第一王子殿下
リオネル殿下、登場です。真面目な人を書くのって意外と難しくて、「真面目なんだけどどこか憎めない」というラインを探すのに苦労しました。カエデさんの反応が正直すぎて、書いてて笑いました。
セレナから話が来たのは、ある昼下がりのことだった。
「明後日の午前、少しお時間をいただけますか」
「何かありますか」
「非公式のご挨拶の機会が」
「誰との」
「リオネル殿下との」
カエデは針を持ったまま、しばらく固まった。殿下というのは王子のことだ。王子というのは王様の子どもで、この国の次の王位継承者で、つまりそういう人だ。そういう人に会うというのはどういう話なのか。自分は人形師で、前の世界では残業が多いOLだったのに。
「……なんで私が」
「カエデさんがいれば話が早い、という判断だそうです」
「私が話を早くするんですか」
「精霊の話、ということで」
カエデは肩の上のぽぽを見た。ぽぽが「ぽっ!」と得意そうに鳴いた。お前の話ではある、ということは理解した。理解したが、なぜそれが自分を引っ張り出す理由になるのかは、まだ理解しきれていなかった。
「……非公式、というのは」
「どちらも、公式の場では少し動きにくい事情がある、ということで」
「私には事情がないんですが」
「あなたがいることで、非公式の雰囲気が出るそうです」
カエデはその説明のどこかに致命的な矛盾が含まれている気がしたが、セレナが静かに微笑んでいたので、反論するのをやめた。セレナが微笑む場合、たいていもう決まっている。
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当日、連れて行かれたのは、王城の一角にある小さな庭だった。
小さい、といっても、アルウィン侯爵邸の応接室より広い。王都の「小さい」は単位が違う。カエデはそのことをエルミナでは学ばなかった。
セレナが扉を開けると、中にはすでに一人の男が立っていた。
二十代半ばくらい。背が高い。立ち姿がまっすぐで、余分な力が入っていない。着ているものは上等だが、飾り気が少ない。一目見て「この人は礼儀を大事にしている」とわかる雰囲気があった。
リオネル第一王子は、セレナを見て少し表情をやわらげ、カエデを見て少し表情に迷い、カエデの肩の上のぽぽを見て、眉を微かに動かした。
「やぁセレナ。病状のほうは良くなったのかい?」
「えぇ。すべてはここにいるぽぽちゃん、しろちゃんとそれを作ったカエデさんのおかげですわ」
パッとこちらに視線が向く。少し見定めるような視線が走った後一言、
「……精霊が、いる?いや、これは最近世に出回るぬいぐるみか?」
「はじめまして。カエデと申します。人形師です」
「アルヴェリア王国第一王子リオネルだ。……その精霊は、私には見えないのか?」
「ぽぽはここにいますよ」
「よっ!」
ぽぽが元気よく名乗った。リオネルが一瞬、何か言いかけてやめた。王族教育には「ぬいぐるみの精霊に元気よく挨拶された場合の対処法」は含まれていないらしい。
「……はじめまして、ぽぽ」
真剣に挨拶し返したリオネルを見て、カエデは「この人は本当に真面目なんだな」と思った。ぽぽが「ぽっぽん!」と満足そうに鳴いた。
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話は精霊のことから始まった。
リオネルは精霊について、文献で読んだ知識を持っていた。ただ、実際に目の前で精霊と話したことはない。だから最初の十分ほどは、リオネルの質問をカエデが答え、カエデの答えをリオネルが確認する、という往復が続いた。
「精霊は感情を持つのか」
「持つと思います。少なくとも、ぽぽは明らかに持っています。しろは……持っていると思いますが、少し表現が違います」
「しろ、というのは」
「もう一体います。懐に」
リオネルがカエデの懐を見た。しろが眠っているように静かにしていたので、存在を主張しなかった。だがカエデがそっと外に出すと、しろは青色の目をゆっくりと開けて、リオネルを一瞥した。
リオネルが、少し息を止めた。
「人族の王か…懐かしいものだ。君は少し…アルノに似ているね」
「……アルノ様を…知ってるのか?」
「アルノ様って誰なんですか?」
「我らがアルヴェリア王国の創始者にして『一騎当千の王』と呼ばれていた方ですわ」
小声でセレナが耳打ちしてくれた。創始者のお名前も知らずに入国してしまった。かえではふと地球にいるとき社長の名前も知らず職場に営業に行ってこっぴどき叱られた過去を思い出してしまった。
「はえ~。そんな人としろは知り合いなんだね。いったいいつのころからの付き合いなのか」
「そんな昔からいる精霊に私はどう見られているのだろうな」
「きっと大丈夫ですよ。たぶん」
「それは……どういう意味か」
「ちゃんとあなたを見てる、ということです。ぽぽも見てますが、しろは特に」
しろがリオネルから視線を外して、また目を閉じた。査定終了、というような動きだった。カエデは内心で「採点は何点だったんだろう」と思ったが、口には出さなかった。
リオネルは、しばらくしろが戻った懐の辺りを見ていた。
「……精霊と人が共存するための何かが、この国には必要だ。教国のように天使をすべてととらえるようではいずれガタが来る。」
唐突にそう言った。独り言のような口調だったが、しっかり声に出ていた。カエデは返し方に迷って、「そうかもしれませんね」と答えた。
「かもしれない、ではないのだ」
「……そうですね」
「君は、ここまで精霊を使役しておきながらそう思っていないのか?」
「いえ、そう思っています。ただ、私は人形師なので。どちらかというと、どんな人も笑ってほしい、という方が先にあります」
「そうだぞ!かえでは俺たちのこと使役なんてしたことないぞ!」
リオネルがカエデを見てそのあとポポをちらっと見た。先ほどしろを見たときとは、少し違う目だった。
「……そういう考え方か」
「はい」
「大きい」
「えっ」
「精霊と人の共存より、どんな人も笑ってほしいという方が、ずっと大きい話だ。すまなかったな。使役などという無礼な言葉を使ってしまった」
カエデは少し面食らった。自分がそんな大きな話をしたつもりはなかった。ただ、思っていることを言っただけだ。それに一国の次期王が頭を下げるなど予想外も予想外である。
「そ!そんなあたまをあげてください……私の話ってそんなに大きいですかね」
「小さい人間には言えない言葉だ」
「そんなことは」
「そんなことはある」
リオネルが、カエデの話し方に一語ずつ返してくるので、会話が予想と違う速さで進んだ。これが「少し不器用」ということなのかもしれない、とカエデは思った。言葉の選び方が几帳面すぎて、やりとりに隙間がない。
セレナがお茶を一口飲んで、穏やかに場を見守っていた。この展開を予想していたような顔だった。たぶん予想していたのだと思う。
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帰り道、カエデはルーチェに今日のことを話した。
「真面目な人だった」
「どのくらい」
「ぽぽに真剣に挨拶してた」
「それは真面目だね」
ルーチェが少し笑って、「でもいい人そうじゃん」と言った。カエデも、そう思っていた。
「公明正大って評判らしいんだけど、本当にそうだった」
「珍しいね、評判通りの人って」
「うん。なんか……そのまんまだった」
「そのまんまって、いい言い方じゃない」
「いい意味で言ってる」
懐の中でしろが少し動いた。肯定か否定かは、わからない。でもカエデには、どちらかというと肯定だった気がした。しろの査定が何点だったかは聞かなかったが、ひどく低い点ではなかっただろうと思う。
根拠はない。でも、そう思った。
帰り道の空が、少しだけ夕焼けに染まっていた。エルミナと同じ色だ、と思ってから、違う色だ、と思い直した。どちらも本当のことだった。
リオネルが「大きい」と言った瞬間、カエデさんが面食らうシーンが一番書きたかったです。真面目な人って、思いがけない角度から芯を突いてくることがある。次の茶会が、少し怖くなってきました。




