第五十話 記録の海
世界中の“消えた存在”が、悠真を見ていた。
忘れられた人々。
修正された命。
存在を削除された世界。
その全てが。
今、神崎悠真を“観測”している。
巨大な目が揺れる。
「観測対象数 異常増加」
悠真の身体に、黒い光が走る。
ノイズじゃない。
“記録”。
消された全存在の記録が、悠真を支えていた。
レンが息を呑む。
「存在維持を……他者観測で補ってるのか……?」
先行保持者が静かに呟く。
「違う」
「もう、“個人”じゃない」
悠真の背後。
無数の影が立っていた。
消えた存在たち。
彼らは声を出さない。
ただ。
悠真を見ている。
忘れないように。
消えないように。
巨大な目が、さらに強い光を放つ。
「異常因子 神崎悠真」
「再定義を開始」
その瞬間。
空から、巨大な“白い手”が現れた。
世界より大きい。
観測そのものの手。
悠真を掴もうとしている。
結衣が震える。
「兄貴……!」
悠真は静かに前へ出る。
怖くないわけじゃない。
身体は崩れ続けている。
黒い亀裂が全身へ広がっていた。
それでも。
後ろには。
“消された人たち”がいる。
悠真は空を見上げる。
「お前らは」
白い手が迫る。
空間が押し潰される。
悠真の周囲だけが、黒く軋む。
「なんで、勝手に消していいと思ってる」
その瞬間。
悠真の背後の影たちが、一斉に空を見上げた。
観測。
逆観測。
“見られる側”だった存在たちが。
初めて、“観測する側”へ変わる。
巨大な目が揺れる。
「逆流確認」
「観測権限 汚染」
レンが叫ぶ。
「観測が返されてる!!」
先行保持者が目を見開く。
「まさか……」
悠真の周囲に、黒い波が広がる。
“記録の海”。
忘れられた存在たちの記憶。
その全てが、巨大な目を見返していた。
白い手が止まる。
巨大な目が、初めて苦しそうに歪んだ。
「負荷増大」
「認識量 限界超過」
悠真が、ゆっくり右手を上げる。
その動きに合わせて。
無数の“消えた存在”も、同じように手を上げた。
そして。
世界中の記録が、一斉に“観測”を返す。
巨大な目へ向かって。
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