第三十六話 神崎結衣
「私を、誰にするの?」
無数の結衣が、悠真を見ていた。
泣いている結衣。
笑っている結衣。
傷だらけの結衣。
存在できなかった結衣。
全部、“神崎結衣”だった。
悠真の呼吸が乱れる。
結衣たちの輪郭が混ざり始める。
髪の長さが変わる。
制服が変わる。
声が変わる。
記憶が流れ込む。
「兄貴、今日のテストやばい」
「ねぇ、海行こうよ」
「なんで助けてくれなかったの」
「また、一人にしないで」
全部、違う人生。
全部、存在しなかった世界。
悠真は頭を押さえる。
「やめろ……」
先行保持者が険しい顔で言う。
「統合が進んでる」
レンが低く呟く。
「こんなの……観測装置でも制御できない」
黒い太陽が脈打つ。
そのたびに、“別世界の結衣”が増えていく。
白い世界が埋め尽くされる。
無数の神崎結衣。
その中心で。
一人だけ、静かに悠真を見ている結衣がいた。
最初の結衣。
病室で死んだはずの少女。
彼女が、小さく笑う。
「兄貴」
悠真の身体が止まる。
その声だけで分かった。
ずっと探していた。
ずっと忘れられなかった。
“最初の神崎結衣”。
悠真が一歩前へ出る。
だがその瞬間。
他の結衣たちが一斉に振り向いた。
「違う」
空気が凍る。
「なんでその子なの?」
「私も結衣だよ?」
「兄貴、私を見て」
「私を忘れるの?」
声が重なる。
世界が歪む。
レンが叫ぶ。
「選ぶな!!」
先行保持者も叫ぶ。
「今、一つを固定したら終わる!!」
だが悠真は止まれない。
最初の結衣が泣きそうに笑っている。
「……ごめんね」
その瞬間。
悠真の中で、全ての記憶が繋がった。
病院。
事故。
死。
願い。
観測。
ループ。
崩壊。
全部。
“この結衣を忘れられなかった”ところから始まった。
悠真の目から涙が落ちる。
「忘れられるわけ、ないだろ」
その言葉。
黒い太陽が停止した。
世界が静まり返る。
無数の結衣が、一斉に悠真を見る。
最初の結衣が、ゆっくり手を伸ばす。
悠真も手を伸ばす。
触れる。
その瞬間。
世界中の“神崎結衣”が、一つへ収束を始めた。
レンの顔から血の気が引く。
「やめろ……」
先行保持者が絶望した顔で呟く。
「固定される……」
無数の結衣たちが、光になって吸い込まれていく。
泣き声。
笑い声。
記憶。
人生。
全部が、“最初の結衣”へ集まっていく。
そして。
最初の結衣が、悠真へ微笑んだ。
「ただいま」
その瞬間。
黒い太陽が、“心臓みたいに”脈打った。
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