第2話 選択の余地とは
「いやいやいやいや」
大樹は頭、両手を大げさに左右に振って『勇者』という言葉にNOを付きつける。
「違う違う違う違う」
世界を救うって、つまりはそういう事?
みんなと協力してラスボス倒せば帰れるんじゃないの?
なら、何もこの大役が僕じゃなくてもいいんじゃないの?
大体、僕みたいな人が勇者を名乗るなんておこがましい、っていうか恐れ多い。
ビビりだし、優柔不断だし、朝起きれないし、勉強だってそれなりだけど知枝さんの前では口が裂けても出来るなんて言えないし。
そうだよ、僕なんかより全然向いている人達が身近にいるじゃないか!
頭の中で、いかに自分が勇者に向いていないかを列挙していくも、その言葉が口から出ることはない。
それが大樹という人間だった。
「どうか落ち着いて下さい。勇者様」
「だから僕は勇者じゃないって何度も言ってるよね?」
「どうか、私たちの話を聞きいて下さい、勇者様」
「いや、君達が僕の話を聞いてよね?」
「とりあえず、ここは話をするような場所ではないでしょう。勇者様、こちらへどうぞ」
「だから勇者じゃないって」
代わる代わる勇者と呼ばれていい加減うんざりし始めた大樹は、最後に勇者と呼んだ少し小柄な白装束を見て、ため息をついた。
どうやら、どう足掻いても凡人である自分を伝説の勇者に担ぎ上げたいらしい。
いきなり訳のわからない世界に呼び出されて、帰れるかどうか不安になっているのに、一方的な要求を押し付けてくる。
世界の前にこっちを助けて欲しいよ、そんな心境だった。
「とにかく、勇者じゃないんで勇者って呼ばないでもらえます?」
「では、お名前を御教え願えませんでしょうか?」
「…………大塚大樹」
「では、オオツカ・ダイキ様でよろしいでしょうか」
「あーえーっと……」
言ってから、やってしまったと気が付いた。
あまりに勇者と呼ばれるのが嫌な為に、本名を名乗ってしまった事を後悔する。
「どうしました? 勇者様?」
「あ、やっぱりいいです! オオツカダイキ様でいいです!」
だが、改めて勇者と呼ばれると背中に冷や汗をかくというかむず痒くなるので、慣れ親しんだ自分の名を呼んでもらう事にする。
この先の事は、今自分が置かれている状況を知ってから考えよう。勇者である事は除いて、と心の中で呟く。
そして、仕方なしに白装束達の言葉に従う事に決める。
「畏まりました。では、こちらへどうぞ。我が国の王がお待ちです」
その言葉に、動き出そうとした足をピタリと止めた。
大樹はすぐさま脳内で今言われたばかりの言葉を頭の中で反芻する。
そして、その意味に気が付く。某RPGゲームでは旅立ちの前に必ずお世話になる人物、王様。無論、勇者である事が前提だが今は不本意ながらそれをクリアしているように思う。
つまり、このまま王様の前にのこのこと顔を出せば、勇者として崇め奉られる事は必死だろうと、考えが行き着く。
大樹は辺りを見回しながら、どうにかして逃げなければ、と思案する。
だが、松明が照らすこの如何にも地下室っぽい石で敷き詰められた空間には窓は愚か、目の前に開ける道以外に人が通れるような隙間がない。
やはりこのまま流されて付いていくしかないのか、と諦めかけた時、中世にいそうな甲冑の騎士が慌ただしく走ってきた。
「失礼します! 不審者が城内に侵入した模様です! お力を貸していただきたくお伝えに上がりました!」
騎士はそう伝えると頭を下げた。
「姫様はどうか、安全な場所へ」
「大丈夫よ。それよりも、こんな時にどこの俗物? 誰か一人向かえばいいわよね。誰か行ってくれるかしら」
「では私めが」
「分かりました。頼みます」
大樹の目の前で、短くやり取りをした大樹と同じくらいの背丈をした白装束は、ゆったりとした動作で姿を消した。
同じくして、大樹は目を見開く。
全員が目だけが見えるような同じ白装束を纏っているので、特別気にはしていなかった。
だが、1つだけ違うことを知ってしまった。
これから自分を案内しようと率先していた小柄な白装束の、その正体を。
「えーっと……その、え? ひめ……さま?」
確認するように人指指を名前の通り小柄な白装束に向けて、尋ねた。
大樹の言葉に姫らしき人は振り返り、その頭に被っていたフード取ると大樹を見つめた。
「はい。私はこのヴェネラル王国の王女。エレアノール・リズ・ヴェネラルと申します。どうか気軽にエレア、とお呼び下さい」
優雅にお辞儀をしてみせる目の前のおそらく同年代くらいの王女に大樹は言葉を失った。
白装束で隠れて分からなかったが、綺麗な明るいブロンドヘアーに整った顔立ち。
映画で目にする有名な女優よりもずっと綺麗で遠い存在と思えるような人なのに、どこか親しみのある笑顔を大樹に向けた。
「あ、えっと……あ、その、ども。初めまして……大塚大樹…………です」
「えぇ。存じていますわ。勇者様」
ふふっと柔らかな笑みを浮かべると頭を下げ、こちらへどうぞと大樹の手を優しく取った。
「ここは狭苦しいでしょう。案内いたしますわ」
ふわっと鼻孔をくすぐる爽やかな香りに大樹は逃げようとしていた愚かな自分を心の中で罵り、鼻の下を伸ばしてエレアの後に続いた。
◇ ◇
「くっそ……ごほっ……はぁはぁ。一体、何なんだよ!?」
某有名な漫画に出てくるスタンド使いも、頷いて肩を叩いてくれるであろう事態に、古室雄也は一人毒づいた。
両手両膝を硬い石の上に付けて辺りを見回してみれば、ここはまるで中世に出てくる城の庭のようで、今自分がいる場所は噴水の縁。
その縁が四角く囲っている、今し方どっぷりと浸かっていた池を恨めしげに見つめた。
「何なんだよ。はぁ? 何なんだよ」
幸い溺れるほどの深さもなかったが、短く刈られた毛の先はもちろん、指の先やパンツの中までも水に濡れた雄也は、呼吸を整えると転がって縁を降り、短く刈られた芝生の上に寝転がるようにして仰向けに倒れた。
「何回でも言ってやる。何なんだ、これは」
先ほどまで暗い視聴覚室にいたはずなのに、気がつけば池の中にいて、今では突き抜けるような空が目の先に広がっている。
まるで先ほど見たゲームの中に入ってしまったような感覚に、まさかと鼻で笑う。
「いやいや。さすがにそれはないわ。いくらオレの欲望が巨大でもそれが現実になるなんて……。つまるところこれは白昼夢か何かだろう」
そう結論づけようとした所で、その言葉に説得力がないのは、誰よりも自分が分かっていた。
「だぁー! もう分かんね!! あー!! ってかここにいるのは俺一人か? 誰かいないの?」
基本的に自分のキャパを超えるような難しい事を考えない雄也は、上体を起こして再び辺りを見回す。
噴水付きの池に、一面絨毯のように緑々しい芝、その中にポツポツと立つ整えられた3メートルくらいの木々。
どこかのゲームで見たような風景に、雄也は自分の都合の良い推測が止まらない。
「これってマジで、ほんとに? え、ドッキリとかじゃなくて?」
だが、それと同時に心細さも感じてしまう。
「おーい? 兄者ー? 松永さーん? 榊さーん? 大樹ー? 神近センパーイ?」
もちろん、誰が返事をするでもなく、穏やかな風が雄也の体を吹き抜けた。
雄也は立ち上がると、意を決して目の前にそびえ立つ城を見つめた。
濡れた靴の感触が気持ち悪いと思いつつも、ジッとしていられない雄也は、何か分かりそうな手がかかりを探そうと歩き出す。
そして、一つ目の植木を超えた瞬間──中世の騎士のような格好をした人がいる事に気が付いた。
何かアクションを起こさねば何も始まらない、その一心で騎士に声をかけた。
「あのーすみません」
「? ッ!! 貴様! ここで何をしている!?」
「何って──」
「不審者だー!!」
ピィーッと警笛のような音を発すると、騎士は剣をスラッと抜く。
「…………マジで?」
雄也は目を点にして目の前の光景を呆然と見守る。そして騎士に剣先を向けられると、反射的に背を向けた。
──三十六計逃げるに如かずっ!!
背がまだ伸びていない中学生の頃、不良に絡まれた時に何度も使っていた戦術。
あまりにも淀みなく動いたお陰か、騎士は咄嗟に動きが取れず、一呼吸遅れて雄也の追跡を開始する。
見慣れない場所だからどちらに逃げればいいかも分からず、手当たり次第に曲がっていく。
3分も走っていればそれはもう十数人という騎士に膨れ上がるのだが、全国区の運動部レギュラーの体力を持つ雄也は未だ捕まらずに走っていた。
「待てー!」
「嫌だー!」
どうせ追われるなら女の子の方が良い、そんな思考の余裕を見せながらも、逃亡劇は続いていたのだが、終わりは実にあっけなかった。
ふと、目の前に現れた白装束をまとった人間が、雄也の進行を妨げるように立った。
背後にいる騎士と違うなと思った雄也は、心の中で謝りながらタックルするような体勢で武器を持っていなさそうな白装束の人物へと突き進む。
そしていざぶつかる数メートル前で、白装束が雄也に手をかざして言葉を紡いだ。
『グラビ』
その瞬間──まるで上から見えない力に抑えつけられるように自分の体が重くなり、そのまま耐え切れずに地べたに這いつくばるように倒れた。
「なん……だ……?」
まるで何が行われているか分からない雄也は、抗えない圧迫感の中、目の前の白装束を睨み付ける。
「ほっほっほ……あまり騒ぎにしてはいけませんよ」
しわがれ声で雄也を諌める白装束の主は、ゆったりとその頭につけたフードを外す。
そこには、何とも気の良さそうな老人が、雄也を悠然と見下ろしていた。
そして騎士たち数人が追いつき、倒れて動けない雄也に剣を突きつけると、老人はパチン、と指を鳴らす。
すると雄也を抑えつけていた力がまるで何もなかったかのように忽然と消えた。
「ダルド様! お手数をおかけしまして申し訳ありません!!」
雄也が手を後ろに縛られている最中、騎士を統率しているであろう一人だけ出で立ちが違う騎士が腰を折った。
「いやいや。それよりも、この見かけない客人だが……ワシに任せてもらえんかの?」
「はっ、如何されるのですか?」
「なに、無事召喚が成功した勇者殿と同じ格好をしているのが気になって……の」
チラリと雄也を見やると、視線をぶつけた雄也が身を乗り出す。
「同じ格好……? まさか……誰だ!? 教えてくれ! 他にもこっちに来てるのか!?」
「まー落ち着きなさい。すぐに会わせてやるからの。騎士長、数人ほど連れて行っていいかの?」
「はっ。ではこちらの3人と私が同行いたします」
騎士長と呼ばれた男は他の騎士達を持ち場に戻し、雄也はダルドと呼ばれた老人の後に続いて城の中へと入っていった。
◇ ◇
そして、雄也が大勢の騎士に追い掛けられている頃。
榊耕介は雄也の逃走劇を上方にあるバルコニーから観察していた。
「これって……一体どうなってるんだ? タミハスはどこへ行った?」
普段は無口な耕介も、一瞬にして景色が変わったことに驚きを隠せない。
今分かっているのは、ここは見知らぬどこかの国の城で、真下では雄也が追われていて、自分の好きな声優が出ているゲームが手元にない事だけ。
「あーもークソったれ。おファック」
最近はロックで成り上がっていくゲームがトレンドで、それに影響されてか世間を罵る言葉を吐き捨てた。
とにかく、と今置かれた状況を整理しはじめる。
間違いないのは、雄也は不法侵入者で不審人物だから追われてるということ。そして、自分も同じ立場だと考えた方がいい。
剣を抜刀していたという事は、ここは中世のヨーロッパなのか或いは……。
頭の整理をしていると、ふと静かになった事に気付く。
先程とはうってかわって何の声も、誰かが走る音もしない。多分、雄也は捕まったのであろう。
ならば早急に自分も姿を隠す必要がある、そう考えた耕介は立ち上がる。
「バカめ。私はそんな間抜けにはならな──」
「おい、そこにいるのは誰だ?」
バルコニーの扉を開けた瞬間、見回りの騎士に見つかり、耕介は逃げること無く捕縛された。
◇ ◇
「大樹!」
「雄也?! こーすけ先輩!?」
「クソッ。私としたことが……って、ん?」
片や王女に手を引かれ広間に現れた大樹。片や後ろで手を縛られ、跪かされている男二人。
後者からの冷たく射るような視線が容赦無く放たれる。
「良かったよー! ここにいるの僕だけじゃなかったんだねー」
「爆発しろ」
「もげろ」
「酷い!!」
二人の冷めた視線と言葉で焦る大樹だったが、それも長くは続かなかった。
「勇者様。もうすぐ国王が参られます。どうぞこちらへ」
手を引いていたエレアに促され、大樹は赤い絨毯が敷かれている真ん中へと立つ。
絨毯の横には雄也と耕介が膝立ちで大樹の行動を恨まし気に睨んでいる。
大樹は謂れのない二人の視線から目を逸らして、目の前に続く緩やかな階段と、その上に鎮座している大きな椅子に目を向けた。
これは所謂、玉座というものなのだろう。大樹はその雰囲気に圧倒され、息を呑む。
そして、その椅子の主が現れた。
大きな椅子とマッチするようなその大きな体躯から威圧感を覚え、王女と名乗ったエレアを含め、その場にいる全員が頭を下げた。
横を見てみれば、雄也と耕介も同じように、隣の騎士に頭を地につけられていたので、大樹も慌てて周りに倣って頭を下げる。
「頭をお上げ下さい、勇者様」
発せられたその第一声は外見通りの声質で、低く唸るようなそれでいて質のある力強い声だった。
「私はライザス・アストル・ヴェネラル。ヴェネラル王国を統べる国王をやっている者だ」
「ははは、はい」
あまりの緊張に唇が震える大樹だったが、その様子を誰も笑わない。
「この度、勇者殿を召喚したのは他でもない。この世界の危機を救っていただきたい」
「でも、僕は勇者じゃ──」
「額の刻印。それが勇者の証。あなたはそれをお持ちだ」
そう言われて初めて、大樹は鏡を欲した。
だが、この場にあるはずもなく、仕方なく手で額を触れる。
凹んだり出っ張ったりの違和感は感じられない。頼みの綱として、雄也と耕介を見やる。
雄也はゆっくりと頷き、耕介は意味深に口を歪めた。
二人の反応から、それは真実だと思い知らされ、いよいよ本格的に逃げ場がなくなっていく事に不安を募らせる大樹。
「この世界を見守る4つの大精霊と契約を交わし、世界に終焉をもたらすと言われる悪王を倒していただきたく、ここにお願いを申し上げる」
その言葉に、大樹はいよいよ本格的にRPGじみて来たなと心の中でため息をついた。
「もし、もしですよ? これはあくまでも例えの話ですが…………断った場合は?」
恐る恐る尋ねると、国王は威厳のあるその面をしかめる。
「そうなれば、あなた方を贄として新たな勇者殿を──」「大丈夫です! やりますよ! ごめんなさい、やります! やらせてください!!」
国王の言葉を遮って、大樹は若干涙目になりながら叫んだ。
国王もその言葉に安心したのか、それはなにより、と呟くと話をすすめる。
「勇者殿には、まずこの世界について学び、力をつけていただいた後、旅に出ていただきたく思っておりますが、不明な点はありますかな?」
「はい! 喜んで!」
もうすでに色々と諦めた大樹は、ヤケクソ気味に叫ぶ。
その態度を元気の良さと勘違いしたのか、国王はやる気で良かったと息をついた。
「何か不明な事があれば、娘のエレアノールが側近に付きますので、好きに使ってやって下さい」
「マジで!? 王女様を!? 好きに!?」
「こら、口を慎めんか!」
王女を好きにできるという言葉に反応した耕介。
周りの騎士は耕介の背中を抑えつけると、国王に非礼を詫びた。
「ふむ。そなた達は……同じような恰好に見えるが、勇者殿の縁者か?」
「えっと、はい。大事な友達なので出来れば離してもらえたらなーと思ってますが……」
「なんと!? 勇者殿の仲間でしたか! おい、今すぐにその方たちを解放しろ!」
「はっ!!」
騎士達は国王の言葉に短く返事をすると、瞬く間に二人の拘束を解いた。
二人は固まった筋肉を解すように軽く肩や首を回すと、大樹の隣へ立つ。
「我が国の騎士が大変失礼な真似をした。どうか許していただきたい」
国王が頭を下げようとするのを阻むように、大樹は慌てて先を促した。
「あの、とりあえずこれからどうすればいいですか!?」
「今、勇者殿の歓待の宴を用意させております」
「宴……ですか。なら、それまで休んでていいですか?」
「分かりました。エレア、勇者殿の案内を任せるぞ」
「畏まりました。国王陛下」
「では宴の用意が整い次第、お呼びしますのでしばしお待ち下さい。それでは失礼」
そう言って国王が立ち去ると、エレアは大樹達の前で一礼する。
「ではこちらへどうぞ。勇者様のお仲間様にも部屋をご用意しております」
「え? あ、あぁ。ありがとう」
「勇者様、頑張って」
「勇者様、鬼畜ルートマダー?」
「いや、ほんとお願いだからヤメて……」
エレアの案内で3人は玉座の間であろう、大広間を後にした。




