第13話 踏み出した一歩
「思うんだけどさ」
「なに?」
「こんなに重い鎧着てたら、うまく動けないと思うんだ」
「そうだろーな。でもその為に筋力トレーニングもしたからな」
「僕が言いたいのはそういう事じゃなくてね? つまり、正面から戦う人だけ、鎧を装備すればいいと思うんですよ」
「なるほどね。それで?」
「僕がこんなに厳重な鎧を着ることはないと思うんだ」
「お前は何を言っているんだ?」
「というか、だよ。そもそも、なんで僕と雄也がこんな鎧を着て、こーすけ先輩はなんでそんな軽装でオッケーなんですか!」
サリアーラに行った時のように重苦しい甲冑を身に着けている大樹と雄也。
片や、耕介は着の身着のままの格好の上に、旅人が着るようなローブを羽織っている。
重い、暑い、視界が見え辛いの三重苦に悩まさせる甲冑姿の大樹にとっては、耕介の格好がとても羨ましく、恨めしい。
「師匠から魔法使いは全体を把握して、いかなる不意打ちも喰らわずに、ベストポジションにい合わせて、全体のフォローが出来るようにしないといけないって言われたからな。全体の状況把握が欠かせないのに、視野の狭くなる装備や動きが制限される甲冑なんて無意味だろう?」
「なら僕も────」「悪いことは言わない。雄也は鎧を着てろ」
いいそうな言葉を先に制する雄也。
「でも動きにくいし暑い……」
「大塚君は、魔物に噛まれて痛い思いするのと、暑いのどっちがいいんだ?」
「どっちも嫌だお!!」
大樹の発言に、盛大に溜息を付く2人。
そんな3人は、今は馬車に乗り込み、とある場所を目指している。
ギルド商会から城に戻り、装備を受け渡されて馬車に乗り込んでから数分。
もう少しで最初の依頼────ヴェネウルフの討伐をする場所に到着する所。
ストラとラキアは馬を走らせ、3人は緊張をしながらも、馬車に揺られていた。
「というわけで、私はサポートするから、2人は前衛を頼んだ」
「はい」
「……本当の本当に……やるの?」
「今更ビビっても仕方ないだろ勇者。というか、一番に魔物を殺して行かないといけない人間が弱腰でどうする。覚悟を決めたまえ」
「だってー」
「だっても伊達もない。この世界に召喚されて、元の世界に帰れない以上、やるしかないんだ。何の為のこの1か月の特訓だ」
「それはそうですけど……」
「とりあえず、何も考えずに目の前のモンスターを斬るんだ。慈悲も憐れみも何も考えずに、自分が生き残るために、頭の中をシンプルにしろ。それが出来なきゃ、いずれ────死ぬ」
冷たく言い放つ耕介に、大樹はとうとう黙り込んでしまう。
大樹も頭では分かっているのだ。言い訳をして逃げたり出来ない状況なのだと。
だが、目の前にある状況が未だに悪い冗談で、夢であって欲しいと願わずにはいられない気持ちも未だに持っている。
魔物を見ても、鍛錬を積んでも、気合いを入れても、決意をしても、どうしても踏み出して認められない、目の前に突き付けられる現実。
なぜ、こんな事になってしまったのか。一体何が悪かったのか。普段の行いのせいなのか。言い訳ばかりしてきた人生がダメなのか。逃げてきた人生の揺り戻しがきたのか。
だが、それでも大樹の中では懸命にやってきたと思っている。
後輩に頼られれば先輩に頼み込んで解決もらったり、友人に頼られれば違う友人に丸投げしたりと、自分のコネクションを上手く利用して、立ち回ってきた。
自分にはこれしかないと思っていた勉強をしていたが、それも知枝と知り合うようになってからは、自信を持てた試しがない。
癒し系と言われ、大抵の我侭が通ってきた今のメンバー。
自分が何も出来なくても、周りの作り出す空気や波に乗っていれば楽しくやっていけた学校生活。
それが、今はどうだ。
自分の手で、自分の力が必要で、自分が解決しなければならない問題が現れた。
それも世界を救うなどという、とんでもない規模の大問題で自分の前に立ちふさがった。
だが、それでも頭のどこかではやはり実感が持てないのだろうか、どこか他人事のようにこの世界に存在する自分を、冷静に見ている自分がいる。
まるで自分がよく読んでいるラノベの主人公になったような感覚。
読んでいけばどんな問題が降りかかろうとも、非力な主人公を助けてくれる強力なヒロインが登場し、解決してくれる本の中の世界が、大樹は好きだった。
だから、頭の隅で、誰かが囁く。
今まで誰かがどうにかしてきたように、今回もやっぱりどうにかなるだろうと云う根拠の無い自信と、それゆえの慢心。
「死ぬって言っても、あれですよね? きっと蘇生魔法とか回復魔法があるから大丈夫なんですよね?」
「そういえば2人には言ってなかったな。この世界では蘇生魔法はないらしい」
「…………え?」
耕介の言葉に、大樹は息を呑んだ。
自分の耳に入った情報が、信じられないというように耕介を見る。
「回復について聞いた限りだと、元いた世界の手術みたいなものだな。切り傷レベルなら、すぐに治せるが、腕が胴体と離れるような負傷になると、腕をくっつけて固定して安静にさせてから長い間魔法をかけ続けなければならない……と聞いた。所謂回復、再生ではなく、元々の人の治癒力を促進させる魔法といったところらしい。切られた細胞とか、繋げようとする部分は補えるみたいだが、無くなった腕をまるまる再生させるとかは出来ないらしいぞ」
「まーそんな都合のいい回復魔法なんて、ゲームやアニメでしかありませんからね。治癒促進なら納得です。蘇生魔法なんて使えたら……サリアーラで死んだ人達が浮かばれませんから」
「だが、死んでも肉体があれば……分からんかもしれないぞ?」
「魂を連れ戻すって事ですか? それはもはや、哲学とか宗教とかの域ですね……」
「蘇生魔法なんてものは、つまりはそういう事なのかもしれないな。一晩中儀式とかすれば案外出来るかもしれんぞ?」
「ま、またまたー。そんなオカルトみたいな話やめましょうよー」
「奇跡、って案外オカルトを含んでるからな。説明の出来ない超常現象はいくらでもある。あればラッキーくらいに思っていてもいいかもしれん」
「そんな事言ってたら、奇跡は起こらないから奇跡って言うんですよ、って兄者にドヤ顔で言われますよ」
「……確かにそうだな」
冗談交じりの雄也と耕介の会話が耳に入ってくる。
固まって回転のしていない頭は、そんなやり取りの内容を認識せずに通り過ぎていく。
だが、そんな硬直した頭の中でも、一つだけ引っかかってこびり付いて離れない言葉があった。
正確には、その引っかかりに意識を集中しすぎて会話に交じれなかったのかもしれない。
「な、なんで……そんなに笑っていられるんですか?」
気が付いた時には口を開いていた。
強張り、低くなり、それでいて焦りが混じったような……どこか非難めいた声。
「怪我とかはまだいいよ? でも、腕が取れるとか死んじゃうとか……なんでそんな簡単に話してられるの!? それに回復やましてや蘇生魔法がないなんて……」
狼狽え、混乱する大樹を見て、2人は気まずそうに頭を掻いた。
「そうは言ってももう逃げられない現実みたいだしさ。元の世界に帰るって言ったじゃないか。これは夢なんだって思って寝て、朝に目を覚まして溜息をつくなんて、もうとっくに飽きたんだよ」
「せっかくの異世界だ。楽しんでいくべきだと思うぞ? こんな経験、滅多に出来ないんだからねっ!」
「銀河の歌姫ネタはやめましょう。榊さん。ちょっと茶化す話じゃないみたいですから」
「そうか。小室君もかなり背追い込んでいると思ったが、大塚君も意外とナイーブなんだな? それとも初めての実戦を前にして怖気づいたか?」
「むしろ、なんで2人はそんなに冷静にしていられるの!?」
耕介の言葉に、とうとう大樹はヒステリック気味に声を荒げた。
そしてやってしまったとバツの悪そうな表情になると、口を噤んで床に視線を落とす。
馬車は揺れ、馬蹄の音や車輪が地を転がる音が、静かな沈黙を許さないように馬車内に響く。
やがて幾ばくもしない内に口を開いたのは耕介だった。
「本当に、今私達が冷静に見えるのか?」
「……はい」
耕介の言葉に視線を変える事なく、下を向いたまま答える大樹。
その姿を見て、クックックッと意地の悪い笑みを口元に浮かべると雄也の肩を叩いた。
「良かったな、小室君。私はともかく、君も冷静に見られているようだ」
「…………」
「……え? どういう事?」
雄也の言葉に、大樹は目を丸くして雄也の顔を見るが、いつもと変わらない顔がそこにある。
現実の世界で見てきた顔と違うのは、少し伸びた髪の毛と肉感がなかった頬が筋肉のほうの肉感をつけたくらいなものだ。
だが、よく見れば少しだけ顔が強張っているようにも見える。
「よく見たまえ。額に汗はびっしりだし、さっきから落ち着きなく馬車の内外問わず色々な場所に視線を彷徨わせて、5秒も同じ所を見ていないぞ」
「え?」
「ち、ちょっと、そういう事言うのやめてくださいよー」
「無論、私も緊張していないわけではない。魔物と相対するのは今回が初めてだ。怖いという気持ちはある。だが、ダルドの師匠からも問題ないと太鼓判を押してもらったから、そこまで大げさな心配はしていない。何より、私の中では怪我したりするより、好奇心が勝ってしまっているからな。使えるようになった魔法を試したくてウズウズしている。そういう意味では魔物と戦うことについて、そこまで特別な意味を見出していないな。小室君はどうだ?」
「おれは……とにかく一緒に元の世界に戻りたいです。やっぱりこの世界が不安なことには変わりないですね。腕が無くなったら、死んじゃったらどうしようとは思うけど、それよりも何も出来ずにいる方が、おれにとって我慢出来ないから。だからおれに出来る事があれば────強くなって守れるなら、そうしたいって思ってます」
「かなり緊張しているみたいだがな」
「そうですよ! してますよ! 悪いですか!?」
苦笑しながら横槍を入れる耕介に、とうとう雄也は噛み付いた。
「というわけで、冷静に見えたところでちゃんと怖がってるぞ。それでも何かしらの理由でやろうって思ってるわけだ。さて、大塚君は……どうする?」
「僕は……」
だが、大樹がその先を口にする前に、馬車の揺れが止まり、目的地に着いたことを知らせるラキアの声が聞こえた。
「……いっちょやるか」
腰を上げて耕介が。
「……そうですね」
深呼吸をしながら、雄也が。
それぞれ色々な感情を詰め込んだ一言を吐きながら、馬車を降りる。
しかし、大樹の足はまるで床に縫い付けられたように、動かない。
「大樹……?」
その様子に気が付いた雄也は、馬車を降りようとして振り返った。
「大丈夫か?」
踵を返して、大樹の肩に手を置くが、大樹は何の反応も見せない。
「怖いか?」
その言葉に口では答えなかったが、震える肩が代わりに返答をした。
「なら……今日は見てるだけいいんじゃないか? ランクの低い魔物だし、おれと榊さんで何とかなるでしょ」
「でも……」
雄也の提案に、自分への不甲斐なさを感じ、それを否定しようとするものの、その先の言葉が紡げずにいる。
そんな大樹の気持ちを慮るように、雄也は置いた手で肩を叩いた。
「やれる奴がやればいいんだよ。こういうのはさ。榊さんもああ言って飄々としてるけど、ダルドさんから色々と教わって勉強したみたいだし。おれだって、やるからには死にたくないし、簡単に死ぬつもりも怪我するつもりもない。でも大樹が不安に思うなら、今回は見てなよ」
「そ、そもそもだよ? なんで……なんで僕達が、こんな事をする必要があるのさ!」
その言葉は、この世界に召喚された6人の誰もが思うことなのかもしれない。
その中でもこの世界で明確な『役割』を押し付けられた大樹は、心の不安を打ち明けずにはいられなかった。
目の前で魔物を狩ろうとやる気になっている雄也を見上げて、大樹は乞うようにして疑問を投げる。
なぜ、この世界でそんなに前向きでいられるのか、と。
魔物と戦うとか、旅をするとか、勇者としての使命を全うするとか……そんな事よりも、ただ気の許せる仲間と、毎日楽しく過ごしたい。騒がしくやっていたい。そう思っていた本音が段々と鎌首もたげ、大樹の思考を塗りつぶしていっている。
「なんで……だろうな。分からないけど……一つだけ言えるのは、兄者みたいな事が目の前で起こった時、もう何も出来ないのは嫌だって思ったから……かな? この世界で生きるには魔物を倒さなければならないっていうなら、この先仲間を守るために魔物を殺す力をつける。そういう覚悟を決めた……つもり。だから戦うって決めた。さっきも言ったけど、やれることがあるなら、やってみようってそういう事……なんだわ」
自分自身でも確固たるものになっていないのか、語尾がだんだん弱くなっていく。
「成り行きでこうなちゃったけど、後悔はしないつもり。兄者の考え方を見習ってね」
「考え方……?」
「んー簡単に言っちゃえば、なるようになる。自分で選んだ結果がどんな事になっても受け入れるってこと」
「……この世界に来たことも?」
「きっと一番楽しむのは兄者だろうね」
「魔物と戦ったり……」
「サリアーラで聞いた限りでは、多分魔物に立ち向かったんだと思う」
あまり過去の事を話さない昌人だったが、兄と弟と呼び合っている仲の雄也には過去のことを話していたのだろう。
手を顎に当て、腕を組むようにして佇む雄也の言葉を聞いていると、何となく昌人の後ろ姿が頭を過る。
生きているのだろうか。それとも死んでいるのだろうか。だがこの世界に来ていることだけは間違いない仲間の一人。
今この瞬間。もし生きているのならば何を思い、何をしているのだろうか。
「…………なんでまさ先輩は、そんな事が出来るんだろう」
「兄者は他の人よりずっと順応性が高いからね。エベレストの頂上で裸にされるような人がいるには辛い環境じゃなくて、何だかんだ人が生きていける場所だし、おれ達の中で誰よりもこの世界に馴染んでると思うよ」
「そっか……」
その言葉を最後に、大樹は黙り込んでしまう。
何かを吟味している、考え込んでいる風の大樹を見て、雄也は労りの言葉をかける。
「どうする? 見てるだけにする?」
「…………ごめん。もう少しだけ……時間がほしいかも」
「分かった。でも、無理しなくていいから」
一言そう言い残して、雄也は馬車を降りる。
そして地に足を付けると、振り返って大樹に言葉を投げた。
「ちゃんと見ててくれよ? おれ達の決意をさ」
◇ ◇
馬車の表側に回ると、前2人が牽制をしながら待機をしていた。
「すみません、お待たせしました!」
「遅いぞ、古室君」
「ん? ダイキ様はどうした?」
「今回は見学です」
ラキアは眉を顰めるが、雄也の頷きにそれ以上言葉を続けなかった。
「普段は調子がいいくせに、いざという時にはこれだからなぁ……」
「まーまー、今はおれ達で出来る事をしましょう。大樹にはもう少し時間が必要なんですよ」
「確かに、これくらいの量なら問題にならないだろう。ストラ先生が結界を張ってる。このラインを超えれば結界を出られるようだぞ」
「なるほど」
赤い獰猛な瞳。獲物を逃がさんとする鋭い牙。くすんだ青と白の体毛を持つその姿は、間違い無く初めて相対した魔物であるヴェネウルフ。
しかし、初めて見た時とは違い、焦りも緊張もなく、冷静にその姿を観察できた。
雄也は目の前に群がる約20匹ほどの狼を眺め、耕介は足先にある小石を指してどこか他人事のように説明をする。
そして、ストラとラキアの静止の声がかかった。
2人は神妙な面持ちで、これから挑もうとする教え子の前に立つ。
「これからあなた方の戦いが始まります。先に謝らせてください。この世界の問題に巻き込んでしまい、本当に申し訳ありません。そして、どうかこの世界をよろしくお願いします」
「はい」
「程々に任せてくれ」
「何かあったら助けるから思い切り暴れてこい。ただ、無理や深追いは絶対にするな。危険だと思ったら必ずこの結界に戻って来い。魔物との戦いで意識することは、勝つ事でも、殲滅する事でもない、生き残ることだ。この先の戦い、場合によっては力及ばず倒せない敵が出てくるだろう。その時は迷わず逃げろ。自分の力量を見極めろ。プライドなんて死んだら意味が無い。逃げる事は恥ずべきことではない。……いいな?」
「分かりました」
「大丈夫。無理はしないさ」
「コウスケはそうだろうな。俺の訓練をサボってたんだから、冷静な判断、対処に期待してるぞ」
「……程々に、な」
「では、いきますか」
「あぁ、そうだな」
2人は意を決して、歩き始める。
結界の境界線まで後3歩。
振り返らずに、目の前の狼の群れを見据える。
後2歩。
対処の仕方は教わった。自分達になら出来ると太鼓判を押された。
後1歩。
なら、やれるだけの事をして、初陣を気持よく飾ろう。
「いっちょ、やりますか!」
「そうだな、パパッと片付けるぞ!」
最後の一歩を並んで踏み出した2人は、左右にバラけて駆け出した。
同じくして、ヴェネウルフも弾けるように散開し、戦闘の幕が下ろされる。
剣を抜き、左へと走りだした雄也は、一直線にヴェネウルフが一番群れてる場所へと突進していく。
片や右へと走りだした耕介は、ヴェネウルフから距離を取るようにして逆方向へと進んで、緩やかな坂を上り、50メートル程離れたある場所に着くと、来た道を振り返った。
耕介が目にしたのは、6匹のヴェネウルフに取り囲まれ、剣を構えたまま硬直状態でいる雄也の姿。
「小室君!」
思わず叫び、加勢しようとするも、自分の近くに接近しつつあるヴェネウルフに気付く。
「くっ……」
叫んだのは失敗だと反省しつつも、今は雄也の事を考えるよりも、自分をターゲットとした魔物を屠ろうと考えをシフトする。
軽装で体術を習っているわけではない耕介は、近付かれたらもはや死を意味する。
焦るな、冷静になる、まずは深呼吸。そう呟き、教えられた事を実行に移す。
『魔法は精神状態に左右されるんじゃ』
ダルドの言葉を思い出し、一つ一つのプロセスをこなして行く。
『ストラは現象をイメージすると言ったそうじゃが、それは正確ではない。お主の中で魔法というものが明確なイメージを持っているのなら、それを思い描くだけで良い』
自分の中での魔法のイメージ。それを頭の中で思い描く。
この世界にはゲームがない。だから魔物を殺す魔法を扱うには、魔物を殺す現象を想像する事でしか出来ない。
しかし、耕介を始めとした元の世界にいた者は違う。ゲームという媒体を通して擬似的にだが、魔法がどういうものなのかを知っている。
物理攻撃ではなく、エネルギーを直接ぶつける攻撃。それは時として属性が付き、様々に形を変えて相手を攻撃する。避ける術はほとんどのゲームではなく、発動すれば必中。ただし、相殺やガードも出来たりする。
魔法について、だいたいこの程度の知識は持っている。誰でも知っていること。それは逆を言えば揺るがない、例え空想の中の出来事でも、当たり前の事実となる。
特に耕介に至っては、物心ついた時にはパソコンを弄っていて、こなしたゲームもメンバーの中でダントツ。ことイメージの引き出しにおいて、耕介が一番多い。
「右に2匹、左に1匹、正面に5匹……」
高い崖のような壁を背にしているのも、背後から襲撃されないようにと考えての事。
視野を広げる為の作戦や、考え方、戦いのノウハウは、ダルドの知りうる限りは教えてもらった。
まずは視野の確保。そして地形の把握。
出来ればヴェネウルフにバレずにそれを行いたかったが、自分で叫んでしまった以上は考えを変更し、教えられた事を実行する。
「まずは動きを止めて……」
ダルドが実際に目の前でやってみせた魔法の一つを、右手を突き出しながら口にする。
「────『グラビ』」
ダルドの弟子を名乗る以上はこれを一番に覚えてやると奮闘し、習得した魔法、グラビ。
ダルド程の広範囲に魔法を展開できないが、前方にいる5匹の足を止めるには十分だった。
その足止めを活用し、いよいよ攻撃魔法を口にする。
練習では何度も成功した魔法。魔物に対して初めて放つ魔法。
夢や幻ではなく、本当に自分自身が魔法という科学的に説明の出来ない世界に居るのだと証明する第一歩。
イメージを明確にする。
『魔法を使う時は、その場にある物を操作するのが一番イメージしやすいんじゃ。一番身近なもの……それは土じゃよ。だからという訳じゃないが、四大属性の中で土が一番低い難易度なんじゃよ』
その言葉の通り、5匹が足をついている地面に意識を向ける。
地面が隆起し、取り囲み、その中で押し潰す、そんな魔法を頭の中で探し、そして頭の中でそれが閃く。
自分のイメージと照らし合わせ、満足する物だと確信を持つと、その名を叫んだ。
「『ストーンプレッシャー!!』」
すると、耕介がターゲットとした、這いつくばる狼の周りの地面が5メートル程盛り上がり、イメージ通りに狼たちをドーム状に覆い隠して飲み込んだ。
そして数秒もしない内に盛り上がった土が硬質な石に変わって固まると、程なくして全体にヒビが入っていき、まるでコンクリートで出来た城が瓦解するかのようにドームが崩れ、囲まれていたヴェネウルフは犬や狼特有の、甲高い悲鳴のような鳴き声を発しながら、瓦礫の下敷きになっていった。
耕介はその最後を見届けることなく、土のドームが完成した頃には右に視線を移す。
そこには2匹のヴェネウルフが、今まさに走り込んでこようとしている時だったが、耕介は慌てずに防御するイメージを頭に描く。
「 『クレイウォール!』」
すると唱えた耕介とヴェネウルフとの間で、土が隆起して、一瞬にして2メートル程の土壁を作った。
ヴェネウルフはそのまま頭から壁に激突すると、突然の事に驚いたのかそのまま踵を返して逃げ出す。
遠ざかっていく2匹の鳴き声を確認すると、背後に残っていた1匹を視野に収める。
そこで耕介の好奇心が疼いた。
教えの通りに魔物を対処した。魔物を殺すことに躊躇もしないし、残る1匹に遅れを取る事もない。
「試してみるか」
未だ動かず唸り声を上げているヴェネウルフを見据え、イメージを描く。
土と水はその場にあれば使えばいい、そう言われたが風については言われたことがない。
だからチャンスがあれば試したくなる。それが耕介の良い所でもあり、悪い癖でもある。
イメージと名称が重なると、名を口にしながら、下から弧を描くように手を振り上げた。
「『ウィンドカッター!』」
耕介の手から放たれた風の衝撃は、一直線にターゲットとなるヴェネウルフに向かう。
そしてヴェネウルフの左目辺りに衝突すると、キャインと小さく鳴いてその身体を後方へと吹っ飛ばした。
よし、と手応えを感じた耕介だったが、すぐに立ち上がった魔物を見るやいなや、半歩たじろいだ。
左目からは血が滴り、その血は赤く、白い牙を濡らして、生々しさを感じずにはいられない。
無事である真紅の右目で、耕介の事を恨みがましく睨んでいるその有り様に、耕介は少しだけ恐怖を覚えた。
だが、どこからか聞こえてきた同じヴェネウルフの遠吠えを聞くと、目の前のヴェネウルフは踵を返して走っていってしまった。
「た……助かった? いや、だが今の方向は……」
思考を切り替え、本来やる予定であった雄也のバックアップをする為に壁伝いを小走りに、雄也のいる場所が望める地点を探す。
そして数百メートル移動してから雄也と思しき影を見つけた時、雄也は2匹の狼と相対していた。
◇ ◇
耕介と左右に別れて走り出した雄也は、自分の役目が敵を引き付けることだと理解していた。
前衛として、仲間を守る為に、常に仲間の前に立つ、それが雄也の中で決めた一つの決意。
一直線に自分に突っ込んでくる3匹の狼を見据え、最後の覚悟を決める。
ガシャガシャと金属音を立てて走りながらも、右手の剣を力強く握り締め、左腕の方へと引き絞る。
あとはこの剣を流れるままに薙ぐだけ。幾千、幾万と薙刀を手に持って練習してきた動作。
その動作で相対する生命を絶つ。その行為に思うところがないわけではない。だが、この為に薙刀を覚えてきたのではないかと思うほど、体が違和感なく動いた。
カウンターを決める要領で、右手に込められた力を眼前の魔物へと叩きつける動作を思い描く。
仲間を守る為に。
この弱肉強食の世から生きて帰る為に──。
何よりも、後悔しない為に────。
「うおおおおおぉぉぉぉぉ!!」
迷いを断ち切るように、腹の奥底から力と声を出して、剣を勢い良く振り払った。
すると、目の前に迫った3匹の内、一番手前にいた一匹の口元から上が吹き飛び、バケツをこぼしたような大量の血を雄也の体にかけながら、前のめりになってそのままゆっくりと地に臥す。
「ああああああ!!」
肉を裂いた感触に目を背け、骨を砕いた感覚に耳を塞ぎ、体にかかった血などを気にも止めず、右に流れた剣をそのまま翻して、続けざまに左側に迫る狼へと向くと、その頭に叩きつけるように剣を振り下ろす。
再び伝わる肉と骨を分断する感触と共に、狼の頭が左右にパックリと裂け、血を噴き出しながらドシャッという音と共に倒れ込む。
振り下ろした直後、雄也は背後に迫る殺意を感じ取ると、振り返って最後の一匹となったヴェネウルフの頭に向けて剣を勢い良く突き出す。すると一直線に向かってきたヴェネウルフは急停止すること叶わず、突き出された剣を頭で受け、四肢が脱力しそのまま動かなくなった。
雄也は頭を下げて目を見開きながら、呼吸を整える。
そしてすぐに、全身を駆け巡る悪寒や迷いを振り払うように頭を振り、狼の頭から剣を引き抜く。
骨を擦る感触と、思ったより呆気なく裂ける肉の感覚によって迫り上がるものを、なんとか堪える。
「後悔は、しない。強く……なるんだ」
キッと顔を上げ、次のターゲットを見つけるべく、走りだし見つけると容赦なく襲いかかった。
全ての魔物に通じる弱点。頭を狙って剣を振り切り、振り下ろし、死体の山を築いていく。
5匹まではどう殺したのかを覚えていたが、10に届く数を殺すと何も感じなくなっていた。
機械的に魔物の頭を壊していく兵器にでもなったようで、生物を殺すことに対して迷いがあった雄也だったが、今では何の感情も湧かず、ただ近くにいる魔物を殲滅している。
そうして気付いた時、殺気を漲らせていた魔物が周りにいなくなっていた。
「……っく……はぁ……はぁ……」
息が乱れ、喉を鳴らして胃から迫り上がる圧迫感をどうにか我慢しながら、辺りを見回す。
塵となって消えている魔物は未だいなく、まだ数分も経っていないよう。
その惨憺たる有様を見下ろし、自分がしていた事を認識した。
自分がこの状況を創りだしたという事実に、まるで背中に氷でも入れられたような、言葉に出来ない冷たさが、背筋を撫でる。
魔物とはいえ、生き物の命を奪ってしまった事。何匹も殺めてしまった事実。
戻れない一歩を踏み出してしまった事を改めて認識すると、膝から崩れ落ちそうになる。
だが、それをしてはいけない、自分が決めた事だから後悔をしてはいけない。そう自分に言い聞かせ、奮い立たせる。
深呼吸を一つして、ネガティブな考えになるのを止める。
自分が装着している金属の匂い。ヴェネウルフを殺めて広がった血の匂い。自分がかいた汗の臭い。
それらが混じりあい、雄也の鼻孔に届く。
元の世界にはない、生々しい匂い。
手に持つ冷たい剣の感触。
耳にこびりつく、獣の咆哮と死に際の鳴き声。
これがこの世界なのだと。
魔物が跋扈し、剣戟と流れる血が絶えず、この世界を染め上げているのだと。
元いた安全な場所から境界線を超えて踏み込んだ場所、今自分が生きている場所はこういう世界なのだと、雄也は五感を使って体に覚えさせる。
そうしていると、突然少し先にある草むらから物音がした。
「なんだ?」
緊張感を取り戻し、剣を握った雄也は注意深く一歩を踏み出す。
すると、ヴェネウルフのものなのか、動物の遠吠えが周辺に響いた。
その直後、一匹のヴェネウルフが草陰から飛び出してくると、雄也の目の前に立ち塞がる。
しかし、飛びかかってくる様子も見られないので、雄也はどうしようかと考えあぐねていると、背後から近付いて来る殺気に思わず振り向いた。
左の目に傷を負った、ヴェネウルフ。それは明らかな敵意を剥き出しにして雄也の方へと一直線に走ってくる。
雄也は再び剣を構え、カウンターを決める体勢を取る。
やがて二つの影が交錯し────
「えっ?」
雄也の放った突きは空を切り、あれだけ敵意をむき出しにしていたヴェネウルフは、飛び上がりはしたものの雄也を攻撃することなく、背後にいたもう1匹のヴェネウルフの前へと着地した。
剣を構えつつ、どういう事か頭を巡らせ、一つの考えが導き出される。
つまり────
「つがい……なのか?」
魔物同士で繁殖してもおかしくはないだろう。そもそも、雄也にこの世界の魔物の知識はないのだから決めつけは出来ない。
だから考え倦ねる。目の前の狼は害悪なのか。それとも、こちらから手を出さない限りは平和なのか。
左目を無くしたヴェネウルフは低く唸り、雄也に対して威嚇する。それはまるで彼女を守る威勢のいい彼氏のような────。
しかし、終わりは突然やってくる。
迷いで緊張感の緩んだ隙を狙われ、左目に傷を負ったヴェネウルフが飛びかかろうと跳躍する。
下からは背後で守られていたであろうもう1匹のヴェネウルフが雄也の足元めがけて走りこんでくる。
2体同時攻撃。それは息がぴったりと合っていて、上を対処すれば下が、下を対処すれば上が雄也に傷を負わせるだろう。
雄也はすぐに上の対処を選択し、足の怪我は我慢しようと剣を上段で構えた。
飛びかかってくるヴェネウルフに合わせて剣を振り下ろすのと、轟音が聞こえたのはほぼ同時のこと。
気が付けば足に怪我はなく、ほんの3メートル先で頭を石の矢に射抜かれた死体が転がっていた。
恐らく矢が飛んできた右方向へと目をやると、50メートルほど先にある少し高くなっている丘で、耕介がやや顔をしかめて自分の事を見ているのに気が付く。
雄也がペコリと頭を下げると、耕介はそのままどこかへ行ってしまった。
恐らく他に魔物がいないか見に行ったのだろう。
近くに唸り声や、木々の不自然な揺らぎ、息遣いに殺気は感じられないから大丈夫だろうと、ほんの少しだけ緊張感を緩ませた。
「…………終わったんだな」
人知れず漏れたその言葉に、どんな気持ちが込められているのかは、誰も知らない。
無残な状態で重なりあった2匹の死体を見下ろし、すぐに頭を振って背を向ける。
「戻ろう」
誰に言うでもなく雄也は呟くと、すでに死体が消えた道を通り、待っている人達がいる場所へと歩き出した。
初めてこなした一つの依頼に対する達成感と、もう戻れない踏み出した一歩を噛み締めながら────。




