第19話 水の大精霊3
ウンディーネが現れてから、かれこれ2時間が過ぎようとしている頃。
「もう、大丈夫です」
背筋を伸ばしながら、雄也はゆっくりと身体を解していた。
体力が回復したであろう雄也の様子を見て、おもむろに耕介が立ち上がる。
雄也がウンディーネにお姫様抱っこされて移動することを断固として拒否を貫いた為、この場でしばらくの休憩をとっていたのだ。
「よし、帰るとするか」
「そうですねーエレア様も待ってると思いますし」
「早くお姫様を陵辱してくれよ。勇者様」
「その話また蒸し返しますか。ウンディーネ様もいるんだし、もうやめましょ……って、雄也ほんとに大丈夫?」
「え? あぁ……」
ウンディーネという単語に一瞬にして表情を固くした雄也は、そのまま横目で湖の方へと視線を向けた。
少しだけ時間がほしいと言って湖の中へと姿を消したウンディーネは、未だ戻らない。
何をしているのか気になると言えば気になるが、干渉してまで聞き出そうとは思わない。
自分の理想とする外見、声を持った水の精霊。
契約する時のことを欠片ほどでも思い出そうとすると、顔面から火を吹き出しそうになる。
だが、そんな荒ぶる感情の奥底で────一つの言葉が、雄也の感情を冷静にさせるように手綱を握っていた。
いや、本当はその逆で、感情を振り回している原因はその言葉なのかもしれない。
『覚悟を決めろ』
ウンディーネに言われた言葉を思い出し、雄也は自分の掌に視線を落とす。
夢ではない、夢の様な世界で、確かに自分はウンディーネの胸を刺した。
その感触は否応無く、今でも感覚として残っている。
肉を貫く感触。
神経を断つ感触。
内臓を潰す感触。
そのどれもが魔物と戦い、味わってきた感触だったのだが────ウンディーネを刺した感触もまた同じものであった。
いつの間にか、魔物を殺すことに躊躇いを覚えなくなった自分。
この世界では許されていることとはいえ、生きるものの命を奪う行為に慣れてしまっている。
────人を殺すことにも、いつかは慣れてしまうのだろうか?
自分自身に問いかけたその疑問に、答える術を持ち合わせていない。
人を殺したことはおろか、今は人を殺したいとさえ思ったことがないのだから。
「気にしない方がいいよ?」
「……え?」
不意に横から肩を叩かれた。
「眉間に皺を寄せて考えてもさ、答えって出ないと思うんだ。こういうのは考えたってしょうがないじゃん?」
大樹の言葉に呆気に取られる雄也。
自分の考えていたことが顔に出ていたのだろうか。
しかし雄也は、それを恥ずかしいと思う前に、少しだけ安堵感を覚えていた。
「そう、だよな」
「最初は苦手でも、少しずつさ……怖がらずに慣れていこうよ? 色々あるかもしれないけどさ、きっと悪いことじゃないよ! だから、さ────」
きっと大樹には、自分の迷いがバレているのだ。
だから、それを悪く無いとフォローをしてくれている。
そうだ。今くよくよ悩んでもしょうがない。
覚悟はその時になってから決めればいい。
今は大精霊の力を借りることが出来たことを喜び、城に帰ろう。
大樹の心遣いが、落ち込みつつあった雄也の心をゆっくりと引き上げていく。
理解ある友人を持てて本当におれは────
「いつかは雄也の女嫌い治るって!」
────おれは、なんて、馬鹿なんだ。
◇ ◇
「お待たせしました」
それから数分と経たない内に、ウンディーネが再び湖から姿を現した。
「いえいえ、もう支度はよろしいのでしょうか?」
「……はい。遅くなって申し訳ありません」
「いやいや、そんなめっそうもない!」
「いえ、ですが────」
「いやいや────」
敬語の応酬をしている3人を遠目に見ている雄也は、大きくため息を吐いた。
「もう何でもいいんで、さっさと帰りません?」
「…………小室君。君はもう少しウンディーネ様を敬おうとする気持ちはないのかな?」
「は?」
「せっかく契約をしてもらったんだ。もう少しありがたがってもいいんじゃないのか?」
「…………いえ、別に……」
契約、という言葉から連想する出来事を思い出してしまい、耕介から目を背ける。
すると、大樹も耕介の援護射撃を始めた。
「未だにウンディーネ様と目を合わせもしない、半径3メートル以内に近付こうとしない。何が不満なんでしょうね?」
「いや、だって────…………ほら、おれは女苦手ですし。エレアさんともこんな感じだったのは大樹も分かってるだろ?」
「いやいや。契約して仲間になったんだしー? お姫様のエレア様と同列に扱っちゃダメでしょー?」
「…………なんか大樹、随分刺のある言い方するね? もしかして拗ねてない?」
「は、はっ? べっつにー? どうせ僕は勇者っぽくないし? どうせ他の大精霊と契約できないだろうし?」
「いや、おれだって契約したかったわけじゃない。あっちが無理矢理────」
「無理矢理?」
と、その先を言おうとして、雄也は言葉を飲み込んだ。
これ以上はヤブヘビだと判断して、急遽別の話題を提供する。
「と、とにかく。ストラ先生が待ってるし。早く戻った方がいいだろ」
「まー確かにそうだけどさ……」
「そういう事にしておいてやろう」
大樹はまだまだ不満があるというようでブツブツと呟いているが、耕介はすんなり追及の手を緩めたので、雄也は意気揚々と歩き出す。
「というわけで、これから私たちの住んでいる城にまで来て貰いたいのですが、ご足労願えますか?」
「はい。あなた方に付いて行くと言った以上、もちろんお伴させてもらいます」
「恐縮です」
そんなウンディーネと耕介のやり取りを見て、大樹は前を歩く雄也に小声で話す。
「……なんかこーすけ先輩が敬語を使ってるとか違和感を感じない?」
「確かに……なんかいつもふんぞり返ってるイメージだったし。あと大樹、違和感は覚えるとかだからな。念のため」
「頭痛が痛いっていうのと同じだね!」
「分かってるなら使えばいいのに」
「おい、聞こえているぞ? 随分な言い様じゃないか。大精霊様の御前だぞ?」
「……なーんかこーすけ先輩の言い方、引っかかるんだよなぁー」
「あの、そのことですが……私も一応仲間になったわけですし、敬語を無くしていただきたいのですが……」
そんなウンディーネの発言に、耕介は今までのにこやかな顔つきから一転、驚愕の顔へと変わった。
なぜそんな顔をしているのかは、他の2人には簡単に予測がついた。
つまり、中の人をウンディーネを通じてみていたのだ。
二次元はもちろん、声優に重きを置き、好きな声優のイベントには足繁く通っている耕介にとって、声優は崇める対象となっている。
だからこそ、自分と同じ視点に立つということが受け入れがたいのだろう。
「分かり……ました……」
「それじゃ、ウンディーネさんて呼んでいいのかな?」
「はい。ですが、契約者であるユウヤは、是非とも呼び捨てでお願いしたく思います」
「は!?」
まさかの話の振りに思わず雄也は素っ頓狂な声を上げた。
ウンディーネを見やると、口元に悪戯な笑みを浮かべている。
他の2人の視線は雄也へと向いているので、ウンディーネの表情には気付かない。
「だめ……でしょうか?」
150cm後半とやや小さめなウンディーネは、180cmを超える雄也の懐に軽やかに滑り込むと、上目遣いで雄也に尋ねた。
全て狙ってやっていると確信するが、残念ながら有効な返し方を知らない雄也は、慌てふためくのみ。
「────ッ、わ、分かった! 分かったからくっつかないでくれ!」
「ウンディーネ、です。ユウヤ」
「ウンディーネ、離れてくれ!!」
「はい」
やや叫び声混じりにそういうと、嬉しそうな顔をしたウンディーネは雄也から三歩ほど離れる。
すると今度は、現実と折り合いをつけたであろう耕介が、ウンディーネの方へと歩み出た。
「…………ではウンディーネさん、私のことは『コウスケくん』とお呼びください。そして小室君の事は是非、マスターとでも呼んであげて欲しいです」
「マスター、ですか?」
雄也と大樹は、「あーそうきたかー」と、内心で空を仰ぎながら頭を押さえた。
普通の人では絶対に分かり得ない、思わず口元を緩ませるようなイヤらしいというべき欲望が、耕介の瞳に映っている。
オタクなら誰しもが思うこと。さらに言えば、ある意味それは誰もが羨む勲章。
そして、雄也はその勲章を手にしている数少ない内の一人である。
それは────
「そうです。マスターとは契約相手という意味です。ところでその前に、私の名前を呼んでもらっていいでしょうか?」
「コウスケくん。これででいいでしょうか?」
「────────────」
声優に、自分の名前を呼んでもらうこと。
生まれて初めて勲章を手にしたことで、まるで時間が止まったかのように、耕介はその場で固まった。
やがて目元から感涙であろう雫が零れ落ち、耕介は祈りを捧げるように膝を折った。
「神よ。私はこの世に生を受けたことをこれほどまでに感謝したことはありません」
胸元で十字を切る耕介。
そんなどこまでも冗談みたいなやり取りを見ながら、雄也はとあることに気が付いた。
「って、サカキさん、嘘教えないでくださいよ! マスターって、主とかそういう意味ですよ! ウンディーネが──」
「わたしは大丈夫ですよ。マスター」
輝かしい笑みを零しながら口にするウンディーネ。
その笑みが全てを物語っていて、雄也は膝を付いて項垂れた。
この一連の流れで確信する。
祈りを捧げている耕介は、ウンディーネを中の人とは認識せず、いちキャラクターとして見ることにしたのだろう。
微笑み返すウンディーネは、得体の知れない不安が残っている。というより、もはや爆弾だ。
大樹に至っては言わずもがな。
雄也はこの世界に召喚されてから初めて、頭が痛くなる事態を目の当たりにした。
◇ ◇
ウンディーネが右手で空間を払うと、閉ざされていた空間の壁が扉へとゆっくり変わっていく。
それを開くと、数時間ぶりの水で彩られた庭園が4人を出迎えた。
心地よい風が3人の帰りを歓迎するように頬を撫で、それに応えるように3人は新鮮な空気を吸い込んで大きく吐いた。
広いとはいえ、密室にいたという心理状態から来るであろうストレスが、そうさせたのだろう。
無論、初めての大精霊との契約という大任があり肩肘張っていたものが解れたという事もあるのだろうが。
とにかく、何か大きなことをやり遂げたという実感が、この深呼吸をしたことにより心内に湧き上がった。
「いやー、一時はどうなるかと思ったが、無事に全てが終わって良かった良かった! 本当に小室君、よくやった!」
普段の耕介からは考えられない程テンションが高いのも、極度の緊張から解き放たれたからでもあるだろうが、間違いなく他の要因が大部分を占めているだろう。
すっかりご機嫌になっていて、雄也の肩を何度か叩きだした。
「気絶してしまうくらい激しい戦いをして、結果力が認められたって事は、小室君はラキアの願望通り、かなり力をつけたんだろうな」
「雄也凄いねー! さすがだよ!」
「え、えぇ……」
「そういえばそこら辺聞いてなかったですね!ね、どんな風に戦ったの!? やっぱりフィールド的に海? 海とか水の魔法とか使ってた!?」
「え? あーいや、どうだったかなーちょっと覚えてないなー」
そんな大樹の純粋な質問に、雄也は答えをはぐらかす。
何をしたのか覚えてないと言うよりは、思い出したくないという想いが大半だ。
そもそも、本当にウンディーネの攻撃を避けていただけで自分からは攻撃をしていない。
だから契約を勝ち取ったと言われても、首を傾げたくなるのが雄也の本心だ。
「まー激しく消耗していたのなら仕方あるまい。ウンディーネさんから見て、小室君は頑張っていたのか?」
「そうですね……ユウヤは……早かったですね」
「「おぉ!」」
「私の攻撃を次々と避けていく様は、感心を通り越して怒りになってしまうほどでした……」
「「お、お……お?」」
「もちろん、冗談です」
「「ですよねー!!」」
(…………何なんだ。この三文芝居は)
雄也は内心で毒づくと同時に、そもそもだ、と雄也は考える。
このウンディーネには、ところどころ不審なところがある。
契約した事によりこの世界に顕現したのは分かる。
自分の理想とする声に、自分のよく知るゲームの知識から引用した姿……なのはまだ分かる。
だが、あの時見たこれから戦うという時の爛々と輝き、目の前にご馳走が並べられた時のような────戦闘を楽しもうとする目が雄也の頭にこびり付いて離れない。
そして先程の笑み。
そこから導き出される答え────ウンディーネはキャラを作っている。
お淑やかで清楚、元の世界で言えば大和撫子と言えなくもない佇まい。
雄也の前を決して歩かずに、半歩左後ろでついてくる水の大精霊。
なぜそのような性格をしているのかは分からないが、猫を被っているのは間違いない。
自分が契約をした手前、あまり下手なことは言わない方がいいと考えるが、それでも目の前で友人2人と戯れているウンディーネの事をいまいち信用出来ないのも確かだ。
だが、そんな胡散臭いウンディーネの猫被りより、何よりも懸念すべきことが他にある。
(キスをして契約しただなんて知られたら……考えるだに恐ろしい)
確固たる誓いを互いに約束したわけではないが、あの学校、あの教室で集まった6人の中で『彼氏彼女を作るとか……分かってるよな?』という不文律があった。
それは雄也が兄者と慕う昌人が起こした一件からも明らか。
通称、『真夏の果実事件』。
2次元は最高だ。2次元は素晴らしい。2次元こそ桃源郷。
3次元はいかに泥沼で、3次元はいかにイヤラシく、3次元はいかに残酷かを頭に刷り込まれた。
尊い一人の犠牲によって。
あの時の他4人の団結力は凄まじく、そして同時に雄也は恐怖を感じた。
そんな前の世界での出来事を思い出していると、庭園の出口に差し掛かった。
「みなさん!」
全員の姿を認めた所で駆け寄ってくるのは、付き添いで水の庭園まできていたストラ。
雄也の装備が無いことに大きく目を見開いたが、他の2人と変わらない様子を見ると、ストラは大きく安堵の息を吐いた。
思ってた以上に心配をかけてしまっていたのだろう。
「ご無事で何よりです」
「ただいま。ストラ先生」
「滞りなく、水の大精霊と契約してきたぞ」
「ほんとうですか!?」
「はい。こちらが、水の大精霊であるウンディーネです」
雄也の少し緊張した紹介を受け、ウンディーネは一歩前に出て会釈をする。
ストラは背筋を伸ばし、握った右手を左胸に掲げて頭を下げた。
「お初にお目にかかります、ウンディーネ様。私はこの大陸の守護を任されし──」
「知っていますよ。ストラ・エヴェンダ・ディエラ・アクアヴェネラル」
「…………はっ! ありがたきお言葉」
水を象徴する大陸、アクアヴェネラル。
この大陸を守護する4柱の1人であるストラからみれば、ウンディーネは絶対権力者である。
その言葉は生命よりも重く、ウンディーネが世界のために自害しろと命令すれば、ストラは有無を言わずに命を絶つ。
それほどまでに命令の強制力がある人物。
そんな大精霊の眼鏡にかない、アクアヴェネラルの名前を与えられた、という話を水の庭園へ向かう途中、ストラが説明していたことだ。
だが、その言葉に3人は疑問を持った。
「榊さん」
「あぁ。小室君も気が付いたか」
「僕も気が付きましたよ!」
「…………一応期待はしていないが、言ってみろ。大塚君」
「まさか初めてだったなんて思いませんでした」
「ほう?」
「初めて聞いたんですけど、ストラ先生の本名って意外と長いんですね」
「ストラ先生、お初にお目にかかる、とはどういうことだ? まさか、契約者なのにも関わらず、顔見せもしていなかったと?」
横で驚愕の顔を浮かべる大樹を無視して、耕介はストラに問いかける。
「言葉通りですよ。ウンディーネ様の姿をお見かけしたのはのは、これが初めてなんです」
さもそれが当然と言わんばかりに、ストラはそのことをあっさりと認めた。
その流れで3人がウンディーネを見やると、その言葉を証明するようにウンディーネもまた頷いて、補足をする。
「本来、精霊というのは目に見えないと話しましたね? 今私の姿を見ることが出来るのは魔力を提供してくれているマスターのおかげだからです」
「もう本当にマスターって呼び方変えないつもりなのね」
「なので、マスターと契約しなければコウスケくんはもちろんのこと、ダイキにも私のことは見えなかったでしょう。ストラや他の契約者ももちろん、私の姿を知るものはいません」
「なるほど。……ん? 顕現できるような契約は、今までしなかったのか?」
ギクリ。
雄也は思わず耕介を横目で伺う。
完全にウンディーネに意識を向けているようで、雄也の視線に気が付かない。
視線の先のウンディーネに視線を向けると、目が合った。
まるで雨上がりの花弁のように瑞々しい唇が、好意的な笑みを作って雄也に向けられている。
そしてその口から、水のように言葉が紡がれた。
「そうですね。マスター程に私を満たしてくれる人はいませんでしたから」
逃げ出したい、雄也は衝動的にそう思った。
「ほう? 小室君はそんなにウンディーネさんに気に入られたのか! 一体何をしたんだか」
されたんだ! などと叫ぶこともできない雄也は、黙って視線を逸らす。
そんなやり取りを見ていたストラは、困惑の表情を浮かべた。
「あの……ひょっとして、ウンディーネ様と契約したのは……」
「契約したのは雄也ですよー」
「…………え?」
勇者である大樹が無責任にも言い放った言葉。
ストラがそれを受け止めるのには、数秒を要した。
「え、えっと……それならば、勇者である大塚様との契約は……」
「大塚君との契約は無理らしいぞ」
「────────え?」
思わず間抜けな声を出してしまうストラ。
だが、それに自分が気が付いた様子はない。
「はい。コウスケくんの言う通りです。申し訳ありませんが……顕界を維持するためにマスターとの契約を強固な繋がりにしました」
「そう……なの、ですか」
ウンディーネのお墨付きをもらい、あからさまに肩を落とすストラを見て、雄也は心の中で何度も謝罪の言葉を繰り返した。
自分から進んで行ったことではない行きずりの契約とはいえ、契約を破棄して大樹と再契約させようとしても、きっとウンディーネはそれを許さないだろう。
何が目的なのかは本当に分からないが、ウンディーネは先程から周りに悟られないように、ニヤニヤと笑みを浮かべて雄也を横目で伺っている。
まるでいじり甲斐のある楽しいおもちゃを見つけたような視線を向けられれば、ウンディーネが雄也を解放するつもりはないのだと、絶対に、間違い無く、確信を持って断言できる。
そんな雄也の心内を楽しんでいるであろうウンディーネは、そういえば、と言葉を続けた。
「ストラには言ってませんでしたけど、私は大精霊としてではなく、一人の生物としてこの世界に顕現しました。これがどういう意味を持っているかお分かりですね?」
「……まさか、大精霊の座をお降りになったということでしょうか!? では、今は──」
「大丈夫です。後任の精霊に全てを任せてきました」
「……なるほど。では、覚悟をしておいた方がよろしいでしょうか?」
「いえ、少しだけ不便をかけるかもしれまそこまでではないと思っていますが……何せ初めてのことですから──」
「ストラ先生。すまない、全く状況が掴めないので質問をしたいのだが」
2人だけで進む会話に、耕介が申し訳なさそうに2人の会話に入り込む。
現状を把握したいのは全員が同じなので、他の2人もそれに続いた。
「そうですね……端的に言ってしまえば、大精霊という立場の移譲です」
「…………え、移譲ってそんなこと出来るのか?」
さすがの事態に、耕介は目を丸くする。
「基本的に、大精霊とはその大陸を守る守護精霊のことを指します。ですが今回、ウンディーネ様はコムロ様と契約することで、その役目を終えられたようです」
「ということは、今ウンディーネさんは大精霊じゃないということか?」
「そうなりますね」
「えっと……辞める自分の代わりに、新しい精霊を大精霊に指名したということですか?」
続く大樹の疑問には、ウンディーネが説明を引き継ぐように答えた。
「そうです。私の後任にルサルカを大精霊に据えました。あの子なら私が教育しましたし大丈夫でしょう」
「ん? …………あれ? ウンディーネさんが大精霊じゃなくなったのなら、雄也の契約はどういう扱いになってるんですか?」
「マスターと強固な契約したことで、私はマスター専用の大精霊となりました」
全く邪気がない笑顔を零すウンディーネ。
「……クッ! 馬鹿な! 雄也専用だと!?」
「慌てるな小室君。格の違いが戦力の決定的差ではないことを思い知らせてやろうではないか」
「そういうネタはいいですから。っていうか、大精霊と普通の精霊ではさすがに違うでしょ。決定的ですよ」
本気かネタか分からない物言いの2人に、雄也は呆れながらも律儀にツッコミを入れた。
何のことか分からない残りの2人は疑問符を頭上に浮かべている。
軽く咳払いをしてから、耕介が問いかけの続きを始めた。
「ウンディーネさんが小室君専用になったとすると、他の守護者たちとの契約はどうなるんですか? 破棄とか? ストラ先生とか、上級魔法が使えなくなったりとかするんですか?」
「その心配はありません。他の守護者との契約は、ルサルカが引き継ぐ形となっています。ですが、今までの感覚で上級魔法を使おうとすると少しだけ違和感を覚えるということくらいです。そこまで大差ないとは思いますが……」
「なるほど……」
耕介は顎に手を当てながら思案を巡らせる。
「なるほどって、こーすけ先輩マジで分かるんですか? では3行で」
「水の大精霊2号はルサルカ。
小室君専用ウンディーネさん。職業大精霊。
大精霊じゃないけどウンディーネさんマジ大精霊だから問題ないよね!
こんな所か」
「なるほど。分からん」
「………………ツッコミませんからね」
これまでの話をざっくりとまとめた耕介の発言に、雄也は力無く肩を落とした。
雄也としては、精霊や大精霊についてなどといった小難しいことは覚えられそうにないから耕介に全てを放り投げたのだが、その代償がこんな扱いとは溜息も出るというものだろう。
「目に見えないだけで精霊が他にもいるという話を聞いた時に、可能性の一つとしてそういうことがあってもおかしくはないと思っていたが…………ん?」
「どうしました?」
「ウンディーネさん、大塚君が新しい大精霊と契約する、というのは出来ないのだろうか?」
「…………あ、確かに」
「おぉ? こーすけ先輩の名案キタコレ!?」
耕介の言葉に大樹が勢い付いたのも束の間、ウンディーネの一言に陰りを見せた。
「そうですね……水の大精霊となったルサルカ個人がダイキを認めることが出来れば……契約出来るかもしれません」
「認める……? あの、契約ってことは、もしかして……?」
「はい? なんでしょう?」
大樹の言わんとする言葉の先が分からず、ウンディーネは首を傾げる。
「大塚君は戦うかどうかを聞いているんだと思いますよ」
「そうだったのですか。もちろん戦います。契約者として、水の上級魔法を扱えるだけの力を見せてもらわねばなりませんので、必然的に1対1の戦闘になるでしょう」
「だってさ。どうする? 大樹」
「雄也、分かってて聞いてるよね?」
「そうだな」
特に興味がないといった様子で、雄也は相槌を打つ。
そんな2人のやり取りを見るストラは、安堵したように息を吐いた。
「では、もう一度──」
「早く帰りましょう!!」
「ストラ先生、今こいつに希望を持ちましたね? 甘いですよ」
「は……? え、えっと……」
「大丈夫だと思いますよ。一応、契約して大精霊であったウンディーネを仲間にしていますし」
「は、はぁ……」
「安心しなさい、ストラ。私はちゃんと使命を全うしますから」
「…………分かりました。では、これからもよろしくお願いします!」
深く頭を下げるストラを見て、ウンディーネは満足そうに頷く。
「それでは帰るとしようか」
それぞれが頷き、城に帰るため、馬車へと歩き出した。




