第15話 水の庭園
初めてギルドで依頼をこなしてから、あれよあれよと時間が経ち、いよいよ水の精霊との契約をする為に、水の庭園に挑む時がやってきた。
同じ依頼は二度とせず、様々な依頼をこなした雄也と耕介は、自分の間合い、技や作戦に磨きをかけ、更なる自信をつけた。
対して大樹は、未だ2人のように魔物と対峙はせず、イザという時は囮となったりと逃げることを目的として、2人の邪魔をしない程度に戦闘を見学していた。
囮作戦と言っても、勇者なんだからたまには何かの役に立て、と耕介が考案したもので、嫌がる大樹を魔法で脅し、注意を引き付けて走り回る程度のもの。
死屍累々と言ったような表情でもうやらないと主張する大樹に対して、耕介は結構気に入ったようであった。
訓練と実戦の経験値は天と地ほどの差があると言われるが、それは本当のようで、腹を括った雄也はすでにBランクモンスターと渡り合えるだろうというラキアの評価をもらっていた。
対して耕介の方は、その場にあった作戦立てが器用にできるが、好奇心の方が先走るのが問題だと指摘されていたりもする。
そんなこんなで、魔物との戦いという経験を積んだ3人は、不意に魔物と対峙しても、ある程度は落ち着き払って対処できるようにはなった。
そして────。
「すげぇ……」
「広いねー……」
「綺麗な場所だな」
いざ覚悟を決めてその場所へとやってきた3人は、思い思いの感想を口にした。
石で出来た白いアーチ門をくぐり、その先に広がる景色はまさしく庭園の名に相応しく、どこか厳かな雰囲気を感じさせる。
「なるほど、水の庭園か」
白く高い石の壁で囲まれたこの場所は、見る限り一面の水で覆われていて、まるで巨大な池にも思える。
この場所を囲っている壁でさえ、よく見れば隙間なく水が流れていて、その先は一面に張られた水面へと流れている。
3人の前には真っ直ぐに伸びる道に目を落とした。
それはまるで水上を歩いているのではと錯覚してしまうほどに、水と道の高低差がない道。
囲ってる柵がないので、悪ふざけをしようものならすぐさま水の中へと真っ逆さまだ。
「平和的なメンバーで良かった……」
「確かに」
大樹の言葉に頷きながらも、まっすぐ伸びる道を歩き出した。
すると途中で、右と左に伸びている道を発見する。
それは緩やかに大きくカーブを描いて先へと伸び、その先を辿って行くと、どうやらこの庭園を挟むように大きく弧を描いているようで、先にある建物の影で見えなくなった。
3人は視線をそのまま前方にある建物へと向ける。
少し先に静かに佇む一つの建物。
水の大精霊がいるとされている、この水の庭園にある建物。
────水の神殿。
それが今回、3人の目指す場所。
程なくして、神殿の入口に到着すると、3人は顔を見合わせた。
『この先は皆さんのみで入っていただきますので、くれぐれも油断しないでください』
庭園の外で待っている、水の大精霊との契約者──ストラの言葉を思い出す。
神殿の外では何も起きなかった。一度ここを訪れたことのあるストラが、くれぐれも油断をするな、と忠告したという事は、この神殿の中で何か起こるのだろう。
先頭を歩いてきた雄也が、一つ深呼吸をすると、ゆっくりと神殿の扉に手をかけて力を込めた。
「え……?」
扉を開けて目に入ったのは、外の光景と同じように広がる、小さな湖だった。
小さいといえど、広さは十分にあり、向こう岸までは目算で50メートルはあるように思える。
建物の中にあるはずなのに、日差しが差し込み、木々が緑々しく育ち、この場所が神殿の中だと忘れてしまいそうな風景。
3人は恐る恐るその場所へと踏み込み、踏んだ土の感触が本物だと確信を持つ。
「これは……?」
「ファンタジー系のRPGではよくある事だろ」
「いや、そうでしょうけど、でも──」
────バタン。
突然、背後の扉が勢い良く閉まり、顔を見合わせる3人。
互いに指を向け、目配せする。
お前か? いや、お前だろ? いやいや、あなたですよね?
そして、一通り確認してから気が付く。
いる場所は重要なダンジョン。
前後が繋がらない不思議な部屋。
突然扉が閉まり、密室に閉じ込められる。
つまり、それが示すものは────。
「大樹、気をつけろ!」
「え!?」
雄也の言葉を皮切りに、長閑だと思われていた風景に『異物』が出現した。
「何……これ?」
「とりあえず2人ともおれの後ろに!」
「援護は任せろ……と言いたいが、これは……」
湖、木々、草、様々な所から『何か』が盛り上がっていく。
目の前の光景に動けずに居る3人をよそに、それは至るところから盛り上がり、その数を増やしていく。
よくよく観察してみれば、その盛り上がりの向こう側が透けて見え、まるで水面のように揺れている。
やがてその盛り上がりは見る見る内に形を変え、一つの魔物の姿へと姿を変えた。
────ヴェネウルフ。
その形は明らかに初めてこの世界で対峙したそれだったが、本物とは遠くかけ離れていた。
その体全てが透明なもので構成しているようで、全体が蒼く、体の表面には波紋が広がる。
殺気を帯びた赤い瞳も、禍々しい白い鋭牙も、それどころか口もないが、その代わりにただ生気を感じられない出で立ちに、不気味さだけが一層際立つ姿だった。
「これってもしかして……」
「恐らく、水から作られた魔物、なんだろうな」
「大方水の試練って事ですかね?」
大樹が予想する事を、他の2人も思い至っているだろう、大樹の言葉に答えた耕介や雄也に周りの『異物』を見る瞳に動揺は見られない。
数十匹にも及ぶヴェネウルフモドキの登場が終わると、やがてゆっくりと3人との距離を縮めはじめた。
それはまるで数日前の焼き直しを見ているよう。
ただ違うのは、この場に結界などの逃げ場がないのと、『もしも』の時に助けが来ないということ。
そして、大樹に至っては、これが初めての実戦だという事だった。
「ど、どうするの?」
「固まるか、散開するか」
「……おれが様子を見ます。榊さんは10秒くらい防御の魔法とか使えますか?」
「10秒とは言わず、10分は大丈夫だぞ」
「なら、防御魔法を張って、2人は動かずにその場にいてください!」
そういうが早いか、雄也は駆け出して、一番近場にいたヴェネウルフモドキの間合いに飛び込むやいなや、首元へ向けて迷いなく剣を振り下ろした。
見た目通り、断末魔が上がることはなく、切った手応えもまるでなかったが、首と胴体が離れるのは確認し、そして振り向くことなく、次のヴェネウルフモドキへと疾走する。
そのまま10匹程葬った後、このままやれると自信をつけた雄也が、次のターゲットへと視線を向けたその時────
「雄也! 後ろ!!」
大樹の叫びに背後を確認すると、首のないヴェネウルフモドキが、その鉤爪を雄也に突き立てんばかりに迫っていた。
「──ッ!!」
間一髪で横に転がって、なんとか攻撃を躱した雄也は、襲撃してきたモノを確認する。
目の前で着地したのは、今さっき首を落としたはずのモノ。
そいつが頭部のない部分をこちら側に向けると、その切断部分から新しい頭が生えて元の姿に戻った。
「ちょ、うっそー。マジで?」
思わず素直な言葉が口から出てしまう。
慌てて背後を確認すると、そこに散らばっているべき死体は一つもなく、ただ穏やかな草木があるのみ。
魔物を倒した後は消えるとはいえ、その姿が消失するまで数分のタイムラグはある。だから数匹分くらいは死体が残っていないとおかしい。
しかし、頭を切り落としてきたはずの死体は一つもない。
そして、今し方見た現象から察するに、前方で待機している数が減っているようにも思えなかった。
「小室君! 一旦退いて立て直そう!」
「大丈夫です! それよりも、こいつら元が水で出来てるからか、頭を落としても死なないというか、再生するみたいなんですけど、何か解決策ないですかね!?」
「少しだけ時間をくれ! ……耐えれるか!?」
「たぶん大丈夫です!」
その言葉のやり取りで、雄也は更に奥へは行かず、足止めをするような形で水狼────ヴェネウルフによく似たモノと向き合う。
「……単純作業は嫌いじゃない」
そう一言呟くと、受身の姿勢に回った。
◇ ◇
一方の耕介は、少し離れて戦う雄也と、その敵である水狼に注目する。
何か弱点や欠点はないのかと、精一杯頭を巡らせる。
不死の魔物は基本的にいないはず。いてもこんな大精霊がいる神殿にいるわけがない。
それならば、この魔物は大精霊が操っている可能性の方が高い。いや、十中八九そうだろう。
だから、この戦いは何か仕掛けがあるはず。
その仕掛けさえ見つければ────
「ねぇ、こーすけ先輩」
不意に横にいる大樹が、戦いを凝視して頭を巡らせている耕介の肩を揺すった。
「なんだ、大塚君。今は君の相手をしている場合では──」
「なんかあそこに1匹、違うのがいません?」
「……何だと!? どこだ!?」
「ほら、あそこ」
大樹が指し示した場所。湖の畔に立つ1匹の狼。
その姿は今雄也が戦っている水で出来た魔物、言わば量産型のものとは違い、水で出来ているであろう蒼い体の頭の部分に、他のものにはない一際深く、蒼い瞳を宿していた。
何よりも闘争の意思が見られ、雄也へと襲いかかっている多くの水狼がいる中、一匹だけ戦況を見守るようにじっと動かずにいる。
「もしかしてあれが……本体、か?」
しかし、本体が分かった所でどうすればいいのか分からない。
雄也が水狼を全て相手にしている間に、倒せるものだろうか。
もしかしなくても、本体に攻撃を始めると雄也を置いて一斉に襲いかかってきて、とんでもない大乱戦になる可能性が高い。
そして、あの量産型は倒してもすぐに復活する厄介な相手。とても勝てる見込みがあるとは思えない。
「なるほど。ストラ先生が何でもすぐ凍らせたがるわけだ」
あの性格とこの試練は相性がよく、確かに一番効率のいい解決方法なのだと納得した。
耕介は、自分には何十匹も凍らせる程の技量はまだないと把握している。
一番得意としている重力魔法、グラビデすら前方10メートル程の範囲でしか使えない。
そうなると、どうすれば一番効率的で有効なのか……。未だ手段が思いつかない。
「こーすけ先輩! なんかいい方法ないんですか!?」
「今考えてるから! すこ……し……」
そこで思い出した。
ここにいるもう一人の人間の存在を。
「よし。大塚君。君があそこまで行って、あの狼を倒して来い」
「…………え?」
言われた言葉に虚を突かれ、またまたご冗談をと言いたげな焦りの笑顔を浮かべる。
「マジだ。本気だ。君がやるんだ。勇者」
「え……く……」
勇者、という言葉に大樹は口を噤む。
未だ一匹も魔物を倒したことがない大樹にとって、それはとても高いハードルとなって目の前に立ちはだかる。
「余裕でこなしているとはいえ、小室君の体力も無限ではない。少しの反応の鈍さが命取りにすらなる。この場で動けるのは君だけだ。足の速さは自慢できる程なんだろう? なに、ちょっと行ってちょっと倒してくればいいだけの話さ」
「そんな簡単に────」
「逆を言えば、ラスボスを倒そうとする勇者が、これくらい簡単に出来ないと先が思いやられるぞ」
「う……」
「もしかすると、あれが水の大精霊かもしれない。契約するんだろ? 君が行かなくてどうする?」
剣戟こそ聞こえないが、数多くの水狼と戦っている雄也を見る大樹。
その背中を見つめて、静かに唾を飲み込んだ。
◇ ◇
「ふっ!」
上から飛び込んでくる狼には体を屈めて下から首を跳ね上げる。
腰に飛びつこうものなら、正面に剣を突き立てる。
どうやら頭があれば噛み付いてくる攻撃しかしてこない上に、一斉にかかってくるかと思いきや、多くても3匹までしか同時に襲いかかってこないので、数を減らせなくても受け身に回ってみればいつまでも相手にできそうだった。
そうすると思考に余裕も出てきて、この状況を把握しようと頭が働き出す。
──こいつらに規則性やルールがあるってことは、操っている奴が居るって事だよな。
そして考える。これを観察しているモノの目的を。
「はっ!」
正面から同時に飛びかかってくる3匹を、一刀のもとに蹴散らす。
体を真っ二つにされた水狼の体は、液体となって飛散し、地に落ちた。
そしてすかさず横に一歩ずれ、倒したものも含めて、全ての水狼が正面になるように立ち位置を変える。
すると、地に作った水たまりが、再び水狼の体を形作った。
「本当にキリがないなー」
少しずつ下がると、やがては背後にいる耕介と大樹にぶつかってしまうからという、雄也の判断だったが、どれだけの時間をこうしてやり過ごせるかは分からない。
だが、未だ目の前にいるヴェネウルフモドキは、雄也をターゲットとしているようで、他の2人に襲いかかる兆候は見られない。
うまく自分が引きつけ役になって、時間を稼いでるなとしたり顔を見せたその時。
「──待てよ?」
しかし、同時にそれに疑問を抱いた。
なぜ、背後の2人も襲いかからないのか、と。
襲うも何も、まずヴェネウルフモドキが向かってこないので、耕介は魔法を使うこともせずに、自分の戦いを観察して打開案を探っている。
今回自分達を試しているはずの、水の大精霊は何を目的としているのか。
この水狼を、水の大精霊が操っているのなら、全員に襲いかかって一人一人の力量を見るべきではないのか。
水の大精霊の目的がさっぱり分からない。
このまま無為に眼前の水狼を凌いでいればいいのか、そう考え始めた時────
「大樹!?」
水狼を挟んで向こう側に思いもがけない人影が走った。
すると、すかさず大樹に近い水狼が大樹をターゲットとして走りだす。
雄也は慌てて目の前の水狼を大きく薙ぎ、一振りで斬り伏せると大樹の方へと走り出した。
すでに大樹の元には水狼が追いついていて、長剣を右手に持つ大樹はそれで攻撃をするかとおもいきや、逃げに徹している。
雄也はそのまま最短の道を走り、大樹に向かう水狼を一匹ずつ仕留めていく。
そうして周りにいた水狼を一通り無力化してから、大樹と共に走り出した。
「なにしてるんだよ!」
「多分あれが元凶だと思う!」
大樹が指差す方へと視線を向けると、湖の向こう側に一匹だけポツンと座っている水狼がいた。
それだけで全てを悟った雄也は、大樹に耕介の場所まで一度戻るように指示し、2人で大き迂回して来た道を戻る。
このままかっこ良く二手に別れても、大樹が耕介の防御範囲内に辿りつけなければ困るからだ。
走りながらも襲ってくる水狼を剣一本でやり過ごしていく雄也。
「すげー」
「本物の方がまだ怖いさ」
殺気のない木偶に恐れることはないさ、と呟きながら耕介のいる場所へと戻ってくると、雄也は踵を返し、後は頼みますと言い残して、その場を離脱していった。
「こーすけ先輩! 戻って来ました!」
「ちっ」
「え!? なんで舌打ち!?」
「せっかく実戦で大塚君を鍛えようと思ったのに」
「そんな事考えてたんですか!?」
「ほら、OJTってよく言うだろ?」
「何ですかそれ?」
「早い話が、習うより慣れろってことだ」
「…………危うく死にかけましたけどね!」
「だが死んでないじゃないか。それに恐らくだが……ここで死ぬことは無いと思うぞ。まぁ大精霊の気分次第だがな。見てみるんだ」
「え?」
耕介が指すのは雄也の背中。
そして、その後ろを追っている水狼の群れ。
「すぐ近くまで来たのに私には見向きもせずに、小室君を追いかけて行っている。完全に操作下に入ってる。もしかしたら、そこら辺が奴らの攻撃認識範囲なのかもしれないな」
耕介が少し先の地面を指すと、緑色の絨毯が広がる向こうと、禿げた土で広がるこちら側と別れていることに気が付く。
「なるほど!」
「それよりも小室君の手助けをするぞ!」
「どうやってです?」
「これまた都合よく小室君を追いかけていて、全員御行儀よく一列に並んでるじゃないか」
耕介は口元を鋭利に歪めて、満面の笑みで答えた。
◇ ◇
大樹を耕介に託してから、雄也は向こう岸にいる一匹の水狼を目指して走る。
だが、追いかけてくる水狼も偽物とはいえ狼。
その速さは本物と遜色なく、運動部の中でトップクラスに足の早い雄也に迫らんとしていた。
「くっ!」
数秒と経たずに追い付かれると判断し、一度足を止めて事を構えようかと背後を振り返ると、手前に迫っていた2,3匹の水狼を即座に斬り伏せ、再び踵を返して、今度はあらん限りの力で走り出した。
「マジ! ほんと! 勘弁して!!」
大丈夫、大丈夫。という全く根拠のない空耳が聞こえる。
30メートル位離れているのに、そばで言われているような奇妙な感覚。
そしてその空耳と同じ声が、全力で走る雄也の鼓膜を震わせた。
「『ロックランス!』」
来た! と心の中で叫ぶと、雄也は迷わず湖の中へとその身を投げ出した。




