第三十話 最深部
“それ”が笑った瞬間。
黒い世界が脈打った。
観測装置が一斉に停止する。
警告音が途切れる。
光が消える。
静寂。
先行保持者の顔色が変わる。
「……おい」
巨大な目たちが揺れている。
観測者側が、“何かを恐れていた”。
悠真は結衣を庇うように前へ出る。
暗闇の最深部。
そこに、“影”がいた。
人の形に近い。
だが違う。
輪郭が定まらない。
それでも。
“目”だけが笑っていた。
「やっと届いた」
声が響く。
男でも女でもない。
子供にも老人にも聞こえる。
結衣が震える声で呟く。
「なんで……起きてるの」
先行保持者が一歩後退する。
「最悪だ……」
悠真が睨む。
「何なんだよ、あいつ」
返事をしたのは、“それ”だった。
「観測の外側」
空間が軋む。
「お前たちが“神”と呼ばなかったもの」
その瞬間。
悠真の頭に膨大な記憶が流れ込む。
観測装置。
無数の世界。
観測者。
修正者。
ループ。
その全部より前。
“最初”。
そこには何もなかった。
世界も。
時間も。
存在も。
ただ一つ。
“誰かに忘れられたくない”という感情だけがあった。
悠真が息を止める。
“それ”が笑う。
「神崎悠真」
「お前はよく似ている」
空間が揺れる。
結衣が叫ぶ。
「駄目!!」
だが遅い。
“それ”の視線が悠真へ触れた瞬間。
悠真の中の記憶が完全に開く。
幼い頃。
病院。
泣いている自分。
冷たくなった結衣。
そして。
“願った”。
「消えないで」
その願い。
その感情。
それに“応えた存在”がいた。
悠真の目が見開かれる。
「……お前なのか」
“それ”は微笑む。
「そう」
「お前が、私を起こした」
観測装置が再び警報を鳴らす。
今度は今までとは違う。
【最深部存在 覚醒確認】
【管理権限 喪失】
先行保持者が顔を歪める。
「終わるぞ……!」
だが“それ”は笑っている。
「違う」
「始まるんだ」
その瞬間。
無数の観測世界が一斉に割れた。
空。
海。
街。
世界。
全部がガラスみたいに砕けていく。
観測者たちの声が重なる。
「停止不能」
「観測不能」
「記録保持者の臨界到達を確認」
悠真の周囲だけ、静かだった。
“それ”が手を伸ばす。
「選べ」
結衣が涙を流す。
「兄貴、駄目」
先行保持者が叫ぶ。
「触るな!!」
だが悠真は止まれない。
ずっと探していた。
ずっと繰り返していた。
結衣を消さない世界を。
悠真が、“それ”へ手を伸ばす。
触れた瞬間。
世界から、“空”が消えた。
読んでいただきありがとうございます。
感想・評価励みになります。




