドと耕介、大樹が馬車を降りて、魔物がいるであろう方向へと顔を向けた。
森の中から見えるのは見た目は体の大きい狼。
木々から覗くその姿は、テレビや図鑑で見たような狼とはとにかく違い、恐怖を覚える。
赤く充血した瞳。剥き出しになった鋭牙。そして、何より目の前にいる狼たちの数が、この世界を知らない3人に恐怖心をもたせていた。
「ざっと30はいますかね?」
「一人あたり10かの?」
「それで行きましょう。ダルド様。申し訳ありませんが彼らに結界をお願いしてよろしいでしょうか?」
「承知した。『大地の盟約においてダルドが命じる。かの者たちに大地の加護を。アースウォール』」
それは間違いなく詠唱だった。
ゲームでも、アニメでも見て現実には存在しないのに身近に感じる動作。
初めて見る本物の詠唱に、興奮喚き経つ内心を抑え3人は成り行きを見守る。
「ダルド様に強固な大地の壁を張ってもらった。この程度の魔物なら安全だ。だから全員そこを動かないこと。いいね?」
「「分かりました!」」
大樹と雄也はきっちりとした返事を返す。耕介は静かに頷いただけだった。
「そういえばラキアがどれだけ強いか知らないな。お手並み拝見といこうか」
耕介の言葉に、ラキアは不敵な笑いを浮かべた。
「そうか。ならば見ていろ。S級ギルドハンターの実力を」
そう言って地面を蹴ると、あっという間に数匹の狼との距離を詰めた。
「むん!!」
気合を入れ、ラキアが右手に持つ巨大な斧を、左から右に大きく横に薙ぐと、その風圧で木々の葉が揺れる。
そしてラキアが振り抜いた斧は、白銀に輝いていた刃を狼の返り血で曇らせていた。
ドサッと地に伏した音がすると、ラキアの巨体の向こうで、血飛沫があがる。
そこには頭の部分が欠けた狼の体が3体の亡骸が横たわっていた。
それはあまりにも一瞬の出来事。
それを目にした時に、大樹を始めとした3人は目の前の出来事を知覚した。
ラキアはその巨体から繰り出した一振りで、3匹の狼たちを屠ったのだった。
3人が唾を飲み込むと同時、近くにいた狼4匹がラキアに襲いかかろうと跳躍する。
だが、それを好機として口元に不敵な笑みを浮かべると、ラキアは甲冑を付けているにも関わらず、軽快な足取りで一歩下がった。そして、バッターボックスのバッターよろしく、両手で思い切り斧を振り抜いた。
一気に4匹へのカウンターが成立すると、すでに肉片と化した物たちが内蔵物をまき散らしながら、飛散する。それらは返り血にもなり、ラキアの甲冑を染め上げ、その不気味な赤さを際立たせる。
だがラキアはそんな自分の状態を気にすることもなく、更なる魔物を葬るべく疾走した。
先陣を切って勇敢に駆けるラキアとは違い、ストラは3人から少し離れた場所で佇んでいた。
「相変わらず見苦しい呼吸をしていますね。溺死させるのも一興ですが……今はラキアさんもいるので彼にお任せしましょう」
メガネの位置を調節し、羽織っていたローブを翻すと、ストラは右手を狼たちへと突き出し、詠唱を口にする。
『穢れ無き清浄の水に誓いしストラが命じる。悪なるモノを浄化せし聖なる水よ……囲え! ウォーターバインド!』
ストラが高らかに宣言すると、狼の周りを囲むように8方向から水柱が上がり、狼たちの動きを制限した。
ストラは突き出した手の平を上に向けると、拳を握る。
すると、その水柱は段々と隙間を埋めていき、やがてそれらはまとまって一つの大きな水柱となった。
『──凍てつけ』
まとまったタイミングでストラが言葉を放つと、それは一瞬にして氷結した。
周囲に冷気をもたらしながら、どこまでも透き通る氷柱の中には、狼たちが固まっているのが確認できる。
その様子はさながら氷のショウウィンドウのよう。
「あとはラキアさんに壊してもらいましょう」
ストラは自分で作った氷の柱にすでに興味を失くしたようで、次はどうやって仕留めようかと口にしながら、更なる標的を探し始めた。
耕介達の背後ではダルドがストラと同じように右の手の平を狼達に向けていた。
雄也がその状況に見覚えがあった。
それはダルドと初めて遭遇した時も同じような事をしていた。雄也が思い出した時には、ダルドは『グラビ』と呟いていた。
キャンキャンと弱々しい声を上げながら、足を折る狼たち。まるでお座りと強制されているようにその場に蹲る。
「いい子達じゃ。ほれ」
ダルドが両手を合わせると、ダルドの重力に捕まっていた狼たちが、まるで磁石のように一箇所に引き寄せられた。
「今楽にしてやるからの」
そう言ってダルドは合わせた手をゆっくりと振り上げる。その手に呼応するように、狼の『束』は地面を離れた。
それらはどんどん高度を上げていき、拳サイズくらいまで小さくなるとその上昇を止める。
じゃあの、とダルドが呟くと、両手を一気に振り下ろした。
空中にいた狼の『束』は勢い良く地面へと加速し────大きな衝突音と共に、土煙を巻き上げた。
「こんなもんかの」
両手をポンポンとはたきながら、佇む老人の背中は耕介に言い放った通り、ストラに劣らず余裕に満ちていた。
三者三様、それぞれが魔物を屠っている間、大樹と雄也と耕介は固唾を飲んで見守っていた。
血飛沫が飛びかい、肉片が転がり、生々しい臭いが鼻を刺激する。
3人の目の前で起こっている光景は、もはや動物虐待を通り越して地獄絵図だった。
だが、胃の辺りから迫る吐き気をなんとか堪えながらも、目を逸らさずに見守る。
目の前で起きている事を自分もできないと、自分達がやられる。
そして、世界を救うなんて大それた役目を果たして元の世界に帰るには、絶対に避けては通れない道なのだと自分達に言い聞かせながら。
そして数分も経たない内に、周りにいた魔物を一掃したのだった。
「ざっとこんなもんだ」
「今のはヴェネウルフ。この大陸、アクアヴェネラルに生息する大型狼です」
「ランクは低いが、群れで行動している事が多く、ちーと数が多いのが難点でのう。一度にまとめて倒すのが得策じゃよ」
一仕事を終え、満足そうに帰ってきた大人達だったが、3人は反対に浮かない顔で戸惑っていた。
「どうした? 言いたい事があれば言ってくれ」
血に染まった甲冑を身に纏うラキアは、親切で理由を聞き出す。
3人は目を見合わせると、一様に頷いて頭を下げた。
「すみません」
「えっと……ごめんなさい」
「すまん、師匠。全然参考にならないわ」
途中からラキアの動きが目で追えなかった。
ストラとダルドの魔法は、未だランタンに火をつけるようなレベルの自分達には、扱える気がしなかった。
圧倒的な剣と魔法の力を前にして、盗める技術など皆無だった。
分かったのは、目の前にいる3人が果てしなく強いということ。
少なくても数カ月で追い抜ける気がしない。ましてやこの人達が手に負えないという悪の王を倒すなどまったく想像が出来ず、道程の長さを改めて突き付けられたような気分だった。
大樹がため息を付きながら、この強大な力を持った人々にやられた魔物たちを憐れむ。
そして、あることに気が付いた。
「あれ?」
大樹の声に反応した雄也と耕介は、大樹の視線の先──魔物の亡骸があるであろう方へと視線を向けた。
「ん?」
「これは……」
気が付けば、さっきまで転がっていたはずの魔物たちの亡骸が失くなっていたのだ。
「死骸が失くなってる?」
「あぁ、説明をまだしていませんでしたか。魔物は倒してから一定時間過ぎると、その身を消滅させます」
「…………なんで?」
「詳しい原理は分かりません。とにかく、魔物の皮膚や鱗などを回収する依頼があったら、消滅する前に回収する必要があります。もちろん、回収した物は本体が消滅した後も残りますのでご安心を」
「……そういう所はゲームみたいなんだな。どっかの狩りゲーと同じじゃないか」
「さぁ、遅くならない内にサリアーラへ向かおう。この先まだまだ魔物に遭遇する恐れがあるからな。急ぐに越したことはない」
耕介の呟きをかき消して、ラキアが馬車に乗るように促す。
全員が乗り込んだのを確認すると、ラキアも御者の横に腰を据えて、出発の旨を伝えた。
そして再び、サリアーラへの道を走り始めたのだった。




