第二十九話 終わらせて
「やめろ……!」
悠真が手を伸ばす。
だが結衣の身体は、指先から光へ崩れていく。
触れられない。
掴めない。
「嫌だ」
悠真の声が震える。
「また消えるのかよ……」
結衣は泣きながら笑う。
「兄貴」
「もう、繰り返さなくていいんだよ」
観測装置の警報が空間を震わせる。
【強制削除 実行】
【禁則対象 排除開始】
先行保持者が舌打ちする。
「来るぞ」
暗闇の向こう。
巨大な“目”が開く。
今までの観測者とは比べ物にならない。
空間そのものが圧し潰される。
悠真の膝が沈む。
呼吸ができない。
「異常因子を排除」
その声が響いた瞬間。
結衣の輪郭が一気に薄くなる。
「っ……!」
悠真が叫ぶ。
結衣が首を振る。
「駄目」
「兄貴がまた私を選んだら、また始まる」
悠真は涙を流しながら睨む。
「だったらどうしろって言うんだよ!」
結衣は小さく息を吸う。
「忘れて」
その言葉。
悠真の中で、何かが切れた。
空間が歪む。
観測装置が激しく明滅する。
【観測固定率 低下】
【記録保持者 暴走】
先行保持者が目を見開く。
「まずい……!」
悠真が空を睨む。
「ふざけんな」
世界が揺れる。
黒い空間に亀裂が走る。
「忘れろ?」
亀裂が広がる。
「そんなの、できるわけないだろ」
その瞬間。
観測装置の一部が砕けた。
【観測障害発生】
【管理領域 損傷確認】
巨大な目が初めて揺らぐ。
「理解不能」
悠真の周囲だけ、現実が変わっていく。
消えかけていた結衣の輪郭が戻り始める。
先行保持者が呟く。
「存在固定……?」
結衣が目を見開く。
「兄貴、駄目……!」
だが止まらない。
悠真の記憶。
感情。
執着。
後悔。
その全部が、“結衣の存在”を現実へ固定していく。
観測装置が悲鳴のような警告音を鳴らす。
【禁則対象 再定義】
【世界整合性 崩壊】
巨大な目が完全にこちらを向く。
「危険」
「危険」
「危険」
同じ声が何重にも重なる。
先行保持者が悠真の腕を掴む。
「止めろ!」
悠真は振り払う。
「もう誰にも消させない」
その瞬間。
黒い世界の奥で、“何か”が目を開けた。
観測者ではない。
もっと深い場所。
結衣の表情が凍る。
「……嘘」
空間が震える。
そして。
“それ”が笑った。
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