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てのひら無双 ~精霊に愛された人形師ときゃわわぬいぐるみ~  作者: 鮪野登呂介
王都アルヴェリア編

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茶会。あげいん!

茶会を王城の庭でやることになりました。庭なんですよ、庭。王城の。そこに刺客が来たんですよ。笑えないような話なんですが、ホークが一生懸命なのでなんかこうなりました。ぽぽはいつも通りです。

庭での顔合わせから三日後に、セレナから声がかかった。


「リオネル殿下が、改めてお茶の機会を設けたいとおっしゃっています」


「……せっかくなら茶会で、って言ってましたね」


「はい」


「覚えてた」


「殿下は几帳面な方ですから」


カエデは針を持ったまま天井を見た。几帳面というのは美徳だ。美徳なのだが、約束した本人が半分冗談のつもりで言ったことも几帳面に実行されると、こちらの心の準備が追いつかない。


「場所は」


「王城の西庭だそうです」


「……外、ですか」


「殿下が『庭の方が精霊にとっても快適ではないか』とおっしゃって」


カエデは肩の上のぽぽを見た。ぽぽが「ぽっ!」と元気よく鳴いた。賛成らしい。まあ、確かに。ぽぽは屋外の方が動きやすいだろう。問題はそこではなく、王城の庭で茶会をするという状況そのものへの心の準備が、まだできていないという点だった。


懐の中でしろが小さく息をした。肯定でも否定でもなく、ただそこにいる、という感じの息だった。


---


王城の西庭は、カエデが想像していたより格段に広かった。


よく考えれば王城なのだから当然なのだが、庭というから噴水と花壇くらいだろうと思っていたら、木が生えていた。木の陰に石のテーブルが置かれていて、そこに白い布がかかっていた。ルーチェが前日に「茶会用に奮発した」と言っていた白い小花が、中央の花瓶に活けてある。王城の庭の石テーブルにルーチェの花がある光景は、少し不思議な調和をしていた。


リオネルはすでに席についていた。見るからに居心地がよさそうで、外の方が落ち着くのかもしれない、とカエデは思った。庭の隅にはいつも通り数人の衛兵が立っている。壁際にはクロードがいる。クロードは今日も立っている。


「ぽぽ殿、本日もよろしく」


「ぽっぽん!」


几帳面な王子と精霊ぬいぐるみのやり取りが三日で定番になった。カエデは静かに着席した。


ホークが枝の上に止まり、羽の配置を整えながら「木の向きが良い。日当たりも申し分ありませんわ」と言った。誰かに向けた言葉なのか独り言なのか判然としなかったが、満足そうだった。精霊というのは外が好きらしい。


庭での茶会は、最初のうちはちゃんと茶会だった。


---


異変を感じたのは、ホークの羽が一枚、ぴんと立った瞬間だった。


テーブルから少し離れた木の枝の上で、ホークが動きを止めた。風が止まったような、そういう静止だった。カエデにはその変化が何を意味するか理解する時間がなかった。あったのは、ホークが「失礼しますわ」と言った、その刹那だけ。


電光が、庭を白く切り裂いた。


木の陰から飛び出した影が一つ、そのまま地面に崩れた。焦げた草の匂いが遅れて届く。


同時に、ぽぽが「ぽっ!!」と叫んで上昇した。カエデの視界の端で、庭の壁際を走る影が二つ。衛兵たちの立っていた方向から、だった。衛兵たちがいた、と言った方が正確かもしれない。気づいた時には、衛兵の姿がない場所から人間が走ってきていた。


ぽぽの炎が、走ってきた一人の足元に叩きつけられた。地面が弾け、男が転倒する。もう一人がリオネルに向かって手を伸ばした瞬間、しろが懐から滑り出ていた。


音はなかった。


ただ、次にカエデが確認した時には、男は庭の石畳の上で動いていなかった。しろは既に、するりとカエデの腕の中に戻っていた。何をしたのか、見えていなかった。


静寂が来た。


本物の静寂が、数秒。


ルーチェが「……三人」と静かに確認した。カエデはカップを持ったままだったことに気づいて、ゆっくりテーブルに置いた。リオネルが立ち上がり、倒れた男たちを順番に見ていた。その顔は、怒っていなかった。怒っていない、というより——考えていた。素早く、何かを。


「リオネル殿下、お怪我は」とクロードが歩み寄った。


「ない。……衛兵が、」


「二名、昏倒しています。庭の北側で」


リオネルが、短く息を吐いた。


カエデには、その沈黙の意味がわかった。衛兵が昏倒した、ということは、衛兵を排除してから侵入した、ということだ。王城の西庭に入るには、衛兵の配置を知っていなければならない。知っていた人間が、外にいた。あるいは——内にいた。


リオネルは何も言わなかった。言わなかったが、その目が少しだけ変わった。先ほどまでの几帳面な誠実さが底に沈んで、別の何かが表に出てきた。王城に生まれた人間の、これが素なのかもしれない、とカエデは思った。


「ホーク、やりすぎ」


カエデは沈黙を破るように言った。


「成果が全てですわ」


「草が焦げてる」


「細部への配慮は次の課題としますわ」


「ぽぽも焦げさせた」


「ぽっ! 俺のは必要最小限だ!」


「地面が弾けてたけど」


「ぽっ…… あれは勢いが」


しろが懐の中から「……そうだな」と短く言った。二体が同時に沈黙した。珍しいことだった。


セレナが「ホーク」と静かに言った。


「はい」


「石畳も少し、」


「……見えておりますわ」


「後で」


「……はい」


ホークが羽の配置を直す速度が、わずかに上がった。


---


リオネルが刺客の一人から情報を引き出したのは、それから一時間後のことだった。


カエデは庭の隅に移動して、差し替えられたお茶を飲んでいた。ルーチェが隣に座っていた。二人とも、しばらく何も言わなかった。庭の向こうでリオネルとクロードが低い声で話している。衛兵が増えていた。増える前の衛兵がいなくなった理由を、誰も口にしなかった。


「……怖かった?」とルーチェが聞いた。


「怖かった」


「そっか」


「でも、しろとぽぽとホークがいた」


ルーチェが少し考えてから、「それって、すごいことだよね」と言った。普通のことみたいに言えてるけど、とも言った。カエデは「普通ではないな」と思いながら、「そうかな」とだけ返した。


リオネルが戻ってきた。


「教団の者です」と彼は言った。「エルミナの件と同じ組織です。……そして、城内に接触した者がいる可能性が高い」


そこで初めて、カエデは状況の全体を飲み込んだ。


王城の庭に刺客が入ってきた。衛兵が事前に排除されていた。それが何を意味するか——誰かが、中から動いた。あるいは中の誰かが、知らないうちに利用された。どちらにしても、リオネルの周囲はすでに、どこかで汚染されている。


「……殿下、大丈夫ですか」


カエデの口から出たのは、そういう言葉だった。情報を求めているわけでも、今後を尋ねているわけでもなく、ただそう聞いた。リオネルが、少し驚いた顔をした。


「大丈夫ではない、かもしれない」


正直な言葉だった。カエデはそれを聞いて、少し安心した。大丈夫です、と答える人間より、そっちの方が信用できる。


「……申し訳ありませんでした。あなたたちを、危険な場所に」


「殿下のせいではないです」


「いや、」


「ぽぽとホークとしろが止めました。みんな無事です。怖かったですけど」


「怖かった、と言えるのか」


「怖かったので」


「……それを落ち着いていると言います」


ホークが枝から降りてきて、羽を整えながら「ご無事でなによりですわ。石畳の件は重ねてお詫び申し上げますわ」と言った。リオネルが「石畳は後でどうにかなる」と返した。ぽぽが「俺の地面も許してくれ!」と乗っかった。リオネルが「草も後でどうにかなる」と答えた。几帳面な王子は謝罪の受け取り方も几帳面だった。


しろは何も言わなかった。でも懐の中で少しだけ、温かかった気がした。


「城内の件は、私が動きます」とリオネルは言った。静かな声だったが、先ほどとは違う声だった。今後どうするか、既に考えが固まっているような、そういう声だった。「あなたたちには、引き続き関わってもらうことになるかもしれない。それでも、構わないか」


カエデは少し考えた。


「私には、断る理由がないので」


「……理由がない、とはどういう意味か」


「関わる理由と、断る理由と、どちらが強いかという話です。今のところ、関わる方が強い」


リオネルがまた、少し驚いた顔をした。カエデは「真面目な人って、驚く機会が多くて損だな」とまた思った。根拠はない。でも、そう思った。


茶会は、こういう形で終わった。

王城の庭に刺客が入れたということの意味を、リオネル殿下は一番よくわかっています。それが怖い。カエデさんは「怖かった」と言えたことで、少し偉いと思います。ホークの石畳、誰が払うんでしょうね。

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