第五十一話 観測返し
世界中の記録が、“観測”を返した。
巨大な目。
今まで全てを見下ろしていた存在。
その瞳へ。
無数の記憶が流れ込む。
消される瞬間の恐怖。
忘れられる絶望。
存在を否定された痛み。
全部。
“観測する側”へ逆流する。
巨大な目が初めて歪んだ。
「負荷増加」
「情報量超過」
白い空が軋む。
観測者たちが動揺していた。
「上位存在 不安定化」
レンが息を呑む。
「あり得ねぇ……」
先行保持者も呆然と空を見ている。
「観測する側が、“観測される苦痛”を知らなかったのか……」
悠真は静かに立っていた。
黒い亀裂が全身へ広がっている。
もう、人間の姿を保つのも限界だった。
それでも。
背後の“消えた存在”たちが、悠真を支えている。
結衣が悠真の腕を掴む。
「兄貴……身体が……」
悠真の腕が崩れていた。
黒い粒子になって、少しずつ消えていく。
だが悠真は笑う。
「大丈夫」
その声は少し掠れていた。
巨大な目が、苦しそうに瞬く。
「理解不能」
「なぜ消滅対象を保存する」
悠真が空を睨む。
「当たり前だろ」
「そこにいたんだから」
静寂。
その瞬間。
“消えた存在”たちの輪郭が、少しだけ鮮明になる。
誰かに覚えられる。
それだけで。
存在は、少し強くなる。
巨大な目が揺れる。
「世界維持効率 低下」
「不要記録の削除を再提案」
悠真の瞳に怒りが宿る。
「不要じゃない」
黒い波が広がる。
“記録の海”が、巨大な目へ押し寄せる。
その中には。
無数の神崎結衣もいた。
幼い結衣。
笑う結衣。
泣く結衣。
全部、“存在した記録”。
巨大な目が歪む。
「記録量 限界」
「観測不能領域 発生」
その瞬間。
巨大な目の一部が、“黒く欠けた”。
レンが目を見開く。
「削れてる……!」
先行保持者が低く呟く。
「観測が、壊れ始めてる」
世界が揺れる。
空間が軋む。
もし巨大な目が完全に崩壊すれば。
観測そのものが壊れる。
つまり。
世界の終わり。
結衣が震える声で言う。
「兄貴……このままだと……」
悠真も分かっていた。
今なら、観測を終わらせられる。
でも。
それをやれば。
世界そのものが消える。
巨大な目が、最後の力で悠真を見る。
「最終勧告」
「神崎悠真」
「お前は、何を残したい」
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