第4話 初めての魔法
大樹、雄也、耕介はエレアに、生き残るために訓練をつけてもらう事と、他にも3人の友人がこの世界に来ているかもしれない、と説明をすると捜索をお願いした。
そして、方針を打ち立てて一週間が経った頃。
とうとうその時がやってきた。
「魔法には基本、火、水、風、土と属性が4つに分かれています」
とりあえず一週間は運動して体力をつけよう、という雄也の言葉に耕介は反論したが、魔法が使えてもいざ動かないといけない位の体力は必要だという全国大会に出場できる実力を持つ雄也の力説を受けて渋々引き下がり、言葉通りに体を動かした一週間だった。
「魔法とは──多少の例外はありますが、空気中に多大にある魔力素を目に見える形や触れるものに変換、運用する事を指します」
そして今、耕介の念願の魔法についての説明がされている。
「全員の中に魔力を生成する器官が備わっています。魔法を使えない人はいません。これは心臓がその器官を担っているからです。心臓がなければ人は生きていけませんよね?」
城の中にも教室のような場所があり、教卓の目の前にある机に並んで座学を受ける3人。
「そして、魔法を使う上での制限があります。それは範囲と威力です。例えば全ての物を焼き尽くす業火、なんていうのが上級魔法にありますが、全ての物が焼き尽くされ、跡形もなく無くなるという『現象』を想像せねば、せいぜい中級止まりの魔法しか使えません」
その内の2人は座学が苦手なのか、すでに眠そうにし、耕介だけは興味津々といったように話に聞き入っている。
「範囲は自分がその魔法を使える範囲です。見えない遠くのものに対して魔法は使えない、といったものです。そういうわけで、魔法は集中力やイメージする力が何よりも大事です。ここまでで質問はありますか?」
分かりやすく説明してくれる目の前の男。
健康そうに見えて線が細く、メガネをかけて魔法について教えてくれる人物は名前をストラと言った。
弱そうに見えるがその実、水属性の上級魔法を使えるヴェネラル王国随一の魔法使い。
「ストラ先生は上級魔法を使えると聞いていますが、その結果を想像してるんですか?」
「えぇ。水が荒れ狂い、全てを飲み込み、それに巻き込まれる全ての命がもがき苦しむ様まで鮮明に想像できます」
「そ、そうですか……」
ウットリとしながら物騒な言葉を吐き出したストラを見て、質問した雄也と横に座る大樹はエレアの言葉を噛み締めた。
まともな先生だと思っていたが、エレアの言葉通りちょっとおかしな人だった、と。
「私も質問いいかな?」
「はいどうぞ」
「上級と中級の違とはどう見極める? 威力の違い?」
「そうですね。水と火の場合は、地形が変わってしまう程の威力を持った大魔法を上級魔法としています。僕の場合でしたら水を使いますので、荒れ狂う水の渦で木々のなぎ倒し、山を削ります。火であれば大地をも跡形もなく焼くでしょう」
「地形が変わらなければ中級というわけですか?」
「それは、一概にそうとは言えません。土は元々地形を変化させますからこの枠に囚われません。そして、土と風の上級は派生魔法といって二次的な影響をメインとしているものもありますので、地形が変わることとは違います」
「二次的?」
「はい。土は重力を操り、風は雷を呼ぶ。といったようなものです」
「重力か……ん? それは中級とかもあるのか?」
「はい。おそらくダルド様の事を言っているんだと思いますが、射程と威力を弱めた物を中級と呼ぶこともあります」
「なるほどねー。なんかそう聞くと分類はえらく適当なんだな」
耕介の言葉に、ストラは曖昧な笑いを浮かべる。
「そうですね。ただ、勇者様ご一行様なら知っておくべき事がここに入ってくるのですが、Aランクの怪物には中級魔法以下はほとんど効き目を持ちません。そういう意味ではAランク怪物に効き目があれば、上級魔法だと思っていただいて問題ないかもしれませんね。ただ、上級魔法はそう簡単に習得できません。戦闘をしない人々は初等科で教えられる初級魔法で十分生活出来ます。ギルドに世話になる戦士の中で、才覚があると言われる者でも、4属性の中級魔法を使えるのが関の山です」
「……なるほど。聞けば聞くほどRPGの世界だな」
「あーるぴーじー、ですか?」
「あぁ、気にしないでくれ。それよりも魔法の使用できる範囲についてだが、もっと詳しく説明してくれるか?」
「はい。先程も言いました通り、魔法は魔力素を変換させることで発生させます。ここでネックになるのが影響範囲です。この世界で魔法が使えない人はいません。ですが、魔法を放出できるかと言われますと足切りが発生します」
「もう少し分かりやすく説明してくれるかな。大塚君の顔が酷いことになっている」
口を開けたままボーッとし始めていた大樹を認識すると、ストラは苦笑いを浮かべて、少し思案するとそうだ、と手を叩いた。
「身近な物で例えましょう。これは火が分かりやすいかと思います。水を沸かす時、私たちは魔法で熱を発生させて温めます。大抵の場合、水は液体なので容器に入れて容器に触れて水を温めるのですが、容器に触れなくても水を温めることが出来る人もいます」
「接触していないと魔法の効き目が薄いということか」
「その通りです。ほとんどの人が距離に比例して、魔法の効き目は弱くなっていきます」
「それが100%発揮できる範囲が、人それぞれある、と」
「はい。サカキ様は理解が早くてとてもお教え甲斐があります」
「えーっと……昨日エレアさんがやってたのは、掌の上にある空気を温めてたから、手に触れない遠隔魔法を使ってるって事で合ってるかな?」
「エレアノール様が魔法を使ったのですか!?」
「え? えぇ。使ってて頼んだら……少しだけならって……」
「エレアノール様はあまり魔法を使いたがらないのです。とても珍しいですね」
「……なんか悪いことしちゃったかな?」
「ま、次からはストラ先生に頼もうとしよう。ところで、古室君は大丈夫か?」
「え? あ、いやー多分大丈夫じゃないですかねー」
ここ一週間の精力的な行動とは対照的に、今は黙って縮こまっている雄也。
その様子を見て、ストラは心配そうな表情を浮かべるが、耕介は先を促す。
「古室君は脳筋なんで、後で何回も分かりやすく私が教えておきますよ」
「はぁ……」
耕介の言葉に、反論の言葉を出さなかった雄也は、結局魔法を使うにはどうすればいいんだよ、という言葉を飲み込んで、その時を待つ。
「出来る、出来ないなんて魔法を使って体で覚えればいいんじゃないの? なんて言いたそうな顔をしてるな」
「いや、それは……まぁ。早く魔法使ってみたいじゃないですか」
こんな事を言っていますが? と、耕介はストラの様子を伺う。
初めての魔法、それを使う機会が目の前に来てる。お預けを食らっていた耕介もその気持ちは同じだった。
ストラは目を閉じると、やがて分かりました、と呟いて3人を見やった。
「とりあえず説明よりも実践。まずは初等科で教えられる初級基礎魔法をお教えしましょう」
「やったっ! 実践ですか?」
「はい、そうですね。魔法は集中力とイメージ力を必要とします。まずはそこから始めましょう。というわけでこちらに用意しましたのはガラスのコップ。中に水が入っています」
「なるほど。水を沸騰させればいいんだな」
「やっぱりこっちの方が分かりやすいや」
「うー出来るかなー」
ストラはニッコリ笑うと4つあるうちの1つを持って、大樹の目の前に立つ。
「これを持っていただいてよろしいですか?」
そう言って差し出されたコップには8分目まで水が入っていて、触るとコップはヒンヤリ冷たい。
これを飲んだ時の食道を通る冷たさと爽快感を想像して、大樹は唾を飲み込んだ。
「2人も同じようにしていただけますか?」
ストラの言うとおり、2人は順番にコップを手に取り、冷たさを確認するとストラの手に戻す。
「これがどうしたんだ?」
「冷たさを確認して頂きました。では、失礼して」
静かに大樹の机にコップを置いたストラ。
一歩下がると、腕を組んでコップに視線を向ける──そして、次の瞬間。
「「え!?」」
水の表面から水泡が我先にと泡立ち、湯気が所狭しと上へ登り、コップの表面には先程までついていた水滴が1つたりともなくなっている。全ては一瞬の出来事。
実際に触れていなくても、見ているだけで沸騰していることが分かった。
「慣れればこんな事も出来ます」
ストラが言葉を紡いだ次の瞬間には、泡立っていた水の表面は静かになり、湯気は消え、中に氷が浮いている。雄也が確認するために顔を近づけると、心なしか水の量は少し減っていた。
「「おー」」
「更にはこんな事も」
ストラは腕組を解くと、コップを取り上げて、それを逆さに持った。しかし、水は零れない。
「「おおー!」」
何かの手品かと疑う心もあるが、3人はこれは魔法なのだと、自分にも出来る奇跡なのだと期待を膨らませる。
そんな期待の篭った視線を受け、気分を良くしたストラは更なる魔法を披露する。
「勇者様には、最低ここまで出来るようになってもらわねばなりません」
ストラは何か呪文めいた言葉を口にする。
そして3人の後方へ手を向けると、手から水が勢い良く溢れ出した。
その勢いは止まることを知らず、どんどん溢れていく。
「うわわっ」
「ちょっと、これ足濡れるんじゃ」
大樹と雄也はビックリしてそんな事を言っていると、耕介は落ち着いて下を見ろと制した。
2人が足元を見ると、まるでそこに見えないガラスがあるかのように、水が貯まる向こう側と、水滴1つついていないコチラ側と分かれていた。
「初級はモノに影響を与え、中級魔法は自在に操り、使いたい時に呼び出す事が出来て、初めて習得と言えましょう」
ストラは指をパチンと鳴らすと、自分が呼び出した水を霧散させた。
「これは全ての属性に対して同じ事が言えます」
話しながら、ストラはそれぞれの机にコップを置いていく。
「では始めましょう。まずはコップを手に取り、コップを見て下さい。目を開けなくてもそのコップを形作る事が出来るくらいに。輪郭、水の量、水滴の一つに至るまで頭の中で再現できるように」
目の前で印象的な魔法を見せられた3人は、素直に言葉通り、コップに手を伸ばして手に取る。
ヒンヤリとした水が入っていて、その冷たさを感じる。
「覚えたら目を閉じてイメージして下さい。手に持っているそのコップは今は冷たい。そして、実際に手に持っているコップの感覚を遮断し、頭の中のコップに意識を集中しましょう。そのコップの水は段々と生ぬるい温度になる。イメージして下さい。飲んだら喉越しの悪い、触っても何も感じない、そんなコップの水を。それがイメージできたら自分の鼓動を感じ取り、手に意識を集中させて、イメージしたぬるい水がそこにあるように重ねあわせましょう。それが出来たら目を開けてみて下さい」
ストラの言葉通りに全員が静かに目を開けると、3人は浮かない顔をしていた。
その表情から、結果は火を見るより明らかだった。
「だー! ムズイ! なんだこれ!? 魔法ってもっとこう、呪文を唱えたらワーッと出るもんじゃないの!?」
「イメージって実際に冷たい物を持ってるのに温かい水なんて想像できないおー」
「ふむ……」
「最初は誰でもこういうものです。魔法も何回も何日も訓練してやっと──」
使えるようになる、そう言いかけたストラの言葉を言わせまいとするように、1つのコップからボコッと音を立てて湯気が上がった。
「あーそういう事。仕組みを理解したら魔法も案外簡単なんだな」
「え!? 榊さんすげぇ!」
「こーすけ先輩どうやったの!?」
「そんな……一回で? しかもサカキ様、あなたは今──」
「そうですね。コップを置きっぱなしにしました」
「魔法少女こーすけキタコレ!」
「やだ、榊さんカッコいい。濡れちゃう」
「あまりキモいこと言ってると、教えてやらないよ?」
「「ごめんなさい!」」
「しかしどうやって……」
初めて目にしたのだろう。予想以上に狼狽えるストラを見て気分を良くした耕介はしたり顔で説明した。
「状態変化は、つまるところ結果だけ見えてればいい。コップが冷たいとか熱いお湯をイメージするとかじゃなくて、『そこにあるコップは水が沸騰してる』みたいな感じで念じればいい。事実そうしたらこうなった」
「では、このお湯を凍らせることはできますか?」
「多分出来る。ちょっと待って」
そう言うと耕介は目の前のコップに視線を注ぐ。そして目に力を入れて『凍れ』と一言呟くと、沸騰していたお湯が一瞬にして黙り込み、パキッと音がなった。
大樹はコップに手を伸ばして軽く叩く。
「すげ。ほんとに凍ってる……」
「マジかよ」
年上の先輩が魔法を使った。その事実を目の当たりにして、動揺する2人。
ストラはマジマジと耕介を見つめると、あなたは一体何者なんですか? と尋ねる。
「ただのPCゲーオタです」
「ピーシーゲーオタ?」
「あぁ、気にしないで下さい。それより2人ともだらしないぞ。オタクなら、妄想族なら、これくらい出来て当然だろう。オタクだなんて恥ずかしくて名乗れないぞ?」
「いや、別にオタク関係ないと思いますが?」
「それにオタクだって言わないですし……」
「古室君。君は雪名と一緒にアハハウフフしている所を一回でも想像はしたことないか?」
「ぐっ、それは……」
「大塚君。君はみとこと一緒に以下省略」
「そりゃ好きなキャラですから、ありますけど」
「その妄想が現実になるといったら?」
「「!!?」」
耕介の言葉に、2人の目の色が変わる。
「やってる事はそれと何ら変わらない。想像してみろ。とてつもなく寒い冬の日。お前たちは寒さに震えながら、彼女の家に遊びに行く。すると、気を利かせて彼女が飲み物を持ってきてくれるシチュエーションだ。ほら、目の前にあるコップを見たまえ」
耕介が2人の目の前にあるコップを指差す。
耕介に誘導されて2人は目の前のコップを見つめる。
「お前らの彼女はおっちょこちょいだよな。手前でコケて、持ってきたお湯をお前たちの下半身にぶっかけた! どうだ? 熱いだろう? 熱くて思わず叫んで、ズボンを脱ぎたいくらいだ。でも紳士だから彼女の前で脱ぐことは許されない。その熱さと葛藤を想像できないお前たちではあるまい?」
口元を歪ませ、2人の目に力が入る。
雄也が視線を注ぐコップには、心なしか小さな気泡が見え始めている。
「コップがお前たちにかかる前、『寒かったでしょー』と言ってくれる彼女の笑顔を想像できないお前たちではあるまい? なら、その手に持ったお盆に乗っけられたコップの状態も想像できるよな?」
まるで暗示をかけているのではないか、と思われる目の前の光景にストラは声を出せない。
雄也のコップに変化が見られるのもあるが、2人の目が血走っている気がするのも原因の一端でもあった。
「そのコップがお前たちの目の前にあるものだ!!」
カッ! と2人が目を見開くと同時、目の前にあったコップから一斉に湯気が立ち上った。
「え?」「お?」
「な? 出来ただろ?」
「「すげー!!」」
自分たちの行なった魔法の第一歩に大樹と雄也は大喜びし、耕介は出来て当たり前という顔をして2人を見守っていた。
「いやはや……普通は3ヶ月はかかるものなのですが……さすがは勇者様とそのご一行様ですね」
ストラはそんな3人を見ながら頭を掻くと、3人を褒め称えた。
◇ ◇
「実は初等科で教えられる初級基礎魔法と言いましたが、これは初等科で教える応用魔法なんです」
「やっぱり」
「え、榊さん分かってたんですか!?」
「だって水の上級魔法を使える先生と言いつつ、沸騰させるのは火の魔法を使うだろ? その後に水の魔法で冷やす。2つの属性を使ってるじゃないか。応用というか、熱いと冷たいの二極魔法実践か。分子レベルで考えればすぐ何が起こっているか分かるけど、まー出来たからどうでもいいや」
「でも、あまり火の魔法を使ったってイメージはなかったなー」
「はい。まずはそこに気が付いて欲しかったという意図があります。魔法はつまるところ、想像したものを現実にする力。火も水も土も風も、集中して創り出したイメージを具現化する事でもあります。どの属性にでも当てはまる事なのを覚えておいて下さい」
「でもある、とは?」
「先程も言いました通り、2次的な効果が出るものもありますので、一概には言えません。特に雷は自然を呼び出すものなので、イメージ通りにはいかない事が多々あります」
「あーそういう事」
「それにしても、初級とはいえ遠隔魔法まで、いとも容易く使われるとは思いませんでした。そして水を凍らせたのは水の派生魔法。言わば氷の魔法です」
「へーそうだったんだ。けど、派生って言っても結局はイメージ力でどうにかなるんだろ? それに関してはここにいる全員が高レベルで持っている」
「イメージ力かー…………何となくですけど、兄者が一番凄いと思いますね」
「あーまさ先輩って妄想してすぐ暴走するからねー。あの人が魔法使えるようになったら……ちょっと怖いかも」
「うん。なんかすぐ色々な上級魔法とか使いそうだよね」
「まさか。そんな人は今までいた事がありません。私でも水の上級魔法を使えるのがせいぜいです。ダルド様も土の上級魔法でやっとでしょう。ですので、そんな方が仮にいましたら、勇者様と肩を並べてこの世界の歴史に残る人になるでしょう」
「あー…………それは……フラグにしか聞こえない。何となくだけど」
「うん……ある意味けんじ先輩と肩を並べて無茶苦茶やるからね……」
2人は合流した後の事を考えて、深いため息をつく。
耕介はその様子を見て、笑っていた。




