暗雲の予感…?
茶会の後、絵が見えてきました。でも全部じゃない。断片がつながってきた、というくらい。カエデさんはまだ、全部を知らない。知ってしまう日は、もうすぐです。
会の翌日、リオネルから人が来た。
クロードではなく、リオネルの側近らしき若い男だった。「殿下からの書簡です」と礼儀正しく言って、封書を一通置いていった。開けると、細かい字でびっしりと書かれていた。
几帳面な人だとは思っていたが、字まで几帳面だった。
内容は昨日の茶会の件についてだった。拘束した三人の刺客から得られた情報。衛兵が昏倒していた件の続報。城内調査の途中経過。そして最後に一行、「あなたたちに関係のある情報を含むため、共有する」と書いてあった。
カエデは机に書簡を広げて、二度読んだ。
「……教団関連なのかなぁ」
声が出たのは、ほぼ無意識だった。
しろが作業台の端からこちらを見た。ぽぽが肩の上で「なに?」と首を傾けた。ホークが窓際から羽を畳んで降りてきた。
「昨日ぼっこぼこにした人たちがね、教団?っていうとこの人たちだったみたいで。エルミナで動いていた密輸グループとおんなじらしいの」
「……同じところか」としろが言った。
「同じところ。しかも、王都にかなり前から潜り込んでいたらしい。城内にも、情報提供者がいた可能性があるんだって」
ぽぽが「ぽっ……」と小さく鳴いた。いつもの元気のある声ではなかった。
「それだけじゃないよ」
カエデは書簡の後半を指でなぞった。
「この教団が、第二王子殿下に近づいているという情報まで書かれてるね。刺客の一人が、尋問の中で漏らしたっぽいね。詳しくはまだわからないけど、……リオネル殿下の暗殺が目的だったとすれば、第二王子を通じて城内の情報が出ていた可能性があるかぁ」
「兄を消して、弟を王にする」
しろの言葉は短かったが、全部入っていた。
カエデは頷いた。
「……たぶん、そういうこと」
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ホークが羽の一枚を整えながら、「昨日の刺客が三人だけとは思えませんわね」と静かに言った。
「そうだね」
「あれは、偵察に近かったのではないかと、わたくしは思っておりますわ。本命は、別の機会」
「殿下も同じことを書いてた。茶会を狙ったのは、規模を抑えてのことだった可能性がある。本当にやりたいことが別にある、だって」
「王位継承の儀だ」
しろが言った。それだけだった。でもその言葉の重さは、部屋の中に静かに沈んだ。
王位継承の儀。現王が宝剣を第一王子に授ける、公式の場。セレナとリオネルの婚約が発表される、その日。王都中の人間が注目する、その場で——教団が動こうとしているとすれば。
カエデはリオネルの書簡を畳んだ。
「宝剣、というものがあるんですね」
書簡の中に、その言葉があった。王家に代々伝わる剣。現王しか扱えない。継承の儀で、次の王に渡される。教団がその剣を狙っているという情報がある、と。
「……精霊と関係があるのかな」
独り言のつもりだったが、しろが答えた。
「ある」
「知ってたの?」
「王家の宝剣は、精霊との契約によって作られたものだ。この国の精霊と、建国の王との間の。……昔の話だが」
「前にしろが言ってたね」とカエデは思い出した。「リオネルさんが創始者に似ているって」
しろは何も言わなかった。でも目が少し細くなった。否定でも肯定でもない、何か別の何かだった。
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その日の夕方、ルーチェが花屋から戻ってきた。
仕入れ先の三軒目で新しい球根の話が出たらしく、機嫌よく荷物を下ろしながら「いい球根があったんだよ、来春には」と話し始めた。カエデは相槌を打ちながら、書簡を引き出しに入れた。
「……どうしたの」
ルーチェが顔を上げた。荷物を置く手が止まった。
「わかる?」
「なんとなく。目が遠い」
カエデは正直に、リオネルから得た情報の概要を話した。教団が王都にいること。第二王子との繋がりの可能性。継承の儀が、狙われているかもしれないこと。
ルーチェは途中から口を閉じて、最後まで黙って聞いた。
話し終えると、少し間があった。
「……なんか、きな臭くなってきたね」
ルーチェが言った。言い方はいつも通りだったが、声が少し低かった。
「うん」
「私たち、関係あるの?」
「関係ある、と思う。しろが最初からあの方角を感じてたし、ルーチェが見た倉庫も、おそらく同じところで動いてた」
ルーチェはそれを聞いて、少し目を細めた。考えているときの顔だった。
「……どうする」
「ガルドさんに手紙を書っこかな。それから、リオネル殿下に返事を書く」
「自分では動かない?」
「私なんかただの人形師だよ?情報を持っている人間に、情報を渡す方が先だと思う」
ルーチェは小さく頷いた。「そっか」と言った。それ以上は聞かなかった。
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夜、カエデはガルドへの手紙を書いた。
エルミナの密輸の件と同じ教団が、王都に潜り込んでいること。教団が第二王子殿下に接触している可能性があること。王位継承の儀が、標的になっているかもしれないこと。
書きながら、この手紙がガルドにとってどんな内容に見えるか、少し考えた。エルミナの件は、ガルドも深く関わっていた。王都でも同じ組織が動いているとなれば、ガルドは黙っていないだろう。
「深入りするな」と言われるかもしれない。
それはわかっている。でも、知っていてほしかった。
封をして、宛名を書いた。
しろが机の端から近づいてきた。書簡の封を見て、一度目を閉じた。何か考えているような静止だった。
「しろ、第二王子のこと、どう思う」
カエデは、少し迷ってから聞いた。
しろはしばらく黙っていた。ぽぽが「どういう意味で聞いてるんだ」と横から割り込んだ。ホークが「そういう問いは難しいですわね」と羽の配置を直しながら言った。
「弱い人間が、間違えた」
しろが、ぽぽとホークの言葉を静かに挟んで言った。
「弱い、というのはどういう意味で」
「弱さを、利用された。それだけのことだ」
それ以上は言わなかった。
カエデは「そうか」と呟いて、手紙を便盆に置いた。昨日の書簡に書かれていた第二王子の情報を、もう一度頭の中でたどった。常に兄と比較されてきた、ということ。教団の力が本物だと知って、引き込まれていったこと。
弱さを利用された。
その言い方が、なぜか、少し引っかかった。
「ぽっ」とぽぽが鳴いた。いつもより小さい声だった。
窓の外に、夜の王都が広がっていた。灯りが多くて、どこかから音楽が遠く聞こえた。祭りではない。ただの夜の街の音だった。
カエデはもう一度机に向かって、リオネルへの返信を書き始めた。書きながら、継承の儀まで、どのくらい時間があるかを考えた。
あまり、ない。
それだけは、はっきりしていた。
ヴァルクのことを、しろが「弱さを利用された」と言いました。しろは少ない言葉で、一番大事なところを突いてくる。次の話、少し動きます。




