第五十四話 向こう側の手
扉の隙間から伸びた“手”。
それは悠真のものだった。
いや。
正確には。
別の悠真。
無数の可能性の中で、“記録側に残った神崎悠真”。
その手が、扉を押し広げる。
レンが息を呑む。
「また出るのか……!」
先行保持者が顔を歪める。
「記録世界の“主軸個体”だ……」
巨大な目が震える。
「多重存在干渉」
扉が軋む。
黒い空間が裂けるように開く。
そして。
“向こう側”が見えた。
そこは静かだった。
音がない。
色も薄い。
ただ無数の人間の影が、整列している。
消えた存在たち。
そしてその中心に。
もう一人の悠真が立っていた。
今の悠真と同じ顔。
だが目が違う。
完全に“観測の外側を理解した目”。
その悠真が、静かに口を開く。
「やっと繋がったな」
結衣が震える。
「兄貴……?」
扉の中の悠真が結衣を見る。
少しだけ目を細める。
「……それが、お前か」
今の悠真が眉をひそめる。
「何のつもりだ」
向こう側の悠真は淡々と答える。
「お前はまだ、“途中”だ」
レンが低く呟く。
「何を言ってる……」
向こう側の悠真が扉を押し広げる。
記録の海がさらに溢れる。
世界が崩れ始める。
空間が“二重化”する。
現実と記録が重なり始める。
先行保持者が叫ぶ。
「やめろ!!これ以上重ねるな!!」
だが止まらない。
向こう側の悠真が一歩踏み出す。
その瞬間。
世界が“二人の悠真”に分裂した。
現実側。
記録側。
そして、その境界が崩壊し始める。
結衣が叫ぶ。
「どっちが本物なの!?」
二人の悠真が同時に答える。
「どっちもだ」
静寂。
巨大な目が歪む。
「自己矛盾構造体」
「観測不能」
向こう側の悠真が静かに言う。
「観測はもう壊れかけている」
「だから次に必要なのは」
悠真が続く。
「“統合”だ」
レンが顔を引き攣らせる。
「統合……?」
向こう側の悠真は結衣を見る。
「結衣」
その声は優しい。
だが、冷たいほど正確だった。
「お前も、もう一つの記録だ」
結衣の瞳が揺れる。
悠真が即座に前に出る。
「触るな」
二人の悠真が、同時に結衣を見る。
そして。
同じ言葉を発した。
「選べ」
結衣の前に。
二人の“兄”が立っていた。
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