第17話 水の大精霊
長くなりそうだったので、分割します。
「本当に大丈夫なんですかね?」
「気長に待とう。無理に何かしようとしても無駄な気がする」
湖の畔。
大樹と耕介の2人は湖を眺めながら雄也の帰りを待っていた。
すでにあれからどれくらい経ったのか正確には分からない。
だが、この世界に慣れてきた2人は体内時計が出来ていて、どれくらい時間が経ったかの予測はついた。
「でも、もうかれこれ3時間くらいは待っていますよー」
「こっちの時間の流れと向こうの時間の流れが同じとは限らんぞ。何せファンタジー世界だ」
「……ってことは、2,3日ここにいなきゃいけない可能性も?」
「まぁ、ゼロではないな」
「うへぇー!」
心の底に溜まった不満を溜息とともに吐き出し、大樹は大きく後方へと身体と手足を投げ出した。
そのままゴロゴロと転がって、暫くして止まると部屋の上方を見上げた。
真っ青に広がっている空。だが、それは見せかけの空で、ここは水の神殿の内部だと分かっている。
外から外観は見えていたので、この建物はそこまで大きくはないはずだ。なのにこの成層圏まで行けそうな突き抜ける青い空はなんだろう。
そんな疑問がふっと湧き、それを可能にするこの神殿の主のことに思い巡らせる。
魔法の世界。不思議な力が蔓延るこの世界。
いったい何がしたいんだろう。誰が魔法なんて考えついたんだろう。
良く言えば平和主義。悪く言えば事なかれ主義。そんな大樹の頭の中で、そんな疑問が頭を過る。
一方、何かをブツブツ言っている大樹に一瞥もくれず、耕介はただジッと湖を見つめたまま、頭の片隅に引っかかった情報を探ろうとしていた。
何かが引っかかっている気がして、落ち着かないのだ。
あと1ピース。何かを見落としている気がしてならない。
「それはそうと、これで水の大精霊と契約したら旅に出なきゃいけないんですよねー?」
「だろーな」
「契約ってどんな感じなんでしょうねー? 書類を書くわけじゃないだろうけど……」
「どーだろーな」
「世界が滅ぶって言われてますけど、実際のところいつ滅ぶんですかね? ゲームとかでは時間の流れとかなかったからレベル上げとかいつまででも出来ましたけど、現実的に考えてタイムリミットとかあったりするのかな……」
「さーな」
「預言者とかいるんですかね?」
「いるかもなー」
「ゲームじゃなくて現実の世界なら、悪王そのものが攻めて来るとかありそうですよね。勇者の芽は早めに潰しておくべきとか考えてる国民的RPGの第4弾みたいな積極的な奴だったらどうしよう」
「さーて、どうしよーなー」
「というか、そもそもですよ! 精霊と契約して悪王を倒せってことは、契約すれば悪王を倒す手段が作れるって事ですよね? って事はですよ。雄也みたいに修行とかして強くなる以外に、契約すればパワーアップみたいに強くなれると思うんですよね」
「何というか……今小室君が頑張ってくれているはずなのにまったく、君という奴は。これでは小室君の方がよっぽど────」
勇者らしい、そう続けようとして耕介はふと、口を止めた。
呆れ果てて言葉も出なかったわけではなく、大樹に何があったわけでもない。
今の自分の言葉で、頭の中にある引っ掛かりに指先が触れた、そんな感覚があったのだ。
その感覚が無くならないように、慎重に引き寄せてその手に掴むと────自分が気に留めていたものはこんな事だったのかと拍子抜けした。
「旅となると、野宿とかするんですかね? 一応サバイバル的な知識はサリアーラで教えてもらいましたけど……あ、でもキャンプファイヤーとかするの楽しそうだなー」
次々に楽天的な事を口にする目の前の後輩を見て、本当にこいつがこの世界を救う勇者なのか、と疑問に思う。
「本気で考えるようになってきたよ。本当に君がこの世界を救えるのかと」
「……どーしても僕がやらないといけないんですかねー?」
「歴史は繰り返すというか、前任の勇者まではちゃんと責務を全うしたんだ。私達もさすがに無駄に死にたくはないし、タミハスのいる世界に帰りたいし、ちゃんとするんだぞ?」
「うーん……」
「私達の命運は君にかかってると言っても過言ではないぞ?」
「お、脅かさないでくださいよ!」
「いや、真面目に言ってるん────うおっ!?」
平和なやり取りの中、何の前触れもなく、目の前に広がる湖から1本の水柱が吹き上がり、2人は目を見張った。
反射的に慌てて起き上がる大樹に、手をつきながら中腰に構える耕介。
「何ですかこれ!?」
「分からない!」
水柱は、その勢いを緩めずに視界で確認できないほど立ち上って行く。
警戒も程々に、長細く起立するそれを見上げていると、水柱の大きさがどんどん増大し、湖の半分を占める程の大きさに育っていった。
◇ ◇
「え?」
雄也は自分がした行動の結果、手に全く手応えがない事を不思議に思った雄也は、思わず素っ頓狂な声をあげた。
手元を見て、自分の行動──目の前に立つウンディーネの胸に剣を突き刺した事を確認する。
自分が手に持つ剣の先は、確かにウンディーネの胸に食い込んでいる。いや、食い込んでいるどころか、刀身の半分以上はウンディーネの身体に埋没していた。
だが、目前にいるウンディーネはただ自分を見つめ、真剣な面持ちで雄也の事を見ている。
どこか痛がっているようでも、我慢でいるようでもない。
ただ、真っ直ぐに雄也と視線を合わせ、雄也の奥にある心の機微を観察しているような、そんな雰囲気を纏っている。
雄也はその視線とこの沈黙に耐え切れず、口火を切った。
「あの……」
「何でしょう?」
「その……痛く、ないんです……か?」
その言葉にウンディーネは目を丸くすると、探るような目付きを辞め、視線を向けられている自分の胸元へと視線を落とす。そして、あぁと言ったように目尻を下げると上品に顔を綻ばせた。
「大丈夫ですよ」
「いや、でも……」
ズッポリ刺さってるし、なんて直接的な事を口に出来ず、雄也は口籠ってしまう。
ウンディーネはそんな雄也にどう説明したらいいかと思案し、やがて名案を思いついたようで満足そうな笑みを零した。
「まずはこの場所について話しましょう。ここはあなたの中にある空想や想像を元に構成されている世界です」
「へ? は?」
急に話が明後日の方へと飛び、完全に置き去りにされた雄也は、思考停止状態になってしまう。
さすがに唐突すぎたかと反省したウンディーネは、もう少し具体的な言葉を選んで説明を続けた。
「あなたが『水の神殿』として思い描いた場所。それがこの世界なんです。そしてあなたが『水の大精霊、ウンディーネ』として思い描いたものがこの私です」
「えっと……? つまり、この世界は……俺次第でどうにでも出来る世界って認識でおけ?」
「流石にそこまではありませんが、あなたの呼びかけに私が応えた事で、私はあなたの影響を強く受けた存在となっている事は事実です」
「…………もしかして、さっきまでとキャラが変わってるのはそのせい?」
「キャラ、というのが分かりませんが、そうですね。このようにあなたに触れたことにより、あなたの考える『ウンディーネ像』が反映され、このような私になりました」
「…………つまり、あれか。ここはキャラクターカスタマイズ画面で、俺の妄想が具現化したってことか………………ん?」
その時、何となく言葉にならない何かが雄也の頭の中で引っかかった。
何か大事な事を見落としているような気がしていたが、それよりも目の前で起きている事を飲み込むのに必死な雄也は、その引っかかった感覚を即座に手放して更なる疑問をぶつける。
「そうなると、さっきまでの性格は? ……もしかして、元々のあなたの性格?」
「あ、あれは……そう! あれは前回契約したストラの影響なのです! あの人はとても好戦的でしたから」
「あー…………ナルホド」
好戦的なストラの黒い笑みを思い出した雄也は、顔を引き攣らせながら納得した。
納得した雄也を見てどことなくウンディーネはホッとしたように胸を撫で下ろしているが、雄也は気付かない。
「結局のところ、ここはおれのもうそ──空想上の出来事で、とにかくあなたの身体は斬れない、と」
「厳密には少し違いますが……そうですね。概ねそう思って頂いて問題ありません」
「ちなみに少しって、何がどう違うんです?」
「この場所は現実であって現実でない。夢であって夢でない、狭間の場所なのです」
「…………はい?」
「精神世界だけが確立された世界で、ここでは肉体的な影響は受けません。あなたがそう思う限り────」
「はい。この世界は、妄想ということで。はい。納得しました。はい。これ以上は無益なのでやめましょうか」
雄也は考えることを放棄して率直な判断を下すと、先程とは完全に人格が入れ替わったようなウンディーネを前にして、真剣な眼差しで問いかけた。
「そんな事より、ウンディーネ様は結局のところ、おれ達に協力をしていただけるのでしょうか?」
「それには一つ疑問で返させて頂きます。先程私の胸を貫いたように、どんな者が相手でも敵となるならば排除できますか?」
「…………がんばる」
いまいち頼りない答えを返す雄也だったが、その答えを受け取ったウンディーネはそうですか、と口元に僅かに笑みを浮かべる。
「もう放ってはおけませんね。いいでしょう。あなたに協力しましょう。ただし、覚悟をしてください。この先にある道のりは険しく、そして優しいあなたを苦悩させる選択が待っています。それを努々忘れぬよう……」
「……はい」
その言葉が意味するところは、きっとこの世界で生きていく上で避けられない事態。
命がけで生きているこの世界だからこそ、ハッキリと決めないといけないことなのだろう。
全てはここから始まる。
やっとの事で冷静になった雄也は、改めて自分の状況を確認してみた。
「………………!?」
目の前にあるものに気が付くと、雄也はハッと目を見開いて素早く手に持つ剣から手を離し、手を添えられていたウンディーネの手を跳ね除けて、1メートル程飛び退いた。
ここまで僅か一秒。
「……どうしたのですか?」
あまりに突然の出来事に目を丸くするウンディーネ。
目の前にいる男の奇行を目撃したのだ。困惑するのも仕方がない。
「……イヤ、別に」
対して雄也は気まずそうにウンディーネから目を逸らしている。
突然様子がおかしくなった事にウンディーネは首を傾げるが、自分の胸を貫く剣が気になったのかと思うと、躊躇なく引き抜いてみせた。
これで気になるものはなくなったでしょうと、ウンディーネが顔をあげると、明らかに一連の流れを見ていたであろう雄也は再びそっぽを向く。
再び困惑を浮かべるウンディーネ。先程までの彼はどこへいってしまったのか。
「あの」
「はい?」
「私、何か気に障る事をしましたか?」
「……いや、別に」
「…………」
明らかに何かあるのにそれを口にしないその煮え切らない態度に、さすがのウンディーネも自分の中でざわめきが広がっていくのが分かる。
だが、それをおくびにも出さずに話を続けようと手を差し出した。
「では、こちらへ来てください」
だが、雄也はウンディーネと目を合わせることはせず、その手をじっと見たまま動こうとしない。
一歩踏み出せば届く距離。ウンディーネから2メートルほど離れた距離で、まごついていた。
「どうしたのですか?」
「いや……えっと……」
この期に及んで、何を迷っているのだろうか。
ウンディーネは一歩ならぬ一這い分雄也へと近付く。すると、雄也は一歩後退った。
「……」
「……」
えもいえぬ沈黙が2人の間に訪れる。
────ズリッ。
────ザッ。
「…………」
「…………」
────ズリズリッ。
────ザザッ。
「………………」
「………………」
────────ズリズリズリズリズリズリズリズリッ!
────────ザザザザザザザザザザッ!
「何で逃げるんですか!!」
四柱を曲がり角に見立て、とうとう2人きりの追いかけっこが始まった。
雄也は内心でどうしようかと焦る。
ウンディーネを避け始めた理由は、貫く剣に恐れを為したからではない。
雄也だけが、この状況を受け入れられない理由があったのだ。
それは────。
(おいおいおいおい。胸はだけ過ぎだろ。意味がわからねーよ。精霊って性別あんのかよ。なんでだよ。どうしでだよ。なんで精霊が──)
────女性なんだよ!!
雄也は走りながら小声で独りごちる。
完全に今更なことだが、ついさっきまでは、緊張や焦りで感情が高まっていた為に見過ごしていた事だった。
しかし、いざ緊張が解け、冷静になってから改めてウンディーネを見て、それに気が付いてしまった。
目に焼き付いているのは、まるで大海を思わせる程の瑞々しい青肌。そこにはかなり標高のある山が2つ連なり、特にその2つの山に潜んだ陰影が、雄也の頭の中でチラついてはなれない。
つまるところ、オタクである小室雄也は────女に興味が有るくせに、女が苦手な気難しいムッツリスケベだったのだ。
正確には女性の身体に興味はあるが、それ以上に女性を理解の出来ない生命体と認識しているようで、近付いたり、関わったりすることを極端に避けている。
例外なのは、母親と姉と、オタク仲間の知枝のみ。
その知枝に関しても、最初は近付くことすらしなくなったが、知枝の男気と男より2次元を優先するというスタンスに共感をしてからは、何とか普通に接することが出来ていた。
だが────。
「いや、もう、本当に、勘弁して下さい!」
「なら、逃げないでください!」
「近付いてこなければ大丈夫です!」
それ以外にはこの有様である。
ウンディーネを女性と認識してから、雄也に残された道は多くない。
そんな雄也の都合を知らないウンディーネは、今まで考えていた段取りを忘れ、全力で逃げる目の前の男を追いかける事だけに専念する。
「私の力が必要なんでしょ!?」
「そうですけど!」
「なら、逃げないでくださいよ!」
「それはちょっと……」
「~~~!」
かなり早い方である雄也の足と、ウンディーネの這いずりに段々と差が出始め、これ以上追いかけても差が広がる一方だと考えたウンディーネはややあって動きを止める。
その様子を見て、同じように足を止めた雄也は息を切らせながらも鬼ごっこが終わったことに安堵の息をついた。
「どうしても、私から逃げるというのですね?」
「逃げるというか……あまり近付き過ぎるのはちょっと……」
「あなたを見守ると決めた私の決断を無下にするというのですね?」
「いや、そんなつもりはないですけど──」
「私の手に、手を合わせることすらもしないのですね!?」
「手を合わせてどうするんですか!?」
「私との契約に決まっているでしょう! あなたを見守ると言ったではないですか!」
だんだんと怒気を露わにしてきたウンディーネ。
しかし雄也はウンディーネの言葉に違和感を覚え、先程自分の中で先程引っかかっていた感覚を思い出した。
そして、このやりとりで確信する。
今、勇者である大樹ではなく、自分が水の大精霊と契約を交わす間際まで来ているのだと。
(契約するのは勇者の大樹だけじゃないのか!?)
ウンディーネの主張に内心焦りつつ、契約するのは勇者である大樹であり、自分ではないと雄也は進言する。
「ウンディーネ様! 契約するのは俺ではなく────」
「問答無用です!!」
雄也の言葉をどうしても自分と契約したくないものと捉えたウンディーネは、これ以上聞く耳を持たないと言わんばかりに勢い良く手を払って目を閉じると、詠唱を始めた。
するとウンディーネの背後にある空気がアクアブルーの輝きを纏い、燐き始める。
見ただけで雄也にはそれが何であるか見当がついた。
(あれってほぼ間違いなく────魔力だよなぁ)
よくよく観察すると、ウンディーネの後ろ足元に直径1メートル程の魔法陣が出現しているのが見える。
雄也は一歩後ずさりし、いつでも動けるようにと身構えた。
普通は目に見えないはずの純粋魔力を目の当たりにし、冷や汗が背中を伝う。
その様子を見て目の前にいるウンディーネは、勝ち誇った邪悪な笑みを浮かべる。もう泣いて謝っても許してあげません、とでも言うように。
(多分さっきまでの性格は地だよな……)
自分の妄想する世界なんだから大丈夫だろうという考えから、思考に余裕を見せる雄也。
だが、ウンディーネのプレッシャーを物語っているように、腰がまだ引けたままでいる。
「いでよ────ミズチ!!」
力強く言い放ったウンディーネの言葉に応えるように、ウンディーネの背後にある魔法陣から鮮やかな水色の円柱が立ち上った。だが、すぐにそれが円柱ではないと気が付く。
表面にある模様が鱗であると気付いた時、それが手前に折れ曲がり、その顔を雄也に見せた。
「うわぁ……」
透明なアクアブルーの長細い体躯。
黄金に輝く獰猛な瞳。
口からチロチロと覗く、先の割れた長い舌。
雄也の眼前に頭をもたげたそれは、まごうことなき大蛇だった。
「私から逃げられると思わないことです」
自分の従える相棒を呼び出したことで完全に優位に立ったウンディーネは、勝ち誇ったように口元を釣り上げた。
「この子はミズチ。私が従え、この世界を守る水蛇です。体長は50メートルにも及び、この場所のどこへ逃げようがあなたを捕まえます。ですよね? ミズチ」
ミズチと呼ばれた水蛇は肯定するように舌を出して応える。
「さて。申し開きを聞くまでもなく、あなたを捕縛しましょう。ミズチ!」
ウンディーネが力強く名前を呼ぶと、水蛇は上体を起こして雄也の見下ろした。
その高さはゆうに雄也の数十倍以上はあり、自分の通っていた学校の校舎よりも高いなーと雄也は現実逃避をするように感想を漏らす。
ミズチは雄也を中心にして、輪をかけるようにぐるりと取り囲んで雄也の逃げ道を塞ぐ。
雄也も敗北が確定した鬼ごっこをするつもりはなく、身じろぎ一つする事なくされるがままに捕縛された。水蛇にまとわり付かれた雄也がまず思ったのは、水で出来たものでも肌に触れるのか、ということだった。
だが、先程戦っていた水狼に攻撃されていたことを思い出し、物理法則がどうなっているかという考えは放棄する。
「意外と諦めがいいんですね」
ジト目で不満気に呟くウンディーネ。簡単に投降したのがつまらないのだろう。
「手を……出せばいいんですよね?」
もうどうにもならないと観念した雄也は、諦めを含んだ従順な態度で尋ねた。
身体ごと両腕を水蛇に完全にロックされている雄也。
契約の為には、少し緩ませてから手を出せばいいのかなと考えていたが、ウンディーネの放った予想の斜め上をいく言葉に、思わず自分の耳を疑い、聞き返した。
「えっと、聞き間違えかな……すみません。ウンディーネ様。もう一度、言ってもらえませんか?」
「手はもういいです。使いません。その代わり────あなたの唇を頂く事にします」
ハッキリと。キッパリと。そしてニッコリとウンディーネが微笑みながら言い切る。
その笑みは決して爽やかなそれではなく、邪気を帯びた所謂、黒い笑み。
嫌がらせとまでは行かないが、散々自分をコケにしてくれた雄也への仕返しのつもりでもあった。
「は!? え? い、いや……な、ななな、なぜ!? だって、手を出して契約するって話じゃなかったんですか!?」
「ストラのような普通の魔導師との結び付き、契約であれば、それで済みます。あなたにもその予定でしたが気が変わりました。より深くあなたと結び付いて、あなたの側で見守る事にします」
ウンディーネは無駄にプレッシャーをまき散らしながら、笑顔を雄也に向けて己が決断を宣言する。
「いや、後生です!! ほんと、勘弁して下さい!!」
「あら、こんなに綺麗な女性に奪われるのはお気に召さない?」
「自画自賛にも程がある!」
「…………あ゛?」
「いえ、何でもありません」
増大した威圧感に口を噤む雄也。
確かに一般的に見れば見惚れる人もいるかもしれないが、雄也にとっては目の前に存在する女性というだけで、魅力というものは感じない。いつでも魅力的なものは画面の向こうの攻略ヒロインだ。
内心で文句を垂れる雄也だが、すでに身動きは出来ず、まな板の上の鯉。もはや調理される時を待つしか無い。
一這いずつ、その距離を詰めるウンディーネ。
鱗と石が擦れる音が、今では恐怖を誘発するものでしか無い。
「な、何とか別の解決策を────」
「聞く耳は持たない、そう言ったはずですが?」
「契約は勇者と──」
「私は、あなたと契約する、見守ると言いました」
「あ……ぅ」
何を言っても言い返される雄也は、やがて反論する材料が尽きてしまう。
そしてついに、ウンディーネが眼前に迫り、雄也の頬に手を添えた。
「久々の世界。どうなっているのか楽しみです」
「ほんと、やめましょう? ね? おれはまだ綺麗でいた────ングッ!?」
もはや雄也の涙ぐみ交じりの願いは叶えられず、慈悲の心や哀れみを見せることなく、その唇を塞いだ。
雰囲気も、色気もへったくれもない、唇同士の接触。
だが、柔らかくて温かな未知の感触に、雄也の心臓は早鐘を打ち始める。
ミズチの拘束が緩くなり、雄也が自分の足で地面に降り立つと、足元から蒼い光が瞬いた。
描かれた蒼の魔法陣。
そこから溢れだす蒼の粒子。
雪の結晶のようにキラキラと舞うそれに気が付くと、さすがの雄也も見惚れてしまう。
幻想的な空間の中でキスをするという、ゲームの中で見るような今の状況。その主人公に自分がなっていると考えると、女性が苦手といえど気分が高揚してしまうのも無理は無い。
だが、それも束の間────ガクッと雄也の膝が折れた。
まるで、長距離を全力で走り切った時のような気怠さが雄也を襲い、段々と足に力が入らなくなっていく。
息切れはないにしろ、疲労に似た感覚が徐々に蓄積されていき、自分の体力が減っていくと共に、身体がいう事を聞かなくなっていき、立っていられないとウンディーネの胸元へと倒れ込んだ。
そんな雄也の状態を手に取るように把握していたウンディーネは、そうなる事が予め分かっていたかのように、優しく雄也の身体を抱き止める。
そのままウンディーネの腕に抱かれた雄也は、ゆっくりと目を閉じると意識を手放した。




