第十七話 修正者の代償
空の割れ目は、まだ閉じない。
むしろ“閉じるという動作そのもの”を忘れたように、そこに在り続けている。
神崎悠真の視界の奥には、三つに増えた結衣が映っていた。
同じ顔。
同じ声。
同じ存在なのに、もう一つの統一は失われている。
篠宮が初めて空から視線を外した。
そして悠真を見る。
「……お前が触ったせいだ」
悠真は即座に反応する。
「俺のせいなのか?」
篠宮は否定しない。
代わりに言う。
「観測は“触れた瞬間に変質する”」
篠宮はゆっくりと歩き出す。
その動きには迷いがある。
「俺たち修正者はな」
「壊れた世界を直すんじゃない」
悠真は息を呑む。
篠宮は続ける。
「“観測が壊した結果”を整えてるだけだ」
通学路の先。
三人の結衣はまだそこにいる。
しかし今は“個別に動いている”。
一人は立っている。
一人は歩き出す。
一人は動かない。
だが全員が同時にこちらを見る。
「じゃあ結衣は何なんだ」
篠宮は少し間を置く。
そして、ようやく答える。
「“修正できなかった残骸”だ」
悠真の呼吸が止まる。
空の割れ目が脈打つ。
そこから新しい圧が流れ込む。
世界の“揺れ”が一段階強くなる。
人の影が二重になる
建物の輪郭がずれる
会話が途中で重なる
悠真は理解する。
これは崩壊ではない。
“更新だ”。
篠宮がぽつりと言う。
「昔な……」
悠真は振り向く。
「俺も触れたことがある」
その言葉に空気が変わる。
篠宮は続ける。
「一人の観測対象を“戻そうとした”」
「結果は最悪だった」
悠真は問う。
「どうなった」
篠宮は短く答える。
「世界が一つ減った」
遠くで三人の結衣が同時に動く。
だがそれは増えているのではない。
“分岐した結果が戻れなくなった状態”だ。
篠宮が言う。
「選べなかった結果は消えない」
「全部残る」
悠真は拳を握る。
「じゃあどうすればいい」
篠宮は空を見る。
「もう選ぶな」
空の割れ目が開く。
そこから“何か”がこちらを見る。
前より明確だ。
意思ではない。
だが“判断している”。
「再修正対象:確認」
篠宮の表情が変わる。
「まずい」
三つの結衣が、同時に止まる。
そして同時に言う。
「ねぇ兄貴」
その声は一つではない。
だが重なって一つに聞こえる。
「私たち、まだ“結衣”なの?」
空の奥で何かが“確定しようとする”。
スマホに最後の通知。
【修正フェーズ:再演算開始】
【対象:神崎結衣(未確定群)】
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