第12話 ギルド商会
サリアーラの件以降、目立った魔物の侵攻はなく、ラキア率いる騎士団の人達で十分撃退できていた。
雄也達はそれを不思議に思いつつ、だがこれを機として、まずは魔物と戦えるようにしなければならない、とそれぞれ奮闘を始めていた。
大樹と雄也がラキアの下で肉体を鍛えるために、そして耕介はダルドの下で精神を向上させるために修練を始める。
そうして、指折り数えて30。サリアーラから帰ってきて、約1ヶ月。
この世界に来てから約50回強の──太陽かどうかは判断できないが、陽が沈んでいた。
毎日恒例となった、大樹の部屋に集まる夕食後の時間。
3人は机に置かれている、一つの洋紙を見下ろすと、幾度と無く見た文字を睨みながら、深くため息を零した。
「つまり、未だ調査の進展はなし、と」
耕介が内容を代弁して愚痴る。
「1ヶ月以上かけて、未だ手がかりすら見つからないのか」
エレアを通じた情報屋の伝を使っても、探しだせないでいる一つの事柄。
それが──
「どこに行ったんでしょうね。けんじ先輩」
未だ消息が不明なもう一人の友人。2回目の3年を経験中の松永健治についてだった。
「もしかしたら、この世界に来てないのかもしれない?」
「となると、大塚君の言っていた事が嘘になるが?」
「いえ、さすがにこの状況で、そんな嘘や冗談を言えません」
「そうか。エレアが使っている情報網で細かい事について調べられるのは、あくまでもこの国限定での事らしいからなー。そうなると……もしかしたら他の国にいるかもしれんな」
「まさかのエキスパートモードですかねー!?」
何を期待しているのか、瞳を輝かせそんな事を口走った直後、仮にそうなっていた場合、生き残れる可能性がこの国よりも俄然低くいという事を思い出し、口に出した言葉の反省をした。
「松永さんならあり得るな……」
「ま、ナガさんの事だ。どこにいても、何だかんだ上手く生きてるだろう」
「そうだといいんですけど……」
「それよりも、私たちは明日の自分の心配をしよう」
「え? 明日? 何でです?」
大樹の言葉に、さすがの耕介も呆気にとられ、溜息を付いた。
「え? 大樹、マジで言ってるの? さっき夕飯食べてる時に言われたのに?」
「……………………お、覚えてるよ! 明日はギルドの仕事を受注するんでしょ!?」
「今ちょっと考えたろ」
「そんな事無いですー! ちゃんと覚えてましたー!」
「そうだよな。忘れるなんてありえないよな。だが、大塚君にとって、別に明日は別に取るに足らない、いつも通りの穏やかな日常なわけだ。もう1人でも大丈夫だろう。早く1人で旅に出たまえ」
「……………………すみませんでした」
大樹の子供じみた反応に、2人は溜息をこぼした。
「まぁ、いい。明日はギルドの依頼を受ける──つまるところ、魔物と戦いの実戦だ。ギルドの依頼をこなす初仕事なんだから、大塚君。今みたいな事は自重して、しっかりやってくれよ?」
「大丈夫ですよ!」
耕介の言葉に口をとがらせる大樹だったが、耕介の横で浮かない顔をしている雄也に気が付く。
「雄也どうしたの?」
「いや、明日のことなんですけど、本当におれ達に退治できるのかなって。魔物とはいえ、動物を……殺せるのかって思って」
大樹の一言に、2人は口を噤んだ。
以前に話に上がった、命の奪い合い。その現実が明日に迫っている。
結局のところ、このひと月で3人とも技術面で成長を見せたとはいえ、未だ魔物という『生き物』を殺めたことはない。
頭では害のある生き物だと分かっている。割り切って斬らねばならないと、頭では理解している。
だが、まだ命を奪うという行為に対して踏ん切りがついていなかった。
「ま、いつまでもタダ飯食らいではいられないもんな」
「そう……ですね」
「ニートを望んでいたこーすけ先輩からそんな殊勝な言葉が聞けるなんて……」
「大塚君。君に覚えたての魔法をぶっ放そうと思うんだがどうだろう」
「ごめんなさい」
そんなやり取りを横目にして、雄也はサリアーラに行った時の出来事を振り返った。
魔物に襲われ、町を破壊されて焼き払われた町で対峙した、あの魚のような顔をした魔物が放つ、暗闇の中で不気味に向けられていた眼光。
言葉が通じないのは明らかだが、それ以上に分かってしまう相対しているモノを殺そうとする意思。
そして、殺されると思った瞬間の、とてつもない虚無感。
もちろん、雄也とて死にたいと思ったわけではない。だが、自分の力の及ばない出来事だと切り捨て、生きる事を諦めてしまったのもまた事実だった。
その時に感じていた感覚をラキアに話すと、それは殺意だろうと判断し、彼はいとも容易くその状況を再現してくれた。
ラキアの放った、突き刺さるような殺気はとても恐ろしく、自分の体が自分の意思通りに動かなくなり、それがさらなる焦りを生み、呼吸が乱れ、立つことすらままならなくなって片膝を着いてしまう程だった。
たった数秒だが再び襲った感覚は、この世界で生き残るために乗り越えなければならない障害だと、雄也は判断していた。
「最悪、勇者様が何とかしてくれるだろうしな」
「こーすけ先輩は、人に頼らずに自分で何とかするように気を付けましょう!」
「…………いや、さすがに君だけには言われたくないわ」
それからというもの、雄也は積極的に殺意に慣れようとラキアにお願いし、時間を作っては殺気を浴びていた。全ては乗り越えるために。
始めて一週間程は、一瞬の殺気を向けられただけで手が固まり、模擬刀を落とす程に、体が縮こまっていた。
そんな事を続けていると何度か、 なぜ、自分がこんな事をしなければならないんだろう、という疑問が頭を過ぎったが、その度に、ダルドの言葉を思い出して、歯を食いしばっていた。
世界を守るなどと大層な名目ではなく、 周りの友人を守ると決めたから。
胸を張って兄と対等になる為に。何よりも、後悔しないように強くなると決めた自分の為に。
何も出来ない足手まといでいることが嫌な雄也は、殺意に耐えるべく、もがき続けた。
そうしてラキアと修業を続け────約1ヶ月の時間をかけて、雄也はとうとうそれを乗り越えたと自信をつけた。
具体的には殺気を放つラキアと、5分間剣を交えながらも耐えられるようになったのである。
手を抜いているとはいえ、殺気を纏った自分とある程度渡り合えたのだから、大丈夫だろうと、ラキア本人からお墨付きももらったのだ。
今のお前なら、Cランクのモンスター位までなら物怖じせずに戦えるだろう、と。
それが昨日の事。
だから、夕食時に簡単なギルドの依頼を任せてみようと話題が出たのは当然と言われれば当然であった。
だが、殺気に耐えられることと、向かい合った魔物を殺せることはやはり別問題なわけで──。
雄也からしてみれば、出来るとラキアから太鼓判を押してもらっている以上、その信頼を裏切りたくはないと思っている。
戦えるだろうという判断をもらっている以上、本番────つまり、いざ魔物と戦う事になった時、動けないというのでは話にならない。
魔物は手加減などはしないだろう。昼間のラキアのように殺気を放っても手を抜いて襲い掛かってくる事などないはずだ。
その時、果たして動けるのだろうか、そう考え始めると不安と戸惑いが大きくなる。
生き物を殺したことがないという、マイナスのアドバンテージ。
このマイナス要素を克服しない限り、雄也はもちろんのこと、大樹も勇者として旅立つことなど出来ないのは明白である。
しかしそれは、この世界と自分の世界を分ける最後の境界線でもあった。
魔物を躊躇なく殺せる自分が想像できない。
仮に出来たとして、その自分は本当に元の世界に戻って、元の生活に戻れるのだろうかという葛藤が、幾度と無く頭の中を過ぎったのも確かだ。
だが、今はそんな雄也の思考を欠片も感じる事なく、2人は側で脳天気なやり取りをしていた。
2人はどうなんだろう、雄也は頭の中で疑問を募らせていく。
「何にせよ、大塚君は、そろそろ本気で勇者としての自覚を持って行動するべきだと思うぞ?」
「じゃーこーすけ先輩はいきなり勇者になれって言われて──」
「そもそも私は勇者じゃないから分からんな。考えるだけ無駄だ。なってから考える」
「…………」
至極尤もな反論をされて、黙り込んでしまう大樹。
「ま、冗談はこれくらいにして小室君。そんなに眉間に皺を寄せてまで気負う必要もないぞ。そもそも、悪王って奴を殺すっていう使命もあって旅をしなければならないのに、魔物の一匹や二匹倒せなくてどーする。別に人を殺すわけじゃあるまいし。もっと肩の力を抜きたまえよ」
思考が表情に出ていたのか、耕介にやんわりとアドバイスを貰う雄也。
「そう……ですね」
「物事を難しく考えすぎるのは、小室君の悪い癖だ。もっとシンプルに考えよう」
「そうそう!」
「大塚君はもっと考えような」
「だから僕だって考えてますってばー!」
そんなやり取りを見て、雄也はふっと表情を和らげた。
「そうですね。とりあえず、おれが前に出て頑張りますから、2人は無理しない程度に敵を相手にして下さい」
「お? 随分頼もしいじゃないか。大塚君も彼を見習えたまえ」
「もう雄也が勇者をやればいいと思うよ」
「いやーさすがにそれは遠慮するわー」
雄也は丁重にお断りの言葉を突き付ける。
「しっかし……よくよく見れば、2人ともだいぶ肉付が変わったな」
今までの少し不安の残る空気を飛ばすように、耕介は少々強引に話題を変えた。
だが、その話題は元々耕介が思っていた事のようで、二回り近くも大きくなった2人の体をしげしげと眺める。
「そうですかね?」
布で出来た袖をたくし上げたことで顕になった、自分の二の腕を揉んでみる雄也。
その山のように盛り上がった筋肉を前にして、触ってみてもいいか? と隣に座る耕介が尋ねると雄也は快諾した。
「思ったより普通だな……小室君、力入れてみてくれないか?」
「はい」
しなって張りのある腕だな、と思っていた耕介だったが、指示通りに雄也が力を込めると、筋肉が一目見ただけでも分かるくらいに膨れた。
雄也の腕に触れていた耕介は、おぉ……と、小さく呻きを漏らす。
その触り心地は、もはや肉という響が柔らかな物質からは程遠く、中身がぎっしり詰まった───例えるなら弾力はあるが決して形が変わることのない軟球のように思える。
一月くらいでここまで変わるものなのか、と疑問を抱きながら、目の前にある隆々と盛り上がる腕を見つめた。
「えっと……もう、いいですか?」
「あ? あぁ。しかし凄いな。小室くんはボディービルダーか何かになるのか?」
「いや、ラキアさんが言うには、元の世界の筋トレみたいなのは非効率らしくて、もっと実践向きで効率的な修行をする、という言葉に従ってたらこうなってました」
「ほーなるほどなー。さすがは筋肉馬鹿なだけはあるな。小室君は元々薙刀をやっていたから外見的にはそこまで大きくは変わらないが、それでも前に比べてて威圧感が出てきたというか、どことない凄みを感じるぞ」
「こーすけ先輩! 僕は! 僕は!?」
何かを期待するように、右手を掲げてアピールを始める大樹。そんな彼を見つめて、耕介はしばし考えこむ。
「大塚君は…………豆タンク?」
「え?」
「いや、冗談だ。首も腕も足も太くなって体育会系になったな。あれだけ体育会系を嫌ってたのに」
「汗をかくのは気持ちいいですから!」
「すっかり体育会系だな」
「でも、出来無い事が出来るようになっていくのは、本当に面白いですよ」
「だね!」
「ほう……何か出来るようになったのか?」
「何かというか……そうですね。しいて言うなら、剣をある程度自在に扱えるようになった位ですかね」
「元々小室君は武道をやっていたからな。ラキアにセンスを認めていられたし……まぁ、予想の範疇内ではあるな」
「いやいや、そんな事無いですって。そういえば、榊さんの方はどうなんですか?」
「ま、ボチボチだな」
「勿体ぶらずに教えて下さいよー!」
「どーせ明日分かるんだから、それまで楽しみにしておいてくれ」
耕介がニヤリと口元を歪める。
その態度から、2人は魔物相手に問題ないはないだろうと思う反面、不安が心の隅に残った。
「あの、一応言っておきますけど、俺等を巻き添えにしないで下さいね?」
「広範囲魔法がまだ上手く制御出来ないのがなぜ分かった!?」
「狭く単体目掛けて魔法を使って下さい! 範囲魔法とか危ないですから!!」
「冗談だよ。完成しない限りは使わないから安心してくれ」
「こーすけ先輩の冗談は分かりにくいお……」
「まったくだ。冗談で済めばいいが」
少しだけ肝を冷やした2人は安堵したように項垂れた。
「とにかく明日は、私達3人でクエスト達成するぞ!」
「はい!」
「おー!」
3人は明日に向け、決意を新たにするように、拳をぶつけ合った。
◇ ◇
明くる日の早朝。
城門前に集った3人は、ラキア先導の下、ヴェネラル王国にあるギルド商会へ足を運んだ。
山頂から下るようにして歩いて行く一行。
ラキアを目にした人々が挨拶をする一方で、後ろに並んで歩く大樹達に気の毒そうな視線を向けられる。
「なぁ、結構町の人に見られてる気がするんだけど、なんか理由があるのか?」
「さーな。コウスケ達がお仕置きされるなんて行く末を想像しているんじゃないか?」
「…………ちょっと待て。早朝にラキアと一緒に歩くってのはあれか? 罰を受ける時の恒例なのか?」
含み笑いをしているラキアに、若干嫌な予感を覚えつつ説明を求める。
が、返って来たのは別方向からの声だった。
「それかさもなくば、出来の悪い新人を至極時など、こういう早朝に出かけては疲労困憊で帰って来る姿は結構有名ですね」
「やっぱりあの視線はそういう事か……!!」
「ストラ先生! お久しぶりです!」
最初の2週間程はより実戦向きの魔法を教わっていた雄也だが、後半は剣に集中するために一日中ラキアの下で修行をしていた雄也は、実に2週間ぶりの再開だった。
大樹は午前はラキアの下で、午後はストラの下で、耕介は一日中ダルドの下か、たまにストラを交えての鍛錬を積んでいた。
そんなストラは眼鏡を整えると、耕介を見やる。
「サカキ様、調子はどうですか?」
「すこぶるいいぞ。まー見ていてくれ」
「ダルド様はここを離れられないそうなので、今回はラキアさんと共に私が同行します」
「お手数をおかけします! ストラ様!」
右手で拳を作って、左胸に当てる騎士特有の敬礼をするラキア。
「そういえばラキアよりストラの方が上なのか」
「それはもう、ストラ様は四柱の一人だからな。いくらでも代わりが利く俺など、ストラ様の足元にも及ばんよ」
「そうはいっても、ラキアさんの部隊指揮能力や戦闘経験、知識は目を見張るものがありますからね。人を動かせない私は、まだまだ未熟ですよ」
「正直、2人ともとんでもなく凄いですよ」
「大樹と同じ意見です」
「確かにそうだな」
互いに謙遜し合う2人だったが、サリアーラでの一件を目の当たりにしてしまった3人からしてみればどっちもどっちだった。
そんな言葉を聞いて、少し咳払いしたストラは、改まって3人に向き直る。
「ともあれ、私達の……教え子の初舞台です。人を指導する立場ではなかった私が、今回どれだけ教えられたのかを確認したくもあるのです。コムロ様はラキアさんに教わった剣を、サカキ様はダルド様から教わった魔法を、勇者様にはラキアさんの剣と、僭越ながら私の教えた魔法を、存分に使って無事依頼をクリアしてください」
ストラの言葉に、ラキアが大きく頷くと、3人は自信あり気な表情で任せてくれ、と答えた。
「頼もしいな。では行くとしよう」
ラキアはその巨体を再び動かして、ギルド商会へと続く道を歩き出す。
感覚で15分程歩くと、坂道が終わり、山の麓と思える場所に大きな門があり、そこを抜けると広大な平地が広がった。
この門が、以前サリアーラが襲撃を受けた時に閉じられた門であり、ヴェネラル王国の入り口でもあった。
そこから歩くこと、更に1キロ程。
目の前にそびえる一際高い建物が視界に入ると、黙って先行していたラキアは口を開いた。
「ギルド商会については誰かから聞いたか?」
「いえ、何も。でも、使い方は何となく分かります。依頼を受けて、その依頼をこなして、商会に戻る。そうする事でお金やアイテムを得る。ですよね?」
「アイテム?」
「……あ、いや、報酬ですね! アイテムって言うのは元の世界の言葉です。すみません」
「謝ることじゃないさ」
ラキアは豪快に笑いながら、顔の周りを覆うように生えた髭を撫でた。
恐縮したように項垂れる雄也の背中をバンバンと叩くと、話の続きを口にする。
「確かに、ユウヤが言ったことで概ね間違いはない。だが、極稀に大規模な依頼が貼りだされ、多くの人と結託して依頼をこなすものもある。そういう依頼は……なるべく受けないほうがいいだろう」
しかし、いきなりトーンを落として、まるでここにいる人間以外には聞こえないように、声量を下げた。
「大丈夫だとは思うが……この先、見知らぬ誰かと行動をする時は、気をつけるんだ」
「? なんでだ?」
耕介の疑問に答えることなく、ラキアは背を向け、目の前に佇む建物を目指して歩を進める。
「強くなるっていうのは、必ずしもいい事ばかりではないんですよ」
前に黙々と進む後ろ姿を見て、ストラが答えないラキアの心情を慮る。
その言葉に3人はラキアの語られない苦労を想像しながら、ラキアに続くように建物を目指す。
そして、再びラキアの足が止まる。
3人はラキアの背後から一歩左右に出ると、先ほどまでは上部しか確認できなかった建物の全容を視界に収められた。
それはまるで元の世界にあるアラビア宮殿を思わせる作りの建物。
入り口には高さ5メートルはありそうな、長方形の上に半円を足したような大きな扉。
乳白色の壁が左右に50メートル以上広がっている。
「でかい建物だなー。東京ドーム程はないだろうけど、武道館以上はありますね」
雄也は変わらずの判断基準で建物の大きさを推測し、耕介が確かに妥当な所だなと呟く。
その前で、城にいる甲冑を付けていないが、明らかにこの門を守るであろう衛兵が、左右に5人ずつ槍を片手に立っていた。
「これが……ギルド商会の建物?」
「随分儲かってそうだな」
「見た感じ、警備も結構厳重そうですね」
「……行くぞ」
先程までの雰囲気はどこへ行ったのか。ラキアは強張った表情で再び足を前に進める。
今まで歩いていた、無秩序に嵌められた石道とは違い、ある模様を目的に作られたであろう芸術的な石畳。
そこに一歩踏み込むと、3人の背筋を軽い緊張が走った。
「大丈夫ですよ」
後ろについているストラは安心させようと声をかけるが、3人は返事をする余裕が無いまま、ラキアの背に隠れるように続く。
程なくして、目の前には扉と同じくらいの幅を持った橋へと差し掛かった。
その下には、左右に伸びる水流があり、それを目で追っていくと、どうやらこの建物を囲うようにして流れているのだろうと予想できる。
陽が昇って行動を開始する時間になったからか、橋の上には様々な人が行き交っていて、一般民や商人、剣などの武器を持った冒険者はもちろんの事、踊り子や長い布を体に巻いた旅人のような人が闊歩していた。
だが、ヴェネラルの町中の雰囲気とは違い、和やかな雰囲気や視線を交わしての挨拶や雑談がない。
どこか殺伐とした雰囲気の中、何かを見つけた大樹はある一点に視線を集中させる。
「ね、ねぇ雄也。あそこにいるのって……」
「どれ?」
「ほら、あの木の横にいる……」
「お!?」
歩きながら大樹が指す方へと視線を向けると、そこには木陰で休んでいる一つの人影があった。
しかし、その姿をよくよく見ると、着ぐるみでも着ているかのような違和感を覚える。
だがここは元にいた世界ではないだろうし、この世界に着ぐるみなるようなモノがあるとは思えない。
「なんか頭身がおかしいな。もしかしたら、あれってドワーフか?」
雄也が巡らす思考の結論を耕介が口にすると、大樹と共にそうだそれだと納得する。
そして、背後のストラも後半の言葉に、正解です、と答えた。
「ギルドは国家などの枠組みに囚われませんので、様々な種族の方々が利用します。この大陸では主に人とドワーフが訪れていますね」
「ふむ……なるほどね。という事は、こういうギルド商会は他の大陸にもあるのか」
「エルフが治めるウィンダミリスには、ギルドはありませんね。エルフというものは自然でいる事を尊重しますから。それ以外の大陸にはあります。ついでに言いますと、ヴェネラル王国の近くにあるここが、フレイタニアにあるギルド商会を抜けば、世界で一番でかいギルド商会になりますね」
そんな話をしている内に橋を渡りきり、目の前に大きな扉を控えて足を止めたラキアに揃って、全員止まってその時を待つ。
ダルドは、背を向けたままで3人に、今まで向けたことのない威厳を伴った言葉を向けた。
「一つだけ言っておく」
その背中が語りかけるプレッシャーに、3人は唾を飲み込む。
「これから先、お前達が歩むこの世は────弱肉強食の世界だ。それを忘れるな」
◇ ◇
扉を開けたラキアに続いて一歩踏み入ると、そこはまるで娯楽施設のようだった。
耳を劈くような喧騒に3人は驚き、中の状況を確かめるべく辺りを見回し始める。
入り口の部屋には大きな乳白色の支柱が左右対象にあり、それが同じ感覚で奥へと続いている。
左右の柱の真ん中に、縁に金色の装飾がされたいかにも高そうな赤い絨毯が敷かれ、柱と並行して真っ直ぐに伸び、その上を様々な人影が闊歩している。
その人達は絨毯を中心として左右に構えている店を行き来し、まるで元の世界にあるショッピングモールのような、活気のある光景に心揺れた。
「食材、料理、素材、武器、防具、あっちにはカジノに……情報屋? なんか色々あるのは分かりますけど、なんで同じ取り扱い店がいくつもあるんですかね」
「ほー。店の奥に水路もあるのか。ここは商人の縄張りなんだろうな。同じ店でも物価が違うやら、質が違うやらあると思うぞ」
「なんかお祭りって感じがしていいね! って────」
またもや何かに気が付いた大樹はある店の店主に向かって指をさすと、隣をあるいていた雄也の袖を思い切り引っ張った。
「雄也! 雄也! あれ! あそこの店で肉焼いてる人……なのか分からないけど、とにかく見て!」
「え、何をわけのわか────うぉ!? 狼人!?」
「あそこで薬草とか薬関係売ってるのって……妖精じゃないか!?」
「今度はあっち! 武器屋っぽいところに竜人みたいなのいるよ!」
すげー! すげーよ! などと見慣れないものを目にした3人は感想を口々にしながら、人が多く盛況している商業区を通りすぎていく。
そして次の区画へと入ると、打って変わって人が疎らになった。
奥の壁には大きなステンドグラスの絵が飾ってあり、その下にはホテルのフロントのような台があり、そこには5,6人の受付嬢がピンと背筋を伸ばして列を作る人々を対応していた。
「宿屋にしては……ちょっと大げさだよね?」
「宿屋はさっきの区画にあっただろう。恐らくここは──」
「ギルド商会の受付、ですね」
「そこら辺にたむろしている奴らの格好を見れば分かるしな」
耕介の言葉に周りに目をやると、槍や斧などの鋸刃になっている見るのも禍々しい武器を腰や背に着け、手入れされた騎士甲冑とは違う、あちこちに破けた後や千切れた後などと使い古された防具を身に着けている人々が屯している。
先程の商人たちの世界とは違い、ここはすでに実戦────魔物と戦い、命のやり取りをし、言葉通りの弱肉強食を生き抜いてきている人たちのいる場所。
そんな人たちの視線は全て、今踏み込んできた自分達5人に向かっているだろうという程に、得体の知れない緊張感が背筋にまとわりつく。
「……見られてるね」
「見つめ返したら負けだ。フラグが立つ。絶対に見るな」
「色々な意味で怖いお……」
そんな3人の焦りを気にも留めずに進んでいくラキア。雄也は先程までの緊張感が嘘のように和らいだ事に気が付くと、目の前に進んでいく大きな背中に注意を向けた。
注目されているのはラキアだという事が明白になる。
ラキアが受付前に立つと、受付嬢が丁寧に腰を折ってラキアの対応をし始める。
「毎度贔屓にして頂きありがとうございます。ラキア様。今回はどの案件を受注されますか?」
「ランクEのオーダーはあるか?」
ラキアの言葉に目を点にする受付嬢だったが、背後にいる大樹らを見とめると納得したように頷いた。
「少々お待ちください」
受付嬢がカーテンで仕切られた裏手へと姿を消すと、そのタイミングで周りにいた有象無象からヒソヒソと声が漏れ聞こえる。
「ランクEだってよ。下位のクエストに手を出すくらいならダブルSに突っ込めばいいのに」
「どの面下げてランクEとか言えるのかね。随分ランクの低い魔物を狩ることで」
「本当だわ。騎士団長と言われるのが居心地いいんだろ」
「剣の腕でも鈍ったか? そのうち制裁を下してやろうか」
ラキアに視線を向けていた人々なのだろう。あからさまな悪意と、蔑みの言葉。そして、こっそりと混じる敵意。
殺意にある程度耐性ができ、何となく人の意思のようなものを感覚で感じ取れるようになった雄也は、警戒を強めるように体を強ばらせた。
「大丈夫ですよ」
「お待たせしました」
雄也の肩をストラが叩いたのと、受付嬢が戻ってきたのはほぼ同時で、何十枚もの洋紙を持って机に並べた。
その中から3枚を選ぶと、背後にいる3人に向かってこっちに来るよう手招く。
ラキアに従い、5メートル程の間隔を詰めると、雄也の肩に手を置いた。
「新しいギルドハンターにこいつらを加えたい。身分の保証は俺と、ストラ様だ」
受付嬢は言葉の意味を理解できず、少しの間、固まる。
ラキアのみに向けられていた視線が、一気に5人へと向けられ、どよめきが広まった。
「どういうことだ!?」
「ラキアならまだ分からんが、四柱のストラまで!?」
「あいつら何考えてるんだ!?」
「あの3人……何者なんだ?」
そんな疑惑や興味が行き交う視線の中、大樹は体を縮め、耕介は決して視線を合わせないように俯き、雄也は何を感じるでもなく洋紙の内容に目を向けた。
「ヴェネウルフの討伐。アレクイーグルの羽を、10羽分を入手。最後に……」
「ランドラットの歯を5頭分だ。これが今日の課題だ。心してかかるように」
「────はい!」
3人は力強く頷き、依頼書を読み始める。
だいたいB5くらいのサイズの洋紙に、左側の枠には姿を表しているのか、どこかのハンターゲームで見たような魔物の姿。
真ん中には魔物の生息地と依頼人の言葉が並ぶ。
3枚ともだいたい同じ内容で、困っているから退治して欲しい。素材が必要だから倒して欲しい。そういうオーソドックスな類のもの。
右側には依頼者のサイン、受注者のサイン、そしてオーダー完了の判を押す枠があった。
無論、依頼者のサインはすでにされていて、次に自分達がサインをすればこの依頼を受けるという事になる。
3人は洋紙から目を離すと、受付嬢にペンを貰う。
それはインクに一度浸してから使う羽ペンで、溜まったインクを滲ませるなど苦戦しながらも、ローマ字で自分のサインを何とか描き上げた。
ヴェネウルフの退治には雄也が。
アレクイーグルの羽入手には耕介が。
ランドラットの歯入手には大樹が。
それぞれのサインを眺め、3枚にまとめるとラキアが提出する。
「これからここに来ることも多くなると思うが、何分世間知らずなものでな。面倒を見てやってほしい」
「ラキア様とストラ様が保証人なら身分も確かなのでしょう。かしこまりました。では皆様にはこの指輪をつけていただきます」
受付嬢が机に置いたもの。それは薄汚れた金色をした指輪だった。
3人は手に取りその指輪をじっくりと見てみる。
四角形の幾何模様が施されていて、上下の縁が丸く膨らんでいる事以外は何の変哲もない指輪。
「これはギルドハンターである事を示す指輪です。どうぞ無くさないようお気をつけ下さい」
「ふむ……この2人はつけてないようだが?」
耕介は目ざとく2人の指を確認しながら質問を投げた。
「世界中のギルド商会で顔パスできるくらい有名になればいらんな。お前達ならじきにそういう日は来るだろうが……まぁ、今はこれで我慢しておくんだな」
受付嬢の代わりに答えたのはラキア。
その表情はぎこちなく、苦笑と言うよりは皮肉を込めている気がしなくもない。
それは先程ストラが言ったことと、今もなお向けられている視線が物語っているような気がして、雄也と耕介はそれ以上追求することはなかった。
「有名になりたくないおー。静かにひっそり、世界の片隅で生きていたい……」
「おい、勇者。いいから指輪を嵌めるぞ」
相変わらずの大樹の弱腰っぷりに辟易しながらも、3人は指輪を同時に指に通した。
示し合わせたわけでもないが、見た感じ指輪のサイズがでかかったから、全員が右手の中指に指輪を嵌める。
それはブカブカで、とても装着できる物ではないなと思っていたのも束の間。
「お?」
段々と小さくなり、すぐにピッタリと右手中指のサイズに収まった指輪を見て、驚きの声が漏れる。
そして同時に、パキッと小気味良い音が響いた。
「えぇー!?」
一人だけ悲痛な声を上げているので、そちらの方を見やると、全員の顔が驚きに変わる。
そして同時に、すでに興味本位と化した周りにも、どよめきと動揺が広がった。
「ちょ、大樹何壊してるんだよ!?」
「いやいや! 僕のせいじゃない! 俺は悪くねぇ!」
「親善大使の真似事はいいから。これは粉々まで行かないにせよ、これは……」
「どう見ても砕けてます。本当にありがとうございました」
「お、おかしいですね。この指輪は個人認証の魔法が編みこまれていて、簡単には外せないようになっているのですが……ましてや壊れるなんて前例がありません」
「…………なるほどな。まー問題ない。いつも3人で行動していれば大丈夫だろう。ギルドの依頼は受けられなくなるが、他の2人が受ければいい事だ。大した問題じゃない。どうせ有名になるだろうし……な」
その言葉をきっかけにして、大樹は大きな溜息をつく。
「諦めろ勇者」
「きっと額の紋章が装飾品を許さなかったんだろう。他の装飾を認めないなんて紋章たん結構束縛激しいな」
「2人とも絶対楽しんでるよ……」
「ユウヤ、これにサインを書いてくれ」
小声でそんなやり取りをすると、ラキアが大樹の書いた依頼書を雄也に差し出す。
すんなりと雄也が書きなおすと、これで手続きは終わりです、と受付嬢は一礼すると他のハンターの受付を始めた。
「さて。初の魔物退治、行きますか」
「そうですね!」
「いよいよだな……」
「死にたくないお……」
「主人公、勇者補正がつくだろうから、大塚君は大丈夫だろう」
「こーすけ先輩は言ってる事が無茶苦茶ですよ!」
「まずは装備を取りに戻る。それから馬車で移動だ。しっかり頼むぞ」
「修業の成果、見せてもらいますよ」
「はい!」
「おうさ!」
「もうどうにでもなれー!」
そんな和気あいあいといった雰囲気で受付を終えた一行は、ギルド商会を後にした。
背後に、様々な憶測や、幾重もの複雑なしがらみを残して────。




