第五十三話 記録の扉
無数の名前。
それは、消えた存在の記録だった。
誰にも覚えられなかった名前。
削除された人生。
その全部が、扉に刻まれている。
レンが息を呑む。
「これ……世界のログか……?」
先行保持者が目を細める。
「違う」
「もっと根本だ」
巨大な目が揺れる。
「未知構造体確認」
悠真は扉を見上げる。
黒い右腕が脈打つ。
その扉は、呼吸しているように見えた。
結衣が小さく呟く。
「兄貴……それ、開けちゃ駄目なやつじゃない?」
悠真は少し笑う。
「たぶんな」
でも。
もう引き返す道はない。
背後の“消えた存在”たちが、静かに立っている。
彼らは待っている。
忘れられたまま終わるのか。
それとも。
もう一度“存在”になるのか。
悠真が一歩前へ出る。
扉に手を触れる。
その瞬間。
世界が止まった。
音が消える。
空が静止する。
レンの呼吸すら止まる。
先行保持者が目を見開く。
「時間じゃない……」
「“記録そのもの”が止まってる……」
巨大な目が、激しく揺れる。
「干渉不能領域」
「観測遮断」
扉の向こう。
“何か”が見えた。
無数の世界。
無数の悠真。
無数の結衣。
すべての可能性が、ひとつに折りたたまれている。
悠真の頭へ、声が流れ込む。
誰の声でもない。
世界の底の音。
「選べ」
悠真の手が止まる。
結衣が息を呑む。
「兄貴……?」
扉が、わずかに開く。
その隙間から。
“記録の海”が溢れ出した。
一気に。
世界へ。
レンが叫ぶ。
「まずい!!」
「全部出てくるぞ!!」
消えた存在たちが、扉から溢れ始める。
今まで“記録”だったものが。
“現実”へ変わろうとしていた。
巨大な目が震える。
「世界容量超過」
「崩壊開始」
悠真は扉を押さえる。
黒い右腕が軋む。
だが。
止まらない。
結衣が駆け寄る。
「兄貴!!閉めて!!」
悠真は結衣を見る。
そして。
ゆっくり首を振る。
「……もう遅い」
その瞬間。
扉の向こうから、“もう一つの手”が伸びてきた。
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